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12.会場から



 司会が挨拶した。
「これで、本日のPV上映会は終了です。皆様、お疲れ様でした」

 「四季」コミュニティのPVを見終えてから、金元なななはひっそりと安堵していた。
(そうだよね……あれが普通の学生生活だよね)
 ほっ、と息を吐きながら、持ち込んだケーキ系のお菓子を口に運ぶ。
 出てくるのは、武術系、社会主義、サムライ、武闘派OKなメイドetc、何だか戦る気に充ち満ちたコミュニティばかり。
 誰かに守られなければならなそうな人達なんて誰もいないんじゃないか、と不安だったのだ。
 ――いや、正直に言うと、まともな学生生活なんてパラミタ大陸には存在しないんじゃないか、とさえ思っていたのだけれど……
 「契約者」として超人的な力を身につけたとしたって、やっぱり平和に、普通に、楽しい日常を送る人達がいるという事実は、彼女を安心させていた。
 そういうものを守るのが、彼女が自身に課した使命なのだった。
「よし、がんばろう。がんばるぞ」
 決意を新たにすると、彼女は荷物をまとめて講堂を出た。

 東 朱鷺(あずま・とき)も席を立つと、講堂の外に出た。
 司会が言った通り、最後の映像は、画面全体から幸せで楽しそうな空気が伝わってくるものだった。
 おかげで、何やら居心地が悪い。
 外に出ると、少しひんやりとした空気が心地よい。講堂から出て行く人の流れから少し離れた所に移動した。
 ――すげぇ映像だったなあ。
 ――おまえ、どこのコミュニティ入る?
 ――もう少し平和な所がいいなあ。
 ――海くん、バスケ部入部志望者がたくさん来てくれるといいですね。
 ――ボク、背低いけどがんばるよ!
 ――取りあえずPVのコンテでも書いてみようか?
 ――俺達が目指すのは普通のバスケな? バスケの振りした超人バトルってのはなしな?
 そんな感想を遠くに聞きながら、ゆっくりと息を吐いて、講堂の外壁にもたれかかった。
 周囲には誰もいない。静かで落ち着く。
 ひとり――。それは、彼女がずっと慣れ親しんだ雰囲気だ。
(だから、落ち着くんですね)
 眼を閉じる。目の前にだけ下りてくるささやかな闇。できるものなら、このまま自分が消え去って、周囲に埋没していけばいい、とさえ――
「大丈夫ですか?」
 声がかけられた。
 見ると、髪を後ろで束ねた小柄な男が立っていた。蒼空学園の制服を着ている。
 朱鷺は、何の反応も返せなかった。知らない人だ。話しかけられる理由も必然性もない。それともこっちが知らないだけで、向こうはこっちを知っている? ならどういう理由で――そんな事を考える内に、返答するタイミングを逸してしまったのだ。
「気分でも悪くなりましたか?」
 頷いた。単純に心配されている――その事に、やっと気がついた。
「講堂の中の空気に当てられましたか。空調は効いていたはずなんですけれどもね?」
「……いえ、空調じゃなくて」
「? まさか、誰かに嫌がらせとか変ないたずらでも――」
 朱鷺は首を横に振った。
「みんな……どうしてあんなに楽しそうなのかな、って」
 大画面に、入れ替わり立ち替わり映された、やる気と生命力に満ちた映像。
 それは、朱鷺にとってあまりに異質なものなのだ。
「世の中なんて、辛い事の方が多いのに」
「なるほど――その見方は確かに正しいですね」
「生きることは、耐えること。信じることは、苦しむこと。笑いも喜びも、意味なんて――」
「なら、どうしてあなたはこの上映会に来たんですか? みんなが集まって、楽しくやってるような場面が次々目の当たりにする――そんな事が分かっていたはずなのに」
 その問いに、朱鷺は首を横に振った。答えようがなかった。
(何かが変わるか――変えられるかとでも、思った?)
 自分でもよく分からない。
「――ああ、失礼しました」
 声をかけてきた蒼空学園の男子生徒は、いきなり頭を下げてきた。
「困らせるつもりはなかったんです。ただ、もしもどこか具合が悪かったりとかしてたら、回復スキル持ちの知り合いに声かけないと、みたいに思って」
「……気遣い、感謝します」
 素直に頭を下げる朱鷺。
「でも、もう大丈夫です。気にしないで下さい」
「ならいいんですが……あ、そうだ」
 蒼学の男子生徒は、懐から見慣れないものを取り出し、差し出してきた。
「これを差し上げましょう」
「……なんですか?」
「我が知る限り、この世で一番勇敢で人を愛し、心優しい――そうあろうとする男が戦う時、身につけているものです」
 取り敢えず、差し出されたものを朱鷺は受け取った。手の中におさまったものは、どこかのヒーローのお面のようだ。
 お面の縁に、小さく字が書いてある。「仮面ツァンダー ソークー」――その後ろの最後の一字は、何と書いてあるのだろう?
(アルファベット小文字のエル? それとも大文字のアイ?)
 蒼学の男子は口を開いた。
「世の中なんて辛い事の方が多い。けれど、そんな世の中だからこそ愛する価値がある――その男はそう信じています。
 我は、あなたの事を何も知らない。だから、ありがちな励ましや楽観論であなたの価値観を否定する権利もない。
 ですが、あの男の眼を通してみれば、あなたの世界も少しは別な姿で見えてくるかも知れない――先にパラミタ大陸に来た地球人として、それぐらいのお節介は焼かせて下さい。
 邪魔をしました。それでは」
「……あの」
 会釈し、背を向ける男子生徒の背中に向かって朱鷺は呼びかけ、頭を下げた。
「気を使っていただき、ありがとうございます。東朱鷺と申します」
「我の名は、風森巽です。縁があれば、またお会いいたしましょう」
 風森巽と名乗った男子生徒は、背中越しに手を振り、去っていった。
 その背中が講堂の中に消えてから、「失敗した」と朱鷺は思った。
 「仮面ツァンダー ソークー」の後ろにつく最後の一字。読み方を確かめれば良かった。

 それから数分後。
 上映会会場の後片付けを手伝っていた風森巽は、不意に、
「失敗した」
と口に出した。
「? 何だ、どうした?」
「いえ……何でもありません」
 一緒に片付けをやっているマイト・オーバーウェルムの問いにそう答えながら、風森巽は(今度は最後まで名乗れたはずなのに……!)と心中で悔しがった。
(名前を尋ねられた時、ツァンダーの方を名乗れば良かった……!)

(終わり)