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リアクション
第五章:悪魔ロベルトを追え!
「嫌なことを思い出しましたわ」
イルマ・レスト(いるま・れすと)は蝋人形たちを見つめて言う。
「わたしも。あんな体験は二度と御免だわ」
朝倉 千歳(あさくら・ちとせ)は”かなり前の事件”を思い出していた。
イルマが蝋人形に変えられて生贄にされかけたことがあるのだ。
「蝋人形……もしかすると行方不明になった女性たちは、何らかの力で蝋人形に変えられてしまっているのかもしれませんね」
「元に戻す方法は恐らくロベルトという男が知っているんだろうし。彼を捕まえなきゃね。ジャスティアとしては憶測だけで動けないけれど……」
「高飛びでもされては面倒ですし、蝋人形の術が解けないかもしれなませんわ。先手必勝でいきましょう」
「先手必勝。そうね!」
「君たちもロベルトの捜査に?」
千歳とイルマに声をかけたのはマイト・レストレイドだった。
「ええ、雅羅さんとアルセーネさんのSOSを受けてましてね。ジャスティアとしては見逃せん」
千歳が男口調に変わる。
男口調から女口調に改めている千歳なのだが、まだ慣れていないせいか、女口調だと人前では噛みまくってしまうのだ。
「俺もジャスティアだ。マイト・レストレイド。マイトと呼んでくれ」
千歳とイルマは『パートナーのリンさんがモデル面接から帰ってこない』こと、
捜査協力者のルカルカ・ルーから受けた連絡で『蝋人形の中に失踪者の蝋人形がある』こと、
『その失踪届を出した人物から”失踪者に違いない”との証言を得た』ことを告げた。
「証拠はそろったってわけだな」
千歳がイルマとマイトに言う。
「ロベルトは工房からでていないだろう。リンさんの後に二人組が入っているが……この二人も帰ってきていない」
「難敵のおそれありというわけですのね」
ロベルトの工房に向かって三人は歩き始めた。すると工房のドアが開き、こちらに出てくる人物の足音が聞こえた。
通路脇に三人が身を潜める。
「ロベルトだ」
「マイトさん、あいつは私たちが追う。マイトさんは工房へ!」
「ありがとう。たのんだよ」
「必ず捕まえますわ」
千歳とイルマはロベルトの後を追い、マイトは工房に向かったのだが――
ロベルトが急に立ち止まり、千歳とイルマに振り返って言った。
「似てはいますけれど、瞬きはしないし、口も開かない。表情も動かない……」
同じ声が後方からも聞こえる。千歳とイルマが振り向くと
こちらに振り向いた姿のまま人形になったマイトの姿と
その後ろからマイトの口を両手で塞いでいるロベルトの顔が見えた。
「罠かっ! 待てロベ……」
「待ちなさいよロベル……」
「――こうしてあなた方は人形に。その魂も宿したままに。やはりタイムラグがあると『その一瞬』はつかめないですね」
「さて、どうするかって? 決まってる、真正面から乗り込むさ」
「唯斗、アンタ忍者の癖に正面から乗り込むってアリなの?」
紫月 唯斗(しづき・ゆいと)とリーズ・クオルヴェル(りーず・くおるう゛ぇる)は蝋人形美術館に客として入場した。
「ま、すんなり出て来て返してくれたりはしないと思うけど。って事でリーズ、頼むわ」
唯斗はリーズに失踪者の捜索を任せて、ロベルトを探しに奥へ進んでいく。
「……ホント、女の子が関わる事だと真面目よね。死なない様に手加減しなさいよー」
「ん、蝋の臭いが強いけどこの程度なら大丈夫。狼、舐めないでよね」
リーズは『超感覚』で蝋人形と本物の人間を嗅ぎ分けようとしているのだ。
「今のところ男は全部人形ね。生きてるにおいがしないのよ。でも、この人は人形じゃないわ」
リーズは少女の蝋人形に手を触れようとした。蝋人形は笑い声をあげながら身をかわす。
「こっちは狼だってゆうの! 速さで勝てると思うわけ?」
移動する少女をリーズが抱きとめる。
「大当たり! 大当たり! それではお楽しみいただきましょう!」
執事服の初老の男性の蝋人形から声がする。リーズは四方から自分に向けられる殺気を感じた。
蝋人形たちがリーズ以外の来場者らをからかうように動く。悲鳴が上がる。
リーズが抱いていた『蝋人形にされた少女』も悲鳴をあげた。
「趣味が悪いわ! 悪趣味は許さないわよ、ロベルト!」
第六章:人か人形か?
セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)は美術館の特別展示室にいた。
『え? 美人だけ失踪するって? そんなの噂よ、噂!』
セレアナの脳裏に恋人、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)の声がこだまする。
「ミイラ取りがミイラになって。案の定”失踪者リスト入り”って! はぁ、頭が痛いわ……」
セレンフィリティが『蝋人形美術館にあなたを残しませんか? 美女モデル募集中!』をいうチラシを持ってきたのは雅羅とアルセーネ失踪の数日前になる。
「SOSが届いた後だったら……だめだわ。『囮捜査よ!』とか言ってモデルに応募するわね」
『美女モデルと言えばあたしのことじゃない!』
『この国宝級の美貌とナイスバディを永遠に残すチャンスなのよ!』
『バイト料もこんなに高いし〜』
『採用されるって決まったわけじゃないんだから、ね? ね!』
「セレンのことだから、きっと美女モデルとかおだてられてその気になっちゃってもう……」
あんなに止めたのに。せめてついていけばよかったのか?
「ついていくって言ったら『じゃあ一緒にモデルになろうよ!』だったし……」
二人そろって失踪者リスト入りだったかもしれない。
「お待たせしました。マリーさん」
ロベルトが丁寧な礼でサズウェル・フェズタ(さずうぇる・ふぇずた)を迎える。
サズウェルは美術館入場時にだめもとで『蝋人形の作者に館内の案内を頼みたい』と申し出ていた。
受付嬢は――それもからくりの蝋人形だっのだが――体内のマイクからロベルトの声を出しそれを了承した。
特別室にいる客の中から”マリー”をすぐに見つけ出したのは……きっと受付嬢の蝋人形にカメラも仕込まれていたからであろう。
『ゴスロリドレス』の下に『ヒミツの補正下着』。”ゴスロリの完璧僕っ娘”になったサズウェルは女装中”マリー”と名乗るのだ。
ロベルトが美術品でも鑑賞するかのようにマリーを見ているのだが、サズウェルがゴスロリを着るときは『相手を脅すとき』なのだ。
「系統は違うけど同じ美術家? として思う所もあったしねぇ」
「あなたも美術家でらっしゃるのですか? 系統が違うということは『絵画』ですか?」
――余計に許せない! 美術家を自称したね、ロベルト!
「そう、僕がやってるのは絵だよ。 美術家としてキミに言いたいことがあるんだけどねぇ」
「どうぞ」
「自分の持ち味を生かして作った物ならまだしも『生きた人を』……っていうのは僕には許せないんだねぇ」
「なるほど……やはり絵描きの方々がうらやましい。あなたにもモデルになって頂きたかったですね」
「モデル? キミの『作品』のモデルにはなれないねぇ」
「お願いしても、ですか?」
「当たり前だよ! 生きた人をそのまま人形にして『芸術だ』なんて。モデルに対して敬意がない『美術家』には『美術家』を名乗る資格なんてないねぇ」
ビキビキの笑顔でマリーはさらに続ける。
「ようは『自分で作れ』って言いたいんだよねぇ」
「ますますあなたがうらやましい。きっとあなたの作品にも魂や精神がこめられているんでしょうね」
ゲブー・オブイン(げぶー・おぶいん)は一般展示室を走りぬけ、特別展示室に飛び込むようにやってきた。
「がはは、俺様参上! この部屋に雅羅ぱい粒子反応があるぜ!」
漢の魂「モヒカン」がきらーんと輝く。
「俺様のおっぱいセンサー(自称)で嫁の位置はいっぱつだぜー!」
「……来ましたね、敵が」
そう言ったロベルトにマリーは言う。
「今さらなにを言ってるのかねぇキミは。キミを逮捕しようとたくさんの人が来ていると思うよ、すでにねぇ」
「そういう敵じゃない『敵』なのですよ、あの人も」
「まってろ、おっぱい!すぐにイクぜー!」
「その手の敵としか思えない言動……むむむ。面接中だからあの術はかけられないし」
「おぉ、あの蝋人形のおっぱいの曲線! 雅羅ぱいじゃね?」
ゲブーが人形たちの中をくぐり抜けた。視線の先には雅羅が蝋人形になって立っていた。
「助けに来たぞ、俺様の嫁! 人形ゴッコは終わりだぜっ!」
「わー! 悪戯禁止ー!」
雅羅のおっぱいを揉もうとしたゲブーに後ろからしがみついているのは想詠 夢悠(おもなが・ゆめちか)だ。
「俺様のおっぱいセンサーで確認しないと俺様の嫁かどうかわからないだろうが!」
「確認なんだけど『俺様の嫁』ってだれ!」
「雅羅・サンダース三世に決まってるだろう! 雅羅のおっぱいは2回も揉んだぜ!
『リア充爆発しろ! 〜サマー・テロのお知らせ〜 P9』と『忘新年会ライフ P2』を参照だぜ〜」
ゲブーにしがみついたまま顔を真っ赤にした夢悠が大きな声で言う。
「雅羅さんはオレのよ……まだ誰の嫁でもない!」
「てめえも雅羅を『オレの嫁』だってんだな? じゃあ質問だ。おっぱいは揉んだか?」
「そんなこと……オレがそんなことしてるわけないよっ!」
「ふっ、勝ったな。雅羅は『俺様の嫁』だ。 もうお前のじゃねぇぜ」
「『もうお前のじゃない』ってなんなの、なんでなの!」
「少なくともおっぱいもさわっていないてめえには勝った。『俺様の嫁』だあ!」
ゲブーは夢悠を思いっきり振りほどいた。
「さぁ3回目、いくぜ! おっぱいっ」
「だーめー!! 雅羅さんはオレの嫁〜!!!」夢悠が叫ぶ。
蝋人形の雅羅は大きく後ろに移動した。同時に室内の蝋人形たちが動き出した。
「ゆるしません! ゆるせませんよ『女性の敵』は! どうして彼女らに失礼なことをするんです?!」
「――ロベルト、キミが怒るとこってそこなわけ?」
マリーことサズウェルはロベルトに言った。
「女性の魅力についてはわたしも否定しません! 同じ男性として! しかしですよ、美しい女性には敬意をもって紳士的であらねばならないと!」
「ロベルト? その発言は僕のさっきの発言への意趣返しなのかなぁ」
「違います、違いますよマリーさん。あなたの『美術家』というものの定義、それは正しいものです」
「じゃあ、どうして生きた人を人形にしているのか答えてもらえるかねぇ」
「魅了されてしまったのですよ『宿る魂』に。その人をあらわす一瞬とともにその魂もとどめ置くことに」
「ロベルト! 芸術家が作品に『魂をこめる』って、そっちじゃないよ!」