校長室
建国の絆 最終回
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旧王都戦・人型兵器強奪組 巨大人型兵器たちの動きを見ていて、分かったことがあった。 まず、それぞれが役割に応じて能力の違う機体であるということ。少なくとも、標的に接近して攻撃を仕掛けて来る前衛機体、周囲を探っているらしい索敵機体、そして、部隊ごとの指揮を取っている指揮官機――この三種はある。実際はもっと細かく能力が違うのかも知れないし、遠距離兵器なんかを持った後方支援機なんてのが存在してもおかしくはない。 ともあれ、連中は統率だった動きで、かなり慎重な行動を取っていた。アーデルハイトによる強力な魔法攻撃や、能力の高い生徒たちの攻撃に対しては、より一層。 おそらく、数が少なく貴重な物なのだろう。中々、隙を見せてはくれなかった。が、しかし、形成が逆転し始めている今に至って―― 「ようやく、チャンス到来と来たもんだ」 パワードスーツに身を包んだエヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)は、小型飛空挺を駆って他の三機の小型飛空挺と並走していた。 ビル向こうでは、一機の人型兵器が撤退する生徒を追い回している。まるで、手負いのネズミをいたぶって遊ぶ猫のように。辺りに敵の友軍機は居ない。おそらく、己の圧倒的有利に酔いしれ、隊からはぐれたのだろう。そうだとすれば、このパイロットは油断しているはず。なみなみ都合が良い。 「フッ――鏖殺寺院め、俺の好みにどストライクな兵器を持ち出した事、後悔させてやる!」 「あー……本性、全開だぁ……」 小型飛空挺で並走するロートラウト・エッカート(ろーとらうと・えっかーと)が、どっかしらヤレヤレといった調子で言う。 その向こうで、 「まあ、あの中のパイロットを押さえれば、色々と得られる情報もありますからね」 エヴァルトと同じようにパワードスーツ一式に身を包んだ月詠 司(つくよみ・つかさ)が、おそらく軽く微笑んだ。 と、ウォーデン・オーディルーロキ(うぉーでん・おーでぃるーろき)の声。 「もうすぐ、連中と示し合わせた実行ポイントじゃ――そう簡単に行くものではあるまい。心してかかるのじゃっ!」 「おうっ!」 エヴァルトは気合を入れ直すようにビルの方を見やった。ビルとビルの隙間から、人型兵器の姿を見掠める。 「絶対に、奪ってやる!!」 ◇ エヴァルトたちとは逆側のビル群の間を抜けて、 「さあ、やっちゃうよ〜!」 霧雨 透乃(きりさめ・とうの)を乗せた小型飛空挺は、通りへと一気に飛び出した。 飛空挺の後部に立てたシャンバラ旗をバタバタと大きくなびかせながら、人型兵器の目の前を突っ切る。地上には、負傷者を連れて逃げる生徒たちが居た。 人型兵器の頭部が、狙い通りに透乃の飛空艇を追った。 透乃は、相手の頭部の位置に合わせ、すかさず煙幕ファンデーションで煙を撒き散らした。 一瞬、頭部が煙に覆われる。が、人型兵器はわずかな動作だけで頭部を煙から逃がし、巨大な銃口を透乃へと向けた。 と―― 「これだけじゃないです!」 人型兵器の後方から飛び出した緋柱 陽子(ひばしら・ようこ)の飛空挺が、使い間のフクロウとカラスを連れ、その頭部へまとわりつくように空を滑った。 次いで、神裂 刹那(かんざき・せつな)の小型飛空挺も加わり、彼女らが光術や煙幕ファンデーションなどを用いて、撹乱の試みを重ね―― 「エヴァルト! 司!!」 刹那の声に呼応するように、エヴァルトたちの飛空挺が人型兵器の頭上に飛び出した。 「俺が乗るって――」 ロートラウトが放つ援護射撃を背に、エヴァルトと司が小型飛空挺から人型兵器の背に向けて跳ぶ。エヴァルトの気合の入った声は続いていた。 「言ってんだ!!」 が―― ヴァゥ、という激しいスラスターの音と共に人型兵器が転回し、取り付こうとしていた二人はブースターの衝撃に弾き飛ばされた。地面に向かって落下していった彼らを、ロートラウトとウォーデンが拾い飛空挺を急がせる。 透乃は、上昇していた人型兵器を見上げた。 空を背に、そいつがブレードらしきものを手に急降下してくる。 「くぅッ!!」 透乃は飛空挺を急加速させた。 が、分厚いブレードが風を叩く重い音が迫ったのを自覚する頃には、切っ先に掠められ、飛空挺の制御を失っていた。 「透乃ちゃん!!」 陽子の声がした方へと反射的に跳ぶ。 空中で、ぐぅと伸ばした腕を陽子の手が、がしっとキャッチして透乃は空中に体を揺らした。 揺れた視界の先では、刹那がなんとか人型兵器の気を引こうと頑張ってくれているのが見えた。しかし、ままならずブレードに落とされていく。 地上に落ちて行った彼女の体は、ルナ・フレアロード(るな・ふれあろーど)の狼たちが受け止めていた。 人型兵器の頭部が、こちらへ向けられる。 さっさと逃げるべきなのだろうが、陽子は片手で透乃を支えているために、操縦がままならない。ブレードが振りかざされる。人型兵器の無機質な頭部が嫌らしく笑ったような錯覚。 その上空では、待機していたルナ・フレアロード(るな・ふれあろーど)が、こちらを助けようとして何かを持ちながら小型飛空挺を旋回させていた。 と、激しい銃撃が人型兵器を叩いた。 「――え?」 銃弾の飛んできた方へと振り返る。そこにあったのは……――それもまた巨大な人型兵器だった。 ◇ 旧王都からわずかに離れた上空。 そこには、巨大な飛空挺が浮かんでいた。 「この状況になっても、噂の黒いイコンは出て来ませんか」 風森 巽(かぜもり・たつみ)は飛空挺内サブ・ブリッジの望遠モニターで、旧王都で繰り広げられ始めた人型兵器と人型兵器の戦闘を眺めていた。 ブリッジの窓に張り付くようにして、飛空挺から射出されていく人型兵器たちを見ていたティア・ユースティ(てぃあ・ゆーすてぃ)が小さく嘆息する。 「乗りたかったなぁ、ロボー……」 「イコン、ですわ」 エリシア・ボック(えりしあ・ぼっく)が訂正して、影野 陽太(かげの・ようた)が続ける。 「正式名はサロゲート・エイコーン……ですよね」 「その、イコーン」 ティアが、くるりと振り返って、「乗りたかったよねぇ」と眉を垂れた。 陽太は「そうですね」とうなずいて、悔しそうに御神楽環菜(みかぐら・かんな)の方を見やった。 「そうすれば、僕も力になれた……」 彼の視線の先、環菜はイコンのバックアップに付いているスタッフたちへ、忙しく指示を出していた。といっても、携帯電話を操作する片手間に気だるくなんだかんだと言っているようにしか見えないが。 「天御柱学院、か」 巽は、作業に従事する彼らへと視線を向け、つぶやいた。 天御柱学院(あめのみはしらがくいん)――パラミタ直下の日本の領海内に浮かぶメガフロート『海京(かいきょう)』にある学院だ。 パラミタで発掘されたイコンのいくつかが、この学院に持ち込まれ、研究されていたらしい。その結果、イコンは優れた兵器であることと共に、イコンの能力を発揮するためには、地球人とそのパートナーが同時に搭乗する必要だということが判明。こういった日のために、実用化に向けた研究、パイロットの育成が進められていたという。 今回の戦い。聞いた話では、パイロットの練度と地の理は寺院側の方が有利らしい。彼らに可能なのは、相手イコンの駆逐ではなく足止めのみだろう。しかも、実際に彼らの戦いを見るに、残念ながら、やはり足止めを長く保つことは望めそうになかった。 「――急いでください」 巽は、半ば祈るような気持ちで旧王都を臨める方へと向き直り、そこに座する宮殿を見詰めた。 ◇ 味方らしき人型兵器と寺院側の人型兵器との戦闘は続いていた。互いの力は、ほぼ拮抗していると言って良さそうだったが、どうも味方の方の動きが所々で鈍い。 「地上の生徒を庇いながら戦っているから?」 ルナ・フレアロード(るな・ふれあろーど)は小型飛空挺を駆りながら、二つの人型兵器の戦闘を観察していた。 と、味方らしい人型兵器が銃撃をまともに受けて、地上に足を付けた。危うく地上の生徒を踏みそうになったのを堪えたらしく、よろめく。そのまま、形勢は一気に不利に転じ、敵になぶられるような形となっていく。 助けなくては、と思ったのは他の皆も一緒だったらしい。 まだ動ける数機の小型飛空挺が敵の周りを飛び回り、先ほどと同じように煙幕ファンデーションや光術などで撹乱しようとし始めていた。 が、余り効果を持てずに敵に蹴散らされて行く。しかし、頭部への撹乱を嫌がっているのは確かなようだった。 「つまり――外部カメラは、確かにあの位置にある」 ルナは、小型飛空挺を急降下させながら、例の物を手に取った。タイミングを計り、跳ぶ。風を切って向かった先で、敵の人型兵器の頭部がルナの方を見た。 相手の動きは、余裕を持っていた。生身での特攻とでも捉えて油断してくれたのだろう。 (そう簡単に、やられません!) 人型兵器の手がルナの方へ伸ばされる。その大きな手が側方に迫った瞬間、ルナはバーストダッシュで虚空を蹴った。急加速したルナの体が人型兵器の手をすり抜け、頭部に迫る。 そして―― 「これでも、くらいなさい!」 ルナは、抱えていたペンキをそこへぶちまけた。 ◇ 「な、なななななんだ!? どうなってんだよ!? モニターがッ! クソッ!!」 彼は完璧に混乱していた。勝利気分に酔った高揚状態を突然ひっくり返されたのだ。 もう一つの声が叱りつけるように飛ぶ。 「落ち着け! ただのペンキだ! センサーで――ッッグゥ!?」 コクピットが激しく揺れる。おそらく、敵性イコンによるものだ。 その揺れが収まらない内に通信が開く。 『貴様!! 何故、勝手に隊を離れている!?』 「も、申し訳ありません隊長殿!! しししかし、相手方にもイコンが!」 『そんな事は知っている! 既に我が隊は敵性イコン部隊と交戦中だ! 貴様も早くこちらへ急げ!! 母艦ではカミロ様がご覧になっているのだぞ!!』 「し、しか、しかし、ですね、モニターが使えな……」 『破損させたのかッ!?』 「いえっ! ペンキをぶっかけられたものと!!」 『ッ、とにかくこちらから援軍を出す。それまではセンサー類で堪え切って見せろ。……これ以上、カミロ様の前で俺に恥をかかせるな』 プツ、と通信が切れる。 「――クソッ」 彼は一度、強くコクピットの内部を叩いてから、深く呼吸した。 「スラスターのタイミングを頼む」 「了解した」 パートナーの声が返る。そうして、彼は操作への集中を取り戻しながら、「カミロ様」と、その名自体がお守りであるかのように小さくつぶやいた。 ◇ 視界を閉ざされた人型兵器は一瞬、パニックになったようだった。 でたらめな動作を見せていたそいつへと、こちらの人型兵器が組み付き、ビル間を押し流していく。横一直線に伸びていく、ビルの表面を削る音と噴煙。 と、ルナたちからずいぶんと離れたそこで、ふいに敵の動きが機敏さを取り戻した。 それなりに外の状況に応じ始めたということは、カメラ以外にそれを知る術があったからだろう。組み付いていた手を振り払うと、敵の人型兵器は、その場を離れるようにビル間へと逃げ込んで見えなくなった。 そして、味方の人型兵器は、少しだけ、こちらに礼を送るような仕草を残してから、敵を追って空気を鳴らしていった。 旧王都戦・宮殿前 旧王都の上空で行われる激しい銃撃戦―― 遠くに見える巨大なアーチの周囲を、二つの機体が斬り合いながら滑って行く。一方で、機銃に撃ち圧された友軍機がビルに叩き付けられ、太く噴煙を撒き散らす。 それらを背景とした荘厳な宮殿の前では、本隊と寺院兵の部隊とが激しい戦いを繰り広げていた。 「ここまで来たというのに――」 ジュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)はうめき、もう幾度目かレールガンのトリガーを引いた。 放たれた強烈な光の奔流が、戦場の音を焼きながら寺院兵やガードロボらを薙いで行く。 宮殿へと辿り着いた本隊は、宮殿の防衛システムに足止めされ、そして、後方から迫る寺院兵の部隊に挟まれる形となっていた。 味方らしい人型兵器の部隊が寺院の人型兵器たちを抑えてくれている今が、おそらく最後のチャンスだが――人型兵器同士の戦いは味方の方が押され気味であることは見て取れた。 少しでも崩れれば、一気に押し返される可能性がある。 そうすれば、寺院の人型兵器たちは、こちらへ総攻撃をかけてくるだろう。 期限は短い。 「宮殿の方はまだ!?」 カレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)が転経杖によって強化されたファイアストームを産み出す手を休めずに吐いた言葉へ、ジュレールはかすかな苦味を含んだ声を返した。 「手間取っているな。さすがに旧王都最大の防衛システムだ」 一見、開放的に見える巨大な宮殿には攻性の結界が張り巡らされていた。しかも、その壁や地面からは砲台が生え、神子たちの侵入を強固に拒む。加えて、ガードロボたちは倒しても倒しても、次々にテレポートで新手が送りこまれてくるのだ。クイーンヴァンガード隊が手立てを探しながら交戦しているが、未だに解決の糸口は見つかっていないようだった。 「もう時間は無いのに――」 カレンが落ち着かない心を押さえるように歯を噛み締めながらこぼす。