校長室
建国の絆 最終回
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旧王都戦・本隊 神子たちを連れた本隊は、これまで比較的、危なげなく歩を進め、じきに宮殿というところまで辿り着いていた。 それは、各部隊が予想以上に成果をあげ、『道』を開いてくれていたためだった。 しかし―― 大型ショッピングモールのような建物だ。 地球にあるようなそれより、更に大きい。広い通路の天井は遥か上空にある。上層階部分の通路部分は完全な吹き抜けとなっていた。おそらく、有翼人種を優先に造られたものだからだろう。 空中の所々には、休憩スペースと思われるベンチや小型の噴水、植物プラントや飾り石のような物などが浮かんでいた。 ――その飾り石が魔法の氷に砕かれる。 地上の通路では、本隊を守る生徒たちと彼らを待ち構えていた寺院兵たちとの戦闘が続いていた。 「くそっ、完全に回り込まれてるッ。こっちの動きを全て把握されてたのか?」 渋井 誠治(しぶい・せいじ)は慌ただしく銃型HCのマップ情報と現状とを整理、確認しながら本隊を逃すための最適な道を探っていた。 「さっき見かけた裏手の通路は?」 ヒルデガルト・シュナーベル(ひるでがると・しゅなーべる)が光条兵器の銃で寺院兵を牽制しながら言う。 「あれは構造から見て、翼の無い連中が上層階へ上がるための通路だ。だから、あっちは、マズい――たぶん、翼が無いと通れないエリアがあったりする可能性が高い」 諸々の構造などから察するに、この都では有翼人種は上層階級であり、翼の無い人種は下層階級だったのだろう。 それは、ここへ侵入するまでの間に強く感じていたことだった。守護天使やヴァルキリーに対してだけ、やけに警備が甘かったのだ。無翼人種はIDパスとやらを求められるのに対し、有翼人種の生徒に関してはそれが無くフリーパスのようだった。ある種のガードロボは、彼らを完全にスルーする時すらあった。 ともあれ、誠治は瞬きすらも惜しんで、目を血走らせながら銃型HCのコンソールへとひたすら指を滑らせていた。 気を抜けば、あれやこれやの状況が頭の中からするりと零れてしまいそうだった。そうなれば、本隊を危険にさらすことになる。ひいては、宮殿へ神子を運べずにシャンバラの崩壊を招くことに繋がる―――それでは、命を賭けて本隊のための道を開いてくれている仲間たちに申し訳が立たない。彼らは今も王都の各地で、本隊を信じ、危険な戦いを続けてくれているのだ。 辺りには、激しい戦闘音が続いているはずだったが、誠治には一切聞こえていなかった。額の端の血管をひりひりとひくつかせ、鼻血を吹きそうなほどの集中の後…… 「っし――隊長!!」 誠治は本隊の行くべき道を導き出した。 本隊を逃すために、向かうべき方向の寺院兵を散らす必要があった。 「ここは、わらわたちに任せてもらおう」 ミア・マハ(みあ・まは)の歌声が敵の隙を誘い――レキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)のスプレーショットが叩き込む。そうして、体勢を崩した寺院兵たちへと、ガイアス・ミスファーン(がいあす・みすふぁーん)らが切り込んで行く。 「ふっ、仲間を先に行かせるため、か」 豪快な踏み込みと共にゴブリンを斬り捨て、ガイアスは、そのゴブリンの首をひっ掴んで寺院兵へと投げつけた。 そうして出来上がった、にわか道へと突き進みながら、刃を振りかざす。 「契約した頃は功名と力のことしか考えておらなんだ我が、変われば変わるものよな――ぐぅっ!?」 どこよりか放たれた雷撃に一度うめき、ガイアスは、しかし構わずに刀を巡らせて寺院兵たちを蹴散らした。 「五千年前のこと、まったく覚えてはおらぬ。だが、そこでどんな恩や仇があったとしても、この戦への参戦をもち決別とさせていただく!」 その後方―― 「ポンカ、タロ! ガイアスさんを援護して!」 ジーナ・ユキノシタ(じーな・ゆきのした)の指示を受けたパラミタ虎とパラミタ猪が、硬い床を駆って寺院兵を押し倒した。 「ビスマルクは後方の守りを! リヨン、シンシアは撹乱――できるかな?」 ゴーレムが銃撃からジーナたちを守るように立ちふさがり、ティーカップパンダと毒蛇がとりあえずちょろちょろと敵の方へと向かって行く。 そして、ジーナ自身は己の威圧で、戦意の薄い者を降伏させようとしたが、それは巧く行かないようだった。……その寺院兵らには、どこかしら、不本意にこの戦いを行っている節が見受けられるというのに。 一方、生徒たちの勢いに押し崩された寺院兵たちを、レキは注意深く観察していた。 捜しているのは、この部隊の指揮を執っている者。 「――見つけた!」 星輝銃を構え、慎重に狙いを付ける。 (殺しに来たわけじゃないんだ。だから……) 出来る限り致命傷を避けられる部位を狙い、レキは引き金を引いた。 レキの放った光弾が細く輝線を描いた先、そこに居たのはアナンセ・クワク(あなんせ・くわく)だった。 「アナンセ……」 乱戦模様の中で、気づいたアリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)は口の中で名をうめいた。 寸でで察していたらしいアナンセの肩口を光弾が掠める。アリアは、すぐにレキの方へと振り向き、 「お願い! 彼女のことは私に任せて!」 「え?」 続けて狙いをつけていたレキが、きょとんっとアリアの方を見やる。 怪我人にヒールを使っていたヒルデガルトが軽く目を瞬き、 「そんな、危険だわ」 「ううん、大丈夫――友達なの」 アリアは言って駆けた。 「”こうな”も行くの!!」 天穹 虹七(てんきゅう・こうな)が後を追ってくる。 そして、戦闘の激しい音の中に聞こえるレキとヒルデガルトの声。 「なんだかよく分かんないけど、援護するよ!」 「無茶はしないようにね」 二人の援護を背にアリアたちはアナンセの方へと向かって行った。 ◇ それは、以前のような芝居のための戦いでは無かった。 アナンセの剣に迷いは無く、アリアはそれを全力で切り返しながら、彼女の説得を続けていた。 数度に及ぶ激しい斬り合いを経て、アナンセのブレードがアリアの頬と髪先を掠める。 「お願い、剣を収めてアナンセ!」 アリアは身を翻して、ブライトグラディウスを振るった。 「出来ません。私は砕音さんにあなた方を足止めするように命じられています」 アナンセが距離を取るように後方へ飛んだのを追ってアリアは地を蹴った。 「パートナーのあなたなら、今の砕音先生が何かおかしいって分かるはずよ!」 「しかし、私は主に命を与えられた。彼がそれを望んだ。だから、私はそれを果たします」 「砕音先生の本当の望みはそんなものなんかじゃないはずだわ! ――砕音先生は必ず救える。正気に戻せる。だから……」 「あのねっ!!」 虹七の声が飛ぶ。戦場を駆けてきた彼女もまた傷だらけだった。 「砕音先生……アナンセお姉ちゃんが傷ついたら、きっと悲しいの。それにね、こうなも悲しいの。だって……アナンセお姉ちゃんがなでなでしてくれた手、とっても暖かかったの!」 「砕音先生にも、私たちにも、貴方が必要なの。決して戦いの道具なんかじゃない貴方が」 アリアは、切っ先を下げて、祈るように続けた。 「お願い、アナンセ……もう友達と戦いたくないの」 「…………」 数秒の間、周囲の戦場の音だけが響いていた。仲間たちの援護のおかげで、こちらを狙った攻撃は無いものの、時折り、二人の間を流れ弾が走り抜けて行く。 と、アナンセがブレードの先を下げ、 「既に、神子がこちらを進んでいることは寺院側の全てに知れ渡ってしまっています」 「……え?」 「まだ多くの部隊が各地で戦闘を続けていますが、現時点で4割を駆逐し終え、こちらに向かっています。急いでください。幸い、今そこで交戦中の部隊には砕音さんを慕っていた兵が多い。私から説得を行えば、おそらく半数は戦闘をやめさせることができると思います。その隙に」 「アナンセお姉ちゃん……」 近づいてきた虹七の頭へとアナンセが手を置く。 その光景に少しだけ笑みを浮かべてから、アリアは真剣な表情で、 「そんなことをして、大丈夫なの? 私たちが守――」 「私は問題ありません。しかし……」 そして、アナンセは本隊の方を見やってから、アリアへと視線を返した。 「宮殿の周囲は人型兵器の守りも固く、宮殿自身の防衛システムも強固です。このままでは非常に厳しい戦いに――いえ、あなた方の隊の戦力では突破は不可能でしょう。これは絶対と言ってもいい。それでも……――砕音さんの真の望みを叶えて欲しい、そうお願いしても良いですか?」 物理的には何の表情も無いアナンセの目がアリアを見つめる。 「任せて。きっと大丈夫だから」 アリアは応えて、微笑みを返した。