校長室
建国の絆 最終回
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旧王都戦・中間支援拠点 戦場の状況に応じて設置されていた中間支援拠点のひとつ。 ビルとビルの間の、比較的、遮蔽物の多い公園に構えられたここで川上 涼子(かわかみ・りょうこ)らは、戦況の悪化により加速度的に増え始めた負傷者の対応に追われていた。 「あとは任せて下さい! 私が運びますから!」 負傷した生徒を支えながら、涼子は微笑んだ。彼をここまで連れてきた生徒が、安心したように地面に座り込む。 周囲には次から次へと負傷者が運び込まれていた。後方からの補給物資を手にわたわたと慌てているエメネア・ゴアドー(えめねあ・ごあどー)が見える。 涼子は、救護に回っている人数を頭の中に呼び出しつつ、 「間に合わない――エメネアさん! リフルさんたちに救護班へ回ってもらうようにお願いしてください!」 「わわ、はいっ、了解しましたー!!」 エメネアが補給物資を抱えたまま、ばたばたと駆けて行く。 「あ――それは適当に置いていって、だいじょ……行っちゃった」 と――。涼子は先ほど座り込んだ生徒の様子がおかしいことに気づいた。肩で息をしている彼が座り込んでいる地面に、じわっと血が広がって行く。 「っあぅうう、あなたもすごい怪我じゃないですか! ど、どうしよぅ、誰か!?」 「大丈夫よ、わたくしが運ぶから」 すっと声が聞こえ、いつの間にか近くに来ていたマクガーレン・エレナ(まくがーれん・えれな)が座りこんでいる生徒を支え、涼子の方へと優しく笑んだ。 「急ぎましょう」 「は、はい!」 涼子は彼女の笑みに力づけられながら、自らが支える生徒を連れて歩きだした。 彼女の願いはただひとつだった。それは、皆ができるだけ無事に帰ること。 (建国とかどうだっていい。そんなのは、どうだっていい。だから皆、無事に……。理子先輩も、砕音先生も、お兄さんも――) ◇ 「リフルさーーん! アルマさーーーん!」 というエメネアの声に、アルマ・アレフ(あるま・あれふ)は振り返った。手の先に付いていた米粒をペロリと舌先で掬って。 「……エメネア?」 手に持っていたやかんを置いて、リフル・シルヴェリア(りふる・しるう゛ぇりあ)が小首をかしげている。 彼女たちは炊き出し班として、おにぎりやカップラーメンを作っていた。 と―― 「っぉあぅ?」 地面のでこぼこに蹴つまずいたエメネアが、抱えていた補給物資を天に放り上げつつ、アルマたちの方へと盛大にスッ転んだ。空中を泳いだエメネアの手が、おにぎりの並べられたお盆の端にかかる。 スッペーーン、とひっくり返ったお盆がおにぎりたちを空へと放りあげた。しばしの間をおいて、重力に従い落下してくる諸々。 「わっとと」 アルマは慌ててお盆を持ち、落下してくるおにぎりたちを受け止めた。隣で、はし、はし、ぱく、とリフルがおにぎりを受け止めた音が聞こえる。 「……ぱく?」 振り返り見れば、おにぎりのひとつを器用に口で受け止めていたリフルが居た。 おにぎりを咥えたまま、リフルがアルマの視線に気づいて軽く首を傾げる。 間髪入れず、どしゃっ、という音と「っへぐ」という声。 そちらに視線を返せば、エメネアが補給物資に潰されていた。 「だ、大丈夫?」 アルマの心配げな声に、エメネアは「ごめんなさーーいっっ」と泣きながら顔を上げた。 もぐもぐごくんっ、という気配の後、リフルが、 「……それはいいとして。どうしたの?」 「はっ――あの、救護班に人が足りないので、お二人ともそちらへお願いしますっ!」 「了解! 急ごう、リフルちゃん!」 「……ええ」 アルマがエメネアを助け起こしながら言った言葉に、リフルは口元の米粒を指先で拾いながらうなずいていた。 ◇ 如月 佑也(きさらぎ・ゆうや)は中間支援拠点の護衛として、ガードロボや機晶姫の残骸が転がる荒れた街並みを警戒していた。通り向こうの物影から、辺りを警戒している生徒から、異常無しと合図を受け、そちらに合図を返しておく。 「にしても……後方支援にあたる十二星華が、薄幸、ネジ足らず、はらぺこ天然の三人娘、か――」 つぶやいて、佑也は軽く口元を揺らした。 「なんか改めて、こう、言い知れぬ不安が……」 嘆息して、軽く頭を振る。そして、彼は気を取り直すつもりで小さく息を吸って、支援拠点の方をちらりと見やった。 公園には、有翼人種用の設備が見受けられた。大木の枝に設けられた空中ベンチや案内板など――どちらかというと地上の設備より優遇されているように感じる。 そういえば、王都の建物……特に商業区らしいこの辺りのビルは押し並べてそういう感じだった。メインとなりそうな入口が屋上や最上階にあり、景観としても、上空を行き来している者へ向けて作られている節がある。地上にある出入り口などは、従業員用、といった雰囲気があった。 と。 佑也は、頭で考えるより先に、身体を翻していた。 彼が先ほどまで身を置いていた地面に銃弾が爆ぜる。 「――来た」 短く吐き捨てながら抜刀し、佑也は味方へ報せるために叫んだ。 ◇ 「よし――っと、これで良いはずです。頑張ってください」 神楽坂 翡翠(かぐらざか・ひすい)は治癒を施した生徒を励ますように笑んだ。そして、すぐに次の負傷者の方へと急ぐ。 怪我人はまだまだ沢山そこにあふれていた。リフルやアルマといった炊き出し班の手を借りても、まだ厳しい。先ほど聞こえた話では、先陣部隊だけでは無く、各遊撃部隊も後退を余儀無くされているらしい――どうやら戦況もどんどんと厳しくなる一方のようだった。 治癒魔法を使っていた生徒のひとりが、うめくように「きりがない……」とボヤいたのが聞こえる。 翡翠は、自身も怪我人の怪我を癒しながら、 「確かに、きりはないかもしれませんけど、少しは、マシになりますから――だから、やれるだけやりましょう、ね?」 ボヤいた生徒の方へと微笑んだ。 と。 「翡翠、こっちを先に頼む」 重傷者を抱えたレイス・アデレイド(れいす・あでれいど)に呼ばれて、翡翠はそちらへ向かった。向かって、地面に落ちていた何かに足を滑らせて、ずべっと転んだ。 「……おい、大丈夫か?」 「はは……どうせ、いつものことですから」 レイスに助け起こされながら、足元の方を見る。落ちていたのはおにぎりの残骸だった。その向こうで、皆へおにぎりを配っているエメネアの姿があった。おそらく、彼女が無駄にひとつ落っことしたのを”たまたま”踏んだのだろう。翡翠は、やはり、といった思いで、 「いつものことですから」 繰り返して、嘆息した。 ともあれ、重傷者のところへおもむく。 地面に敷かれた布の上に寝かされた生徒の防具を剥ぎ、翡翠は服を破った。傷と彼の体力の様子を見て…… 「レイスさん。彼は後方へ戻した方が良いかもしれません。準備をお願いします」 「分かった。では、後は任せるぞ」 そう言ってレイスが立ち上がった刹那――見張りにあたっていた佑也の声が聞こえた。ほぼ同時に、公園のそばで銃撃音が咲く。 にわかに混乱し出した生徒たちの中で、涼子は、必死に周囲へ指示を出していた。 「み、みなさん落ち着いて! あ、あの、まずは負傷者の――キャッ!?」 護衛を抜けた寺院兵の銃撃が辺りを抉り、幾つか聞こえた悲鳴。 一瞬、立ちつくしてしまった涼子の背をぽんっと押す手。振り返れば、マクガーレンが居た。 「落ち着いて。あなたなら出来るわ、涼子」 柔らかな笑みを浮かべて、彼女が続ける。 「がんばりなさいな、ここがあなたの決めた戦場でしょ。あなたのことは、私が全力でまもってあげるから、ね」 「う、うん!」 涼子は、きゅっと拳を握って、息を吸った。そして、凛と声を放つ。 「動ける人は援護をお願いします! 神楽坂さんたちは負傷者の移送を! とにかく重傷者を最優先で運んでください! 各部隊への拠点後退の通達は――」 ◇ 「リフルちゃん! こっちッ!」 光条兵器を片手に、アルマはリフルの方へと手を振った。負傷した女生徒に肩を貸したリフルが退路へと急ぐ。 と――向こうの方で護衛の生徒たちが寺院兵に突破されたのが見える。リフルも気配で察していたらしい。彼女は、とっさに負傷した女生徒を逃がす形で放し、丸腰のまま寺院兵たちを見据えた。アルマは、その横を走り抜けながら、光条兵器の光弾を放った。 「間に合わない」 リフルの声。 「逃げて」 「逃げない! リフルちゃんはあたしの大切な友達だもん!」 光条兵器で抑え切れなかった寺院兵が、刃を閃かす。 「――絶対に守るわっ!」 アルマは再び光条兵器の引き金を引いたが、光弾は彼を掠めて遠くの地面へと消えた。迫った風切り音――そして、金属が目の前で強く打ち合わされる。 「過ぎる早死にはするなよ? 残されたこっちは後味悪いんだからな」 レイスが言いながら、彼女の頭越しに己の剣で受けていた寺院兵の刃を弾き返した。アルマの横を彼の翼が過ぎ去り、振り出された蹴りが寺院兵を打ち飛ばす。 そして、その隙に光条兵器の狙いを定めていたアルマの光弾が寺院兵を撃ち抜いた。