空京

校長室

建国の絆 最終回

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建国の絆 最終回
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リアクション



二人の山葉

「おーい、もう誰かいないかー?」
 山葉 涼司(やまは・りょうじ)の声が、黒煙に覆われたような大荒野に響いて消える。
「どうやら取り残された者はいないようだな。
 ……って言うか、避難民も仲間も誰もいないいぃぃ?!」
 気づくと彼は、闇龍の脅威にさらされるシャンバラ大荒野の真ん中に取り残れていた。
「花音! 花音ー!」
 パートナーの花音・アームルート(かのん・あーむるーと)に電話をかけるが、呼び出し音が続くばかり。
 人々の避難救助に忙しい彼女は、涼司の電話は無視しているようだ。
(やっべえぇぇ、ミイラ取りがミイラを地で行くぞ?!)
 焦って周囲を見回す涼司の目に、ありえない物が映った。
「……腕??」
 涼司はメガネを外して、目をごしごしとこすった。
 何かが暗雲の固まりである闇龍を押さえこもうとしているように見える。
 巨大な、それも山よりも雲よりも大きい……半透明の腕だった。
 
 そこから離れた大荒野内でも、それは確認されていた。
 キマクオアシス付近。
 波羅蜜多実業高等学校校長石原 肥満(いしはら・こえみつ)も幾人かの生徒と共に、空を見上げていた。
「うぅむ。なんじゃのう……?」
 肥満は難しい顔で、空に現れた腕と闇龍を見上げる。
 幸い、児玉 結がスフィアの書き換えを認めた事で、キマクはこの世から消滅する事は防がれた。
 代わりに、大陸から離れた浮遊小島(岩?)が闇龍の攻撃で消し飛んだそうだ。
 その周辺はブラックホール化して危険なようだが、沿岸からも航路から遠く離れているので、そう問題はない。
「校長、あの手はなんだ?!」
 さしもの猛者パラ実生も不安げに、石原校長に聞く。
「ビビるでない。よく見れば、あの手は闇龍を抑えようとしておるようじゃ」
「にしたって、闇龍よりもデカい腕なんて、まさかアトラスじゃあるまいし……?」
 パラ実生たちは、顔を見合わせる。
 浮遊大陸をかつぐ大巨人アトラスは、子供でも知っている。
 だが子供しか存在を信じていない神話の中の存在だ。その筈だ。
 肥満はにんまりと笑った。
「アトラス様の御意思ならば、パラミタ大陸そのもの意思。まだ滅びんとする浮遊大陸が闇龍に抗っておるのじゃろうて」
 肥満はカッカッカと高笑いをあげる。

 やがて闇龍を形作る暗雲が群れ飛び、その腕らしき物も見えなくなってしまう。
「何だったんだ……」
 つぶやく涼司の視界を、何かが横切る。
 今度は実体があり、もっと確かな……だが今までは、アニメや映画の中でしか見たことのないもの。
 巨大人型兵器イコンである。
 御神楽環菜(みかぐら・かんな)天御柱学院(あめのみはしらがくいん)に呼び寄せにいったイコンだ。
 彼らは付近で異常な数値を確認し、偵察にきたのである。
 数機が編隊を組んで飛ぶ中から、一機のイコンが地上に降下してくる。
「取り残された住民の方……あれ? 涼司じゃないかっ?!」
 拡声器から響いたパイロットの声が、急に親しげになる。
「はあ? ロボットに知り合いなんかいねーぞ?」
「俺だよ、俺。聡だよ」
 涼司のアゴがかくんと落ちる。
「いとこの聡か?! 何してるんだ、そんな物に乗って?」
 山葉 聡(やまは・さとし)は誇らしげに言う。
「へへっ、俺、コントラクターになって天御柱学院に入ったんだ!
 まっ、この前ちょーっと撃墜されたりもしたけど……新しいコームラントも配備されて、俺は元気だぜ!
 ……これで、少しは涼司に追いつけたかな?」
 猛スピードで追い抜かれた気がする。
 巨大なビーム砲を装備した、重装甲のイコンは、涼司の前にあまりに重々しく、そびえ立っている。
 唖然としている涼司に代わり、イコンに同乗するパートナーサクラ・アーヴィングがいぶかしげに聞いた。
「聡さん、この人は誰?」
「前も話しただろ? 俺の尊敬する、いとこの涼司だ」
 この場に蒼空学園生がいたなら、「気は確かか?」と物凄い数のツッコミがあったに違いない。
 しかしサクラは「そう」と気のない返事をする。
「そんないとこがいるなんて、さすがは聡さんだわ。
 でも、そんな凄い人なら、わざわざ助けなくてもいいのではないの?」
「そうだな! 俺が涼司を助けるなんて、おこがましいよな。
 じゃっ、戦況がやばそうだから俺は行くぜ。戦いが終わったら、花音ちゃんを紹介してくれよな!」
「え? おい? ちょっと待て……!」
 涼司が止めるのも聞こえないのか、聡はイコンを発進させる。
 巻き起こる気流と塵に、涼司は咳き込んだ。
「げふげふ……お〜い、待ってくれえぇぇぇ……」
 大荒野に一人取り残された涼司の呼び声は、高速で飛び去るイコンに届く事はなかった。