空京

校長室

建国の絆 最終回

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建国の絆 最終回
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児玉 結

 暗い空が近かった。
 キマクにある廃墟となった屋敷のテラスだ。
 その朽ちた端っこから足を垂れて空を眺めていた児玉結は、足音に気づいて、そちらへ顔を向けた。笑う。
「ちょえーっす、本当に来たんだ。鬼ウケるんですケド」
「この前は、最後まで一緒に戦えなくてすまなかった」
 瀬島 壮太(せじま・そうた)が言って、結は軽く首を振った。
「仕方無かったし、あんたのせいじゃねぇっしょ」
 壮太と共に来ていた早川 あゆみ(はやかわ・あゆみ)が心配そうに小首を傾げる。
「身体は大丈夫?」
「身体? あー、全然問題無し。チョー平気だよ。ほら、ユーは特別せーだから」
「本当? 痛いトコ、ない? お口ちゃんも大丈夫?」
 メメント モリー(めめんと・もりー)の言葉に結はパタパタと手を振って、
「痛くないって、すっげームカツいてるケド。あいつらマジゆるさんねーし、一生ブラックリストぶっこんどくし――あ、エンプティなら」
 と、テラスの下から、エンプティが、ぬぅっと顔を覗かせた。
 ミミ・マリー(みみ・まりー)がそろっと、その表皮を撫でてから、ミミは結の方へと振り返って言った。
「早川先生がね、お弁当とか焼き菓子作って来てくれたんだよ」
「……あー、ユーはいいや。エンプティにあげて。今、そういうの、食べる気分じゃねーし。ダイエット中っつーか」
 へへ、と笑った結に、あゆみが心配そうな顔で、
「結ちゃん……痩せ我慢、してる?」
「してないって。ホントは腹減ってねーだけだし」
「そうじゃなくて……」
「無理に笑ってるだろ、おまえ」
 言ったのは、壮太。

 結が、「はぁ」と眉をかしげ、
「どういうこと?」
「オレたちはおまえのそういう顔を見に来たんじゃねえよ」
「結ちゃん。あなたはもっと怒って良いの。悲しんで良いの」
 そう言って、あゆみが結を抱きしめる。
 そして、壮太は、どこかぼんやりとした表情を浮かべている結へと続けた。
「辛かったら辛いって言え。泣きたきゃ泣け。無理して、笑うな」
「それで、どうなるっての?」
 結が薄い笑みを浮かべて、色の褪せた目で壮太を見上げる。
「ユーが辛い辛いって言って、ピーピー泣いて、そんなのさらしたって、”どうしようもないこと”たちが喜んで調子に乗るだけっしょ」
「オレ達は、おまえのダチだ」
 壮太は彼女を真っ直ぐに見据えて続けた。
「おまえが望むなら、いくらでも手を貸してやれる。だから、幸せになろうとする事を諦めるな」
 結を抱くあゆみの手に力が込められる。
「結ちゃん、ごめんなさい。私たちは、あなたを守れなかった……」
 そして、あゆみは、すぅっと少し離れて結の顔を覗き込んだ。
「あなたに、ずっと伝えたかった事があったの――うちの子にならない?」
「…………?」
 目を瞬いた結へと壮太は続けた。
「その気があるなら、おまえが明倫館へ入学できるよう房姫やハイナ総奉行に頼み込んでみる。だから、おまえは鏖殺寺院を抜けて、早川先生の元で普通の女子高生に戻れよ」
「ユーが、フツーのジョシコーセーに――」
 ミミが、くつんっと微笑んで、
「クレープ。今度は空京まで一緒に食べに行こうよ。だって、できたてのほうが絶対おいしいもん」
 床に付いていた結の手を握る。
「大丈夫、きっと全部うまくいくよ」
「でも、その前に、ユーちゃん――ね?」
 モリーの言葉に結がそちらへと視線をやる。
「……スフィアのこと?」
 モリーがうなずき、
「確かに、酷い人もいるけど、キマクの人達はユーちゃんの言葉を信じてくれたよね」
 モリーは、ゆっくりゆったりと、でも、一つ一つの言葉をはっきりと伝えるように続けた。
「その人達の住む場所を壊す訳にはいかないよ。ボクも結構色んな目に遭ってるけど……世の中悪い人ばっかりじゃないしね」
 あゆみが続ける。
「私ね、自分の赤ちゃんは元気に産んであげられなかった。けれど、シャンバラの子供達は守りたい。そのために、結ちゃんの協力が必要なの」
「キマクを救ってくれ」
 壮太はミミと共に結を見やった。
 四人の視線を受けて、しばらくの後、結はのっそり立ち上がりながら、ぽりぽりと頭を掻き、
「……でー、書き換えって、どこでやってくれんだっけ? 予約いる?」
 言って、小首をかしげた。
(あー、要らない要らない。だって閑古鳥がきゃっきゃ鳴いてるものー)
 聞こえたのはエルのテレパシー。
 振り返れば、タイミング良くテレポートで飛んで来ていたヒダカたちの姿があった。
「――さっきの話だけど」
 結が、ちろっとあゆみの方を見やりながら言う。
「ユー、うるさく言われんの苦手なんだよね。それさえなきゃ、乗ってもいっかなーって」
 言われて、あゆみの方は、ぱちくりとしていたが、ややあってから結の言っている意味が分かったらしく、嬉しそうに微笑みながらうなずいた。
「大丈夫よ。だって、結ちゃんはちゃんと挨拶ができるもの」