空京

校長室

建国の絆 最終回

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建国の絆 最終回
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リアクション



葦原

 ツァンダ南東部に浮かぶ葦原島。
 地下シェルターでは堪え切れない可能性が高いとした明倫館は、生徒たちからも提案があったツァンダか空京へ、空路を使って住民を避難させることにしていた。

 風を重く響かせて、大型飛空挺が淀んだ空へと飛び立っていく。
「間に合うのか……?」
 透玻・クリステーゼ(とうは・くりすてーぜ)は、空港へ向かう住民たちの避難誘導にあたりながら、北へ向かう飛空挺を見上げた。今まで何艇かの大型飛空挺が空港を飛び立ったが、島を脱さなければいけない者たちはまだ大勢残されていた。とても、間に合うとは思えない――
「いや……間に合わせるしかないのか」
「透玻様」 
 璃央・スカイフェザー(りおう・すかいふぇざー)の声に、透玻は視線を巡らせた。避難状況の確認を行っていた彼が、透玻へ顔を寄せ、
「東よりモンスターの一団が迫って来ていると」
 耳打ちする。透玻は、元から悪い目つきを更に強めつつ、ひそめた声で返した。
「被害は?」
「人的には、まだ――しかし、進軍方向には空港があります。そこへ向かっている避難民たちも」
「すでに東側に集まっている避難民の誘導は?」
「パニックが起こらないよう、慎重に進められていますが……」
「人手が足らない、か。こちらからも何人か回せるように相談してみよう……。璃央、貴様は他区域の生徒に伝達を」
「了解しました」
 穏やかに微笑んだ璃央へと、短く「頼んだ」と言い捨て、透玻は共に避難誘導を行っている仲間の方へと向かった。
 苦手な人混みの間を抜けながら、少しヒダカに似た少年を見かけ、ふと彼のことを思い出す。
(スフィアの書き換え、か……)
 彼にスフィアの書き換えを勧めたのは、自分だ。成功を祈ってはいる。ただ、今更ながら憂いはあった。あの痩せた青白い顔を浮かべ、微力ながら祈る。
(……ヒダカ、無理はするなよ)

 ◇

 長い道のりを経て、皆の顔には疲れが見えていた。
 母親の後を急いでいた少女が、ぬかるみに足を取られて転ぶ。
 志方 綾乃(しかた・あやの)は、彼女を助け起こし、その顔についた泥をハンカチで拭ってやった。
 礼を言われたので笑顔を返す。少女を母親の手に返し、綾乃は、周囲を見やった。農具や厚手の服装で武装した若い男たちが、女子供や老人たちを守るように取り囲んでおり、疲れた顔ながら周囲を警戒する目を怠らない。
 と、向こうの空に、上昇していく飛空挺の姿が見えた。
「もう少し、ですね」
 彼女は袁紹 本初(えんしょう・ほんしょ)と共に、葦原島の僻地の集落や村に住む人々の避難を行っていた。それぞれの集落や村は小さく人口も少なかったものの、集まればそれなりの規模で、綾乃たちだけでは満足に護衛を行うことが難しそうだった。
 そこで、彼女たちは彼らにそれぞれの役割をお願いして、なんとか空港までの道を乗り切ろうとしたのだった。若い男たちは護衛、女子供には怪我人の手当、老人にはそれらの指導――といった具合に。
 幸いにも今まで、モンスターによる大きな襲撃は起こらなかったし、それなりに統率だった行動を取れたおかげで、まだ誰も傷つくことなくここまで来れた。だが……
「……あれは」
 上空を警戒していた袁紹がほつりともらし、すぐさま綾乃の方へと厳しい声を飛ばした。
「モンスターじゃ! 数が多いッ」
「はい」
 綾乃は弾かれたようにモンスターが向かってくる方へと駆け出していた。袁紹が示した空には、黒く蠢く影の塊がこちらへと迫って来ているのが見えていた。後方、袁紹がやはり駆けながら避難民たちへ、逃げるように指示を出していっている。
 綾乃は村雨丸を抜きながら、
「モンスターです。私が引きつけますから、皆さんは早く――」
 殿へと駆け抜けて、空を睨みやる。いくら武装しているとはいえ、契約者でも無い一般人を戦わせるわけにはいかない。彼らの武装はあくまで、お守りやおまじないのようなものなのだ。
 背中の方では空港の方へと急ぐ避難民たちの気配。空にあった影の塊が段々と近づいて、個別の姿を視認できるようになってくる。黒い、歪な巨大コウモリのオバケに長い尾を足したようなモンスターだった。鳴き声も無く、ただ風を叩く音を無数に騒がせながら迫って来ている。
 これらを一人で抑えなければいけない。
「志方ないね」
 やはっと笑う。
 折角ここまで来たのだ――こんな所で誰も死なせはしない。
 刀を構え、綾乃は、その刃へと硬い冷気を燈らせた。

 ◇

「東側のゲートは、避難民と生徒たちを全て受け入れるまで解放したままにしてください」
 一番最初の飛空挺に乗る手筈だった葦原 房姫(あしはらの・ふさひめ)は、空港に残り、空港防衛の指揮を執っていた。
 房姫は、勇み足を踏みそうなほど慌てた空港スタッフへと、落ち着いた笑みを浮かべ、続けた。
「大丈夫。明倫館の生徒たちは優秀です。本隊は無くとも、この程度の敵に圧されるものではありません」


「あ、あの、こっちが、安全です……たぶん」
 水無月 睡蓮(みなづき・すいれん)らは、森の中を空港の方へと向かう避難民の誘導にあたっていた。すでに周囲はモンスターの気配に覆われつつあった。
 薄暗い森の先や上空で、時々、モンスターの気配が飛び交っていく。避難民たちの間に流れる不安が、どんどんとふくらんでいく。
 と――子供の泣き声が聞こえて、睡蓮は、ハッと振り返った。泣き声を上げていたのは、避難民の中に居た子供だった。母親に抱かれ、周りから必死に泣き声を抑えるように諭されている。
 そして、睡蓮は気付いた。そこにいる老若男女、全ての人が泣いている子供と同じように不安に押しつぶされそうな顔をしているということに。
(私が……私が、しっかりしてないから)
 睡蓮は、一度頭を振って、すぅっと息を吸い込んでから、微笑みながら言った。
「大丈夫ですよ、皆さん。私たちが、絶対に皆さんを無事に空港まで送り届けますから」
 たったそれだけで、周囲に、ほんのわずかな安堵が生まれていくのが分かった。しかし、
「だけどよ、お穣ちゃん……」
 幾つもの固い皺を顔に刻んだ老人が睡蓮の方へと、苦い声で続けた。
「それで島の外へ逃げて、その時は無事だったとしてもよぉ……そのあとは、どうなる? この島に帰って来たとしても、なぁんも無くなっちまってんだろ?」
 老人の調子には、わずかな八当たりめいたものが含まれていたが、それに同調する者も避難民の中にはちらほらと見受けられた。
「そんなんだったらな、いっそ俺たちはこの島に残って、島と一緒にくたばっちまった方がいいんじゃねぇか?」
 睡蓮は、「大丈夫」と繰り返して、彼らを見返した。
「大丈夫です。もし島が駄目になったとしても、人がいれば希望は消えませんから」
 老人は、皺と皺の間の目を大きくしながら睡蓮を見返していた。
 と――殺気。
「九頭切丸ッ!!」
 睡蓮が鋭く呼んだ声と、ほぼ同時に、上空の枝葉が喧しく騒いだ。
 彼女らを狙って急降下してきたモンスターの影。ゴォゥ、と睡蓮の前へと現れた鉄 九頭切丸(くろがね・くずきりまる)が、刀を一閃させモンスターを側方の大木へと叩き付けた。
 そして、ほぼ同じ場所から二体のモンスターが降下してくる。それを九頭切丸が刀と体で受け止める。睡蓮は、先ほどの老人をかばうように体を巡らせながら、
「皆さん――付いて来てください! 大丈夫、数は少ないから振り切れます! 九頭切丸は皆さんの安全を優先して!」
 言っている間に、更にもう一体のモンスターが葉を散らして降下してくる。
 睡蓮と老人、そして避難民たちがその場から離れていく。
 九頭切丸は、その黒い巨体で深く構えを取った。
 刹那で、高速の乱撃が散って舞った葉ごとモンスターたちを飲み込んだ。

 ◇

 袁紹が村人たちと共に空港へと辿り着き、そこで避難誘導にあたっていた透玻と璃央へ綾乃のことを伝えたのが、少し前のこと。
 そして、睡蓮たちが森を回って避難民たちを空港へと誘導し終える頃には、出発を待つのは最後の飛空挺だけになっていた。
 
 空港、東ゲート前――。
 そこでは、卍 悠也(まんじ・ゆうや)卍 神楽(まんじ・かぐら)が他の生徒たちが、避難してきていた最後の一団をモンスターたちから守っていた。
 その誘導には、悠也の呼びかけで集まった空港スタッフの姿もあった。彼ら含め、一般人へモンスターを近づけさせないのが、悠也と神楽の役目だった。
「大丈夫! 闇龍なんかきっとどうにかなる!」
 悠也はモンスターを薙刀で斬り弾きながら、周りの人々を励ますように声を掛け続けていた。
「色んな人たちが、頑張ってくれてるんだ! だからそれを信じて、あと少しだけ頑張ろう!」
 みんなを絶望させないために、その声を途切れさせるわけには、いかなかった。絶望しなければ人はどんな困難でも乗り切れる。
「そうだ、皆! こんな戦いはすぐに終わるさ!」
 悠也の剣筋に合わせるように立ちまわっている神楽の声。
 彼女は悠也の姿勢、気持ち、それらを察して、彼と同じように皆を励ましながら戦っていた。
 それは根拠のない言葉かもしれないし、楽観的だと言われてもしかたがないものかもしれない。だけど、希望を持たせ続けること――今、大切なのはそれだった。
 ようやくモンスターたちの攻撃が、いったん途切れてくれて……
「ふぅ……避難民の方はさっきので最後か」
「ええ――後は、透玻たちが戻ってくるのを待つだけです、兄様」
 と。
「わらわも共に向かった方が良かったかのう……」
 いつの間にか、そばに居た袁紹がほつりともらす。
 悠也はそちらへと笑んだ。
「きっと大丈夫だよ。信じて、待とう。――と、そうだ」
 ぽんっと手を打って。
「お腹すいた時にと思って饅頭を持って来たんだ。良かったら食べてくれ」
 悠也は懐からごそごそと饅頭を取り出し、袁紹へと渡した。
「おお、すまんのう……あー」
 袁紹が、礼を言おうとして、先ほど聞いた悠也の名を思い出そうとし……饅頭を見つめ数秒。「おお」と言ってから、悠也の方を見上げる。
「ありがたく頂くぞ、まんじゅうや」
 正解は、卍悠也。
 まんじゆうや。
 まんじゅうや。
 饅頭屋――
「って、誰が饅頭屋だぁーーーっ!!」
「な、なんじゃぁーーー!? どしたのじゃ、まんじゅうや!」
「だから誰が饅頭屋だ、オイーーーっ!!」
「ああっ! 兄様落ち着いて……!!」
 そんなこんなで、しばらく無駄なてんやわんやがあった後――
 袁紹は、『饅頭屋』と呼び間違えるたびに彼がキレる、という仕組みをようやく理解したようだった。
 キレ疲れてゼェハェと息を切らしている悠也を横目に、袁紹は、饅頭を齧りながら嘆息をついた。
「まったく……妙なところにスイッチがある男じゃ。志方ないのう」

 彼女が目を上げた風景の先には、透玻と璃央が満身創痍となった綾乃を抱えながら、モンスターの一団に追われているのが見えて来ていた。
 しばしの後、彼らを乗せた最後の飛空挺が、ようやく島を飛び立ったのだった。