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リアクション
ヒダカ
海辺の別荘――。
「うん……うん、そっか。ありがとう、お疲れ様」
佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)は労うように言って、携帯を切った。電話の相手は、真名美・西園寺(まなみ・さいおんじ)。彼女には古代シャンバラ王国の分裂とエリュシオンとの関わりについて調べてもらっていた。しかし、今まで明らかになっている以外の情報は見つけられなかったらしい。
「……ふぅ。って、あ、ふいてる」
弥十郎は慌てて、鍋を火からどかした。中身は魚の身を交えたお粥だ。ヒダカ・ラクシャーサのために作っている。
最初は5000年前の料理を再現してみようかと思ったのだが真田幸村に止められた。聞けば、ヒダカはずっと長い間、食事による栄養摂取を行わず、生命エネルギーを直接摂って生き永らえてきたらしい。エナジードレイン。言葉面は何だか恐ろしげだが、最近は幸村の勧めで植物――主に大根などの野菜から摂取していたというから、少しほほえましい。
「ともあれ、胃が慣れていないというからねぇ」
消化吸収に富み、葦原風の郷土料理……というわけで、お粥を作ることにしたのだった。魚の身を入れたのは、デイビッド・カンター(でいびっど・かんたー)とヒダカの会話が聞いたからだった。
デイビットはヒダカに故郷のことを尋ねていた。かつて消し飛んだ小さな南国の島。漁や採集で生計を立てる人々。そんなことが、ぽつりぽつりと話された。ヒダカは淡々と、どうでも良さそうに話していたが、なんとなく、そういったものを求めているのだろうということは感じられた。
そもそも幸村がこのシャンバラ内海沿岸の隠れ家にヒダカを連れて来たのも、彼が海を恋しがっていると感じたからなのだろう。
スプーンの先にお粥を少し取って、軽く息を吹きかけてから自分の口に入れる。
「うん……これで、出来上がり」
柔らかな米の甘さに、魚の風味がほんのりと香る。出来栄えに満足して、弥十郎はうなずいた。
結局、彼はお粥を二、三口食べるのが精一杯だったようだが、それでも大した進歩らしい――というのを、ハルディア・弥津波(はるでぃあ・やつなみ)は幸村の表情から感じていた。
ともあれ、幸村が弥十郎へと軽く頭を下げていた。
「すまない。ヒダカは……」
「ううん、分かってるよ。これでも、よく食べてくれたほうだって」
弥十郎が微笑んでヒダカの方へと振り返る。
「これが僕からできる君への応援。君の力、信じているから」
「黄泉乃防人の力、か」
ヒダカは、ぼんやりとした視線で海の方を見やりながら言った。彼の力――スフィアの書き換え。彼をスフィアの持ち主へと運ぶはずの蛇のエルは、まだ来ないようだった。
ハルディアは軽くうなずいてから、
「そういえば、ヒダカくん、タシガンコーヒは飲んだことある?」
「……いや」
「やっぱり。薔薇学ではお部屋に篭ってたから……。ねえ、一度味わってほしいんだ」
「衰弱してる胃にコーヒーなんて注いだらマズいんじゃないか?」
デイビッドが言う。彼とハルディアはヒダカによるスフィアの書き換えがスムーズに行えるように護衛を兼ねて雑事手伝いとしてここに居た。
「んー、じゃあ、香りだけでも」
ハルディアは微笑んでからキッチンの方へと向かった。
「ほらほら、幸村さんもこっち手伝って」
「うん? ああ」
キッチンで、水を溜めた鍋を火にかけ、ハルディアはカップを用意している幸村の方を見やった。
「ヒダカくんの人生はこれからが本番だね」
「そうなると良いだろうな」
幸村がどことなく嬉しそうに返す。
「幸村さんとヒダカくんの関係も」
「うん?」
顔を上げた幸村の背を優しく叩く。
「これからだよ、しっかりね」
これまで自信を失くす時もあっただろうけど、全部これからだから。
ジョシュア・グリーン(じょしゅあ・ぐりーん)と神尾 惣介(かみお・そうすけ)がヒダカらの元を訪れたのは、エルが来て、さてこれからスフィア保持者たちのところへテレポートしようかというところだった。
「あっぶねぇ、ギリギリってところか」
惣介はケタリと笑ってからエルの方へ、
「悪ぃ。少しだけだからよ。ちっとばかり言っておきてえ事があるんだ」
言って幸村の方へと向き直った。
「なあ、幸村。おまえはヒダカがいる限り怨霊なんかじゃねえ――立派な英霊様だ」
「……だが、俺は……」
「日本一の兵じゃねぇんだったら、パラミタ一の兵になりゃあ良い。そうだろ?」
惣介はにぃっと笑って、幸村の胸を軽く手の甲で叩いた。
「だから胸を張って生きろよ」
「…………」
少し呆気に取られたような間の後で、幸村は、笑って「ああ」とうなずいた。
その一方で、ジョシュアはヒダカに、ある提案をしていた。
「もし良かったら、明倫館に来ませんか?」
「明倫館……?」
「はい。もし、ヒダカさんにその気があるなら、ボクらからハイナ総奉行に頼んでみます」
「…………」
「明倫館にいれば、ヒダカさんのルーツについて、もっと分かるかも」
その言葉にヒダカは、うんと軽く考えるように片目を細め、しばらくの沈黙の後。
「……確かに、な」
「決まり?」
ジョシュアの問いかけにヒダカがうなずく。
「じゃあ、ボクたちはこれから葦原に戻って、町の人や房姫たちを守りに行きます。ハイナ総奉行には、全力でヒダカさんのことをお願いしておきますから」
言って、ジョシュアは惣介の方へと顔を上げた。二人うなずいて、ヒダカたちから少し離れる。
蛇のエルがヒダカの腕で、くなりと頭をもたげて、
(それじゃあ、行くよ〜)
エルのテレパシーを合図に、彼らはテレポートで姿を消し、ジョシュアと惣介は急ぎ、葦原へと向かって行った。
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