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建国の絆 最終回

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建国の絆 最終回
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リアクション



避難民救出と誘導 2

「闇龍だか何だか知らねェが、オレの縄張りで好き勝手やってんじゃねェぞ!」
 丸太のような腕で振り回された血煙爪が、また一体モンスターを真っ二つにした。
 大荒野はオレの縄張りだと豪語する吉永 竜司(よしなが・りゅうじ)は、後から後から理不尽に現れ、自分に断りもなくやりたい放題のモンスターに怒っていた。
 スパイクバイクを駆る彼は、ヨシオタウンからの避難民のために先行してモンスターを払い、安全確保に努めていた。
 というのも、竜司を先輩として慕ってくるヨシオが心配だったからだ。
 舎弟をヨシオの守りにつけ、さらに武者人形もヨシオの改造バイクに同乗させている。
 いまや大軍と言っていいほどにふくれあがった避難民の前で、ヨシオが倒されるわけにはいかないのだ。
 それに、竜司自身、ふだんの言動はともかく舎弟や後輩を見捨てて逃げることは、自分が許さなかった。
 ふと、上空に影が差した。
 しまった、と竜司が気づいた時には、彼と後ろのヨシオ達との間に強引にモンスターが降り立っていた。
 舌打ちし、バイクを急ターンさせる。
 舎弟達が銃でモンスターの足を狙う。
 戦闘にまったく不向きなヴォルフガング・モーツァルト(う゛ぉるふがんぐ・もーつぁると)も、せめて避難民は守ろうとディフェンスシフトの構えをとった。
「オレの邪魔をするなァ!」
 舎弟達が足止めしているモンスターを、竜司の血煙爪が背後から切り裂いた。
 恐怖をあおるような鳴き声をあげ、モンスターが竜司へと振り返り血走った目で睨みつける。
 竜司は巧みにバイクを操り、間合いをはかると一気にモンスターに突っ込んだ。
 ヴォルフガングが竜司にさらなる力を、と願いヒロイックアサルトを発動させる。
 それは、竜司だけでなく舎弟や避難民達まで勇気づけた。
「さぁ、とっとと行くぜ!」
 気炎を吐く竜司がザンスカールのほうへ向き直った時、
「待たれよ! そのまま進むとモンスターがたまっている地点に出るぞ!」
 よく通る声に阻まれた。
 敵か、と警戒する竜司へ立派なユニコーンに跨った彼は続ける。
「我が名は不死身のジークフリート! これからザンスカールまで案内する!」
 ジークフリートの名に竜司はピクリと反応し、避難民からはどよめきが上がった。
 その名は大荒野ではその武勇と共にだいぶ馴染みとなっている。
 味方として戦っていた者は頼もしく感じたが、敵対していた者は思わず身構えてしまった。
「こんな時に争うような愚を犯すものか。おとなしくついてきたまえ。それとも、モンスターの餌になるか?」
 ジークフリートのやや後方にいた、イルミン崩れの魔術師が「ぐずぐずするな」と言いたげに一行を急かした。
 ぽかん、とそのやり取りを見ていたヨシオがハッとして声をあげる。
「あの人達についていくっスよ!」
 ヨシオがバイクを走らせれば、すぐに避難民達も動き出す。
 サイドカーに収まっていたるるは、こてんと首を傾げて先導する二人のうち魔術師のほうを見て呟いた。
「先生……?」
 風に流され、気づく者はいなかったが、それは正解だった。
 魔術師はイルミンスール魔法学校で講師を務めているアルツール・ライヘンベルガー(あるつーる・らいへんべるがー)であり、ジークフリートと名乗ったのはシグルズ・ヴォルスング(しぐるず・う゛ぉるすんぐ)であった。
 集団の規模のわりに守りの薄いこの一団は、新しい護衛を得て移動を再開した。
 おかげで竜司の負担も減ったが、それにしても続々と避難民が集まってくるのはどういうことか。後からヨシオタウンに来た者達が追いついたにしても多い。
 しばらくの行軍でそれに気づいたアルツールだったが、今は非常事態だからとグッと口をつぐんだ。
 本当なら、大荒野の無法者らをザンスカールに入れたくはないのだ。
 しかし、これを見捨てるのは人道に反する。
 複雑な思いを抱えての救助活動であった。
 時折団体で襲い掛かってくるモンスターを、自らの怪我など意に介さず道を切り開く竜司とジークフリートに導かれ、しばらく進むと遠くにザンスカールの森がうっすらと見えてきた。
 避難民に安堵の声が広がる。
 さらに、地平線のかなたに豆粒ほどの人影が。
 バイクにでも乗っているのか、ぐんぐん近づいてくる。
 それと、エンジン音に負けないくらいの大声。
「おーい! 迎えに来たよー!」
 イルミンスール魔法学校の生徒のならお馴染みの、いつも元気いっぱいのリンネ・アシュリング(りんね・あしゅりんぐ)の声だ。
 バイクを運転しているのはヴァレリア・ミスティアーノ(う゛ぁれりあ・みすてぃあーの)で、リンネは彼女の後ろから身を乗り出して大きく手を振っている。
 やがて避難民の前でバイクが停止すると、ヴァレリアが後方のザンスカールの森を示して言った。
「モンスターの最も少ないルートを案内するわ。ザンスカールに着けば超強力な八歳の女の子が守ってくれるわよ。森はもう目と鼻の先だけど、気を抜かずに一気に行くわよ! ──エリオット、頼んだわよ」
 避難民を元気付けるように声をあげると、ヴァレリアはここにはいないエリオット・グライアス(えりおっと・ぐらいあす)へと呼びかけた。
 エリオットは空飛ぶ箒ではるか上空にいる。そこからモンスターがたまっている地点やそのモンスターがどこへ移動しているのか、または避難民との遭遇率などを素早く計算し、ヴァレリアに伝えるのが彼の役目だ。
 ヴァレリアはそれに従って進路を決める。
 たった今、イヤホンから聞こえたエリオットの報告と指示を受けた彼女は、後ろのリンネに出発を告げ……エリオットの不思議そうな呟きに、ふと動きを止める。
「どうしたの?」
「いや……この集団を目指してくる人の塊がけっこういるようだ。少し速度を落として進みもう。彼らが合流しやすいようにな」
「了解」
 だいぶ前から起こっているこの現象だが、これはいつしか『ヨシオ様の冷徹な慈悲』とか何とか言われるようになった例の”あんパン”を志位 大地(しい・だいち)が配りまくっているせいなのだが、この場でそれを知る者は当然いない。
 故に、単純にヨシオの名声の効果としか結論づけられなかった。
 それはともかく、後続の避難民が追いつけるよう、そして本隊がモンスターに襲われないようエリオットとヴァレリアは密な情報のやり取りでザンスカールへの最後の道程を導くのであった。
 大荒野と森を隔てるサルヴィン川へ着いてしまえば、地元の漁師らが船を出して川渡りを引き受けてくれる。
 エリオットの指示もあり、できるだけ集団が前後に伸びすぎないように気をつけてはいたが、それでもやはり足の弱い者や怪我人、子供などは遅れがちになってしまう。
 そんな人達の救護と守りに蓮見 朱里(はすみ・しゅり)アイン・ブラウ(あいん・ぶらう)はついていた。
 もう置いてってくれ、と足を止めてしまう年老いた者を励まし、転んで涙ぐむ親とはぐれてしまった子供の手を引く。
 アインは、一人も置いていかない決意を朱里に見ていたし、自身もそのつもりだ、と最後尾を守っている。
 もし何か危険が迫れば、朱里の禁猟区に引っかかるだろう。
「もうすぐサルヴィン川だって。川を渡ったら、もう怖いことはないからね」
「そうか! それまではボクがねーちゃんを守ってやるよ!」
 大人の歯に生え変わり中の隙間のある歯でニッと笑って言ったのは、先ほど転んで泣きそうになっていた男の子だ。
 ザンスカールに着いたらこの子の親を探さなくちゃ、と朱里は思った。
 張り切る子供に朱里は「頼りにしてるよ」と微笑む。
 その直後、禁猟区に何かが触れた。
 一瞬にして笑顔を消し、後ろを振り返る。
 砂埃にかすむ地平線のさらに向こうへじっと目をこらす朱里。
 異変だと感じたアインは翼の剣の柄へ手をかけ、朱里の傍の男の子に周りのお年寄りや小さな子を連れて先に行くように言った。
 男の子は朱里から離れるのを渋ったが、すぐにアインの言うことに頷き、行動に移す。
「──来たよ」
 小さく告げた朱里は、見えたものがモンスターではなく人間の集団だったことに驚いた。
「まさか……!」
「ヒャッハー! 金目のもの置いてったら、許してやらなくもないぜェ!」
「あと女もな!」
 大荒野の荒くれ者達だ。
 この混乱に乗じて一儲けしようというのだろう。
 手に手に凶暴な武器を持ち、バイクで特攻してくる。
 アインが彼らの進路に立ちふさがり、朱里が呪文の詠唱を始める。
 数が多いが引くわけにはいかない。
 苦戦を覚悟した時、横に誰かが並んだ。
 紅い大爪の光条兵器を構えた男だ。舎弟らしき者を連れているところからすると、四天王の位の者と思われる。
「ああいう輩、絶対ェ来ると思ったぜ。節操のねェやつらだ」
 嫌悪の表情を見せるからには味方なのだろう。
 ちらりと振り向けば、朱里の隣にビン底眼鏡の、サブマシンガンを構えた女の子がいた。
 朱里の表情もいつも通りで、やはり敵ではないことを確信するアイン。
「ありがたい」
「おまえのためじゃねェよ」
 礼を言ったアインに横の男──ロア・ワイルドマン(ろあ・わいるどまん)は素っ気無く返すと、大爪を振りかざし無法者達へと挑んでいった。
 朱里の魔法とレオパル ドン子(れおぱる・どんこ)の銃撃の援護を受けながら、アインとロアはそれぞれの武器で敵を打ち負かしていった。
 ロアは最小限の動きで相手の懐に入り込み、鳩尾や顎を打ち、一撃で気絶させることを狙った。
 襲撃者は全員バイクを駆って来たのでかなりの危険を伴ったが、ロアは怯まない。
 また、ドン子の銃がバイクを中心に攻撃していたことも、ロアを助けていた。
 荒くれ者のナイフがロアの肩口を切り裂き、鮮血を散らせることもあったが、すぐにドン子がヒールで傷をふさいだ。名前やおっとりした見た目とは違い、中身はしっかりしているのだ。
「ロアさ〜ん、あと少しですよ〜」
 気の抜けた応援にこけそうになるが、ロアは踏ん張って振り下ろされた鉄パイプを大爪で受け止めた。
 アインが剣の柄で相手を殴って地に沈めると、ロアのほうも片付いたようで、立っているのは自分達だけだった。
「終わったな。同じようなのがまた来るかもしれねェ。最後まで気を抜かずに行こうぜ」
 乱れた息を整えながら言ったロアにアイン達も頷き、先に行かせた避難民のもとへ走ったのだった。

 とある小さな集落では【鋼鉄の獅子】がレオンハルト・ルーヴェンドルフ(れおんはると・るーべんどるふ)の指揮のもと、住民避難の護衛に来ていた。
 すでに【新星】や他の教導団員が受けたように、ここでも教導団である彼らへの態度は冷たいものであった。
 しかし、最初に宣言したようにレオンハルトはその意志を曲げるようなことはしなかった。
 D級四天王の位であるイリーナ・セルベリア(いりーな・せるべりあ)は、舎弟を使って援護にあたる。
「家族がバラバラにならないよう、慌てずにな」
 イリーナが指示を飛ばす。
 小さいといっても百人は超える集落だ。避難中にはぐれてしまったらどちらも心配でたまらないだろう。そして、それが命取りにもなりかねない。
 特にイリーナが気にかけたのは、幼いきょうだいの上の子達だった。
 親はどうしても下の子に目がいってしまう。
 そうして目を離したほんのわずかの隙に、子供というのはいなくなってしまうのだ。
 再会できれば幸運で、このように混乱の最中ではその望みは薄いだろう。
 たとえはぐれてしまっても、必ず生きて再会できるよう、イリーナはそれらしい子を見つけたらバイクのサイドカーに乗せて保護するようにとも言っておいた。
 避難民は決して教導団を許したわけではなかったが、子供の多いこの集落の人間を生かすためには、彼らの力を借りるしかないと長老が決めたため、おとなしくついてきている。
 しかし、まだ若く未熟な者はどうしても感情のほうが先に立ってしまい、何かと集団行動を乱すような行いに出ていた。
 団員達と防衛線の維持に努めていたナナ・マキャフリー(なな・まきゃふりー)は、しだいに伸びていく避難民の列に気づき、イヴェイン・ウリエンス(いべいん・うりえんす)にこれを伝えた。
 教導団側も大荒野の住民達に負い目があるせいか、なかなか強く言うことができずにいたのだが、言うべきことは言わないといけない。
 言わなかったために全滅したのでは元も子もない。
 【鋼鉄の獅子】と団員達の連携を保つ連絡員の役目についているイヴェインは、問題の一画の護衛にあたっている団員へ列を引き締めるよう言った。
 全ては避難民の安全のための行動なのだが、悲しいことにこれが揉め事のきっかけとなってしまった。
 仲裁に行こうとするナナを制し、音羽 逢(おとわ・あい)が向かった。
「まあ、待つでござる。いったい何があったでござるか?」
「何って……いちいちうるせぇんだよ、細けぇことをよ!」
 さっそく逢に食って掛かってくる若者達。
 逢はまず彼らの言い分を聞いてみようとして──断念した。
 モンスターの影を見つけてしまったからだ。
「すまぬが、話は後でちゃんと聞く故、今は拙者共の言うとおりに動いてくれぬか?」
 野分でモンスターを指して言うと、若者達は顔色を変えて列に戻っていった。
 教導団に文句を言っていても、彼らにも家族はあり大切に思っているのだ。
 ナナとイヴェインは素早く防衛線を動かし、モンスターの襲撃に備えた。
 イリーナも舎弟達を守り重視の配置につかせ、トゥルペ・ロット(とぅるぺ・ろっと)は星輝銃を構える。
 トゥルペのスプレーショットで戦闘が始まった。
 逢が鋭い掛け声と共に斬り込み、モンスターにとどめを刺していく。
 仲間を呼ばれる前に素早く始末するか追い払おうと、いつも以上に攻撃に神経を使う彼らに、思わぬ応援が現れた。
 クロスファイアで数体のモンスターの足を潰すと、直後に別の者が放った雷が息の根を止めていく。
「教導団に協力を申し出たら、こちらの方面へ行くように言われてな。間に合ってよかった」
 そう言ったのは酒杜 陽一(さかもり・よういち)だった。
「少し急いだほうがいい。死の塵がこちらに流れてきていると聞いた」
 陽一の知らせに、残り少ないモンスターを退けたトゥルペがイリーナのもとへ駆けつけた。
 陽一はそのまま最後尾につき、あたりを警戒しながらはぐれる者が出ないよう気を配った。
 避難民の中に多くの若者を見たフリーレ・ヴァイスリート(ふりーれ・ばいすりーと)が、ふと懐かしそうに目を細める。
 風に流されそうな程度の大きさで、彼女は独り言のように言った。
「……今、蒼空の生徒達のことを思い出していた。柄にもない教鞭を執っていたためか、柄にもない感傷を覚えてしまったよ」
 つられてそちらに目を向けた陽一も、似たような感情の色を目に浮かべる。
 今頃、理子様や親衛隊員達もそれぞれの役目のために戦っているのだろう。
 あの時の行動やこれからの行動が少しでも彼らのためになればいい、と思う陽一だった。
 しかし、そんなふうに思いを馳せるのはほんの束の間で。
「懐かしむのは今でなくてもいいだろう」
 フリーレの意識を現実に引き戻すのだった。
 この襲撃で、子供達はすっかり怯えてしまっていた。
 大人だって怖いのだ。子供ならなおさらである。
 そんな子供達に、少しでも元気を取り戻してもらおうとトゥルペはチューリップの葉の形の手をパタパタと振って慰めていた。
「大丈夫でありますよ。避難が終わったら、ワタシと遊ぼうであります」
 かわいい花のゆる族に、思わず涙も引っ込む子供達だったが、彼らの保護者がサッと遠ざけてしまった。
 お前らのせいで、と言いたいのだろう。
 トゥルペは悲しくなるのをこらえようとしたが、花の色は正直でみるみる色褪せていってしまう。
「あっ、お花さん!」
「枯れちゃダメ! おかーさん、お水、お水!」
 素直な子供達は、親がトゥルペやその仲間達を嫌っていることは感じていたが、目の前で花が枯れそうになっていると、もうそれが気になって仕方がないようだった。
 そして親のほうも、花がたちまち萎れていく様は見てみいてつい同情を誘われてしまい……。
 結果、子供達がトゥルペに近づくのを許してしまうのだった。

 モンスターが異様に集まっているその地点に駆けつけた緋山 政敏(ひやま・まさとし)は、どかから避難してきたらしい集団が襲われていることがわかると雅刀を抜き、カチェア・ニムロッド(かちぇあ・にむろっど)に言った。
「助けるぞ!」
「当然! ……あ、待って。あそこ見て!」
 同じく翼の剣を鞘から抜こうとして、カチェアは政敏を呼び止めた。そして、ある一点を指差す。
 そこには政敏達と同様、モンスターを追い払おうとしている二人組みがいた。
 ──彼らと協力しあったほうがいい。
 政敏は瞬時にそう判断した。
 モンスターの数が圧倒的に多かったからだ。
 政敏とカチェアは武器を手に、今度こそ助けに向かった。
 二人はブージでモンスターの尾を切り落としたネイジャス・ジャスティー(ねいじゃす・じゃすてぃー)の両側を駆け抜け、とどめを刺す。
 突然の加勢に目を丸くするネイジャスに政敏は早口に伝える。
「協力しあったほうが良さそうじゃないか?」
 ネイジャスは青い瞳に謝意を乗せて微笑んだ。
 カチェアがモンスターの壁の向こうへ呼びかける。
「助けにきたわ! すぐ行くから、もう少しだけがんばって!」
 助けが来たぞ、という歓声が返ってきた。
 それに応えるように、魔法でネイジャスを援護していたヤジロ アイリ(やじろ・あいり)が、SPリチャージで回復した魔法力でサンダーブラストをモンスターの群れに落とした。こちらに注目させるように。
 その狙いは当たり、ほとんどのモンスターが新たな敵──アイリ、ネイジャス、政敏、カチェアのほうへ血に飢えた目を向けた。
 暗闇の深淵を覗き込むようなその目に、本能的に身が竦みそうになるのを気合で跳ね飛ばす。
「……みっともなくともあがくぞ、カチェア!」
「そうすれば、助かる人が増えるはずよ。それに、みっともないのは今さらでしょう? ──でも、覚悟があればたまには生き残るものです」
 同意しているのか茶化しているのかわからない返事をするカチェアだが、その瞳はしっかりと生き残る覚悟を秘めていた。
 後ろで聞いていたアイリもそれに応じる。
「俺は超諦めが悪いんだ! お前らが越し抜かしたら、いつでも気合入れ直してやるぜ!」
「あなたこそ、まっさきに無様な姿をさらさないようにしてくださいね」
 アイリに対するネイジャスのこんな態度は、いつものことだ。
 再度のアイリのサンダーブラストを合図に、接近戦組はモンスターの群れに挑みかかった。
 残りのモンスターはどうなったのかというと、政敏達とは反対側から駆けつけてきていた度会 鈴鹿(わたらい・すずか)織部 イル(おりべ・いる)の薙刀術と魔法攻撃に逃走を余儀なくされていた。
 二人には途中で会った山葉 涼司(やまは・りょうじ)も同行していた。
 政敏達がモンスターの大半を引き付けていたおかげで、鈴鹿達のほうは早くに片付き、避難民達をその場から引き離すことができた。
 モンスターの数から、もしかしたら手遅れかもしれないという危惧もあったが、この集団の若者達ががんばったようで死者はいなかった。
 きちんとした手当ては後にし、止血だけを手早く済ませた鈴鹿は、気力だけで足を動かす若者を支えた。
 イルの空飛ぶ箒には、助けが来て安心したせいか子供を抱きしめたまま気を失ったおばあさんがイルと幼い孫に支えられて乗っている。
「あそこの岩陰で休むぞ!」
 先頭を行く涼司が大きな岩を指して行った。
 鉤爪のように一部がせり出した岩の下は、小休憩にちょうど良さそうだ。
 彼らがそこへ集まった頃、やや遅れて政敏達が追いついた。
 ナーシングで本格的に怪我人の手当てを始めた鈴鹿とイルを横目に、アイリが避難民へ尋ねる。
「行く当てはあるのか? ──や、恥ずかしながら俺はないんだけどさ。もしあるなら、そこまで護衛するぜ」
「……ずっと、あの村で過ごしてきたからなぁ。他に当てなんかないさ。ただ、モンスターが向かってきているのが見えたから……」
 答えた中年男性の言葉に改めて彼らを見てみれば、ほとんどが着の身着のままといってよかった。
「ツァンダかザンスカールはどうでしょう? ここからならどちらかが近いと思いますが」
「ツァンダに来いよ」
 鈴鹿の提案に涼司はツァンダのほうを勧めた。
「蒼空では被災者のために動いてる人達がいるんだ。他の都市とも連絡取り合ってるし。救護施設も専門家を呼んだって話だ」
 彩蓮には悪いが教導団の名は伏せておいた。
 避難民達に否やがあるはずもない。
 鈴鹿は包帯を巻きながら優しく微笑む。
「ひとまず安心ですね。──私のお友達に神子のパートナーを持つ方がいます。今頃は、女王陛下復活の儀式を成し遂げるためがんばっておられるでしょう。復活は、必ずや成し遂げられるはずです。ですから、どうか希望を捨てずに、生きて王国の再興を見ましょう!」
「そなたらも復活したアムリアナ女王と王国の姿を見たかろう?」
 熱心な鈴鹿の言葉に続くイル。
 避難民達の胸に未来への希望の光が生まれた。
 手当てと休憩の後、彼らはツァンダを目指して歩き出した。