空京

校長室

建国の絆 最終回

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建国の絆 最終回
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リアクション



避難先の受け入れ準備

 シャンバラ大荒野と隣接するツァンダは、多くの避難民が流れ込んでくると予想された。
 そうなると当然混乱が起こるだろう。
 それを少しでも緩和しようと閃崎 静麻(せんざき・しずま)はツァンダ家に協力を求めた。
 そしてすぐにやって来たのがミルザム・ツァンダ(みるざむ・つぁんだ)だった。
 御神楽 環菜(みかぐら・かんな)に待機するよう言われていたのは良いが、この危機にただじっとしているのは性に合わなかった。何かの役に立てないかとじりじりしていたところに、静麻の話しが耳に入ってきたのだ。
 これにより、ツァンダでの避難民受け入れ態勢はスムーズに整えられていった。
「でさ、ここに大荒野やヴァイシャリーの全員が来るとは思ってないけど、やっぱり限界はあるだろ。そこで、他の安全な都市とも連携してあぶれてしまう人が出ないようにしたいんだ。そのための必要な移動手段の手配とか、現在活動中の救助先の連中との連絡とか、危険領域の情報。それらを各都市の首長家と共有したいと思ってる。……できるか?」
 ミルザムは静麻の希望の一つ一つに頷いて聞いていた。
 そして、最後の問いに力強く頷く。
「できます。ただ、大荒野やヴァイシャリーで救助活動中の人達については難しいです。個人の連絡ルートから救助組のリーダーなどにあたったほうが早いと思います。それと、首長家だけでなく学校側とも連携がとれるようにしましょう」
 そう答え、ミルザムはすぐに各首長家に相談をもちかけた。
 特にもめることなく話は進み、さらに各学校の生徒が静麻のように各地で受け入れ態勢を整えようと動いていることがわかった。
 このことを聞いたレイナ・ライトフィード(れいな・らいとふぃーど)がさっそく学校に連絡を取り、中心となって活動している生徒と情報交換をはたしていったのだった。
「ヒラニプラ、イルミンスール、タシガン、空京……まもなく準備が終わるそうです。ヴァイシャリーと葦原島も避難が進んでいます。今のところモンスターの被害が出ているのは大荒野だけのようですが……」
 いずれ、ヴァイシャリーにも葦原島にも現れるだろう。
「救助活動組への連絡は、学校のほうからしてくれるということでした」
 レイナの報告に静麻は目を閉じてゆっくりと息を吐き出した。
 連絡要員の立場に自ら立った以上、ここを離れることはできず、今のところやるべきことはなくなった。
 次に忙しくなるのは避難民がやって来た時である。

 空京のシャンバラ教導団仮設屯営で夜住 彩蓮(やずみ・さいれん)がツァンダの静麻からの申し入れの件を聞いたのは、シャンバラ各地の避難所や難民キャンプに救護所の設置や医療設備、医療知識を持つ人員の配置を上官にはかっていた時のことだった。
 彩蓮の提案はもっともだと同意していた上官は、すぐにツァンダや各地と連携を取るよう彩蓮に命じた。
 彼女はさっそく各都市で教導団と友好関係にある貴族や有力者のリストを作り、別荘などを臨時救護所として解放してくれるよう働きかけた。
 また、別の懸念の解消も目指し、デュランダル・ウォルボルフ(でゅらんだる・うぉるぼるふ)にある噂を教団内に流してもらった。
 その噂というのは、
『カリーナ元少佐は鏖殺寺院の関係者で、鏖殺博士であった』
 というものだった。
 これによりカリーナ派の人間の立場を危うくし、憲兵科の内偵を動きやすくするのが狙いだ。
 彩蓮とデュランダルがカリーナ派に対して打った手はこれだけだったのだが、これが意外な結果をもたらした。
 保身をはかったカリーナ派の何人かが、彩蓮の活動を聞きつけ協力を申し出てきたのだ。
 拒絶する理由はない。
 彩蓮は彼らを受け入れ、現状を説明した後に適した場所へ赴いてもらった。
「彼らと私達教導団の信頼回復に繋がるといいですね」
 独り言のようにみえた彩蓮の呟きだったが、誰もいないはずの空間から小さく金属がこすれるような音が聞こえた。
 彩蓮はそれに微笑むと、空京に設けた避難所の様子を見るため仮設屯営を後にした。

 ツァンダの静麻や空京の彩蓮の動きが金鋭峰(じん・るいふぉん)から横山 ミツエ(よこやま・みつえ)に知らされた。
 ヒラニプラでも関羽・雲長(かんう・うんちょう)や教導団員が積極的に受け入れ準備を進めていて、ほぼ整っているという。
 ミツエがいるのはシャンバラ大荒野でも北のほうで、サルヴィン川を渡ればすぐにザンスカールの森に入れる。
 諸葛涼 天華(しょかつりょう・てんか)が言った。
「ツァンダや空京も頼りになるが、ここは川のすぐ向こうのザンスカールとこういうことには慣れているだろうヒラニプラを目指すのが良いと思うが」
「ヒラニプラは嫌だという人がいるのでございましたね」
 黄 月英(こう・げつえい)の指摘に頷くミツエ。
 そのことは姫宮 和希(ひめみや・かずき)から聞いていた。
「ヒラニプラへは行きたくない者、あるいは戦う意思のない者、無理な者はザンスカールへ行き、それ以外の戦う意思のある者はヒラニプラへ行くというのは?」
「戦う……?」
 ここで教導団と戦っても意味はないだろう、とミツエが怪訝そうな顔で天華を見やった時、二人のやり取りを聞いていた避難民から雄々しい叫び声がわきあがった。
「ミツエが教導団に殴り込みをかけるぞー!」
 かけないわよっ、というミツエの声は雄叫びに掻き消されてしまう。
 困った顔で天華を見れば、彼女も難しい顔をして唸っていた。
「ヒラニプラに行くには道中も長いし、途中アトラスの傷痕もあるからモンスターとの戦闘になるぞと言いたかったのだが……」
 避難民達はすっかり盛り上がりやる気満々である。いまさら違うと言っても止まりそうにない。
「しょうがない、このまま行くわよ! ぐずぐずしてたらモンスターの餌になっちゃうわ!」
 ヤケクソ気味に決定するミツエ。
 この噂が広まり、集団はふくらんでいく。
 やがて最後尾が見えなくなるほどの列にまで大きくなった時、月英が感慨深く目を細くした。
(かつて劉表が没し、劉備が逃亡すると住民十数万がついてきましたが……血筋、でございましょうか)
 古代のそれとは違い、現実はとても殺気立ってギラギラしているのだが。

 ミツエのところがそんな状態の頃、ヨシオタウンに一度避難民を集めていた御人 良雄(おひと・よしお)のもとに立川 るる(たちかわ・るる)が訪ねてきた。
「るるさん! 何でこんなとこにいるっスか!?」
 もうとっくにイルミンスールに帰ったばかり思っていただけに、ヨシオの驚きは大きかった。
 しかし、心配していたのはヨシオばかりではない。
「良雄くん! 良かった、無事だったんだ」
「心配してくれたんスか……!」
 そのことにヨシオは感激でいっぱいになった。
 るるはヨシオに微笑んだ後、緊張感に包まれて落ち着かないヨシオタウンを見回し、表情を落とした。
 ここには次から次へと避難民が集まってきている。
 るるも、その人達に紛れてここに来たのだ。
「闇龍が……キマクのスフィアが真っ黒になっちゃったって」
「そうみたいっスね。だから、急いでみんなを集めてザンスカールへ行こうと思うんス。ここから一番近いっスからね」
「ザンスカールかぁ。良かったら、るるが案内するよ」
 るるはイルミンスール魔法学校の生徒である。
「ほんとっスか! 助かるっス!」
 思わず飛び上がって喜んだヨシオのズボンのポケットから、ころりと輝く球体が転がり落ちた。
 何かと思って拾ったるるの目が驚きに見開かれる。
「こ、これ、もしかしてスフィア? 良雄くんもスフィア持ってるの!?」
「いつの間にか持ってたっス」
 るるから返されたスフィアを手のひらで軽く転がすヨシオ。
 るるは興奮気味にヨシオに詰め寄る。
「ねえねえっ、このスフィアもどこかの都市に対応してるのかな!? いっそ、この街に対応してればいいのに……できないかなぁ」
 るるの急接近にヨシオの心拍数は一気に跳ね上がったが、どもりながらも何とか答えた。
「や、えっと、このスフィアはみんなのとはちょっと違うみたいっス。よくわからないんスけど」
 もし他のスフィアと同じものなら、鏖殺寺院がもっと積極的に関わっていてもおかしくない。
「そっかぁ……」
 るるは残念そうに肩を落とす。
 その足に、どこへ行っていたのか立川 ミケ(たちかわ・みけ)が擦り寄ってきた。
「なーなー」
「うん? あのね、山葉くんがいないねって」
「そういえば、途中で別れてそれっきりっスね」
 ヨシオは山葉 涼司(やまは・りょうじ)のことはそれほど心配していないようだ。
 ミケは避難してきた人達を見てきた。
 誰もが理不尽な仕打ちに怒りを抱えた表情だった。
 無邪気なのは、事情を聞かされていない、あるいは聞いてもまだわからない幼い子供達だけだ。
 荷車に積んだ家財道具の傍らに腰を下ろしてうなだれている人に近寄って一声鳴くと、その人は顔を上げてミケに気がつくと、儚く微笑んだ。
 疲れきっているその人の差し出した手に、ミケは思わずアリスキッスをしていた。
 そして、急にるるの顔が見たくなって戻ってきたのだ。
「そろそろ出発しましょう」
 ヨシオの配下のパラ実生がそう言ってきたので、ヨシオタウンに集まった避難民達はザンスカールへと移動することになった。
 まだ人が訪れそうなので、数人のパラ実生が残り対応することになった。
「そうだ、るるさん、お腹すいてないっスか? あんパンを作ってみたんで、よかったら食べてみてほしいっス」
「良雄くんが作ったの? ありがとう!」
 喜ぶるるの笑顔に、ヨシオは見惚れた。

 その頃、イルミンスール魔法学校では。
 アンナ・アシュボード(あんな・あしゅぼーど)が学校内を忙しく走り回っていた。
 クラーク 波音(くらーく・はのん)の提案でイルミンスールの中、校内の教室などを避難民のために解放しようというのだ。すでにエリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)アーデルハイト・ワルプルギス(あーでるはいと・わるぷるぎす)に話は通してある。
 ただ、イルミンスールの収容人数にも限界はある。
 だから、高齢者や子供、病人や怪我人などを優先的に入れようということになった。
 二人の活動に学校に残った生徒も協力してくれていた。
 新たに教室を一つ確保したアンナを、廊下の向こうからクラークが大きく手を振って呼んだ。
「今ツァンダから連絡があって、各都市で情報交換しながら活動しようって。教導団から医療班を派遣するらしいよ。ここにももうじき来るんじゃないかな。それと、るるお姉ちゃんから、ヨシオタウンに集まった人達がザンスカールを頼るよ、って」
「ヨシオタウン……何人くらいでしょう?」
 規模によっては物資調達の量を考え直さないとならない。
 クラークはるるとの通話を思い出し、にっこりとして言った。
「いっぱい、だって」
「そう、ですか……」
 まるで見当のつかないクラークの返答に、アンナは複雑な微笑をしつつ当初の計算を大幅に修正した。
「じゃ、あたしは迎えに行ってくるね」
 アンナの胸中などまったく気づかず、クラークは明るく手を振って軽やかに駆けていってしまった。
 姿が見えなくなるまで見送ったアンナは、まず保健室へ行き、先生に教導団からの医療班のことを知らせに向かうのだった。

「場所の確保はそれなりにできそうだよ。貴族達が力を貸してくれた」
 ルドルフ・メンデルスゾーン(るどるふ・めんでるすぞーん)の持ってきた朗報に、上月 凛(こうづき・りん)は金色の瞳に喜びを浮かべた。
 タシガンでも凛とパートナーのハールイン・ジュナ(はーるいん・じゅな)が中心となって、避難民受け入れ態勢を整えていた。
 ジェイダス・観世院(じぇいだす・かんぜいん)に学校施設の開放許可をもらい、ルドルフが貴族の別荘などを救護所などに開けてくれるよう頼みに行っていたのだ。
 施設の準備には、イルミンスールのように学校に残った生徒達が自主的に手伝いに来てくれていた。
「こちらも良い知らせがあります」
 ハールインは微笑むと、ツァンダの静麻や教導団の彩蓮からの連携や協力の申し入れのことを話した。
「女王復活の儀式が成功すれば、避難生活は短期ですむはずです。それまでの辛抱ですね」
「旧王都で戦っているみんなを信じよう。僕達はここで僕達にできることを精一杯やるんだ。さあ、他にやるべきことは?」
 儀式は必ず成功する、と声に秘めたルドルフが促すと、凛がテーブルの上に広げてある地図を見つめながら言った。
「必要な援助の情報がほしい……」
 頼ってきた避難民に必要なものを、迅速に回せるように。
「静麻とまめに連絡を取り合いましょう。それと、この学校の生徒も大荒野にいるでしょうから、彼らに現地の様子を聞くのもいいでしょう。……誰が向かっているのか探さなければなりませんが」
 ハールインの返答に頷く凛。
 すると、ルドルフが一人心当たりがあると言い、名簿を見に出て行った。

 キマクの乾いた大地を、ヨシオタウンへ向かう一団があった。小さな集落の全員を集めたくらいだろうか。高齢者が多い。
 自主的に護衛を買って出たパラ実生数人に守られて進んでいた。
 まだモンスターの襲撃は受けていなかったが、彼らから緊張感が消えることはなかった。
 しかし、やや早めのこの移動はお年寄りや子供にはきつい。
 それでも何とか遅れまいと、杖にすがるように足を動かしていたおばあさんだったが、ついに足がもつれて転んでしまった。
 周りにいた者達がすぐに助け起こそうと集まってくる。
「なぁに、ちょっとつまずいただけさ。気にするほどのことじゃない」
「まだ先は長いのです。ご無理はいけません……っスよ」
 ぎこちない語尾と同時に、おばあさんの目の前に手に収まるくらいの大きさの紙袋が差し出された。
「あんパン……っス。元気出してください」
「あ、あ、あんたは……いや、あなた様は……!」
 紙袋を受け取り、思い切り目を見開くおばあさん。
 立ち上がった黒ずくめのその人物は、ドージェと共に闇龍へ特攻をしかけ、そこで命を落としたと思われたがたちまち蘇ったという御人良雄だった。
 地面に座っている状態から見上げているせいもあるだろうが、頼もしげな笑みを浮かべる彼は、本来の姿より何倍も大きく見えた。
 とうとう拝み始めるおばあさんに戸惑いつつ、良雄は他の者達も元気付けるように見渡した。
 護衛として周囲で見ていたパラ実生らは、額の冷や汗をぬぐいつつ囁きあう。
「ばあさんにも容赦なく”あんパン”かよ……」
「見ろよ、あの袋。『最高級強力粉使用!』『豊かな香りも楽しんでくれ!』……確かに、こんな世の中になっちゃァ、多少アッチの世界に足突っ込んだほうが楽かもしれねェが……ばあさん相手に最高級強力粉!」
「これから地獄を見るよりは、今のうちに……という良雄様なりの優しさなのかもしれねェな……」
「それで恨まれても一人で背負うってわけか! 水臭ェじゃねェか! 良雄様だけが悪く言われることはねェ!」
「その通りだ。オレ達の評判なんてナラカの底もいいとこだ。良雄様! ”あんパン”配り、お手伝いしますぜ!」
 次々と手伝いを名乗り出てくる彼らは、同じくあんパンを配っていたシーラ・カンス(しーら・かんす)が担いでいた大きな袋をあっという間に奪い取り、
「こんな辛いこと、お嬢ちゃんがやっちゃいけないゼ」
 と、涙ぐんだ顔で言い残して行ってしまった。
 呆気にとられたシーラは、こちらもやはり大量にあんパンを詰めた袋を取られてしまった良雄に、不思議そうに聞いた。
「あの人達、どうしちゃったんだろうねぇ、大地さん」
「さあ? でも、皆さん元気になったようで良かったではないですか」
 良雄は実は志位 大地(しい・だいち)だった。
「そうだねぇ。やっぱり疲れた時は甘いもの食べるとホッとするよねぇ」
 辛い者はヨシオの”あんパン”で楽になれる……慈悲をくれる。
 そんな噂が広まり、ヨシオタウンを目指す者は数を増していくのだった。