空京

校長室

建国の絆 最終回

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建国の絆 最終回
建国の絆 最終回 建国の絆 最終回

リアクション

 

 太陽の光を遮り、上空を渦巻くように覆う闇龍からは、絶え間なく死の塵が降り注ぎ地上に異形のモンスターを生み出していた。
 大気は息苦しいほどの圧迫感を抱え込み、人々の耳に低い唸りを響かせている。
 避難を進めている小さな集落を背に、夢野 久(ゆめの・ひさし)は拳を打ち鳴らした。
 その横には、いつも穏やかな表情を崩さない佐野 豊実(さの・とよみ)がとても珍しく不機嫌顔をしている。
「ふぅん……後ろには子供も多い避難民。私達が怖気づいて逃げるか、虚しく倒されれば彼らも諸共、か」
 退路はなし、と落とすように呟く豊実。
 腰の刀に添えられた手が鍔をなぞる。
「……俺が下手に救助に回っても、手際が悪くてきっと足手まといになる。避難先への先導も、行き先を間違えたりしかねん。これが一番いいんだよ」
「まったく……御母堂の腹中に脳みそを落としてきたのかね。できることとできないことの区別もつかないとは……信じがたいまでの愚物だ。馬鹿だ。もしくは阿呆だ、いや両方だ」
「ひでェ言いようだな。馬鹿なのはわかってる。……引き返してもいいんだぜ」
「私だけか? そんなことをしたら、君以上の愚物だな」
 ふん、と鼻を鳴らすと、豊実は一変していつも通りのヘラリとした笑顔になった。
 鞘を鳴らし、刀を抜く。
「ま、私も君と同じくらい馬鹿ということだ」
 言い残し、豊実は迫り来る最初のモンスターへと斬りかかっていった。
 久も駆け出し、豊実の横合いから鋭い鉤爪を繰り出す別のモンスターのその腕を掴み、動きの流れを利用して地に叩き伏せる。
 久の顔のすぐ傍に刀身が突き立ち、モンスターの息の根を止めた。
「集落の人達は移動していったよ」
「それじゃ、そっちにモンスターが向かわないよう、踏ん張らねェとな」
 その時、二人を呼ぶ野太い声があった。
 声の主を探せば、一体のモンスターを血煙爪で切り裂き王 大鋸(わん・だーじゅ)が駆けてくる。
 大学生になり日々勉学に励む彼だが、つい最近まで庭のように走り回っていたシャンバラ大荒野の危機を聞いて居ても立ってもいられなくなり、一人でも多くの人を助けようとやって来たのだ。
「てめえらも来てたのか。朗報だ、新生徒会長のとこに援軍が来たらしいぜ!」
「そりゃ心強ェな。どこの奴だ?」
「教導団からそうとうな人数が助けに来てくれたってよ」
 これで助かる奴が増えるな、と笑顔を見せる大鋸だったが、久と豊実はあまり素直に喜べなかった。
 教導団がダメというのではない。今は少しでも多くの救助の手がほしいところだ。
 だが、大荒野の住人達は先のドラゴンキラー作戦によりキマクに深刻な滅びを呼んだことを恨みに思っている。
 はたして教導団の活動を受け入れるだろうか?


 それは、姫宮 和希(ひめみや・かずき)がモンスターの襲撃を受けている集落に駆けつけ、倒した後のことだった。集落を襲っていたモンスターは一体だけだったので、パートナーのガイウス・バーンハート(がいうす・ばーんはーと)と共にすぐに退けることができ、被害も少なくすんだ。
 モンスターに破壊された家の中から閉じ込められた人を助け出した時、李 梅琳(り・めいりん)が和希の前に現れた。
「私達も協力するわ。何でも言ってちょうだい」
「おう、助かるぜ。よろしくな」
 和希は梅琳とその後ろにいるシャンバラ教導団の団員達を笑顔で迎えた。
 協力してくれるなら所属組織や過去などどうでもよかった。
 だが、集落の人達はそうではなかった。
「そいつらが……?」
 剣呑な響きの声に和希が見やると、住人達はきつい眼差しを梅琳達に向けている。
「教導団の連中のせいでこんなことになったんだろ。どのツラ下げて協力なんて言ってくるんだ?」
「待て、気持ちはわかるが今はそれを言っている時ではなかろう」
 詰め寄る男と梅琳の間に巨体を割り込ませるガイウス。
 男は今度はガイウスに食って掛かる。
「あいつらのせいで! 俺達の生活はメチャクチャだ!」
 これは真実ではなく、結果としてこうなった、ということなのだが彼らにとっては教導団こそが悪者だった。
 恨みの深さにガイウスは続く言葉が出てこない。
 和希も困ったように梅琳を見ていたが、梅琳もどうしていいのか戸惑っていた。
 少し考えた末、和希は梅琳達教導団員を集落からやや離れたところへ誘導し、今後のことを話し合うことにした。
「俺としちゃ大歓迎なんだがな……。なあ、帰っちゃったりしねぇよな?」
「それは絶対にない」
 梅琳より早くクレーメック・ジーベック(くれーめっく・じーべっく)が返した。
 彼は強い瞳で、しかし悔恨の滲む声で続ける。
「こういう結果を意図していたわけではないが、結果は結果だ。私達はそれに対して責任を負わねばならない。逃げるような真似はしない」
 傍に静かにひかえていたクリストバル ヴァルナ(くりすとばる・う゛ぁるな)もしっかりと頷く。
「反論や弁解などいたしませんわ」
「そうか。それを聞いて安心したぜ。しばらくは辛いことになると思うが、よろしく頼む」
「ああ。ところで避難先のことなんだが、ヒラニプラを嫌がりそうなら空京はどうだろうか?」
「空京か。よし、じゃあそうしよう。一応確認は取って、ヒラニプラに行く奴らはそっちに送る」
 和希の言葉にクレーメックは頷く。
 ヒラニプラへの避難を望む住人達は、自分達が責任を持って送り届けるつもりでいた。
 クレーメックはこのことを各地で働く【新星】の仲間達に連絡した。
 場所によっては目と鼻の先の安全なヒラニプラを越えて、空京や他の都市を選ぶほど嫌われてしまったことを梅琳は悲しく思ったが、大荒野に住む者達の心を軟化させる妙案は今のところ浮かばなかった。
 よほどやりきれない顔をしていたのか、クリストバルがそっと梅琳の背を撫でた。慰めるように。
 梅琳は小さな苦笑いをクリストバルの気遣いへの返事とすると、気持ちを切り替えて彼女やクレーメックのようにできることから始めることにした。もともと、前向きな性格であることも幸いした。
 さて、それじゃあ他のオアシスを目指しましょうか、と待機している団員達へ向き直った時、強く呼び止める声があがった。
「教官、どうしてでありますか!」
 悔しさを顔いっぱいに表した孔 牙澪(こう・やりん)だった。
「どうして敵だったティセラ殿が中心部にいて、ボク達が後方救援の任務なのでありますか……! 納得できないのでありますっ!」
「牙澪……」
 梅琳は困ったように眉を下げた。どう言って納得させようか言葉を選んでいる様子だ。
 そして、牙澪の主張に同意するように団員達からも不満の声が広がっていく。
 今まで誰もが口にすることを我慢してきたことが、ここに来て噴き出したようだった。
 と、凛とした声が響き、ざわめきを一瞬にして静めた。
「何を不満に思うことがあるか! 教導団はシャンバラの民の守護の剣、秩序の守護者として民のために武を奮う者!」
 レオンハルト・ルーヴェンドルフ(れおんはると・るーべんどるふ)の声だった。
 団員達の視線が一斉に彼に集まる。
「民への故なき暴虐を許すな! 闇が絶望の象徴であるというなら、我らは闇から民とこの大地を守り抜くのみ!」
 牙澪はハッとした。
 あのように不用意に感情をあらわにするなど、何と軽率だったのか、と。
 団として動く以上、まとまりを乱すような言動はしてはならなかったのだ。
 特に今は。
 梅琳を見やれば、微笑んで牙澪を見ていた。
「彼の言うとおりよ。私達が今後シャンバラでどのように見られていくのか、今回の行動にかかっていると言っていいわ。一緒にがんばりましょう」
「はい! ボクは愚かでありました。人の命を救うということは、国を救うということよりもある意味重要なことであります。民なくして国は成り立たない、そこにどちらが重要などという優劣をつけるのはおかしかったのであります……。ここからは、一介の兵士として避難民を救うことに全力を懸けることにするのであります!」
「その意気よ」
 安定を取り戻した牙澪を、少し離れたところからニヒルな表情で(と、本人は思っている)見守っているパンダのゆる族が一人。
「ふっ……まだまだ孔も子供パンダね?」
 ほわん ぽわん(ほわん・ぽわん)の呟きは、移動する団員達の靴音に紛れた。

 その頃ヒラニプラでは、ハインリヒ・ヴェーゼル(はいんりひ・う゛ぇーぜる)が別の戦いをしていた。
 彼は教導団に不信感を抱き、去っていったシャンバラ人兵士達が屯しているというバーを訪れ、彼らにもう一度戻ってきてほしい旨を説いていた。
 しかし、思っていた通り彼らの反応は冷たい。
 ハインリヒも一度の謝罪で許されるとは思っていない。けれど、せめて彼らの力が必要であることだけでも理解してもらおうと、言葉を尽くす。
「ま、言うだけなら何とでも言えるな。──おい、出ようぜ。空気が悪くなった」
 頭を下げるハインリヒに吐き捨てるように言ったシャンバラ人兵士は、仲間達を促して席を立つ。
 ぞろぞろと出て行こうとする彼らを、クリストバル ヴァリア(くりすとばる・う゛ぁりあ)が慌てて引き止める。
「待ってください! 私達は団のあり方を見直す案を団長に具申するつもりでおります」
 兵士達は足を止め、クリストバルを振り返った。
 続きを促す視線に彼女はハインリヒと考えた案を説明する。
「イェルネ教授に与して甘い汁を吸っていた士官を更迭し、彼らの後任に教導団生え抜きの仕官やシャンバラ人下士官・兵から抜擢した士官を充ててはどうかというものですわ。もちろん、党幹部の縁故者だから、などという理由は許しません」
「地球人とシャンバラ人の待遇格差をなくすために、シャンバラ人の下士官・兵からの仕官登用の積極実施を金団長に申し出るつもりでございます。お願いします、もう一度、共に戦ってください。これからここを頼ってくる多くの避難民の救護と護衛に力をお貸しください」
 ハインリヒも言葉を添え、懸命な視線をシャンバラ人兵士達に向けた。
「……そうかい。そこまで言うなら、もう一度だけ戻ってやるよ」
 唯一、ハインリヒとクリストバルに口をきいていた彼は、ため息と共に了承した。
 しかし、他の仲間達も全員がそうだったわけではない。
「悪いが、もう関わりたくないんだ」
 信じることができない、と背を向ける者もいた。
 それも仕方がないと諦めるしかなかった。
 ハインリヒとクリストバルは、他のシャンバラ人兵士達いそうな場所を教えてもらい、彼らのもとへと急いだ。