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リアクション
避難民救出と誘導
各都市の避難民受け入れ態勢の調整についての報告が、昴 コウジ(すばる・こうじ)を通して姫宮 和希(ひめみや・かずき)に伝えられた。
和希自身、倒壊した家屋の中に残された人の救助活動で休む暇もないので、実際の報告を受けているのはガイウス・バーンハート(がいうす・ばーんはーと)だった。
コウジが連絡要員として和希の傍に残ってくれたことで、情報整理はかなり楽になった。
シャンバラ大荒野のどこでどんな救助活動がされているのか、ここでほぼ把握できる。
もちろん、各地で救助活動にあたっている者達の協力あってのことだが。
「僕は、心配なのであります。これから本格化していくであろうエリュシオン帝国のシャンバラ侵略に備えて、教導団とパラ実が何かといがみ合う現状を少しでも改善したいのであります。けれど……」
コウジは、和希達を手伝っている平 教経(たいらの・のりつね)が、助け出された住人に罵倒されている姿に悲しげに目を伏せた。
コウジ達のリーダーのクレーメックがそうしたように、コウジも教経も浴びせられる悪態や、差し伸べた手を打ち払われるような仕打ちに謝罪はしても反論は一言もしなかった。
けれど、今後のことを思うと、どうしたら許されるのかと気ばかり急いてしまうのだった。
「今、俺達は最悪の関係にあるのだろう。だが、ここにいる俺達はこうして協力しあっている。お前達がどれだけ本気でそれを望んでいるのか、示す必要があるだろう」
ガイウスの言葉を静かに聞くコウジは、殴られそうになった教経と住人の間に和希が割って入って止めたのを見ていた。
泉 椿(いずみ・つばき)と飛鳥 桜(あすか・さくら)が荒野の孤児院に駆けつけた時、そこはまだ何の異変も起きていなかった。
ただ、子供達が年長者を中心に避難の準備を進めていた。
「全員いるか!?」
椿の顔を見たとたん、子供達の顔がパッと輝いた。青白かった頬に赤味がさす。
もっと早くに来てやればよかった、と椿の胸に後悔の念が広がったが、今はそんな場合ではないと押し込めて笑顔を見せた。
「安全になった戻って来れるさ! そうだな……ちょっとした遠足みたいなもんだ」
「ちょーっとデンジャラスな遠足だけど、ヒーローの僕がいるから大丈夫!」
自信たっぷりな桜の言葉と表情に、子供達も安堵した様子を見せた。
それから出発の準備を手伝い、
「また帰ってくるよ。いってきます」
と、孤児院に手を振って一行はヒラニプラを目指した。
しばらくは何もなかった。
空は黒く重く、辺りの空気もピリピリとしていたが、それでもそれ以上子供達を脅かすものは現れなかった。
孤児院を出た時は不安でいっぱいだった子供達にも、少しずつ会話が生まれてきたその時。
急に黒い風が吹いたかと思うと、死の塵と共にモンスターの咆哮が空気を震わせた。
「アルフ!」
「任せろ!」
鋭く叫んだ桜に、女王の短剣を引き抜きアルフ・グラディオス(あるふ・ぐらでぃおす)がモンスターの前に躍り出る。
桜は目を見開いて立ち尽くす子供達を励ました。
「さあ行くぞ! 大きい子は小さい子の手を握って、絶対に離すな!」
緋月・西園(ひづき・にしぞの)も魔法の準備をしながら椿を促す。
「あなたも先に」
「……わかった」
本当は心配だったが、椿は緋月にこの場を任せることにした。
自分が何をしにここへ来たのか、それを忘れてはいけない。
「少ししたら休むぜ! うまいモン食わせてやる!」
一番小さい子を抱き上げ、椿は走り出す。
行き先は先頭の桜が決めるだろう。
モンスターを引き受けたアルフと緋月は、連携を取りながら一体ずつ倒していっていた。
緋月の魔法でモンスターの足を止め、アルフが短剣で急所を狙う。
異形のため急所がわからない時は、二人で協力してすべての頭を狙った。
「みんな遠くへ行ったわね。私達もそろそろ……」
「そうだな。次の攻撃で走るぞ!」
向かってきたモンスターにアルフが斬り付けるのと同時に緋月が氷の礫を横からぶつける。
別のモンスターの攻撃を紙一重でかわしたアルフは、そのまま背を向けて走り出した。
緋月もそれに続き、時折振り返っては火の玉を飛ばして牽制する。
二人がモンスターを引き付けている間に、椿と桜は大きな岩陰を見つけ、そこに子供達を押し込んで身を隠していた。
「お姉ちゃんとお兄ちゃんは……?」
泣きそうな顔で椿と桜を見上げるその子は、しかし答えを聞く前に「あっ」と声を上げて空を指差した。
新手のモンスターかと思ったがそうではなく、そこに見えたのはサンタのトナカイだった。
味方だ、と桜は辺りにモンスターの影がないことをサッと確認して岩陰から飛び出すと、ソリの御者に気づいてもらおうと両手を大きく振って呼びかけた。
やや距離があったため、もしかしたら気づかれないかもしれないと心配だったが、御者を務めていた乃木坂 みと(のぎさか・みと)は見落とさずに桜に気づき、ソリを接近させてきた。
みとの隣の席にいた相沢 洋(あいざわ・ひろし)が桜とその奥の椿達に言った。
「大丈夫でありますか!?」
「うん、怪我人はいないよ。僕達、ヒラニプラ目指してるんだけど」
「それなら、私達が先導するであります。ついてきてください」
椿が子供達を岩陰から出るように促した時、洋とみとの乗るサンタのトナカイを見つけた子が駆け寄って問いかけた。
「お兄ちゃんとお姉ちゃんはどこ?」
誰のことを言っているのかわからず首を傾げる二人に、代わりに桜が答えた。
「僕と椿のパートナーで……」
「特徴を教えるであります。仲間を救援に向かわせましょう」
「助かるよ。えぇと……」
桜が伝えたアルフと緋月の外見特徴は洋を通して【新星】の仲間達に伝えられた。
それから、孤児院一行は洋の先導で出発した。
洋は、死の塵の流れを読み、進路にモンスターの影はないか注意深く観察しながら導いていく。
洋の目の届かない範囲はみとが補った。
「上空、地上後方、共に敵影なし」
発見次第、接近される前に攻撃できるよう、みとはいつでもサンダーブラストを放てるよう、集中していた。
少しずつ数を減らしながらモンスターとの距離を開きつつあったアルフと緋月のもとに、洋から連絡を受けた仲間達のうち一番にやって来たのはマーゼン・クロッシュナー(まーぜん・くろっしゅなー)とアム・ブランド(あむ・ぶらんど)だった。
飛行タイプのモンスターと対峙していたアルフと緋月の間にマーゼンが滑り込んでディフェンスシフトでモンスターの急降下による重い一撃に対抗し、緋月と並んだアムが疲労の激しい緋月に代わって魔法の準備をする。
獲物が増えたことに喜んだモンスターが鋭く鳴き、マーゼンに凶暴な鍵爪の足を見せ付けるようにほぼ垂直に舞い降りる。
マーゼンがランスでそれを受け止め、わずかに威力に押されて後ろに靴を擦る。
しかし押し負けることなく、逆に己の三倍もありそうな体躯のモンスターを押し返した時、アムがすでに詠唱を完成させていたサンダーブラストをぶつけた。
モンスターは聞く者の神経をやすりにかけるようなおぞましい声を短くあげると、地上に落下し、砂のように体を崩れさせていった。
ホッと一安心したのも束の間、アムは少し離れたところに避難民と思われる集団を発見した。
「合流しましょう」
指差して言うと、マーゼンも振り向いてその集団を視界に収めた。
合流してわかったことだが、その集団は一度モンスターと戦った後だったようで、数名の怪我人を抱えていた。
さらに【新星】のメンバーと出会う。
「お、マーゼン達か。さっきの洋からの連絡だが……」
「会えましたよ。あちらの二人です」
再会したジェイコブ・バウアー(じぇいこぶ・ばうあー)の問いに、マーゼンはちらりと視線をアルフと緋月に向けて言った。
「そうか。そいつは良かった。悪いが、少しだけフィリシアとここを預かってくれないか。オレは──ちょっとあいつらに用がある」
そう言ってジェイコブが見やったのは、彼と共にいた教導団員。
彼らはどこか腐った顔をしていた。
その意味を何となく察したマーゼンは、しっかり頼みますよ、と頷く。
ジェイコブは仲間の団員を呼び集め、少しの間、避難民から見えないところへと行ってしまった。
フィリシア・レイスリー(ふぃりしあ・れいすりー)も少し離れたところからそれを見ていた。
が、すぐに視線をそらして手当てを待っている人へと駆け寄る。
「手当てをいたします。傷を見せていただけますか」
まだ血のにじむ腕を押さえていた手を外した男は、色のない目でフィリシアを見て、聞こえるように舌打ちをした。
男は何も言わずに腕を差し出す。フィリシアと目を合わせないように、そっぽを向いていた。
フィリシアも何も言わずに患部を水で洗い、消毒綿で殺菌をすると薬を染み込ませたガーゼをあてて、丁寧に包帯を巻きつけていった。
手当てが終わっても男からは礼の一つもない。
けれど、フィリシアはそれを当然のように受け止め、
「お大事に」
と、告げると次の怪我人のところへと行くのだった。
一方、避難民の集団から離れたところで足を止めたジェイコブは、団員達へと振り向くなり、一番最初に不満を漏らした団員を殴り倒していた。
「おまえらいったい何しにここに来たんだ! 被害者のあいつらに文句を言うためか、それともここの住人との溝をもっと深くするためか!?」
「けど、あんなこと言われてまで助ける必要あんのかよ。俺達がモンスターの始末をするのは当然だ、みたいな顔しやがって!」
あの避難民の護衛についてから、ジェイコブ達は浴びせられる暴言にひたすら無言を貫いてきた。
今となっては、言葉よりも行動を示して信頼を取り戻すしか手はないと思ったからだ。
けれど、団員の中でも特に十代の者にはなかなか辛抱できるものではなかった。
「馬鹿野郎! ここでオレ達があいつらを見捨てたら、教導団はもう誰からも信用されなくなるぞ! 貴様ら、残りの一生を卑怯者と呼ばれながら生きて、それで本当に良いのか!?」
「いいわけないだろ! けど、けどよ……!」
やりきれない感情を抑えきれず、地面を叩く団員。
ジェイコブは、これ以上かける言葉はない、と背を向けた。
「先に行ってる。──待ってるぜ。おまえらの力が必要だからな」
戻ったジェイコブは、フィリシアがまた酷い言葉をぶつけられているのを見てしまったが、声をかけることなく辺りの警戒を始めた。
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