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リアクション
ミルザム
ツァンダの町周辺。
そこは、陸路でツァンダに避難する人々で溢れていた。
その人々の間を道明寺 玲(どうみょうじ・れい)は駆けていた。先ほどまで、彼女はミルザム・ツァンダ(みるざむ・つぁんだ)の指揮の元、他の多くの生徒たちと共に避難誘導に従事していた。
生活用品を担いだ家族や、多くの人々を乗せたトラック、馬車などの横を駆け抜けていく。
(レオポルディナをそばに置いておいて正解でしたな)
玲は心の底からそう思って、心中でつぶやいた。
◇
「こっち、こっちだよ!」
ミルザムは子供に手を引かれるままに、路地裏の道を進んでいた。
顔に大きな擦り傷を作った子供が、必死に彼女の手を引いて、薄闇の中を進んでいく。先ほど聞いた話では、彼の母親が足を怪我して動けなくなっているのだという。
この辺りにはモンスターが徘徊し始めているため、それは一刻を争う事態だった。そのため、ミルザムは誰かに指示を出すでなく、自分自身が向かうという手段を選んだ。選んでしまった。
子供がふいに立ち止まる。
ミルザムは少し切れた息を整えながら、子供に問いかけた。
「お母さんは?」
「お久し振りです」
声は後ろから聞こえた。女性の声では無い、重い男の声。
「……誰ですか?」
わずかに振り返ったミルザムの目に映ったのはヴィト・ブシェッタ(う゛ぃと・ぶしぇった)の姿だった。
「おっと動かないで下さい」
ゴリ、と後頭部に押し付けられる銃口の感触。
「急いでいます。この子の母親が動けずに――」
「いや、そいつは、もういいんだ」
その声が聞こえたのは、子供が居た方。そちらへ視線を返す。
そこに立っていたのは、葉巻の先を切っているサルヴァトーレ・リッジョ(さるう゛ぁとーれ・りっじょ)の姿だった。
「ちぎのたくらみ……」
「自分で言うのもなんだが、迫真の演技だったろう?」
サルヴァトーレが詰まらなそうに言いながら葉巻に火を点ける。
「何が目的ですか?」
「女王とはならなかったが、おまえにはまだ価値がある」
サルヴァトーレの言葉にヴィトが続ける。
「これからの戦いに参加して頂きます。貴方もそれを望んでいるはずだ」
「勝手に決めないで! 私はそんなこと望んでなど――」
と――
「ミルザム様を離して頂けますかな?」
玲の声が、路地の向こうより響いた。
サルヴァトーレが軽く煙を落としてから、玲の方へと視線を向けた。
ゆっくりとした間の後で、続ける。
「一人、ってわけじゃなさそうだ」
「もちろんなのですよ!」
レオポルディナ・フラウィウス(れおぽるでぃな・ふらうぃうす)の声が路地の反対側から渡る。
「妙だと思ったのですよ! 変な子供だと思ったら、案の定、変なおじさまだったのです!」
どうやら彼女がミルザムの動向を注視しており、玲たちに報せたらしい。近づいてくる他の生徒らの気配。
サルヴァトーレは、わずかに片目を細めてから、玲の方へと視線を返した。
「こいつは返す。見逃せ」
玲が少し思案した間を置いてから、
「いいでしょう。避難誘導がまだ終わっておりませんからな。それがしらには、そちらとやり合っている暇は無い。ただし――少しでも、そちらが危害を加えればその限りではありませんからな」
「賢いヤツは好きだぜ」
「そちらも、そうであって欲しいものですな」
彼女が表情を変えずに言った言葉に、サルヴァトーレは小さく笑ったようだった。
交渉は成立し、ミルザムは無傷で玲たちの元へと返され、姿を消したサルヴァトーレたちの後を追う者は居なかった。
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