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リアクション
教導団に鏖殺博士が残したもの
パラミタではまだ珍しい高級セダンが、空京の大通りで立ち往生していた。
道路には、避難民やその荷物を乗せたトラックや馬車が大渋滞している。
「空京で渋滞とは何事か?!」
セダンの中で、将校の制服に身を包んだ男が不機嫌にうなる。教導団の上級将校の一人だ。
運転手の兵士は、ただただ身をすくませるばかり。
そこに様子を見に行っていた兵士がかけ戻ってきて、助手席のドアを開ける。
「中佐、どうやら避難民が大通りに仮設キャンプを張り、空京警察がそれを除去せようとして押し問答になっているようです」
「何ぃ?! 未開の原住民どもめ……が……」
毒づいていた男の口が半開きで止まる。
彼につきつけられる銃口。
助手席のドアの兵士を押しのけ、教導団第一師団少尉の香取 翔子(かとり・しょうこ)が中佐に拳銃を向けていた。
「ここはシャンバラ人の王都となる街。差別発言は控えられた方がよろしいかと」
「この私に銃を向けるとは……香取少尉、私を誰かと間違えていないかね?」
しかし翔子の態度に揺るぎはない。
「閣下、将官には将官の義務というものがあります。勝手に持ち場を離れられては困ります」
中佐は後ずさる。後ろ手に、シートのクッションの間にある何かに指を伸ばした。
やにわに後部座席のドアが開く。様子を伺っていたクレア・セイクリッド(くれあ・せいくりっど)が中佐に飛びつく。
「逃亡は許さないのだ!」
「ぐっ、この……」
「敵前逃亡は本来なら銃殺ものなのだ!」
クレアは押さえこんだ中佐に、怒りの形相を向ける。
翔子の部下がクレアに協力して、中佐から隠し銃を奪い、拘束する。
中佐はぎらぎらした目を翔子に向ける。
「私にこのような真似をして……有力党員である父が黙ってはいないぞ?!」
翔子は肩をすくめる。彼にはとりあわず、部下に命じる。
「他にも、まだ逃走中の奴らがいるわ。彼の護送はB班に任せて、捜査に戻りなさい」
「ハッ」
部下たちは、それぞれの持ち場に散っていく。
クレアは中佐を、護送担当班と協力して護送用の車に押し込める。
まだ文句を続ける中佐に、B班の兵士も辟易した様子だ。
クレアは兵士たちに言う。
「偉そうなことを言っても結局、臆病者なのだ!
こいつらみたいな縁故採用者がいた所為で、イェルネが教導団を食い物に出来たのだ!」
第一師団の技術科少佐だったカリーナ・イェルネ教授は、鏖殺寺院の鏖殺博士だったようだ。
まだ一般には明らかにしていないが、教導団内ではほぼ断定されている。
団内では、彼女が団内で何を行なっていたかの捜査が行なわれていた。
それに伴い、若い士官候補生の間では、イェルネ教授に関係した幹部の責任を問う声が大きくなっていた。
イェルネ派だった者を、片っぱしから拘束しようとする動きすらある。
しかし教導団ではいかに高官であろうと、教授にとっては情報を共有するまでもない、連れていく価値もない使い捨ての道具にすぎない。
まして、教授が姿を消した当事には、イェルネ派は第一師団最大の派閥になっていたのだ。
派閥の中で、特に罪を犯した者や卑怯な者──闇龍の脅威が迫り、教導団の立場が悪くなったシャンバラから、避難民誘導にかこつけて逃げ出そうとした高官は、香取 翔子(かとり・しょうこ)によって捕えられた。
その成果から、彼女は中尉へと昇進している。
しかしその一方で、多くのイェルネ派は立身出世を目的に派閥に入っただけで、犯罪の意思など毛頭無い。
教授に味方していた者は根こそぎ逮捕、といった一部の士官候補生の行動は、逆に団内に不和をまねき、避難活動の妨げとなっていた。
それこそ鏖殺博士の目論見通りである。
また、これを機会にと、中国の主席に与する派閥を重用しようという動きもあったが、主席と関係深い団長みずからがそれを止めた。
蒼空学園は御神楽環菜の私財が資本の主だが、シャンバラ教導団は現在、中国を始めとする各国の援助により成り立っている。
いわば会社のワンマンオーナーにも等しい環菜に比べ、金鋭峰(じん・るいふぉん)団長は多くの「株主」の意見に耳を貸さねばならない立場だ。
中国の一派閥ばかりを重用する人事は、教導団支援の引き上げをもたらし、より団を弱らせるだろう。
特に今は、教導団から手を引く機運が盛り上がっているのだ。
そして、女王復活儀式の後にもたらされる変化は、シャンバラ教導団の舵取りをより難しくさせるものだが……この時は誰も、それを予測だにできなかった。
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