校長室
【ろくりんピック】最終競技!
リアクション公開中!
■パラミタ内海の海賊3 小次郎が放った弾丸が向こうの一人の頭部に色を咲かせる。 クライスたちとはメインマストを挟んで反対側。 「よーしよし、小次郎君らのおかげで順調やなぁ」 大久保 泰輔(おおくぼ・たいすけ)は、マスケット銃に弾を込めながら、背中でズゥリズゥリと遮蔽代わりの樽を押しながら微笑んでいた。遮蔽物を押しながらなため、遅々としてではあったが、メインマストまでの進みは言葉通りに順調だった。 周囲で攻め上がって来ている他の西側生徒たちの射撃と連携して、レイチェル・ロートランド(れいちぇる・ろーとらんと)が弾丸を放ち、 「もうじき、”私の”射程距離です」 「ん、こっちはこれでピッタリ撃ち納めや。過不足無しはやっぱり気持ちええね」 「私の方も、これで……」 レイチェルが、銃尻を床にガンッと叩き付けて弾込めしてから、銃身をひゅんっと巡らせた。 撃つ。その間に泰輔は最後の一押しで、ずずずっと樽を押していた。レイチェルが銃を投げ捨てながら泰輔の胸元へ寄り添い、 「いけます、泰輔さん」 ぐっと彼の身体を掴んだ。 と――向こうの西側生徒がうろたえた気配。 サフィの作戦というのは『音』だった。携帯音楽プレーヤーで再生した銃声で、こちらが撃ち終えた思わせ、 「はーい、どうもー、引っかかってくださいましたー♪」 相手が顔を出したところを撃ったのだ。 構造上、マスケット銃の連射は難しい。相手側を一時的に混乱、あるいは警戒させ、隙を作るには十分だった。 「なかなかの小悪魔っぷりだ」 ジュバルが渋みたっぷりに燻銀の笑みを零す。 そして、彼は亮司が遮蔽から駆け出した。 むんず、と亮司の手がジュバルを引っつかみ、 「――行って来いジュバル! 後はお前に任せた!!」 ジュバルの身体を思いっきりメインマスト目がけて放り投げた。 「――っ、先を越されましたか」 「遠慮は無用や、レイチェル!」 「はい」 レイチェルは泰輔の身体を引っ掴んだまま、ぐぅうっと腰をねじり込むように深く据え、強い踏み込みと共に―― 「えいっ」 思いっきり泰輔をメインマストへ向かって放り投げた。 ぽぽーんっと。 ジュバルと泰輔が対角線上の空を舞い、二人はそのままメインマストに――触れることなく、それを掠め…… 「あ、ぶつかった」 フォアマストの足場の上で、リースがつぶやく。 彼女と小次郎の視線が追った先では、二人が、ぼてっと仲良く甲板に落ちていた。 そして、彼らは当たり前のように両軍から弾丸の洗礼を受けてペイント塗れになっていく。 なんか盛り上がったらしい観客たちの歓声と拍手が観客席から溢れていて。 「……惜しかった、ですわね」 「……ああ」 それから、リースは何かしら言葉を探して、探して、探して、それから、両手をふわりと合わせながら言った。 「まあでも、盛り上がりましたし」 「…………」 小次郎がリースの方を見やってから、小さく「ふむ」と、どこか感慨深げに零し、再びマスト付近の東側生徒に向かって銃口を構えた。 ■船内 「――はい、船内リポート担当の水橋 エリス(みずばし・えりす)です」 エリスはマイクを手にニーナ・フェアリーテイルズ(にーな・ふぇありーているず)の構えたカメラに向かって言った。 エリスの肩には『報道担当』と書かれたタスキが掛けられており、ニーナの肩には『ジャーナリズムは中立!!』『撃っちゃいやん!!』と書かれたタスキが掛けられている。 そして、エリスが立っていたのは船内中層の右舷ブロック――調理場だった。競技用の舞台の癖に妙に凝った造りをしている。 「現在、ここ厨房では熾烈な戦いが繰り広げられています……しかし、中継し続けられるかは微妙かもしれません」 エリスが微笑んで小首を傾げた後方で―― 「イイネッ、てめえマジでイイヨッ!! たまんねぇッ! たぎるッ! 濡れるッッ!!」 「アハハハッ、虫ケラ虫ケラァ! 殲滅させろ!! ヒャッハーー!!」 二つの、正気の薄い声が交わり、ヒルデガルド・ゲメツェル(ひるでがるど・げめつぇる)とセイル・ウィルテンバーグ(せいる・うぃるてんばーぐ)が銃身やら拳やらで打ち合いつつ、喧しく調理場を駆け抜けて行く。 ヒルデガルドの振り出した銃身をセイルの銃身が叩き擦って火花が散る。同時にヒルデガルドの撃ち出した弾がセイルの頬を掠めていった。 銃身を擦り合わせながらセイルがヒルデガルドへと肉薄して、凄まじい力で彼女を壁へ押さえつけようとする。 同時に、銃口をヒルデガルドの額へ押し付けるゼロ距離射撃。 が――そこから撃ち出された弾丸は、ヒルデガルドではなく後方の壁に当たった。 ヒルデガルドは押さえ付けられる寸前に後方の壁を蹴って、身を翻していた。 「アハハッ、虫ケラの癖にしぶとい!」 「最後までイカせてくれんだろォッ!? あたしはまだ――」 そこで、エリスは、手に持っていたフライパンを調理台に叩き付けて、ヒルデガルドが口にした言葉を甲高い音で掻き消した。 にこやかなまま、カメラを見やり、 「と、いうわけで、ギリギリ可能な範囲でお伝えしてみました。次の現場では、何憂うことなく皆さんにお伝え出来ることを祈ります。さあ、ニーナさん行きますよ!」 「あいさー!」 そうして、エリスはニーナと共に暴力溢れる調理場を後にし、船内を駆けていった。 「――また、あんな状態に」 無限 大吾(むげん・だいご)は、開いた貯蔵庫の扉の影にしゃがんだ格好で嘆息した。 セイルのことだ。普段の彼女はあのような戦闘狂じゃない。 「相手も手だれのようだから、大きな怪我を負わせたりはしないだろうけど……と――」 銃を構え、大吾は扉の向こうを伺った。 実を言えば、セイルやヒルデガルドの心配をしてる場合でも無い。 扉の向こうに立って不敵に笑んでいるのは、ヒルデガルドのパートナーらしいファタ・オルガナ(ふぁた・おるがな)。 大吾の方は彼女と絶賛交戦中だった。弾の残りは少ない。 「慎重に行こう」 自分の呟きをキッカケにして、扉の影から飛び出す。 ザァッ、と床を足先で擦りながら、銃口をファタの胸元へと定め、引き金を――引こうとした瞬間、 「んふっ、よくよく正確に狙ってくるのぅ」 ファタの放った氷術が銃口を埋めるように氷の塊を生み出した。 「そちらさんも」 大吾は銃身を振って、調理台の端に叩き付け、氷を砕きながら飛び退いた。 パラパラと散った氷片の向こうでファタが、タッと床を蹴って距離を詰めてくる。 ファタに生えた黒猫の耳と尻尾が彼女のしなやかな動きに従って踊る。そして、その手先から滑るように放たれたのは凶刃の鎖だった。 彼女は初めから銃を持っていない。 咄嗟に盾を構えながら、 「聞いていいかい?」 大吾は問いかけた。ほぼ同じタイミングで金属が打ち合い擦れた短い音。 受けることは出来たが、盾が弾かれて正面が空いてしまう。軽く冷や汗をかきながら、すぐに銃口をファタの方へと向ける――が、 「言うてみ」 ファタは、既に射線から逃れるように身を翻していた。 まるで本物の黒猫のように跳躍した彼女の腕へと、鎖が奇妙な線を描きながら回収されていく。その、もう一方の手に生み出されつつあったのは氷の塊。 気づいて、大吾は短く息を吸いながら銃身を引いた。 次の動作に備える。 「銃は?」 「使い慣れぬものを使うよりは、こちらの方がてっとり早いからのぅ」 返答と同時に、ファタの足先が床に触れた。 鋭い舞踏のようなフォームで放たれた氷塊が空を切って迫る。それは、瞬時に側方へと身体を投げ出していた大吾の身体を掠め、天井に砕けた。 大吾の方は調理台の上を転がって隣の通路へと降りていた。というか、客観的には『落ちた』という方が正しいかもしれない。 一緒に転がり落ちたオタマや鍋が床を鳴らす中、軽く咳き込んでから、 「なるほど、あまり銃は使わないのか」 言って、大吾は銃を構えた。 銃口を向けたのは、そこにぶら下がって揺れていたフライバン。 「なら、こういうのって余り知らないかな――と」 撃ち出された弾丸は、良い感じの角度でキンコンカンっと辺りの調理器具や調理台、天井からぶら下がるランプに跳ね―― 「――おン?」 最後に、それは、ぱしゃっとファタの頭に当たって塗料をぶちまけた。 ペイント弾で実行というのは大分神経を使ったが、これがまあ”必殺”の跳弾というヤツだ。 とりあえず無事に成功したことを確認してから、大吾は床に落ちた時に打った腰を抑えながら「いつつっ」と立ち上がり、 「俺の、勝ち?」 彼女の方へ、腰の痛みのせいで半分崩れた笑顔を傾けた。 調理台の向こうで、唇の上に跳んだペイントの飛沫をペロリと舐める舌先。 「んふ、あまり旨いものではないが……」 ファタが片目を細め、楽しげに笑う。 「まあ、そう悪いものでもないのぅ」