空京

校長室

戦乱の絆 第二部 第三回

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戦乱の絆 第二部 第三回
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要塞内部・1

 要塞内に侵入してみると、中は暗闇だった。
 入り口が開いているので今いる場所は明るい。
 しかし通路の奥に何も見えない。
 行く先には、不気味な闇が待ち受けていた。

「途中、灯りを落とされるような罠を仕掛けられるかもしれない、という警戒はしていたのですが」
 薔薇の学舎校長、ジェイダス・観世院(じぇいだす・かんぜいん)の護衛の為に隣りに立ちながら、エメ・シェンノート(えめ・しぇんのーと)が苦笑する。
「最初から暗闇とは」
「向こうは、照明を必要としない輩なのかもしれないということだな」
 軽く肩を竦めて、ジェイダスは冷静に言った。
「灯りを点けて進めばいいことです」
 エメのパートナー、守護天使の片倉 蒼(かたくら・そう)の背には、純白の光翼が淡い光を放っている。
「向こうの的にやり易いことなど、始めから覚悟の上。
 校長のことは、我々が必ずお護りいたします」
 心の中で、エメのことも、と付け足す。
「期待しているよ」
とジェイダスは微笑んだ。
「そうでありんすね」
 話を聞いていた葦原明倫館校長、ハイナ・ウィルソン(はいな・うぃるそん)も、緊張を見せることなく頷く。
「とにかく、進まないことには始まらないでありんす」

 エメがジェイダスに禁猟区を掛けた後、殺気看破や超感覚を用いつつ、一行は要塞内部を進んだが、すぐに、殺気看破は役に立たないことを知った。
 敵は、殺気を放たずに攻撃を仕掛けてくるからだ。
 即ち、敵は生きた相手ではなかった。


「何人くらいが要塞内部に入り込んでいるのかしら?」
 フレデリカ・レヴィ(ふれでりか・れう゛い)が、通路の奥の闇を、正しくはその中に潜んでいるだろう敵を認識しようとしながら言う。
「こことは別の場所から侵入している人達もいるようですから……」
 HCを確認しながら、パートナーの剣の花嫁、ルイーザ・レイシュタイン(るいーざ・れいしゅたいん)が答えた。
「離れている人達と、連絡は繋がりそうなの?」
「大丈夫そうです。通信の妨害はなさそうですね。
 ――100人以上は侵入してきているようです。
 120……30……正確な人数の把握には、もう少し必要です」
 HCを持っていない人の分まで全て、となると、今すぐには算出できない。
「それは心強いわね。
 イナテミス防衛戦で指揮権を執らせて貰ったことは伊達じゃないわよ」
 ある意味で、あの防衛戦は失敗に終わったが、それにいつまでも落ち込んではいられない。
 ミスティルテイン騎士団の一員として、いや、一人の契約者として、カンテミールを許すわけにはいかないのだ。
「皆の情報を取りまとめて、周知させるわ。
 探す場所は、動力炉と、カンテミールの居場所ね」
「シャムシエルとカンテミールには、看過できない能力が幾つもあります。念の為警戒を」
「ええ」
 会話をしながら、フレデリカは集まり始める情報を、テクノコンピューターで捌いて行く。
 ズシン、ズシンと足元に振動が響いた。
 どこかで早速、戦闘が始まっているようだ。


「俺は、ここを護っとるけえ、皆は心置きなく行って来い!」
 パートナーの魔鎧、アーヴィン・ウォーレン(あーう゛ぃん・うぉーれん)を装備し、光臣 翔一朗(みつおみ・しょういちろう)だけは、要塞内部への突破口である、入り口の位置に残った。
「もしどこが塞がれても、ここは必ず確保しとくけえ!」
 目的を果たし、皆が脱出する時に、退路が封鎖されているようなことのないように。
 背後に憂いることなく、彼等が安心して戦えるようにと。
「お任せしましたわ」
 ラズィーヤ・ヴァイシャリー(らずぃーや・う゛ぁいしゃりー)が、心配そうに彼を見る百合園女学院校長、桜井 静香(さくらい・しずか)を伴い、契約者達と共に内部へと侵入して行く。
「……気をつけて!」
 静香の言葉に、翔一朗は、にやりと笑って手を振った。
 程なくして、彼等が消えて行ったのとは別の通路から、駆動音と共に現れたのは、警備システムと思われるロボットだった。
 人の形はしていない、小回りの利く嵩高の戦車のような防衛ロボットだ。
「は! いいね、人じゃないけえ、返って戦いやすいちうもんじゃ」
 翔一朗はばしっと手の平と拳を合わせながら、不敵に笑った。


「何も見えないなら、全部壊しちゃえばいいだけの話よね!」
 そもそも、要塞を壊す為に来たんだし! 
 藤林 エリス(ふじばやし・えりす)はそう結論づけて、手当たり次第、周囲の壁や天井に魔法を撃ちまくった。
「全軍突撃! ひたすら突撃! 武運を祈るわ!」
 HCで情報交換だけは怠らずとも、とにかく派手に暴れまくる。
 敵の目を引き付けることが、自分の役目だと思うからだ。
「ミスティルテイン騎士団の一員として、悪い人は許さないわっ! 代王様に代わってお仕置きよ☆」
 あら、代王様は女王様の代わりで、その代わりって何だか今いち? と心の中で突っ込みつつも、まあいっか、と、パートナーの魔女、アスカ・ランチェスター(あすか・らんちぇすたー)も同様に魔法を撃ちまくる。
「エリス、今日はノリノリねっ!」
「なっ、何言ってるの!
 アスカがミスティルテイン騎士団に加わったから、しょうがないからあたしも付き合ってあげてるだけよ!
 別に皆の心配なんかしてないわよ! 勘違いしないでよね!」
 エリスは慌てて言い返す。
 そんな二人は、あっという間に魔力を使い果たし、そしてそのタイミングを測ったかのように、防衛ロボットが近付いてきた。
「きゃ――!」
 慌てて箒に乗って逃げるも、暗闇の中、方角が解らず、壁に激突してしまう。

「――大丈夫ですかっ!」
 攻撃音を聞きつけて来たのだろう、暗闇の中でも狙いを外さない攻撃により、意識を失う寸前で、エリスは誰かの声を聞いた。



 HCには、刻々と情報が届けられ、要塞内の地図が作られて行く。
「最下層はもう、半分くらい埋まってますね……。
 2階も攻略開始、一気に3階に進んだ人も、いるみたいです」
 HCの情報を確認しながら、土方 伊織(ひじかた・いおり)が言った。
 運良く、階段かエレベーターの付近から侵入した者がいたのだろう。
 別の場所にいる者達が互いにマッピングしあって、無駄を省いている。
 伊織が要塞内部の地図に集中している一方で、パートナーの英霊、サー ベディヴィエール(さー・べでぃう゛ぃえーる)は、他の場所にいる他学校の校長達といつでも通信できるよう、回線を確保していた。
「私達も、遅れを取るわけには行かないのですぅ! 進むのです〜!」
 イルミンスール魔法学校校長、エリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)が、それを聞いてズンズンと歩き出す。
 前を護る神野 永太(じんの・えいた)が、エリザベートの通行の邪魔になる防衛ロボットの残骸を蹴り避けた。
 ミスティルテイン騎士団の矜持を以って、エリザベートを傷つけるわけには、絶対にいかない。
 永太は彼女の盾になる位置を維持していた。
 パートナーの燦式鎮護機 ザイエンデ(さんしきちんごき・ざいえんで)は、後方からの、歌による味方の援護に徹している。
「アーデルハイト様が戻られるまで、絶対に校長せんせーをお護りするのですよ」
 名誉挽回の為にも。
 伊織の呟きに、エリザベートはぴくりと反応する。

 イナテミス防衛戦では、アーデルハイト・ワルプルギス(あーでるはいと・わるぷるぎす)がイルミンスールを去るという事態に終わっていた。
 その混乱が未だ完全に収束しきっていない中での、今回の事件なのだ。
「大ババ様がいなくても、私は平気なのです〜!」
 言い放つなり、エリザベートは力一杯魔法を撃ち出す。
「きゃ!」
 伊織は一瞬身を竦めたが、エリザベートのアシッドミストは、伊織の後方に迫っていた機械化兵達の動きを止めた。
「機械は水に弱いって、相場が決まっているのです〜!」
 勝ち誇るエリザベートの前に飛び出し、ザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)とそのパートナーのゆる族、強盗 ヘル(ごうとう・へる)が機械化兵達と対峙する。
「――殺気看破が通用しないのは、地味に痛いね」
 パートナーのナナ・ノルデン(なな・のるでん)と共に周囲の警戒を怠らないでいる、魔女のズィーベン・ズューデン(ずぃーべん・ずゅーでん)は、それでも把握しきれない敵の動きをもどかしく感じた。
 殺気を纏うには、感情が必要だ。
 だが彼等には、感情がない。
 体を機械に変えた時、それらを捨てて――或いは奪われてしまったのだ。
 人に似ていても、本来の人の形とは、微妙に違っていた。
 常に腰を落としたような状態でいるせいか、腕が異様に長く感じる。
 何かを着けているのか元々の大きさなのか、手の平や指が大きく、尖っていた。
「弱音を吐いてる場合じゃありませんわ!」
 気を取り直してナナは、仲間達と共に機械化兵に挑む。
 ぐん、と人間の関節では有り得ない動きで死角に入って来る機械化兵を、ザカコは接近戦で受け止めつつ反応し、ヘルは後方から銃で迎撃した。
 そんな味方を上手に外して、エリザベートも広範囲魔法を撃ちまくる。
 ナナのドラゴンアーツや永太の剣が、それぞれ援護やとどめに入った。
 そうして、先の防衛ロボットに続き、機械化兵達も、やがて彼等の前に斃れる。
 戦闘の間中、轟々と周囲を飛び交って明かりの代わりとなっていたエリザベートの炎の精霊が消え、ナナの持つ、光る箒が弱い光源に戻った。
「例え水に弱くなくても、私の魔法には弱いって、相場が決まっているのですぅ〜」
 今日も絶好調のエリザベートに、
「ナリも性格も子供だが、さすが、立派な校長だな」
とヘルが苦笑いした。
 精神的に何もないということは流石にないだろうが、そんな様子は見られない。
「いつまでも、こんなところで足止めされているわけにはいかないのですぅ」
 改めて、エリザベートは歩き出す。
 そうですね、とザカコは頷いた。
「大ババ様の真意はまだ解りませんが……今の我々に出来ることは、大ババ様の帰って来る場所を護ること、そしてイルミンスールの生徒もやる時にはやると証明することです」
 去る前に、失望の感情を見せたアーデルハイトへ、再び信頼を取り戻す為にも。
 励まそうとするその言葉に、エリザベートはぴくりぴくり、と反応する。
「別に、大ババ様のことなんて、心配してないのですぅ」
 ぷい、と素っ気無くそう言って、歩き出す。
 それを見て、神代 明日香(かみしろ・あすか)は胸が潰されそうに痛んだ。

 多くのイルミンスール生が、苦い事実を受け止め、乗り越えようとし、回復に向けて努力する中で、明日香はまだ、現実を受け入れられないでいた。
 アーデルハイトという頼れる存在を欠いたという事実に、未だ心の整理がつかないでいる。
 つかないまま、それでもエリザベートを護らなくてはという思いからここにいる。
 だからこそ、解ったのだ。
 アーデルハイトが居ないことで平常でないのは、エリザベートも同じだと。――いや、きっと、自分などより、もっと。
 ああ、ならば自分は、もっと冷静でいなくては。
 明日香は思わず、エリザベートを抱きしめた。
「きゃあ!? 何なのですぅ!?」
 エリザベートは驚き、もがいたが、明日香が無言のまま、ひたすら抱きしめてくるのを見て、力を抜く。
「……う〜」
 小声で一言、弱々しくそう呻き、それからぽんぽんと明日香の腕を叩いた。
「……大丈夫、なのですぅ」
 その言葉を聞いて、明日香は少しだけ安心して、エリザベートから離れる。
 もごもご、と、エリザベートの口が動いた。
 首を傾げた明日香が、どうしました? と訊ねようとする。
 エリザベートは口を引き結び、ちらちらと周囲を気にする様子を見せたが、
「……う〜」
ともう一度、さっきとは違う声音でもう一度、呟くと、小声で明日香に、
「ありがとう、なのですぅ」
 と礼を言った。
 意表をつかれたようにエリザベートを見返した明日香は、嬉しそうに微笑む。
 側ではらはらと様子を見ていたノルニル 『運命の書』(のるにる・うんめいのしょ)が、安堵したようにほっと息をついた。