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第5章 模索 【放課後】

『キンコーンカンコーン。キンコーンカンコーン』

 長い授業時間はいわば「冬」。放課後という「春」になると、どうしてもおかしな連中が湧いてくるもので……

「全パラミタ学生同盟・蒼空闘争フロント・地下中央執行委員会をここに結成す!」
 青字で「反のぞき」と書いた白ヘル、サングラスに鼻下タオル巻き、時代錯誤の日本の学生運動ファッションに身を包んだジュリエット・デスリンク(じゅりえっと・ですりんく)が、地下倉庫でド派手にぶちかました。
 が、そこにはパートナーのジュスティーヌ・デスリンク(じゅすてぃーぬ・ですりんく)しかいなかった。
「……」
 2人は、プール前広場に出向いて活動を続ける。
 ジュスティーヌは「更衣室改築総決起!」と書かれたアジビラを貼ったり配ったりしている。
 ジュリエットはハンドマイクを握り、学生運動口調で叫んだ。
「すべての! 蒼学生の! 諸君! 神聖なる! 女子の! 肢体を! 破廉恥にも! のぞこうなどという! 堕落行為を! 画策している! のぞき部なる! 悪逆組織を! このまま! 放置することは! 我々! ここに結集した! 全ての! 学生! 教職員において! 大変な! 恥辱であります!」
 ジュリエットの本当の狙いは、首謀者との接触だ。この運動を起こすことで、首謀者がさりげなさを装いながら接触してくるはず。のぞき部の本当の目的は何か。わたくしは、その答えを知りたい……!
 同じことを考え、様子を見に来ている者がいた。超ミニスカートの小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)だ。
「のぞき部は、きっと何か大きな陰謀と関わりがあるに違いないわ」
 美羽のパートナーベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)は屋上で待機して、怪しい動きがないか目を光らせている。
 目立ちたがりの美羽は、注目を集めているジュリエットを見て、嫉妬した。
「あの娘……私より目立つなんて許せないんだから! でもまあ、あの格好はしたくないけど……」

 プール前広場には、パンダ隊の広瀬ファイリアとパートナーのウィノナ・ライプニッツも来ていた。
「ウィノナちゃん。本当に放課後プールで泳ぐの〜?」
 なんだかわざとらしいくらい大きな声で会話している。
「うん。ボクはぜーったい泳ぐよ」
「でもウィノナちゃん。のぞき部がいるから泳がない方がいいですよ〜」
「大丈夫大丈夫。来ないって」
 2人の会話を聞きながら、一瞥して横を歩いていく男がいた。名前をヘイト・ハーディー(へいと・はーでぃー)という。
 ヘイトはそのままプールの裏手へ向かっていき、ファイリアはヘイトの名前をキリン隊とパンダ隊に不審者として一斉送信した。

 ジュリエットの演説は、更衣室の裏側にまで響いていた。
 このエリアは、プールから出られるように扉があって掃除業者が使うこともあるが、他にはどこにも通じていない。ただの荒れ地と小さな池があるだけだ。そのため、いつもは誰もいない。モサモサ生えてる木々に隠れて、カップルが燃え上がったりする。蒼空学園の生徒たちの間では、通称『エロンの園』と呼ばれていた。
 ヘイトは、『エロンの園』でうろうろしていた。
 集団でののぞきは困難だと判断し、一人で活動していた。壁の強度をチェックしながら、考える。女子更衣室に一番人が多いのはいつだろうか……さっきの女たちも言っていた。時間帯でいえば、それはやはり昼休みと放課後だ。ただ、今はまだのぞき部の準備が整っていないと油断している女子も、明日以降になれば徐々に減っていくかもしれない。つまり、今日。今日の放課後が1番だ!
 そんなことを考えていると……

『ピンポンパンポーン♪ のぞき部部長。のぞき部部長。至急放送室においでください』

 本日3回目の緊急校内放送だ。
 プール前では、美羽がジュリエットからハンドマイクを奪う。ジュリエットの耳に向けて、叫ぶ。
「ちょっと! 今の放送、ゲバゲバさんの仕業なの?」
 ジュリエットは耳をつんざく大音量に苦しみながら、首を振る。自分じゃない……。
「何よ。みんなあっちこっちで目立っちゃって!」
 美羽は、べアトリーチェに合図を送り、放送室に向かった。
 ジュリエットは、まだ耳を押さえている。心配したジュスティーヌが駆けつける。
「大丈夫?」
 ジュリエットの耳は、しばらく何も受け付けられない。
「うう。耳にタコが……」
 呆然とするジュスティーヌの手から、アジビラが風に舞ってバサバサとはためいていった。
 この後、未熟な失言をしたジュリエットが自身を激しく「総括」したのは言うまでもない……。

 男子更衣室では、放送を聞いたのぞき部が騒然としていた。
「罠だ。行くことはない」
「いや。行くべきだ。あえて相手の懐に飛び込むのも手だ」
 そして、意見が割れて……
「どうする! 部長!」
 部長と呼ばれた男がゆっくり立ち上がった。弥涼総司である。
「行ってくる。のぞき部がのぞき以外でもコソコソしてたら、お仕舞いだからな。それに……面白そうじゃねえか」
 最低なことをやろうとしてるクズ集団のトップの分際で、なんか妙にカッコいい感じで出て行った。
 沙耶は、出て行く弥涼の背中を見て思った。私も行こう。もしかしたら本当の首謀者がわかるかもしれへんからね。……そう、あいつは、きっと偽物やから。

 時は数時間前に遡り――
 最初の放送後、男子更衣室に集合したのぞき部志願の面々。
「放送したのは、誰?」
 誰も名乗らない。
 沈黙が続く。
 業を煮やしたのか、沈黙を破って手を挙げたのは弥涼だった。
「オレだ。オレは……のぞき王になる!」
 引き続いて温泉地でのぞいた武勇伝を語り出す弥涼を見ながら、沙耶は怪しいと思ったのだ。本物は別やな……。
 沙耶は最初からのぞき部に参加するつもりはなかった。単独で首謀者を捕らえようと動いていたのだ。

 時は元に戻り――
 沙耶が男子更衣室から出て行く。
 その姿を、じっと見つめる存在がいた。高務野々だ。
「のぞき部って女子でもよかったのかしら? いえ、でも、やっぱり私は入れない……」
 そんなことをブツブツ言って打ちひしがれていると、パートナーのエルシアが現れた。
「どうして、こんなとこを掃除してるんですか?」
 野々はその質問には答えず、立ち上がって宣言した。
「私、のぞき部の部長に会ってきます。会って、文句言ってやらなきゃ!」
「感激です! のぞきなんて理不尽な行為、許されるものではありませんから」
「感激はいいから、早く連れてってください。放送室とやらに。お願い!」
 エルシアは喜んで野々を案内した。
 ちなみに、更衣室前はますます綺麗になっていた……。