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リアクション
第三章 恐怖病棟1
宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)はパートナーのセリエ・パウエル(せりえ・ぱうえる)を男装させて、恐怖病棟に突入した。
お化けに扮した要員やロボットが代わる代わる現れる。
だが、祥子の目には、恐怖として映らなかった。
──重大な脅迫状が届いているというのに調査を拒否して男女ペアとしている時点であやしい。
これはもしかして……
「わざわざ脅迫状なんて手間をかけないで、最初から普通のアトラクションにすればいいのに……最高のシチェーションじゃない」
そんな意味不明な言葉を吐く祥子の裾を握り締めながら、セリエは腰の引けた状態で必死に付いてきていた。
今にも泣き出してしまいそうだ。
「お、お、お、お姉さま〜! 私がお化け苦手なの知っててここにしたんですかぁ〜!!」
「……まぁ、念のため爆弾という名の宝物を探すとしますか」
「私の質問無視ですか〜!」
セリエの心霊現象苦手は、今に始まったことじゃない。
ちゃんと探せるかどうか不安だけど、やるっきゃないわね。
祥子は拳に力を入れる。
(探す場所は、主に病院で実際に爆破されるとまずい場所。手術室と薬品倉庫。……本当にあればだけど)
服の裾を離そうとしないセリエに苦笑しながら、祥子はしっかり前を見据えた。
「あの……」
突然肩を叩かれて、デゼル・レイナード(でぜる・れいなーど)とパートナーのルケト・ツーレ(るけと・つーれ)は振り返った。
「自分は金住 健勝(かなずみ・けんしょう)と申します。もし宜しければ、一緒に入ってくれると有難いのですが」
健勝は遠慮がちに尋ねてみた。
「あ、あぁ、決してやましい思いは無くて! その……大勢の方が心強いと申しますか……」
しどろもどろに弁明する健勝に、パートナーのレジーナ・アラトリウス(れじーな・あらとりうす)は、焦りを感じた。
(しっかりしないと、逃げられてしまいますわよ!)
「えっと、その……」
「いいよ」
「あの、えっ……、は?」
「一緒に行こう」
デゼルは、健勝に向かって微笑んだ。
「……あ、あぁ、それじゃあよろしく頼むよ! 嬉しいなぁ〜。じゃあ自分はあなたと一緒に。そしてあなたは自分のパートナー、レジーナを守ってもらえますかな」
「は? あ、はぁ……」
健勝はデゼルの横について、エスコートを始めた。
無言が続く中、デゼルは頭をかいた。
(……どうやら健勝はオレのことを女と勘違いしているようだが……まぁ、ここはカップルでないと入れてもらえねー様だしな、心が痛むがここは一つ一緒に入ってもらうことにしよう。ルケトも男と勘違いされてるようだが……我慢させるか)
「……面白くなりそうだ」
「お? 何か言われましたか?」
「い、いいえ〜」
おほほほ、と、無理に作った女笑いでデゼルは言葉を濁した。
「──それじゃあ、よろしくお願いしますね」
レジーナがルケトに笑顔を向ける。
「え、ちょっとまて、オレはおん……」
「さ〜て急ぎましょう〜! 爆弾が爆発しちゃうわぁ〜。オレ……あ、いやアタシこわ〜いけど頑張る〜」
「あの、オレはおん……」
「急いで急いで〜」
ことごとく、会話をデゼルに邪魔される。
(どうしてこうなる! オレは女なのに、なんでカップルで入るような場所に女同士で行くことになっているんだ!?)
ふいにデゼルの顔を見ると。
まるで面白いおもちゃでも見つけたかのように、目を爛々と輝かせていた。
そういうことか……
「男性の機晶姫ってちょっと珍しいですよね」
「そ、そうですね」
ルケトの言葉に曖昧に答える。
分かったよ、付き合えばいいんでしょ。付き合えば!
レジーナは脱力しながら、恐怖病棟へ足を踏み入れた。
大岡 永谷(おおおか・とと)は巫女の衣装を着て、ルドルフ・ハイマン(るどるふ・はいまん)と共に恐怖病棟へ潜入していた。
──実家から持ってきた巫女の衣装。こういう服装は、たまに着るからこそ良いものだよな。
永谷は衣装を気にしながら、ルドルフをこっそり盗み見た。
(普段強がって行動はしてるけど、俺はローティーンの少女に過ぎない。こういう時くらい、素の自分を出すのも良いかもしれない)
ルドルフと行動していると、安心する。
手の中のダイスを転がしながら声をかけてみた。
「ダウジング、どうだ? ルドルフ」
「今のところ動きは無いなぁ……、あっと!」
わずかに反応した暗幕の後ろを覗いてみると……
スタッフ用だろうか。
飲み残しの空き缶が転がっていた。
「なんか……途端に現実に引き戻してくれるな」
「俺のダウンジング能力もここまでか。大岡君のダイスはどうかな」
「俺も、同じ方角で合っていると出てるんだけど……」
「易者でもない者が、こういった物で探すのは難しいのかな。もう少し先に進んでみるか」
「ああ」
永谷の手の中のサイコロが、ころころ音を立てた。
恐怖病棟には男女ペアでない限り、入れてはもらえないとの事で、暫く考えた結果「男装」することを決意した朝霧 垂(あさぎり・しづり)は、教導団の男物の制服と帽子を知り合いから借り、さらしで胸を押さえて着用した。
パートナーのライゼ・エンブ(らいぜ・えんぶ)は、服装は教導団の制服ではなく垂の着付けでひまわり柄の浴衣を着ている。
垂が恐怖病棟に行くというので付いていくことにしたが、正直内心ガクガクブルブル状態で、一緒に来てしまったことを絶賛後悔中だった。
「まぁ普段モンスターを相手にして戦っていたら、人が作ったって分かりきっている物じゃ、驚きはしないよなぁ、ライゼ?」
垂がそう言って振り向くと、ライゼは恐怖で周りの音を遮断するかのように耳を塞いでいた。
話をまるで聞いていない。
「怖い〜怖い〜……」
呪文のように恐怖心を呟くライゼを見て垂は溜息をついた。
その後も垂だけは平然としていたのだが、時折ライゼの出す悲鳴に驚かされて、心の平穏を乱された。
「落ち着け!」
「……垂も怖いの?」
ライゼは垂からゲンコツを貰う羽目になった。
戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)は、爆弾探しに没頭していた。
陽に当たらないけれど地味にコツコツと、が実は重要なのだ。
(大事にしないうちにひっそりと解決したい)
初めからガツガツ探すと周りの注目を集めてしまうので、1回目は怪しい所をピックアップするに留めて、2回目に入った際にピックアップした部分を重点的に捜索することにした。
「なんか……楽しいですね」
パートナーのリース・バーロット(りーす・ばーろっと)が、明るい声を出す。
「……何を言ってるんだ? 早く見つけなければどんなことになるか分かるだろう?」
「それはそうですが」
普段では出来ないデートっぽいシチュエーションが、リースの心を浮き立たせる。
(こんなつまらない爆弾探しはとっとと終わらせて、デートを楽しみたいですわ)
だが。
ゴミ箱の中や椅子の下などを必死に探す小次郎を見て、リースは残念に思いつつも、らしいなぁと思わずにはいられなかった。
爆弾探しに夢中でも、この場所には二人きり。
(それだけで最高の時間ですわっ、爆弾に感謝しなくちゃ)
リースは微笑んだ。
パートナーのナディア・ウルフ(なでぃあ・うるふ)の慰労のために、爆弾探しを口実に恐怖病棟に入った守屋 輝寛(もりや・てるひろ)は、そこに仕掛けられたという爆弾をダウジングで捜索する──ふりをしていた。
いつも良くしてくれているパートナーを慰労するのが目的のため、捜索はほんの形だけだった。
「あの……なぜそんなにのんびりしているのですか?」
「ん〜? このL字の針金が反応しなきゃどうしようもないし〜」
「真面目に探しましょうよお」
「そんなに急いで探さなくても、見つかるときは見つかるんじゃないか〜?」
「もう、そんなこと言って……」
もし、万が一、億が一見つけてしまったら、輝寛の安全のために、ナディアは爆弾をひっ掴んで遠くへ捨てにいくつもりでいた。
考えるのは、輝寛の身の安全。
「──う、うわっ! 今誰かいなかったか?」
「寺の息子が幽霊妖怪の類を怖がってどうしますか」
アトラクションに素直に反応する輝寛に、ナディアは可笑しそうに笑った。
「素敵なお嬢さん。これから私と一緒に恐怖病棟デートなどいかがですか?」
歯の浮きそうな台詞を、ハインリヒ・ヴェーゼル(はいんりひ・う゛ぇーぜる)は事も無げに発した。
話しかけられた林田 樹(はやしだ・いつき)とパートナーのジーナ・フロイライン(じいな・ふろいらいん)は、獲物を見つけた目をしてハインリヒの両腕を押さえた。
「え? え? いきなり何、お嬢さん?」
「あんたのパートナーは、女か男か?」
「えぇ? ……えっと、女?」
「名前は?」
「クリストバル ヴァリア(くりすとばる・う゛ぁりあ)……」
「今どこにいる?」
「はぐれた」
そう言った途端、ジーナが大きく息を吸い込んで叫んだ。
「クリストバル〜!!!」
「え? え? え? ええええ??」
わずか数秒後、ハインリヒのパートナー、クリストバルが現れた。
「……よくも私を撒いてくれましたわね、ハインリヒ。しかもまたナンパなんて……」
「しししししてない、してない!」
ハインリヒは、ぶんぶんと首を振った。
「じゃあその人達はなんですか〜? しかも腕組んでるし……」
向けられた怒りの視線をやんわりかわして、樹は言った。
「恐怖病棟に入りたい。私とパートナーで失敗したから、人数多ければ紛れ込めるかと思って。一緒に来てくれないか?」
クリストバルはしばらくの間じっと樹を見つめていたが、納得したように息をついた。
「……分かった。どうやらナンパに誘われた感じじゃなさそうだな」
「っ!!」
ハインリヒの寿命が5年縮まった。
「ありがとう、助かる。私は樹、そしてパートナーのジーナ」
「わたくしは──」
「私はクリストバル、こっちは浮気性のハインリヒ」
ハインリヒの言葉を遮って、クリストバルが言った。
「あは、あははは……」
ハインリヒはもう笑うしかなかった。
「本当に爆弾が仕掛けられている可能性があるなら、教導団なら権力と武器にモノを言わせてでも調べに入るだろう」
クレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)は独り言のように呟いた。
「そうしないということは、金団長や関羽殿も承知の上のヤラセ、か? 言わば、爆破予告に対しての演習、というところかな」
「クレア様……今から爆弾を持ち込もうとする怪しい人物がいないかどうか、禁猟区を使ってチェックしておりますが」
パートナーのハンス・ティーレマン(はんす・てぃーれまん)が報告する。
「恐怖病棟に入れず困っている人物も含め、今のところ見つかりません」
「そうか。──よし、では行くぞハンス!」
「はい! クレア様は、私が命に代えてもお守りいたします」
「…………」
その言葉に、クレアは何か言いたげな視線をハンスに向けた。
だが、自分でも何を言いたいのか分からないようで、しばらく迷ってから、また視線を戻した。
「よろしく頼む」
「はい!」
ハンスの声が、辺りに響いた。
青 野武(せい・やぶ)とパートナーの黒 金烏(こく・きんう)の間に、見えない火花が散っていた。
「どちらが女装をするか、潔くじゃんけんで勝負であります」
二人はじっと見詰め合う。
長い長い沈黙。
言葉を発したが最後、女装の罰が待っている。
野武の額から、汗が流れる。
「じゃ、じゃ〜んけ……!」
「あの〜」
「!?」
「──あっ! す、すみません。じゃんけんの邪魔しちゃいましたね?」
「いや、えっと……何か?」
ジュリエット・デスリンク(じゅりえっと・ですりんく)は、パートナーのジュスティーヌ・デスリンク(じゅすてぃーぬ・ですりんく)に顔を向けると、小さな声で言った。
「恐怖病棟に入ろうと思うのですが、カップルじゃないと駄目だと言われて……」
「そうなんです……だからもし良ければ、私達と一緒に入って頂けないかと思ったのですが」
「!!」
渡りに船とはこのことだ!
野武と金鳥は神に感謝すると、快く快諾した。
「それじゃあ我輩、青 野武と……」
「わたくし、ジュリエット・デスリンクがご一緒させて頂きますわ」
「では自分、黒 金烏と」
「ジュスティーヌ・デスリンクで参ります」
四人で挨拶を交わすと、緊張しながら建物の中に入っていった。
「女同士で恐怖病棟に入れないのはおかしい! カップル=男女という常識に反逆するわ!」
崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)は声高々に叫んだ。
「どうして男女ペアじゃないと入れないのかしら……こうなったら、ちょっと頭を使わないといけないようね」
「亜璃珠?」
横でロザリィヌ・フォン・メルローゼ(ろざりぃぬ・ふぉんめるろーぜ)が、不安げな表情で亜璃珠を見た。
「大丈夫よ、ロザリィ。そもそも百合園の生徒を呼んでおいてこの条件設定は絶対おかしいですわ!」
「確かに……本当ですね、許せませんわ」
「というわけで──」
「え?」
「一緒に入ってもらうことにしました!」
亜璃珠に紹介されるような形で、後ろから霧島 玖朔(きりしま・くざく)がやって来た。
「頼まれたからには、まぁ手伝ってやってもいいけど……スムーズな潜入の口実も兼ねてな」
などと。
ぶっきらぼうに言ってるわりには、喜んでいるように見える。
「そして私の相手は彼です!」
「よろしく」
昴 コウジ(すばる・こうじ)は軽く頭を下げた。
(偽装とは言え、かほどに美しい女性をエスコート出来るのは男子の本懐ですね。いや実際、大変に魅力的なのですが惜しむらくは百合園の学徒……残念)
「ロザリィヌ氏とカップルを構成させて頂きます」
「あれ? でも……」
玖朔は後ろに控えているコウジのパートナーのライラプス・オライオン(らいらぷす・おらいおん)を指差した。
「え? 私のことですか?」
浴衣を着たライラプスはきょとんとした表情を浮かべる。
「私は主の調査の補助を優先いたします、お気になさらずに」
「は、はぁ……」
そういうものなのだろうか? こんなに可愛いのに……
四人が話し合っているのを感じながら、ライラプスはこっそりと、自分の着ている浴衣を見つめた。
創作物に於いて浴衣は定番ですが、なるほどこれは愛らしいデザイですね。
(任務以外で興味を引かれるのは久しぶりだ……)
なんだか恥ずかしいような、嬉しいような、不思議な気持ちになるライラプスだった。
「──ちょっといいか?」
建物の影から、一人の男がやってきた。
「もし人数に空きがあるようなら、オレと一緒に入ってほしいんだが」
クレーメック・ジーベック(くれーめっく・じーべっく)が、真面目な顔をしながら頼んできた。
「あぁ、ちょうど良いんじゃないか?」
「そうだね」
「教導団への挑発行為を許す訳にはいかない! 爆弾を仕掛けた犯人を捜そうと思うんだ」
どうやら、この事件の犯人は、自分の犯罪に陶酔するタイプに思われる。
推理小説や刑事ドラマの古典では、そういう犯人は必ず現場に姿を現す気がする。
クレーメックは自分の考えに誇りを持っていた。
「個々の思いはそれぞれというわけですね。中に入ったら別行動になってしまいますが……入り口まではカップルのふりを演じましょう」
「さあ、行くわよ霧島! 私が一緒に恐怖病棟に行ってあげるんだもの、光栄に思いなさい──こんな感じでいいかしら?」
亜璃珠がツンデレっぽく玖朔を誘うと。
「今晩は楽しませてあげるよ、お嬢様」
玖朔も悪乗りして答えてきた。
「なんか……良い感じだな。俺も頑張らなきゃバレて追い出されてしまうということだな? 行くよ、ライ……ラプス、ちゃん」
「了解です、クレーメック様」
「二人とも……固すぎだよ……」
苦笑しながらも、まぁなんとかなるだろうと、楽観的に考えている面々だった。
「名目上は祭り全体を取材する……が、主眼は「恐怖病棟」の隠された真実を暴くことですな」
ミヒャエル・ゲルデラー博士(みひゃえる・げるでらー)は独り言のように呟いた。
「なぜ爆弾騒ぎがあるのに、かくも係員が居丈高なのか不審がありますな。隠し帳簿でもあるのではないかな」
「それは分かりませんが……考えられないことじゃないですね」
パートナーのアマーリエ・ホーエンハイム(あまーりえ・ほーえんはいむ)が賛同する。
「昨日は何故か取材を断られた。しかし、まだまだあきらめないぞ」
ミヒャエルはアマーリエと共に恐怖病棟の入り口へ向かった。
「いよっ、カップルさん。お似合いだねぇ〜」
「………な、なにを言う。私達は取材に来ただけだ。撮影許可は頂いてある筈ですが」
「撮影許可〜?」
係員が後ろの仲間に大声を出して確認をする。
が。
「誰も聞いてないようですけど〜?」
不審そうな顔をミヒャエルに向ける。
「そ、そうか……いや当方の記憶違いだったようだ。では客として入らせてもらう」
「はい、カップル様ご入場〜!」
「…………」
ミヒェルは面白くなさそうな顔をしていたが。
(か、カップルだって……)
隣のアマーリエは、頬の筋肉がだらしなくゆるんでしまうのを止めるのに必死だった。
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