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リアクション
「頭をつぶすのが手っ取り早いとは思ってましたけど……向こうから出てくるとは好都合ですわ。ならばここで決着をつけて差し上げますわ!」
「おやぶーん、言い分は通っとるけんど、無理すっと長生きできんじゃけん」
上空に現れたカヤノに対して、ガートルード・ハーレック(がーとるーど・はーれっく)が待っていたとばかりに微笑んで、手にしていたダガーを投げ付ける。嬉々として攻撃を繰り出すガートルードを、シルヴェスター・ウィッカー(しるう゛ぇすたー・うぃっかー)が宥めつつも加勢する。
「あら、あたしに向かってくるなんて、命知らずにも程があるわ。……いいわ、最初の氷像コレクションにはあんたを指名してあげる!」
攻撃を氷の壁で防いだカヤノが、お返しとばかりに氷柱を生み出し、二人へぶつける。降り注ぐ氷柱が地面に突き刺さり、ことごとく地面を抉っていく。
「見かけによらずなかなか激しい攻撃をするわね。……でも、これはどうかしら!?」
カヤノの攻撃を避け切ったガートルードが、その妖艶な顔立ちを凄絶に、畏怖を刷り込むべくカヤノと魔物たちを睨み付ける。周囲の魔物たちはガートルードの放つオーラに圧倒され退散していき、カヤノも項垂れて身動きをなくしていた。
「悪気はねぇけど、行くじゃけん!」
シルヴェスターの巻き起こした爆炎が、カヤノを包もうとした瞬間。
「……その程度の威圧であたしを封じ込めようなんて、四千九百八十七年不足よ!」
顔を上げたカヤノが見舞ったオーラが、爆炎を舞い散らせそしてガートルードを震え上がらせる。
(なっ……な、何なのこの威圧……それに何その中途半端な年数……ハッ! ま、まさかこの子、私の実年齢を――)
ガートルードの意識は、次に見舞われたカヤノの冷気によって途絶えた。氷漬けにされたガートルードを一生懸命運ぶシルヴェスターを見遣ったカヤノに、今度は男性の声が飛ぶ。
「外見が外見ゆえに様子を見ていたが……これほど手荒な真似をされるようでは、多少の危害も正当化されるであろうな」
「容赦しないアルよ〜」
鄭 紅龍(てい・こうりゅう)が険しい表情でカヤノを見据え、楊 熊猫(やん・しぇんまお)がパンダの外見で得物を握り締める。
「いかにも軍人って様子ね。その頭であたしの氷を砕いて見せたらどうかしら?」
「おまえ、何を言っているんだ?」
「あ〜ダメダメ、鄭は生真面目過ぎてシャレとか通じないアルよ」
「あら残念、じゃああんたは用なし。そっちのパンダを冷凍パンダにでもして遊ぶわ」
「困るアルよ〜、私が可愛いからって嫉妬するなんて、外見通り子供アルね♪」
熊猫が、その巨体からは甚だ想像もつかない俊敏な動きで、カヤノを叩き落すべくメイスを振りかざす。
「パンダがそんなもの持ってたら危ないでしょ? 笹でも咥えて寝転がってなさい!」
飛び上がった熊猫の振り下ろしたメイスを事も無げに避け、カヤノが細長く伸ばした氷柱を逆に振り下ろす。振り返った熊猫の口にそれは飛び込み、確かに笹を咥えたような格好で、しかし実際は氷柱で串刺しにされた熊猫が地面に伏す。
「よくも楊を……もはやここでお前を葬ってもそれは正しき行いであるか!」
「ブッブー、あなたは間違っているわ……あたしに剣を向けたその行為がね!」
紅龍の振り抜いた剣先から飛び荒ぶ衝撃波と、カヤノの放った冷気の風が交差し、お互いを吹き抜ける。一瞬の静寂の後、がくりと膝をついた紅龍には無数の切り裂かれた傷が、一方のカヤノは全くの無傷で佇んでいた。
「くっ……すまない、楊……!」
「さてと、次にあたしに立ち向かおうとする人はいるかしら? 今なら冷気三倍でお迎えしてあげてもいいわ」
カヤノの挑発じみた台詞が、一行に重くのしかかっていく。
「大丈夫ですかぁ? 少し痛みますけどぉ、じっとしていてくださいねぇ」
カインよりもさらに後方、即席に構築された救護本部において、メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)が運ばれてきた怪我人の治療に当たっていた。前線にカヤノが現れたことで負傷者が続出し、さらに魔物の襲撃が集中したことで、小さな救護本部は阿鼻叫喚の事態に陥っていた。
「はい、これで応急処置終わり、っと……ふぅ、次から次から人が来て大変だよー」
治療を終えたセシリア・ライト(せしりあ・らいと)が、なかなか減らない治療待ちの負傷者を見遣ってため息をつく。
「皆さん頑張っているみたいですけどぉ、魔物さんも数が多いですし、それに飛んできた女の子が……」
「あー、カヤノって言ったっけ? 自分のことを氷の精霊って言ってたから、セリシアさんと関係があったりするのかな?」
「どうなんでしょう……どうしてカヤノさんがこんなことをするのか分かればいいんですけどぉ――」
呟いたメイベルの耳に、次の負傷者の苦痛を含んだ声が届く。
「……考えるより前に、怪我をした人の治療が先、ですよねぇ。セシリア、もし疲れたのでしたらあなただけでも休んでください」
「ちょっと、僕がメイベルを置いて一人で休む、なんてことができると思うの? メイベルがやるっていうなら僕だって付いて行くよ!」
「ふふっ、ありがとう、セシリア」
「……っ、い、行くよ!」
照れ隠しか先行するセシリアに、微笑んだメイベルが後を付いて行く。向かった先では数人の軽症者と、彼らを連れてきたと思しき二人の影があった。
「ここの責任者は貴殿でありますか?」
そのうちの一人、比島 真紀(ひしま・まき)がやって来たメイベルへ敬礼する。
「はい、そのようですが……何でしょうか?」
「ああ、失礼。ちょっと尋ねたいことがあってお呼びしたまでです。……こちらには後何名ほど収容が可能でしょうか? 俺と真紀で前線に散った仲間たちを呼び戻して、怪我している人がいれば治療をお願いしようと思っているのですが」
メイベルの怯えた様子を悟ったサイモン・アームストロング(さいもん・あーむすとろんぐ)が、丁寧な口調で尋ねる。
「そうでしたかぁ。……見ての通りの状態ですけどぉ、他にこのような場所もないようですし、できる限りのことはさせていただきます」
「それより、二人だけで大丈夫なの? 無理して二人まで怪我したら意味ないじゃん」
「自分のことはどうかお気遣いなく。無事に仲間を連れ帰ります」
「無茶言ってるのは承知だけど、よろしく頼むね。んじゃ、行きますか」
心配するメイベルとセシリアに背を向けて、真紀とサイモンが戦場音楽の鳴り響く中を駆けていく。
「……突然現れたあの少女のおかげで、前線は混乱に陥っている。今のまま魔物の襲撃を受ければ、被害の拡大は免れない」
「傍迷惑な話だよな。……ま、起きちまったモンはしょうがねえ。こうなったら戦線を縮小して、少しでも被害を小さくする他ない。そのためには、孤立しかけてる奴らを支援して、後退させなくちゃだな」
サイモンの言葉に真紀が同意の頷きを返した直後、単身魔物に抵抗している仲間を発見する。鋭い爪が仲間を捉えかけた瞬間、真紀の放った弾丸とサイモンの見舞った火弾が魔物に無数の穴を穿ち、地面に氷の欠片を作る。
「おーい! ここは危険だ、今すぐ下がれ!」
「貴殿のことは自分が責任を持って誘導する。しっかりと付いて来てくれ」
助けられた仲間が感謝の言葉と共に頷いたのを確認して、次の地点へ向かう真紀とサイモン。
混迷の一途を辿る戦場の中、彼らの行動は一行を支える重要な役割を果たしていた。
「樹、終わったら少しこちらの方を手伝ってもらえないか」
「分かった。……助けられた時はほっとしたけど、連れて来られたところがこれじゃあ、なあ」
怪我人の介護をしているフォルクス・カーネリア(ふぉるくす・かーねりあ)に頷いて和原 樹(なぎはら・いつき)は動かしていた手を止め、周囲を見渡して率直な感想を口にする。後方支援をするはずが混乱に巻き込まれ、気付いた時には前線近くに孤立していた状態よりは、今の環境下は本来の役割を果たせている分マシではあるものの、看護するものが忙しく動き回り、看護されるものが力なく呻きをあげている光景は、どちらにせよあまりいいものではなかった。
「氷雪の魔物とか、氷の翼を持つ少女のこととか、知っている人がいたら聞いてみたいなって思ったけど、この場には誰も居なそうだな」
「そのようだ。町の人たちはおそらく、あの門の内側に避難しているのだろう。上空は仲間たちが抑えてくれているようだし、今ここで我々が門を潜って中に入ることは、みすみす隙を晒すようなものであろうな」
頑丈な造りの門はしっかりと閉ざされたままであった。脇に人一人が通れそうな扉があるものの、その鍵が開けられるのは魔物の脅威が完全に去ってからであろう。
「いっそ、本人に直接聞いてみるのも手ではあろうな。噂ではその少女はかなりの高齢であるそうだ。実際に剣を交えた仲間が漏らしていたと」
「それができたら苦労はないよ! ……でも、ふーん、そうなんだ。カイン先生がこの前学校に連れてきた人のことを説明した時も、そんなことを言っていたよな」
今はカフェテリア『宿り樹に果実』の手伝いをしている女性のことを思い出し、樹が呟く。
「こうして我々の行動が、周りにそして世界にも影響を与えているのであろうな」
「実感湧かないけどな。……よし、終わった。フォルクス、俺は何をすればいい?」
仕事を終えた樹に頷いて、フォルクスは次の怪我人の介護に向かう。
「ここに居ればもう大丈夫ですよ。ほら向こうにはだごーん様もみなさんを助けにやってきました」
怯えている仲間の生徒に優しく声をかけるいんすます ぽに夫(いんすます・ぽにお)だが、怯えの対象が自らと、遥か遠くからでも見える巨獣 だごーん(きょじゅう・だごーん)のまさに異様としか言いようのない姿であることには、気付いていないようである。
「まったく、どうして皆さんだごーん様の偉大さが分からないのですか……ああっ! だごーん様が先程無礼な真似を働いた少女に襲われている!」
ぽに夫の視線の先では、だごーんがカヤノの放つ無数の氷柱攻撃を受けていた。屈強な彼の身体はそれを難なく弾き返しているものの、反撃とばかりに繰り出した攻撃の全ては避けられ続けている。ぽに夫からすればその様子は、だごーんが遊ばれているようにしか思えないであろうが、他の者たちはカヤノの攻撃を一手に引き受けてくれるだごーんの存在は有難いものであった。もちろん、誰もそちらの方を見ようとはしないのだが。
「くうぅ……だごーん様に何と無礼な真似を……! だごーん様、どうかその者に裁きの鉄槌を!」
ぽに夫の熱心な応援も空しく、徐々にではあるがだごーんの動きが鈍っていく。ぽに夫の目には、だごーんの身体の表面から霜のようなものが覆っていく様が見て取れた。
「そ、そんな……だごーん様、あのような者に屈するというのですか!? そうです、皆さんの祈りが足りないのです! さあ、僕と一緒に祈りましょう、そうすればきっとだごーん様は皆さんに答えてくれます!」
ぽに夫の呼び掛けに、治療を受けていた仲間たちは半信半疑でありつつも、強力な相手を追い払ってくれるのならという気分で応援を送る。すると、カヤノがだごーんを襲うのを止め、遠くへ飛び去っていく。
「や、やりました! 皆さんのおかげで、あの忌まわしき少女を追い払うことができました! これも偉大なるだごーん様のおかげです! さあさあ、だごーん様の素晴らしさがお分かりになりましたらぜひとも信徒として――」
喜びを全身で表現していたぽに夫は、次の瞬間イナテミス全体がまるで輝きを放つかのように、そして全てが凍りつく様を目の当たりにするのであった――。
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