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リアクション
●第三章 リンネ救出戦
「おまえは現地に向かわなくてよいのかの? 色々苦労しておるようじゃぞ」
「『不思議なことは年長者に聞け』に従ったまでよ。超婆様なら何か知っているわよね?」
「生意気な小娘じゃ。私のことを超婆様と呼ぶのはエリザベートだけにしておくれ。……それに、私とて知らぬことはある。ここで五千年生きていたわけでもないからのう」
イルミンスール魔法学校内、カフェテリア『宿り樹に果実』にて、ミリア・フォレストの淹れた紅茶を片手に、九弓・フゥ・リュィソー(くゅみ・ )がたまたまカフェテリアを訪れていたアーデルハイト・ワルプルギス(あーでるはいと・わるぷるぎす)に質問を投げかけていた。
「お願いアーデルハイト様、ですわ☆」
九弓の肩にちょこんと座ったマネット・エェル( ・ )が、可愛らしげに微笑む。
「むしろおまえたちの方が、詳しいことを知っているのではないかの?」
「え、私ですか?」
『答えることができないからと我に話を振りおったな。歳を取ると賢しくなる』
突然話を振られて戸惑いの表情を見せるセリシア、彼女の身に付けているリングからサティナの声が届く。
「やかましい、私とおまえと歳は変わらんじゃろうが。……所詮、私は伝え聞いたことを記憶しているだけだからの。おまえたちはここに居たのだ、何か知っていて不思議ではあるまい?」
『……我も、詳しいことは知らぬ。聞く限りでは、町を襲っているという少女は我やセリシアと同じく精霊、外見から察するに氷の精霊であろう。あの頃は数多の精霊がおってな、よく遊んでおったよ』
「おそらくその方も、私と同じようにリングの力に支配されているのだと思います。精霊一人にそれ程の魔物を率いるだけの力は考えられませんから」
サティナとセリシアの話を聞いて、九弓はふぅん、とため息をつく。
「精霊とリングね……とすれば今回も、上手くいった暁には学校に仲間が増えるということなのかしら?」
「まあ、そうなるじゃろうな」
「あらあら、ここが賑やかになるのはいいことですわ」
「サティナ、氷の精霊のこと覚えている?」
『むぅ、おぼろげではあるが……あまり賢くはなかったように記憶しておるぞ。じゃからここに来た場合、あの者……そう、リンネとかいったか、彼女と色んな意味で気が合ってしまうように思うのじゃが』
サティナの言葉に、その場に居た者は元気に空を飛び回る少女、リンネのことを思い浮かべ、その安否を気遣うのであった。
そして、リンネ救出のため一人向かったモップスを追って、生徒たちは『氷雪の洞穴』を目指していた。
しかし、洞穴の周囲は何故か雪が止むことなく舞い落ち、時折吹き抜ける風に雪が宙を翔け、視界を奪っていく。数十センチに降り積もった雪は人が体重を乗せれば途端に潰れるほどに柔らかく、想像以上に進攻を困難としていた。
「リンネ……待ってるんだな……今……助けに……行くんだな……」
深々と埋まった足を抜いて、踏み込んだ足がまた雪に埋まっていく、それを繰り返しながらモップス・ベアー(もっぷす・べあー)が荒れた息を吐きながら進んでいく。
「おっ、いたいた! おーい、モップス!」
背後からかけられた声にモップスが振り返れば、ソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)を肩に担いで進む雪国 ベア(ゆきぐに・べあ)を先頭に、緋桜 ケイ(ひおう・けい)と悠久ノ カナタ(とわの・かなた)の姿が浮かび上がる。
「どうしたおまえ、相当疲れてるじゃねえか。一人で無理すんな、おまえのご主人に会う前におまえが倒れたらどうすんだ」
「そうですよモップスさん、リンネさんを悲しませないためにも、無理だけはしないでください」
「わらわも、おぬしに力を貸そう。リンネは、必ず助けようぞ」
「……みんな、心配かけて済まないんだな。みんなの言う通り、ボクが倒れたらリンネはもっと悲しむんだな。それを分からずに無理な行動をしたボクは馬鹿なんだな」
駆けつけた一行の言葉を、モップスが感謝と共に受け入れる。
「ま、分かればいいってことよ。よし、この近くでまずは休憩しよう。洞穴を目指すのはそれからだ」
ケイの指示で、一行は休憩できそうな場所を探す。幸いにもすぐに、小高い丘の陰になっており雪の殆ど降り積もってない場所を見つけることができた。
「カナタ、他の仲間と連絡は取れるか?」
「……ダメじゃな。何が原因か分からぬが、通信が一切遮断されておる。方角を示す道具も定まらぬし、何が起きているのじゃ……」
ケイに応えて、疑問を口にするカナタに応えたのは、ほぼ横になった姿勢のモップスだった。
「……多分、この雪が影響していると思うんだな。ボクもここに来てから、通信ができなくなって方角も分からなくなったんだな」
「確かにこの雪、雲もないのに降ってやがるから、おかしいとは思ったんだが……って、じゃあモップス、どうやってその洞穴とやらに辿り着くつもりなんだ!?」
「それは……何となく分かるんだな。リンネが居る場所が、ボクには」
「リンネさんのことをすごく大切に思っているモップスさんだから分かるのでしょうね。私は、モップスさんを信じますよ」
「ありがとう、なんだな。……ボクは少し休むんだな。起きたらすぐに向かうんだな……」
「おう、今は休め。それまで俺たちが見ていてやるさ」
すぐに、モップスの寝息が聞こえてきた。
「……しっかし、参ったな。連絡が取れないんじゃ、他の仲間がどうしているかも分からない」
「皆、十分な準備をしていれば、ある程度は問題ないじゃろう。先に洞穴に着く者も出るかもしれぬ、その者たちが原因を突き止めてくれれば、進攻も楽になるのじゃが」
「……ま、考えたって仕方ねえか。どうせモップスが起きるまでここで一休みだ。……ご主人、俺様も少し休ませてもらっていいか?」
「どうぞ、私は見張りをしていますね」
ソアに頷いたベアが横になり、やはりすぐに寝息を立てる。
「皆さん、無事に着けるといいですね。洞穴でも困難が待ち受けてはいるのでしょうが……」
「ああ、だけど、モップスのためにも、リンネは助けてやらなくちゃな」
「そうじゃな」
「うぅん……リンネ、黒焦げはもう勘弁なんだな……」
「へっ、俺様にかかればこんなのイチコロだぜ……」
二つ並んだ恰幅の良いサイズのゆる族が、寝言を漏らしながら寝息を立てている様は、これからのことを考えていたケイとカナタ、ソアを少しながらも和ませていた。
「ナナ……雪……止まないね……魔物……来ないといいね……」
「そうだね、アキ。大丈夫、魔物が来ても俺が追い払ってあげるから」
「兄さん、この雪の原因は何なのでしょうね。取り除くことができたら楽になるのでしょうけど」
「僕はね、町に向かったっていう少女の他に別の少女がこの雪を降らせているのだと思うよ。……ちょっとユウ、そんな視線向けないでよ。今のは至極真面目な意見だと思うよ?」
別の場所で、降り続く雪を避けて暖を取っているのは、春告 晶(はるつげ・あきら)と永倉 七海(ながくら・ななみ)、日奈森 優菜(ひなもり・ゆうな)と柊 カナン(ひいらぎ・かなん)のグループであった。
「兄さんが真面目だったことなんてあったかしら? 今のだって兄さんの「可愛い女の子だったらいいなぁ〜」という妄想から生まれた発言でしょう?」
「ひ、酷いなあ! ……そりゃ確かに可愛い女の子は想像したけど、妄想じゃないよ。現実だから」
「よく……分からないけど……止んでくれたら……嬉しいな……」
「このままだったら、仕方ないけど向かうしかなさそうだね――! しっ、静かにして。何かが近付いてくる」
七海の忠告に、晶と優菜、カナンが背後へ隠れ、じっと息を潜めて辺りの様子を伺う。一歩前に進み出て他の皆を護るように得物を構えた七海の視界に、ぼんやりといくつかの影が、そして段々とはっきりとした姿で映り込む。獣の姿をしたモノ、クリスタル状の浮遊物が降りしきる雪を何の障害にもせず、彼らに気付くことなく通り過ぎていった。
「……もう大丈夫そうだ。みんな、静かに出てきて」
緊張を解いた七海の言葉で、隠れていた三人がため息をついて出てくる。
「もう……魔物……いない?」
「ああ、大丈夫だよ。……今のはおそらく、町を襲っているという魔物と同じだろうね」
「ちょっと……見たけど……何ていうの、生き物じゃなくて……誰かが作ったのかな……そんな風に見えたの……」
「そうですか、流石晶くんですわね。……ということは、この先私たちが向かう洞穴はもしかしたら、そのような魔物たちの温床になっている可能性がある、と」
「うわー、女の子がたくさんなら嬉しいのに、魔物は嬉しくないなあ……せめて女性型の魔物なら……イタイ! イタイよユウ、思い切り足踏まないで! ただでさえ足冷たいのに!」
カナンの冗談に優菜がツッコミを入れる様子を見遣って、魔物が歩き去っていった方角を七海と晶が見据える。
「リンリン……元気だと……いいな……魔物に……襲われたり……してないかな……」
「心配だね。それに時間が経てば経つほど、無事である確率は低くなっていくだろうね。多分今の魔物たちは洞穴へ向かっていると思うから、今から後を付けていけば、迷うことなく洞穴に辿り着けると思うけど、どうする?」
「行きましょう、七海さん。このままここに居ても、雪が止むという保障はありませんわ。それより今はたった一つの手がかりを見失わず、後を追うのが得策ですわ」
「僕はユウの意見に従うよ。それに僕は女性のところに向かうのは得意なんだ。……あはは、ユウ、分かった、僕が悪かったから箒に手を掛けるのは止めてほしいなあ?」
「ナナ……行こう。ボク……行って……知りたい。この雪の原因とか……町の魔物のこととか……いろいろ……」
「よし、分かった。じゃあ急いで準備して、気付かれないように後をつけよう。……それでいいね?」
七海の言葉に晶、優菜とカナンが頷いて、それぞれの支度に取り掛かった。
「視界が悪いね……箒で飛ぶのも一苦労だ」
箒にまたがって飛ぶニコ・オールドワンド(にこ・おーるどわんど)の全身を、すぐに雪が降り積もっていく。
「この雪ではどうにもなりませんね。まあ、べたついてない分、まだ楽であるとも言えますが」
ニコの上空を飛ぶユーノ・アルクィン(ゆーの・あるくぃん)がその羽ばたきで、ニコの身体についた雪をこまめに吹き飛ばしていく。
「それにしても、ニコ、どうしてこのような危険な場所に向かうと決めたのですか? 私には意外に思えました」
「べ、別に何もないよ?」
「……本当ですか?
ユーノの問いに、しばらく言い悩むような仕草を見せてからニコが答える。
「その……ほら。と、……友達、だから? 一度遊んだだけでそう言うのかよく知らないけど」
「……そうでしたか。ふふ、よろしいんじゃないでしょうか? そういうの好きですよ、私は」
「……何か、物凄く恥ずかしいんだけど? だからユーノに言うのは嫌だったのに」
「ごめんなさいニコ、決してそのようなつもりでは――」
言いかけたユーノの表情が、途端に険しくなる。それに気付いたニコが、同様に厳しい表情で尋ねる。
「どうしたの? 魔物?」
「いえ、そうではないのですが……ニコ、前方のあの部分、見えますか?」
ニコが目を細めて指示された部分を見つめるが、雪が積もっている以外におかしな点は見当たらなかった。
「おそらく、罠の類が仕掛けられていると私は思います。ニコ、私が盾になりますから、先程の場所に魔法で攻撃をしてくれませんか?」
「分かった、やってみる」
言ってニコが、掌に小さな火種を灯らせる。それを目的の地点に着弾するように放れば、降る雪の中を弱々しくも確実に火球が飛び、狙い通りの地点に落ちる。
瞬間、キン! と鋭い音が響き、突然氷の刃が飛び出し、火球を貫いて消火する。
「……どうやら、私たちは歓迎されていないようですね。仲間たちのためにも、できる限り解除していきましょう」
ユーノの言葉に頷いて、ニコも後を付いていく。
(こう雪が地面を覆っていては、もしそこに罠や何かの起動スイッチを仕掛けられても事前に解除が難しいな。だが疲弊しているであろうモップスのことを鑑みると、ここで解除しておくべきなのだが……む?)
雪の中を進攻していたエリオット・グライアス(えりおっと・ぐらいあす)が、足に伝わる感触に顔をしかめる。瞬間、前方の雪を貫いて氷の刃が出現し、まるで鉄格子のように行く手を阻む。
「わわわっ!? あぶないあぶない、もうちょっとで串刺しになるところだったよ〜」
一歩先を歩いていたメリエル・ウェインレイド(めりえる・うぇいんれいど)が、氷の刃を剣で突きながら呟く。
「これを私の魔法で吹き飛ばしては、他に仕掛けられた罠も誘爆しかねんな。メリエル、お前の剣でこれを切り落としながら進むのだ」
「え〜、エリオットくん、ちょっとコレ硬そうだよ? あたしの剣刃こぼれしちゃうよ?」
「私が剣に炎の魔法を付加してやる。それに根元から切れと言ってはいない。危害を及ぼさない程度に切り落とせばいいのだ」
「う〜ん……難しいことはよく分からないけど……とにかくやってみるよ!」
言ったメリエルが剣を差し出し、それにエリオットが炎の魔法を付加する。今にも刀身から炎が吹き出るまでに紅く染まった剣をメリエルが振るえば、見事な切り口を残して氷の刃が切り落とされる。
「わ〜い、簡単に切れるよ〜! よ〜し、この調子で行くよ〜!」
「切れ味が悪くなったら魔法をかけ直す、その時は言うのだぞ」
実に楽しそうに剣を振るっていくメリエルを見遣って、エリオットが思考に耽る。
(この様な罠を仕掛けたのは、誰だ? 町を襲っているという少女なのか? それとも他にこの事件を起こしている人物がいる?)
エリオットの疑問は、降る雪の中では解けそうになかった。
「既にこの時点でランタンを使うことになるとは、予想外だったな。洞穴に着くまでに消えなければいいのだが」
降る雪は太陽の光をも遮っているため、薄暗い中での進攻を続ける本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)とクレア・ワイズマン(くれあ・わいずまん)のペア。
「ねえねえおにいちゃん、このランタンってどうやって光を放っているの?」
ランタンを手にしていたクレアが、疑問を涼介に投げかける。
「現代だと化石燃料とか電池で発光体を熱することで光を出しているんだが……聞いた話では予め炎の魔法を付加しておくと言っていた。補充も本人が魔法を使えれば、手順に沿って行えば難しくないそうだ」
「へ〜、そうなんだ〜。じゃあ私のランタンが切れたら、おにいちゃん、お願いね♪」
にっこりと微笑むクレアに応えて、涼介が前方を見遣れば、微かながら遠くに、煌く氷の壁でできた洞穴の入り口が見えてきた。
「あれが『氷雪の洞穴』か? やれやれ、これでこの雪とは別れられそうだ。……今度は氷との戦いになりそうだが。クレア、スパイクはちゃんとつけているか?」
「うん、大丈夫! これ履いてるとぜんぜんすべらないんだよおにいちゃん……うわあ!?」
片足を上げてアピールしていたクレアが、バランスを崩して雪の上にぽふ、と倒れ込む。
「言った傍からこれでは、先が思いやられるな。ほら、手を貸してやろう、起き上がれるか?」
「ご、ごめんなさいおにいちゃん、うんしょ……うわあ!?」
起き上がりかけたクレアだが、涼介が突然手を離したため再び雪の上に転がる。
「もう、何するのおにいちゃんっ……おにいちゃん?」
顔についた雪を払って文句を垂れるクレアは、涼介の様子がおかしいことに気付く。
「どうやら、簡単には入れてくれそうにないようだ」
涼介の瞳は、洞穴から湧いてくる魔物の姿を捉えていた。
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