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魔糸を求めて

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魔糸を求めて
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DI.綿花の日
 
 
「おかしいよね。この方角でよかったはずなんだけど」
 灌木(かんぼく)をかき分けながら、周藤 鈴花(すどう・れいか)がぼやいた。直感に従って森を進んできたのだが、なかなか綿花の群生地に辿り着かない。
「土地の魔力の属性相性とかあるはずだよね。植物ごとに群生地は分かれているみたいだから、見つけさえすれば大量に存在するはずなんだけど」
 ルーツィンデ・クラウジウス(るーつぃんで・くらうじうす)がつぶやいた。緑色の髪が小枝に絡まって、ちょっと顔をしかめる。
「まあ、方向音痴の鈴花に先導を任せたのがボクたちの失策の一つだったというわけよね」
「だったらついてこなければいいじゃない。こっちは直感で突き進むのよ」
 パートナーの言葉に、周藤鈴花はちょっと頬をふくらませた。
「その直感が、信じられないんじゃない」
「いいじゃないの。よおし、今度はこの方角よ」
「まあまあ、二人とも」
 同行していた本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)が、困ったようにぼさぼさの頭をかきながら間に割って入った。
「こういうときは、公平に運に進む道を決めてもらおう」
 そう言うと、本郷涼介は手の中でダイスを転がした。赤い一の目が、北西の方向をむく。
「よし、この方向だ」
 迷うことなく、本郷涼介がその方向へ歩きだす。
「そんなのでいいのかしら。こっちはむこうの方角だと思うのに」
 周藤鈴花が、北東を指して言う。
「だったら、彼が正解だよね」
 そう言って、ルーツィンデ・クラウジウスは本郷涼介の後を追った。
「ちょっと、待ってよ」
 しかたなく、周藤鈴花もその後を追う。
 しばらく灌木をかき分けて進むと、突然視界が開けて、森の中の野原のような場所に出た。ただ、視界が開けたとは言え、イルミンスールの森特有の巨木たちがなくなり、人の背丈ほどの巨大な草が群生している場所に出ただけなのだが。
「うわー、雲の上に出たみたい」
 視界一面に広がる光景に、思わずルーツィンデ・クラウジウスが叫んだ。
 人の身長ほどの草はすでに茶色く枯れ始めており、白い綿が一面にふわふわと広がっていた。この一帯だけ、本当に雲が地上に降りてきたような錯覚を覚える光景だ。
「また、世話になったな」
 本郷涼介は、ダイスに軽く感謝した。
「さて、好きなだけ摘み取ろうじゃないか」
 三人は、手の届かない綿花を倒しながら、白い綿を摘み取っていった。
「これなら、どれくらい採れるかな」
 本郷涼介は、再びダイスを振ってみた。手の上で転がると思われたダイスが、いきなり四の目を出してピタリと止まる。ほとんど本能に従って、本郷涼介はバーストダッシュを使ってその場を離れた。綿の海を二つに分けるようにして一筋の跡を残しながら本郷涼介が移動すると、さっきまで彼がいた所に天空から雷光が突き刺さった。
「誰だ!」
 身を低くして反転した本郷涼介が誰何(すいか)した。
「外しましたか」
 いつの間にか綿花の原の中央に立っていたミストラル・フォーセットが、残念そうにつぶやいた。
「ちょっと、危ないじゃないの。何をするのよ」
 突然現れて攻撃してきたミストラル・フォーセットにむかって、周藤鈴花が叫んだ。
「なあに、ちょっと痺れてくれていればいいのよ。その間に、あたしたちは、あたしたちの物である綿花をゆっくりと集めるんだから」
 ミストラル・フォーセットの陰から、メニエス・レインが姿を現して言った。
「いつから、ここの綿があなたたちの物になったのよ」
 一方的な物言いに、さすがに周藤鈴花が怒った。
「あたしが決めたときから、これはあたしの物なのよ!」
「だそうですので、参ります」
 ミストラル・フォーセットが、再び雷術の構えに入った。それに対抗するように、本郷涼介たちも雷術を準備する。
「ああっ、後ろだよ、後ろ!」
 走る緊張の合間に、ルーツィンデ・クラウジウスが、メニエス・レインたちの後ろを指さして叫んだ。
「そんな古典的な手に、誰が……!」
 言いかけたメニエス・レインの身体に何かが巻きついた。そのまま一気に空中に引き上げられる。同様に、ミストラル・フォーセットも宙に持ち上げられていった。
 触手のような長い葉をくねくねと動かしいてる奇妙な植物が、メニエス・レインとミストラル・フォーセットの身体をグルグル巻きにして、宙に持ち上げて蠢いている。突如として真綿の原に現れた怪奇植物は、それだけで異様だった。
「何よ、放しなさいよ。ここの綿は全部あたしの物なんだから」
 メニエス・レインは叫んだが、すでにまったく身動きがとれない。突然のことに唖然としながらも、本郷涼介は自業自得だと彼女たちを見あげていた。
「なんだ。騒がしいと思ったら、ずいぶんと面白いことになっているな」
 地道に地図を辿ってやってきたフォルクス・カーネリアが、思いもしなかった状況に出くわして面白そうに言った。
「おお、あれこそは吸血植物シフラン・セフラン!」
 和原樹が、図書館で見かけたイラストを思い出して叫んだ。
「吸血植物ですって。よりによって、このあたしがそんな物に……」
 ぎりぎりと締めあげられながら、メニエス・レインが苦しそうに言った。吸血鬼であるミストラル・フォーセットは、早々と貧血で気を失っている。火術で焼き払おうとしても、彼女の意識も朦朧として呪文が浮かばない。
「みんな、何してるんです。早く助けないと」
 すぐには動こうとはしない一同に、たまらず高瀬詩織が叫んだ。
 とはいえ、先ほどのメニエス・レインの台詞を聞いてしまっては、積極的に動こうとは思わないのも道理ではあるのだが。
「しかたないわねえ」
 峰谷恵が、目の前に右腕をかかげた。その肌の全面に、幾何学的な青い呪紋が浮かびあがっている。
「凍れ!」
 その一瞬に、ぐっと拳を握りしめる。その瞬間、浮かびあがっていた呪紋が青い光を放って飛び散るように消え去った。同時に、シフラン・セフランの根元あたりが氷塊に被われる。
「ようし、後は私が……」
 シフラン・セフランに近づこうとした高瀬詩織を、御影小夜子がすっと前に出て制した。
「詩織が出ることはないわ」
「でも、それじゃあの二人が……」
 根元を凍らせられて、逆に激しく暴れだしたシフラン・セフランをさして高瀬詩織が言った。
「もう、しかたないわねえ。お願いは聞いてあげてもいいけど……その分、帰ったら覚悟してもらうわよ?」
 言うなり、ランスを構えて御影小夜子が走りだす。その動きを察知して、シフラン・セフランが、細い帯を思わせる葉身(ようしん)を鞭のようにしならせて襲いかかってきた。
「その程度の鞭捌きでは、まだまだ初心者ね」
 華麗に身を躱(かわ)しながら、御影小夜子が言った。とはいえ、複数の葉身が襲いかかってくるのはやっかいだ。だが、援護の火球がそれらを弾き飛ばしてくれた。一瞬だけ振り返ると、高瀬詩織が本郷涼介たちと一緒に、一所懸命火術を唱えている。
「かわいいこと」
 微かな艶笑を浮かべると、御影小夜子はもう敵の攻撃を避けることをせずに突っ込んでいった。凍りついたシフラン・セフランの基部に思い切りランスを叩き込んで粉砕する。
「おっと」
 下で待ちかまえていた和原樹とフォルクス・カーネリアが、落下してきたメニエス・レインとミストラル・フォーセットを受けとめた。
 
「ねえ、もう解いてくれてもいいんじゃないの」
 和原樹が持ってきていたロープに縛られたメニエス・レインが、ガジガジとシフラン・セフランの葉を囓りながら言った。ミストラル・フォーセットとともに、吸われた血を吸精幻夜で取り返し中だ。肌についた痣のような跡が、少しずつ消え始めている。
「ダメダメ。また暴れられたら困るから。後で、ちゃんと綿花は分けてやる」
「うー」
 和原樹に言われて、メニエス・レインはくやしそうに葉っぱをガジガジした。
 また危険な敵が現れないようにと、フォルクス・カーネリアが周囲を警戒している。
「種も集めれば、役にたつかな」
 綿を叩いて零れ落ちてくる黒い種をてのひらの上に集めながら、和原樹は言った。
「うーん。ほんとにふわふわだね」
 峰谷恵が、両手いっぱいにかかえた綿花に頬ずりする。
「ああ。後で草木染めしてもよさそうだ」
 本郷涼介は、綿の質を確かめるように指先でつまんだ。
「さて。こっちは充分集めたから、先に失礼するわ。ちょっとやりたいこともあるし」
 周藤鈴花とルーツィンデ・クラウジウスは、また綿花を摘んでいる一同に暇(いとま)を告げて町へとむかっていった。