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魔糸を求めて

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魔糸を求めて
魔糸を求めて 魔糸を求めて

リアクション

 
 
PENTA.ペイン・コクーン
 
 
「いたいた。あれがバイヤーみたいね。接触して、情報を集めましょ」
 久世 沙幸(くぜ・さゆき)は、街角に立つ怪しい男を物陰から観察しながら言った。
「気をつけてくださいね。何かあったら、わたくしがバイヤーを成敗しますから」
 久世沙幸におんぶするような格好でべったりとくっついた藍玉 美海(あいだま・みうみ)が言う。
「分かったからあ。重いい……」
 顔を赤らめながら、久世沙幸は言い返す。
 とにかく、作戦開始だ。二人は、バイヤーに近づいていった。
「ねえ、糸を買ってくれるって聞いたんだけど……」
 にこやかに笑いながら、久世沙幸はバイヤーに話しかけた。
「ああ、あんたもか。持ってくれば、いい値で買ってやるよ」
 あっさりとバイヤーが答える。他にもたくさん売りに来ている者たちがいるのだろう。それにしても、こんなにおおっぴらに闇商売をしてもいいのだろうか。
「それは心配ないんだよ。正規ルートは契約農家としか取引できないから。絶対量が足りない今は、俺たちみたいなのがいないと市場が回らないのさ」
「でも、それじゃ集めたって、転売できないんじゃないの」
 正規が専属農家とだけなら、闇バイヤーからも表だっては買えないはずだ。
「それはそれ、ちゃんと俺たちから買ってくれるブローカー様がいらっしゃるというわけだ。あっちはあっちで、直接魔糸の生産ルートにパイプがあるらしいからな。俺たちは、自分の領分で儲ければいいって仕組みよ。あんたも、変な気は起こさずに、糸だけ持ってくればいいのさ」
 さすがに、ちょっと警戒されたかもしれない。
「だってえ、あなたみたいなバイヤーの方が儲かるのでしたら、ちょっと興味が湧くじゃありません。なんでしたら、あなたの下働きでもいいかもしれませんしぃ」
 藍玉美海が科(しな)を作って、わざとらしくバイヤーに媚(こ)びを売った。さすがに、若い女の子二人を見比べて、ちょっとバイヤーが鼻の下をのばす。まだ子供っぽさの残る久世沙幸よりも、妖艶な藍玉美海の方に興味を持ったようだ。
「まあ、俺様の相棒になりたいって言うんなら、考えてやらんこともないがなあ」
「ねえ、ブローカーってどんな人なの。格好いい? 趣味とかあるの?」
 久世沙幸の方はどうでもいいと思ったのか、バイヤーがブローカーのことを少しだけ教えてくれた。若い男で、ペットを飼うのが趣味らしく、アジトにしている屋敷には水槽に入れられた虹色貝とか、魚のバラクーダ、それにスライムなんかも飼っているということだ。さすがに、闇の仲買人を名乗るだけあって、変な生き物が好みのようだ。特に、スライムと聞いて、久世沙幸はブルンと身体を震わせた。濃い青磁色のサイドテールと大きな胸がゆれる。思わず、彼女はスライムに遭遇したときに囮として使おうと思っている、水の入った水筒を手で探って確認した。
「じゃあ、とりあえず頑張って糸集めてこいよ。その成果を見て、俺の仲間にしてやるか判断してやるからな」
 バイヤーに見送られて、二人は一路北の森をめざした。アジトの位置とかだいたいの情報は収集できたと思うので、次は養蚕農家の方に回るつもりだ。
 地図を頼りに、しばらく森の中を進む。
「そこを行く方々。あなた方は誰なのです?」
 養蚕農家に近づいたと思ったころ、二人は近くをパトロールしていた鷹野 栗(たかの・まろん)に出会った。騎士鎧に身を固め、手に持ったランスをまっすぐに立てながら、二人を誰何する。
「怪しい者でなければ、名を名乗るものなのです」
 そう言われて、久世沙幸は自己紹介するとともに、蚕の突然死を調べに来たのだと告げた。
「あなた方もなのですか。みんなで調べた方が、早く解決するかもなのです。案内するですよ」
 他にも、人が集まっているのだろう。鷹野栗はニッコリと笑って、二人を農家へ案内してくれた。
「おお栗、ちょうどいいところへ。これから、みんなで話を聞くところじゃ」
 農家に着くと、鷹野栗のパートナーである羽入 綾香(はにゅう・あやか)が迎えてくれた。
 家の前にしつらえられた長テーブルには、小綺麗なクロスがかけられ、すっかりティパーティーの支度が調っていた。
「どうぞ、こちらのお席へ。ただいま、紅茶をお淹れいたします」
 ティーセットを運ぶアレフ・アスティア(あれふ・あすてぃあ)が、鷹野栗たちに一礼して席を勧めた。農家の親父さんを囲んで聞き込みが始まるようで、同じ目的でここにやってきた学生たちが集まってくる。
 ただ、中には新しい蚕を捕まえるための指導を受けに来た者も何人かいて、そちらは農家の奥さんの方から教示を受けていた。
「ええと、じゃあ、幼虫は歌が好きで、成虫は歌を聴くとよく眠るんですね」
 ナナ・ノルデンは奥さんから聞いた話を、冷静にメモにとっていった。
「よく分かったからそろそろいこー」
 ズィーベン・ズューデンに急かされて、ナナ・ノルデンはぺこりとお辞儀をするとさっそく虫取りに出発していった。
「ここにおいてある桑の葉、少しいただいていっても構わないでしょうか」
 シェスター・ニグラス(しぇすたー・にぐらす)が、納屋に放置されていた大量の桑の葉をさして奥さんに訊ねた。
「ああ。構いませんよ。蚕を連れてきてくれるか、卵を採ってきてもらえるなら、どうぞお使いください。今は、それを食べる蚕もいませんもの」
「ありがとうございます」
 シェスター・ニグラスは、丁寧にお辞儀をした。
「陽平、餌は手に入りましたよ」
「それはよかった。じゃあ、蚕を探しに出発しよう」
 如月 陽平(きさらぎ・ようへい)は桑の葉の入った袋を受け取ると、パートナーとともに森の中へと出発した。

「じゃあ、特に変わったことはなかったと。死因は不明なんだ」
「ええ」
 七尾 蒼也(ななお・そうや)の言葉に、親父さんはうなずいた。
「誰か不審な者を見かけたとか、餌に毒が混ぜられてはいなかったとか」
「さあ。蚕が逃げないように小屋の戸締まりはしていたつもりなんですが。ある朝餌を補充しようと小屋を開けたら、すべての蚕がみんな死んでたんですよ。わしたちはわけが分からなくて。餌に毒が混じっていたとしても、調べようがありませんし、虫特有の変な伝染病だったらどうしようかと……」
 親父さんは、がっくりと肩を落として答えた。養蚕のプロとはいっても、こんな集団死の原因を調べるには知識も機材も不足しているし、何よりも気落ちしていてそれどころではなかったようだ。
「結局、まだ何も調べてないに等しいってことか」
 困ったように、七尾蒼也は言った。
「だったら、今から調べればいいことです」
 そう言って、すっかり準備を整えた綾瀬 悠里(あやせ・ゆうり)が、白衣にゴム手袋に白いマスクという出で立ちで現れた。
「これから、蚕たちの検死を行います。四季くん」
「はい。準備ならできておりますわ」
 ピンク色のミニスカートのナース服に身を固めた千歳 四季(ちとせ・しき)が、手術用具の載ったトレーをかかえて答えた。
「メスも、これこの通りシャキーンとたくさん」
 ずらりならんだメスの束を、トランプよろしく広げて見せながら千歳四季がにこやかに笑った。マスクで口許が隠れていなかったら、ちょっと怖かったかもしれない。
「よろしい。では解剖を開始します。ついてきなさい」
「はい、先生」
 呆然とする七尾蒼也たちを尻目に、綾瀬悠里と千歳四季は、まだ蚕の死体がおいてある小屋の中に入っていった。
 ややあって、小屋の中から、ズバッ! とか、ザクッ! とか、ずんばらりん!! とかの音が響いてきた。
「ええと、ここにくる前にちょっと町で調べてきたんだけど……」
 嫌な音は聞こえないことにして、久世沙幸がブローカーの情報をみんなに話した。
「マジックスライムを飼っているなんて、もの凄く怪しいですわ」
 佐倉 留美(さくら・るみ)が、当然のようにブローカーの趣味に疑問を持った。もともと、今回の騒動は例年にないマジックスライムの大発生に端を発している。今回の最初から予定されていたような魔糸不足も、スライムと関係あると考えた方がスッキリするというものだった。
「スライムを愛でるような者は、わしにとって敵じゃ」
 ラムール・エリスティア(らむーる・えりすてぃあ)が、拳を握りしめながら小さくつぶやいた。いつぞや、ほとんど駆除されたと思ったスライムに、ふいをつかれて湯船の中から襲われ、すっぽんぽんで湯船にぷっかり浮かびあがるという痴態を晒したことが軽くトラウマになっている。
「だいたい、なぜに留美の奴ではなく、わしがすっぽんぽんにされねばならぬのじゃ……」
 ぶつぶつつぶやいているラムール・エリスティアはおいておいて、一同はブローカーについてあれこれと議論を始めた。
「スライムなら、ここからちょっと離れた所に出たらしいと聞いたことはあります」
「マジックスライムが蚕を殺したということはないのかしら」
 ペルディータ・マイナ(ぺるでぃーた・まいな)が、親父さんに聞き返した。
「うーん、わしらはまだスライムを見たことがありませんので、よくは分かりませんが」
「どちらにしても、近くに出たというなら、マジックスライムを飼っているブローカーと何か関係があるのかもしれないよ。一度、ちゃんと調べてみないと」
 ペルディータ・マイナがそう言ったとき、小屋の中から綾瀬悠里が戻ってきた。
「キミたち、検死結果が出たので発表します。ずばり、他殺です」
「なんだってー」
 綾瀬悠里の言葉に、何人かが思わず叫んだ。それとは別に、そうだろうそうだろうとうなずく者たちもいる。
「死因は凶器まで特定はできないが、蚕の全身に無数の細かい穴が開いていた。考えられるのは、もの凄く小さな弾の出るショットガンのような物で撃たれたか、あるいは無数の微細な球体か針のような物が小屋の中を飛び回って蚕たちを貫き回ったか、サンダーブラストのような雷術で、微細放電によって蚕を殺したかだろう。事実、傷近くの組織は多少熱変化を起こしていた」
「ええと、なんだか、今ひとつよく分からないんじゃが……」
 ちょっと難しすぎると、羽入綾香が軽く頭をかかえた。
「殺しのプロか、特殊な技能を持った者が、なぜか蚕を殺すためだけに、その特別な技能を使ったということですよ」
 アレフ・アスティアが、分かりやすく今必要なことだけをまとめた。
「蚕が死んで儲かる奴といえば、やっぱりブローカーが一番怪しいんじゃないのか」
「そうよね。芳樹が言うように、一度ちゃんと調べないと」
 高月 芳樹(たかつき・よしき)の言葉に、アメリア・ストークス(あめりあ・すとーくす)が続けた。
「もし、ブローカーが犯人なら許せない。農家の人たちを困らせるなんて、いったい何を考えているんだ。悪い奴は、私が成敗してやる!」
 珍しく水神 樹(みなかみ・いつき)が語気を荒げて、テーブルをドンと叩いた。
「まあ。少し落ち着いて。確かに一番怪しいのはブローカーだけど。考えもなしに乗り込んでいったって、こっちが危ないかもしれないじゃないか」
 カノン・コート(かのん・こーと)が、水神樹をなだめた。スライム騒ぎのときに、彼女を押さえることができなかったのを、まだちょっと気にしているのだ。水神樹の方も、そのとき学校に少なからず迷惑をかけてしまったので、今回は名誉挽回のために少し意気込んでいるのかもしれない。そのことが、カノン・コートの心配を増やしてしまっているのではあるが。
「とにかくやっつけちゃえばいいのよ。犯人がいなくなれば、もう蚕さんが死ぬこともなくなるでしょう」
「落ち着いて、波音ちゃん。まだ犯人と決まったわけじゃないんだから」
 意気込むクラーク 波音(くらーく・はのん)に、アンナ・アシュボード(あんな・あしゅぼーど)が冷静になるように言った。
「その通り。まだ証拠はありません」
 綾瀬悠里が、あらためて言った。
「そうですね。証拠はありませんが、怪しいのは確かです」
 狭山 珠樹(さやま・たまき)は、腕組みしながらうーんと考え込んだ。
「でも、価格をつり上げるだけなら、買い占めだけですむはず。養蚕農家を潰してしまっては、供給が絶たれてしまいます。ああ、もしかして、我らに糸を探させるのが目的だとか。あるいは、森でスライムに我らの魔力を吸わせて、集めた魔力を何かに悪用するとか。そうでなければ、人をたくさん森に入らせて、何か遺跡のような物を見つけださせようとしているとか……。とにかく、鍵は森ですわ。我は、森を調べに行きます」
 突然自己完結すると、狭山珠樹は一人で森にむかって走りだしていった。
「ええと、とりあえず、町に戻ってブローカーを調べましょうか」
 取り残された形の久世沙幸が言った。その場にいた者たちも同意する。
「悠里は行かないのですか」
 一人残った綾瀬悠里に、千歳四季は訊ねた。当然、他の者たちとともに犯人の糾弾に行くと思っていたので、彼女としてはかなり意外だったのだ。
「まだ証拠がないですからね。言いがかりに近い形で失言を引き出すのは、あまりフェアーじゃありません。それに、敵を倒すなら、確実でないとダメなんですよ。うっかり逃がしてしまったら、次も何かが起こるかもしれない。それじゃいけません。それに、もう少し調べてもおきたいですし。まだ何か見つかるか、あるいは、何か農家の人たちのためにできることがあるかもしれません」
 淡々と語る綾瀬悠里に、千歳四季は納得せざるをえなかった。ただ、心のどこかでは、力ずくで捕まえて吐かせてしまった方が手っ取り早いのにという思いがぬぐい去れなかったが。
「それで、キミはどうしますか」
 千歳四季の本音を見透かしたように、綾瀬悠里が訊ねた。
「私は、いつでもあなたと一緒ですわ」
 さらりと言ってのける。
「でも、何かつまらなそうですね。お医者さんごっこでもしますか?」
「えっ!?」
 ふいをつかれて、千歳四季は一瞬ぽかんとして惚けた。千歳四季がそんなことを言うとは、予想もしていなかった。だが、すぐに気を取り直していつもの調子に戻す。
「あら、よろしいですわよ、先生」
「冗談ですよ。さあ、調査を始めましょう」
 苦笑すると、綾瀬悠里は小屋にむかって歩きだした。