百合園女学院へ

薔薇の学舎

校長室

波羅蜜多実業高等学校へ

魔糸を求めて

リアクション公開中!

魔糸を求めて
魔糸を求めて 魔糸を求めて

リアクション

 
    ☆    ☆    ☆
 
「さすがは、虫取り王だ。一発で探しあてたじゃないか」
「えへん」
 如月陽平が、ナナ・ノルデンを褒めた。パートナーを含めた彼ら四人は、荒巻さけたちとは別の群生地に、ナナ・ノルデンの先導で無事辿り着けたのだ。見たところ、成虫の姿はなく、たくさんの卵と、まだ小さい幼虫がいるだけのようだ。
「とりあえず、餌をあげてみましょう。お友達になれるかもしれませんよ」
「もちろん手なずけるのさ。こういうことは、僕たちは得意なはずだからね」
 農村を護っていた守護天使であるシェスター・ニグラスと、農家の次男坊である如月陽平は、こういったことは得意分野になる。
「さあ、たんとお食べください」
 至れり尽くせりに用意したクロスを地面にしてい桑の葉を広げたナナ・ノルデンは、周囲の蚕たちを呼び集めて接待の真っ最中だった。
 彼らの扱いが気に入ったのか、蚕たちは実に和やかに群れ集まってきていた。
「これなら、たくさんの蚕を連れて帰れそうよね」
 ズィーベン・ズューデンが安心したように言った。このまま何事もなく蚕を連れて帰れると思ったのだが……。
「ヤー、リリサイズ様、蚕発見ですよでございます」
 リヴァーヌ・ペプトミナが、ナナ・ノルデンたちとは別方向からやってきて、蚕たちの群れを発見した。
「これは、ずいぶんとたくさんいますわね。ほーっほほほほ。お友達にするにも多すぎますから、いったん痺れていただきましょうかしら。まあ、多少は手加減してさしあげましてよ」
 高笑いをあげると、リリサイズ・エプシマティオは自慢の豪奢なピンク色の髪をすっと指先でなでた。銅製のヘアピンを一つ外して、それを蚕たちの中へと投げ入れる。
「カタリストよ。我が意志の流れの下に、彼方アノードへのレプトンの導きを」
 触媒たる小瓶の中の食塩水を振りまいてリリサイズ・エプシマティオが唱えた。
 電離し、飽和に達した電子の流れがヘアピンにむかい、雷光が蚕の群れの中に広がった。電気ショックで麻痺した何匹かの蚕が、きゅうという音をたててあおむけにひっくり返る。
 その出来事に、他の無事な蚕たちの敵意がリリサイズ・エプシマティオにむけられた。
「ノー。リリサイズ様、やばくね?」
「ちょ、ちょっとだけ、虫の数が多かっただけですわ」
 予想外の反撃に、リリサイズ・エプシマティオは思わずひるんだ。
「こらあ、虫さんたちになんてことするんですかあ」
 リリサイズ・エプシマティオの攻撃に気づいたナナ・ノルデンたちが、蚕の幼虫たちと駆けつけてきた。だが、蚕たちと一緒にと言うよりは、すでに蚕たちは怒りでナナ・ノルデンたちとは無関係に動いているようだった。
「しかたないでしょう。この状況を御覧あそばせ」
 ほとんど蚕たちに取り囲まれたリリサイズ・エプシマティオが、再び雷術を放とうと構えた。
「これ以上はダメだもん!」
 間一髪のところで、ズィーベン・ズューデンがリリサイズ・エプシマティオに飛びつき、二人は地面に倒れ込んだ。容赦なく、蚕たちが二人に糸を吐きかける。
「オー、リリサイズ様、いいざまあなので、今助けるでございます。ワッツ?」
 急いで助けにむかおうとしたリヴァーヌ・ペプトミナも、糸の攻撃を受けてあっという間に身動きがとれなくなる。
「みんな、やめてー」
 ナナ・ノルデンが叫んだが、今や彼女や如月陽平も糸に絡めとられて動けなくなりつつあった。
 そのとき、どこからか奇妙な歌が聞こえてきた。
 
『L・O・V・E 蚕さん〜♪
 養蚕家さんの家にホームスティ☆ しませんか〜?
 温度管理〜♪ 美味しいご飯〜♪
 三食昼寝つき〜♪
 快適ですよ〜☆
 元気に魔糸を作ろう〜♪
 これでアナタも人気者☆
 L・O・V・E 蚕さん〜♪』
 
 不思議なことに、その歌を聴いたとたん、蚕たちがおとなしくなる。
「やれやれ。禁猟区に反応があったので駆けつけてみれば、いったい何をやってるんだ」
 ブラッドレイ・チェンバース(ぶらっどれい・ちぇんばーす)が、呆れ顔で近づいてくる。その後ろからは、遠野 歌菜(とおの・かな)が歌いながら歩いてきていた。
 遠野歌菜が歌っているので、蚕たちはおとなしくなっている。その隙に、ブラッドレイ・チェンバースは糸に絡めとられた者たちを助けていった。
「まったく、乱暴なことはしないでください。いいですね」
 シェスター・ニグラスが、叱るようにリリサイズ・エプシマティオに言った。
「ヤー、お馬鹿なリリサイズ様で、もうしわけないでございます」
「ちょっと、リヴァーヌ、なんですの、その物言いは。ちょっと御挨拶が過激だっただけじゃありませんか」
 主人の代わりに頭を下げるリヴァーヌ・ペプトミナに、あまり反省していないリリサイズ・エプシマティオが言った。
「おっと。これ以上は騒がない方がいいと思うぜ。次もカナの歌が効くとは限らないからな」
 騒ぐリリサイズ・エプシマティオをブラッドレイ・チェンバースが、立てた指をすっと口許に持っていって黙らせた。
「失礼ねえ。私の歌で、いつでもちゃんとおとなしくなるに決まってるもん。それより、レイ、怪我している虫さんたちを看てあげて」
 ズィーベン・ズューデンが傷ついた蚕たちに集めてシェスター・ニグラスにヒールをかけてもらっているのを見て、遠野歌菜がブラッドレイ・チェンバースに言った。
「この間に、一匹だけいただいて退散するわよ」
「ヤー、さすがリリサイズ様、ずっこいでございます」
 リヴァーヌ・ペプトミナに気絶している蚕を一匹担がせると、リリサイズ・エプシマティオはそそくさとその場を逃げだしていった。
「もう、しかたない人たちだよね」
 いつの間にか姿を消していたリリサイズ・エプシマティオたちに少し呆れながら、ナナ・ノルデンが蚕の幼虫の頭をそっとなでた。
「この蚕たち、農家まで着いてきてくれるだろうか」
「私が歌うからたぶん大丈夫だよ」
 心配する如月陽平に、遠野歌菜が自信たっぷりに言った。
「じゃあ、出発しよう」
 歌う遠野歌菜を先頭に、如月陽平たちは集めた卵と蚕の幼虫たちを連れてのんびりと歩きだした。
 
    ☆    ☆    ☆
 
「よし、急所は外したから、気を失っただけだ。頼むよジゼル」
 城定 英希(じょうじょう・えいき)は、ふうと息を大きく吐き出して整えると、パートナーのジゼル・フォスター(じぜる・ふぉすたー)に言った。彼の足許には、ドラゴンアーツで気絶させられた蚕の幼虫が一匹倒れている。これから養蚕農家へ調査へ行く際の手土産というわけだ。
「おお、幼虫を持ってきていただいたのですか。皆さんの御親切、本当にありがたく思います」
 城定英希が訪れると、農家の親父さんは涙を流さんばかりに喜んでくれた。城定英希としては、ちょっと肩すかしを食らった感じだった。きっとこの農家が闇ブローカーと繋がっていて、わざと蚕を殺すか隠すかして相場の高騰を狙ったのだろうと目星をつけてきたのだが。
「死んだという蚕を見せてもらってもいいですか」
「どうぞどうぞ、今、別の学生さんも小屋にいらっしゃいますから」
「ジゼルは、この蚕を見ていてくれ」
「まあ、絵本でも読んでやっておくさ」
 城定英希に言われて、ジゼル・フォスターは気絶している蚕の前で静かに絵本を開いて読みだした。
「昔々ある所に、いじめられっこの芋虫がいました。頭に不気味な角があるため、悪魔のようだといじめられていたのです……」
 気を失っている蚕に聞こえるはずもないのだが、彼女にとってはちょっとした暇つぶしなのかもしれない。
 城定英希が案内された小屋に入ってみると、白衣姿の綾瀬悠里と千歳四季にばったりと出会った。
「先生、新患のようですわ」
「うむ、すぐに手術ですね」
「分かりました。メスはすでに研いでございます」
 言いつつ、千歳四季がきらりと光るメスの束を広げて見せた。
「ちょ、ちょっと待て〜」
 絶賛お医者さんごっこ中の綾瀬悠里と千歳四季に、城定英希は思いっきりどんびいた。出で立ちはまっとうに医者っぽいが、なんでそんな者が蚕小屋にいるのだろうか。しかも、マスクをしたくぐもった声で、ありえないことを口にされると結構怖い。
「俺は、蚕の死因を調べに来ただけだ」
「ああ、それなら自分たちがすでに調べ終わってますよ」
 そう答えると、綾瀬悠里は、蚕たちの死因について再度説明を始めた。
「そんなにたやすく忍び込まれたなんて、やっぱりここの人間がブローカーとつるんでいる可能性が……」
「それはないでしょう」
 城定英希の推理を綾瀬悠里があっさりと否定した。
「もしも、ここの人たちがブローカーと繋がっているのなら、殴り込みに行った人たちのことを伝えに行かないはずがありません。少なくとも、自分たちが見ている限りは、誰もどこにも連絡をとろうとはしていませんから」
「うーん、それはそうだけど……」
 まだ少し納得いかない表情で、城定英希はパートナーの許へと戻っていった。すると、彼女の周りには、いつの間にかたくさんの芋虫の幼虫が集まっていた。ナナ・ノルデンたちが、幼虫を連れて戻ってきたのだ。
「……そして蛹が孵ると、美しい蝶が現れました。森の緑に映える紫色の大きな羽が日の光に照らされ、燐粉がキラキラと輝いています。こうして醜くかった芋虫は美しい成虫になり皆の人気者になりました。めでたしめでたし」
 ジゼル・フォスターは、集まった幼虫たちに少しはにかみながら絵本を読み終えた。内容が分かるとは思えないが、幼虫たちは彼女の言葉に聞き入っていたようにも見えた。
「幼虫の他に、卵までこんなにたくさん。ありがとうございます。これでまた養蚕が続けられます」
 農家の親父さんと奥さんは、何度も何度も学生たちにお礼を言い続けた。