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吸血鬼の恋、魔女の愛

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吸血鬼の恋、魔女の愛

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chapter.5 encounter 


 その一方で、行方不明者の捜索や島の調査、魔女に会うことのいずれも目的としなかった生徒たちがいた。彼らの目的はただひとつ、吸血鬼である。
 鍾乳洞付近にある森と平地の境目で、野犬の死骸を見つめている男がいた。彼――永夷 零(ながい・ぜろ)は、死骸にあるふたつの小さな穴を見つけると、何かを考え始めた。
「お、いつになく真面目でございますね、ゼロ」
 零の後ろから声をかけたのはパートナーのルナ・テュリン(るな・てゅりん)。機晶姫である。
「おいルナ、俺はいつだって真面目だぜ。どっちかっつーとお前の外見の方が不真面目だろ……いてっ!」
「今のは聞いてなかったことにしてあげる、でございます」
「しっかり叩いてんじゃねーかよ……」
「それはそうと、何か分かったでございますか?」
「ああ、どうやら吸血鬼が生き物を襲ってるってのは本当だな。これは吸血鬼の牙の痕だ。ここに来るまでこんな痕は見かけなかった……てことは、どうやらこのあたりが主な餌場のようだな」
 本当にいつもより真剣な零を見て、ルナは少し嬉しくなった。しかし彼女はそれを表情に出さない。
「……もしかしたら、説話は脚色が入ってるのかもしれないな」
 不意に零が呟く。
「脚色、でございますか?」
「あぁ。こういう話ってのは面白おかしく改変されてたりするもんだろ? 魔女が説得して大人しくなった、ってのは間違いで、吸血鬼が一方的に魔女に惚れ込んだって可能性もある。となると、その魔女に振られたか血を吸わせてくれなくなった、ってのが妥当な線じゃねーか?」
「ふーん、そういう恋のお話と睨んだわけでございますね?」
 じとっ、とした目で零を見つめるルナ。
「……何だよその目は」
「別にー、何でもないでございます」
「とにかく、吸血鬼に会ってみないことにはちゃんとしたことが分かんねえ。行くぞ、ルナ!」
 張り切る零の背中を追いかけるように、ルナが後に続く。最近相方が恋愛絡みの話に積極的なのは、零の片思いが理由であることをルナは薄々気付いていた。けれど彼女は何も言わなかった。

「ねえ刀真、本当に吸血鬼を倒す気?」
 森の中で前を行く相方に話しかけたのは、剣の花嫁の漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)だ。
「ええ、被害が出ているのも依頼が来ているのも事実です。ならば俺たちのすべきことはひとつでしょう」
 樹月 刀真(きづき・とうま)が前を向いたまま月夜の問いに答える。刀真は吸血鬼を倒すことを目的に船に乗り込んでいた。対してパートナーの月夜は、まだ吹っ切れていないようだった。
「私ね、こないだ図書館であの説話が載ってる本読んだんだ。もしかしたら、吸血鬼にも何か事情が……」
「月夜」
 彼女の言葉は、刀真に遮られた。
「たしかに、あちら側にも事情があるのかもしれません。けれど、こちらにも事情はあります。誰にでも事情や背景、心情はあるのです。ならば、俺たちが出来ることは力ずくでも被害を食い止めることです」
「……うん、そうだね」
 両親を魔物に殺され、孤独を何よりも嫌う彼の気持ちも月夜は理解していた。もしこのまま吸血鬼が人を襲うようなことになったとして、自分と同じような犠牲者が出たら悔やんでも悔やみきれないのだろう。彼女は、理解していた。刀真の優しさも、厳しさも。けれど。
 ――だからこそ、もう気付いているのでは?
 もし吸血鬼と魔女がふたりで細々と暮らしていたとして、吸血鬼を倒したら、そこに新たな孤独が生まれるということに。
 月夜はホーリーメイスをぎゅっと握り、言いたいことの全てを抑えた。彼に言える言葉はない。ならばせめて、できるだけ彼の力になろう。月夜は覚悟を決めた。

 倒そうとする者がいれば、守ろうとする者もいる。
椎名 真(しいな・まこと)は、吸血鬼を守るため、捜索を続けていた。
「早く見つけ出さないと、手遅れになってしまう……!」
 彼、真も説話を読んだうちのひとりだった。今回の事件と説話が関係しているならば、吸血鬼が生き物を襲うには何か理由がある。そう思った真は、吸血鬼と話そうとしている愛美たちがきちんと会話できるよう、討伐派の足を止めようと考えていた。今回個人で行動しているのも、自分の意志で動いていることを示すことによって、愛美たちと討伐派とのいざこざを防がんとしたためである。
「それにしても……意外と深い森みたいだなあ」
 真がそう呟いた時、木々を掻き分けてひとりの男が現れた。パラ実のラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)だ。
「わっ!」
 真が驚いたのも無理はない。ラルクは2メートル近い身長と、たくましい筋肉、そしてその手にアサルトカービンを構えていたからだ。
「ん? 何だお前?」
 真の方が何倍もその質問をしたかったが、大人しく彼は答えた。
「あ、ええと、蒼空の椎名真っていう者だけど……君は?」
「俺はラルク、修行したいやつが集まった船なのかと思ったらどうやら違うみたいでよ。わけわかんねえうちにこの島に来ちまったんだ。何か騒ぎが起こってるみたいだからその騒ぎの元を確かめてみっかなと思ってんだが……」
「まあ、騒ぎといえば騒ぎだけど……」
「アレだろ? なんか昔話に出てくる吸血鬼とか魔女を探してんだろ? 俺も本当のところが気になってんだ」
「そ、そうなんだ」
 とりあえず敵対関係ではなさそうだということ、そしてパラ実の生徒も説話本とかを読むんだということに真は少し安心した。
「あ、そうだ、こんなとこでゆっくりしてる場合じゃない! 吸血鬼を探さないと……!」
 冷静になった真が再び歩き始め、ラルクもせっかくだからと後をついていくことにした。

 イルミンの生徒メニエス・レイン(めにえす・れいん)とそのパートナーミストラル・フォーセット(みすとらる・ふぉーせっと)は、同じ吸血鬼目的でもその理由が他とは少し違っていた。ミストラルは吸血鬼であり、そんな彼女と契約をしたメニエスも下位の吸血鬼となっていた。その彼女たちにとって、今回の事件は黙って見過ごせない事件だった。
「まったく……吸血鬼が血を吸うために他の生き物を襲ったからなんだっていうの?」
「メニエス様のおっしゃる通りです。わたくしたち吸血鬼に血を吸われることを、人間たちは感謝こそすれ退治しようなんておこがましいにも程がありますね」
 彼女たちは、吸血鬼と人間を比較した時、前者の方が圧倒的に優れているという価値観を持っていた。故に、血を吸う吸血鬼は悪であるという現状を許せずにいるのだった。
「蒼空学園の生徒の中には、件の吸血鬼を倒そうとする不届きな輩がいるかもしれない。そんなことをさせないためにも、先にあたしたちが吸血鬼を見つけるのよ!」
「そして無事発見できたら、退治しようという生徒たちを待ち伏せし迎え撃つのですね?」
「あたしたちの吸う血が残らないくらい、徹底的に痛めつけるのよ。元々蒼空の生徒たちは嫌いだったから、ちょうどいい機会ね」
 不気味な笑顔を浮かばせるふたり。

 と、その時だった。前方からすらりと伸びた影がメニエスたちの前に現れた。影の先を見ると、そこに立っていたのは銀髪に赤い目をした男だった。メニエスは一目でそれが何かを理解した。彼女は、にいっと口元を綻ばせた。
「あなた……吸血鬼ね?」
 しかし、すぐに彼女は違和感を覚える。目の前にいる男の瞳が、こちらを見ていない。メニエスの言葉を無視するかのように近付いてくる男。
「せっかくメニエス様がかけてくださったお言葉を無視なさるとは……どういう神経をしていらして?」
 ミストラルがエンシャントワンドを構える。が、それを制したのは隣のメニエスだった。
「あたしたちの目的は彼の擁護よ。討伐じゃない」
「メニエス様……」
「吸血鬼だの魔女だのを探してる蒼空生はたくさんいるんだから、あたしたちはそれを待てばいいの」
 その言葉に、男の足がぴた、と止まる。
「魔女を……探してる……?」
 メニエスはそんな男の様子を見逃さなかった。
「そうよ。あなた、こんなところで油を売ってていいの?」
「リーシャ……リーシャを守らなければ」
 男はそれだけを呟くと、血相を変えて自分が通ってきた道を戻り出した。
「メニエス様、よかったのですか? せっかく見つけた吸血鬼を帰してしまって」
「ふふ、こっちの方が面白くなりそうじゃない? それにきっと、またすぐに会えるから」
 メニエスは可笑しそうに、小さくなっていく男の背中を見つめていた。



 カレンや伽耶たちがいる鍾乳洞の入口で見張りをしていた義純が、不意に危険を感知した。女王の加護のスキルで他の生徒よりも早く察することができたのだ。
「たっ、大変です! 皆さん急いでここを出て離れてください!」
 鍾乳洞の中に呼びかける義純。何事かと言った様子で生徒たちが出てくる。
「話している時間はありません! 早く!」
 その必死の表情に、そこにいた全員が危機感を抱いた。急ぎ鍾乳洞から離れる一行。と、ジュレールが最後尾で動きを止めた。
「ジュレ!? 何してるの!?」
「我はここで少しばかり足止めをする。カレンは早くこの場から去るのだ」
「そんな、ジュレも一緒に……!」
 引き返そうとするカレンだが、義純や静麻、周に抑えられる。
「大丈夫だ、すぐ戻る」
「ジュレっ!!」
 ジュレールの視界からカレンたちが消える。入れ替わるように、先ほどメニエスの前にいた男が姿を現す。
「離れろ……この場所から、離れろ……」
「言われなくても、長居するつもりはないのだよ」
 男が、ジュレールに向かって走り出した。

 どうにか男に見つからずに済んだ一行。落ち込むカレンを慰めながら、周は携帯電話を取り出した。
「もしもし、レミか? そこに愛美ちゃんがいるなら伝えてくれ。島は予想以上に危ない場所だぞって。それと……たぶんだけど」
 一呼吸置き、普段の周からは想像できない真面目なトーンで言葉を発した。
「この島に、魔女がいた」