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4 襲撃に居合わせた人々

 夜になった。
 計画通り、潜入調査の面々の情報から導き出した時間に、大鋸が線路脇で待つ。
 正直、仲間が何人いるのかさえ分からない。
 ただ、大鋸の周りには女ばかりがいる。
 羽高 魅世瑠(はだか・みせる)フローレンス・モントゴメリー(ふろーれんす・もんとごめりー)ラズ・ヴィシャ(らず・う゛ぃしゃ)は、大鋸を取り巻くように立っている。

 シー・イーは少し離れた場所に待機している。

 戦部 小次郎は、軍用バイクで駆けつけている。
「おかしいヨ。軍用バイクじゃ、教導団って敵にもすぐに分かるゾ。こんな攻撃に加わったら、隊に戻ったら懲罰だヨ。」
 シーが呟いている。


 肝試しのつもりだった。
 大鋸の幽霊電車襲撃の噂は、人から人に伝わるうちに、度胸試しのようになっていた。
「そんなに言うなら見に行くわ」
 つい百合園女学院生徒の篠北 礼香(しのきた・れいか)はそう叫んでしまった。暗闇の荒野を歩きながら後悔している。
 礼香は周囲に目を配りながら、パートナーのジェニス・コンジュマジャ(じぇにす・こんじゅまじゃ)の後ろを歩いている。
「幽霊なんかで騒ぐなんて・・」
 礼香はぶつぶつ呟いている。心なし顔色が悪い。
 ジェニスは意気揚々、足取りも軽い。手にはバッテリーも十分のデジカメを持っている。
「姉貴、たぶんこの辺・・・」
「ウォ!」
 ジェニスが何かにぶつかった。

「キャァー」
 ぶつかった相手が声を出す。
 ふっと周囲が明るくなった。
 神倶鎚 エレン(かぐづち・えれん)が光精の指輪を使ったためだ。
 光が灯ってみると、ジェニスとエレンのパートナー、プロクル・プロペ(ぷろくる・ぷろぺ)が、わずかな月明かりしかないのにも関わらず、見事に対峙して相手を見据えていた。
「幽霊ではないのですね。安心しました」
 エレンとプロクル・プロペ(ぷろくる・ぷろぺ)も、礼香と同じように百合園で幽霊電車の噂を聞いて見に来ていたのだ。
「女の子ですもの、怪談とか怖い話しとかには興味があるものですわ」
 180センチのエレンはそっと周囲を見回して、光を消す。
「ですが、どうも幽霊ではないようですよ」

 少し離れた場所に、人の気配があり何かがうごめいている。
 その中のひとつが、こちらにやってくる。
 薄明かりの中でうっすらと影が出来ている。ドラゴニュートだ。
 礼香がにっこり笑う。
 騒ぎを起こしているのは、幽霊ではないようだ。あちらから来るのは、大鋸のパートナー、シー・イーである。
「ジェニス、誰かを見かけたら写真をお願い。あとで使えると思うの」
 礼香がジェニスに指示を出す。

 シー・イーが近づいてくるのを察知して、プロクル・プロペ(ぷろくる・ぷろぺ)は、そっと姿を消した。
 別の場所で待機して、エレンに危害が及ばないよう補佐に回る考えだ。

「何をしているのダ?」
 シー・イーが三人に問う。
「ここにいると危険、こっちにくるのダ」
 三人は、行きがかり上、襲撃隊に加わることになる。


 実は、その少し先にも隠れている二人組がいた。
 蒼空学園の生徒、黒霧 悠(くろぎり・ゆう)瑞月 メイ(みずき・めい)だ。メイは同じ学園の生徒から情報を得てここで待ち伏せしている。
 メイが双眼鏡を使って、去ってゆくシー・イーたちを見ている。
「ん・・と、1人消えたね」
「ああ、どこに誰が隠れているかわかんないな。敵や他の学園メンバーにも出会わないよう注意していこうぜ」
 悠は隠れ身をフル活用して慎重に潜入するつもりだ。
「まず、列車が止まるのを待つぜ、俺の出番はそのあとだ」
「ん、ん・・・でも盗みは悪いことじゃ?」
「さっきも言っただろ!!悪党さんは悪いことをしていつも良心の呵責と戦っているんだ。俺たちが盗めば、やつらは守るものがなくなって夜もぐっすり寝られる。いいな!」
「えと・・・ん、わかった」
 10才程度に見えるメイは、幼さゆえか小首をかしげていたが、最後はにっこり笑って大きく頷いた。
「えと・・誰かいる?」
 メイの双眼鏡が隠れている生徒をクローズアップする。

 隠れているのは、同じ蒼空学園の生徒長曽禰 虎徹(ながそね・こてつ)アトロポス・オナー(あとろぽす・おなー)だ。
 虎徹は、「刀工師」である。新しい刀を求めてこの地に来ている。
「アトロ、列車の中には何があると思う」
 ドラゴニュートのアトロポスは決意しているようだ。
「何があるかなんで、行ってみないとわかんないだろ」
「あるかな」
「分からん」
 虎徹は、もしかしたら積荷にパラミタの希少な金属があるのでは、と推測している。
「無駄に戦いたくないんだよね」
「まあ、やつらがどうでるか、ここでしばらく待つか」

 悠が双眼鏡を覗き込んでいる。
「結構、いるな。待機組・・・」


5 襲撃・乗り込む人々

 それからしばらくして、月が雲に隠れた。
 闇の中、灯りを消した列車が走ってくる。かすかな光が運転席に灯っている。
 かなりのおんぼろだ。
 しかし作られた当時は贅を尽くしたものだったのだろう、ところどころ装飾が剥げ落ちても迫力は損なわれていない。
 月が現れる。月光が当たると、列車は白く霞む。
 特殊な金属で造られたのだろう。

 再び月が雲に隠れる。荒野に暗闇が広がる。
 朱 黎明(しゅ・れいめい)朱 全忠(しゅ・ぜんちゅう)は、大鋸の姿を確認して、その少し前で待機している。
 列車が来ると、減速したカーブで全忠だけが飛び乗った。

 百合園源内侍 美雪子(みなもとないし・みゆきこ)は、勢いで飛び乗る。彼女は単独行動だ。
 列車に乗り込むと、暗がりのなか、そっと息を潜めて襲撃を待つ。

 それぞれ相手に気が付いていない。


 列車に飛び乗った全忠は、ごほんと大きな咳をした。
 すぐに組織の下っ端が気付きやってくる。
「面白い話があるのだ、誰か、話の分かるやつはいないかのお」
 全忠は、列車前方に連行される。
 蝶ネクタイを締めた痩せた背の高い男が待っていた。
「面白い話ってなんだ・・・」
「実は・・・」
 襲撃計画について暴露する全忠。
 Aは、さも愉快そうに笑いながら聞いている。
「で、お前はどっちにつくんだ、俺達か?それとも、その大鋸か?」


6 列車内部

 列車の中央では、バカラの場が立っていた。
 5両編成の列車でこの車両だけが座席を取り外され、華やかに飾ってある。
 客はこの密売に関わっているものが多い。品物を見極めるために、客たちは現地に赴き、往復はバカラに興じる。
 勿論、ギャンブルの合間の楽しみも用意してある。
 客の左右には、わずかな布を身につけただけの美しい女たちが寄り添い、客の目を楽しませている。
 ヴェルチェ・クライウォルフ(う゛ぇるちぇ・くらいうぉるふ)は、胸元を強調した大胆なドレス姿で、客である富豪の傍らに座っている。カードで負けるたびにヴェルチェの漏らす溜め息に客の心が奪われている。
 ヴェルチェがそっと、パートナーのクリスティ・エンマリッジ(くりすてぃ・えんまりっじ)に目配せする。
 クリスティは、その合図で、小刻みに震えだした。
 予定通りの行動だが、まるっきり嘘というわけではない。これから始まる襲撃を恐れる気持ちは本当なのだ。
「急に気分が・・・」
 席を立つクリスティ。列車最後部に移動しようとするが、部屋から出ることが出来ない。
 サングラスをかけた用心棒、レン・オズワルド(れん・おずわるど)に行く手を阻まれる。
「抜け駆けはよくないぜ」
 仕方なく席に戻るクリスティ。
 レンは、バカラに座る客の身なりに目を配っている。
 元公安の刑事である。指先の汚れやジャケットのふくらみなどで、誰が何の武器を持っているのか、ある程度は予測できる。
「もし、アグゥーニンが同乗したのなら、やつを襲いたかったが」
 アグゥーニンは直前で、列車が進みだしたとたんに、飛び降りたのだ。
 急用だといっていたが、本当かどうかは疑わしい。
 やつは、これからはじまる「襲撃」を知っているのだから。


 黒崎 天音(くろさき・あまね)ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)は、金持ち客になりすまして、カジノテーブルについている。
 天音の実家はかなりの金持ちだし、「成りすまし」という言い方はおかしいかもしれない。
 しかし、すこしシャツをはだけて柄の悪さを演出してる天音は、いつもとは違う。
 カードにチップを置きながら、天音が小声で話す。
「ブルーズ。昔はシャンバラ全土に鉄道網が敷かれていたらしいけど、どれくらいの規模だったのか聞いた事はあるかい?ドラゴンはあまりそういう事には興味ないかな。鉄道の旅もいいもんだね」
 ブルーズは困ったような顔で、増えてゆく天音のチップを見ている。
「そんなこと行っている場合か。そろそろ始まるぞ」
「この雰囲気じゃ、女王器はなさそうだね。客がね、イマイチだよ、女王器を狙うとは思えないな。少し柄が悪すぎるよ」
 他の客が、女たちに興じる様を見ている。
 幼さを残した夜薙 綾香(やなぎ・あやか)が、グラスを手に天音の隣にやってきた。
「どうぞ」
 うろうろ視線を動かす綾香を天音が引き寄せる。
「あんまり動くと、ばれちゃいますよ」
 はっとする綾香、ポッと顔が赤く染まる。
 綾香が走り去っていった後、ブルーズがぼそっと口を開く。
「潜入者が多すぎるな」
「ああ、しかも誰が味方で誰が敵かも分からない」
 チップをぞんざいにプレーヤー側に掛ける天音。ディーラーの後ろに目を走らせる。

 ディーラーの後ろには、比賀 一(ひが・はじめ)が壁にもたれて立っている。耳にはイヤホーン、音楽を聴いているらしい。
 組織の用心棒として雇われている。
 連結部付近に座っていたパートナーのハーヴェイン・アウグスト(はーべいん・あうぐすと)が外の様子を気にしている。
「強盗グループの皆さんご到着ーってか?」
 イヤホーンを外した一がハーヴェインの側に歩いてくる。
「らしいな」
 ハーヴェインが、声を潜める。
「騒がしいやつがやってきた・・・」
 ハーヴェインが薄く開けた分厚いカーテンの隙間から、薄明かりに光る白馬と、とにかくやたらに目立つ馬上の男が見えた。