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引き裂かれる絆

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引き裂かれる絆

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第8章 絆
 教会に歌声が響いていた。
 歌っているのはメイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)、それにハイムの町の子供たち。
 急ごしらえのため音程もリズムもバラバラだが、不思議と耳に心地良いハーモニーを奏でている。
 発案者のメイベルはもちろん、歌っている子供たちの表情は一様に晴れやかだ。
 澄んだ余韻を残して歌が終わると、まばらだが、しっかりとした拍手が彼女たちに送られる。
「みんな〜、食事だよ〜!」
「よろしければどうぞ〜」
 歌の終わりを見計らってセシリア・ライト(せしりあ・らいと)フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)が食事を運んでく来た。
 パンやスープといったシンプルなものだが、温かい食事は、それだけで心を満たしてくれる。
「はい、どうぞですぅ〜」
 メイベルもその手伝いに加わり、まだ起き上がれない人に手渡しで食事を運んだ。皆、食欲があるようで、笑って食事を受け取っていく。
 救助に来た当初より比べて、教会の中には活気があった。
「ハチミツが手に入ってよかったね」
「ええ、これで皆様も安心してくださいますわ」
「ですが、まだハチの脅威がなくなったわけではないですぅ」
 学生たちが手に入れてきたハチミツによって、ハチの毒による心配はなくなった。
 さらに、女王バチを倒したという報告も来ている。
 あとは町に留まっている働きバチを倒せば、事件は解決なのだが、なにしろハチの数が数である。
 統率の取れてないハチたちを全滅させるには、少々時間がかかりそうだった。
「最後まで、皆さんのお世話をがんばろうですぅ」
「うん、それじゃあ僕、デザート作るよ!」
「手伝いますわ」
 メイベルたちが、楽しげに笑いながら手当てや励ましを続けていく。
 町の人たちに活気が戻った一番の理由は、おそらくハチミツや女王バチを倒したことだけではないのだろう。


「シーナさん、少し、休まれてはいかがです?」
 座っているシーナに声をかけたのは高谷 智矢(こうたに・ともや)だ。
「すみません、もう少しだけ」
「それでは、手当てだけしてしまいましょう」
 シーナの隣に腰を降ろし、智矢が彼女の傷を診る。
 ハチの巣から帰って来たシーナは、カズキとフランクにハチミツを与えた後、休憩もせずに彼らの看病を続けていた。
「それじゃあ、ヒールするね」
 智矢のパートナーの白河 童子(しらかわ・どうじ)がヒールをかけ、シーナの傷を癒していく。
「ありがとう」
 シーナの感謝の言葉に対して童子は屈託なく笑う。
「コウジ、それが終わったらあなたも休んでください」
「えー、ボク、これぐらい平気だよ。ともやさんだってずっと働いてるじゃないか」
「私はいいんですよ。それよりも、コウジが倒れやしないか心配なんです」
 智矢は優しく諭そうとするが、童子は退かない。
「いやだ! ボク決めたんだ! みんな助かってほしいから、ボクにできる限りのことをしようって!
 だからまだ休まない!」
 童子の真剣な眼差し、智矢が静かに受け止める。そして、
「……わかりました。ですが、決して無茶はしないで下さいね。約束ですよ」
「うん!」
 指切りを交わし、童子は別の人の手当をしに駆けて行った。
「すみません、お見苦しいところを」
「いえ、元気なお子さんですね」
「ははは、実際は親子ではないのですが、よく言われます」
 嬉しそうに微笑んで、智矢はシーナの治療を再開する。
 シーナの空いている腕に包帯を巻きながら、智矢が世間話でもするような調子で訊いた。
「これからどうされるつもりですか? あなたはともかく――」
 智矢がちらりと、寝息を立てているフランクに目を落とす。
 いろんな人の治療をするうちに、智矢の耳にも今回の事件の背景が届いていた。
「そうですね、まずは町の復興が第一です」
 その問はずっと考えていたことだったのか、シーナが落ち着いた様子で答える。
「そのあと、たぶんですけど、フランクは町を出ると思います。私とカズキはそれについていこうと思っています」
「あなたたちの責任ではないのに?」
「それでも、です。私は友人を見捨てたくはありません。自責の念に駆られたフランクが、どんな行動をとるかわかりませんから」
「……そうですか」
 賛成も反対もせず、智矢はただ頷いた。
「私たちは元々旅をすることが多かったですし、フランクが立ち直るまで、彼に付き合おうかと。
カズキもきっと、同じ気持ちだと思います」
 そう言って、治療の終わった腕で、シーナはカズキの髪を梳く。まるで普段そうしているように、愛おしく。
 そんなふたりの姿に、智矢はただ穏やかに微笑んだ。
 ずっと塞がっているシーナの腕の片方。
 彼女のその手は、ずっとパートナーの手を握り締めていた。


「なーんか訊ける雰囲気じゃねえな。そもそも意識がないっぽいし」
 遠くからシーナたちを眺めていたカティが呟いた。
「ん〜、なにが〜?」
 その隣で、ヨルが余ったハチミツを舐めてうっとりしていた。
 カティの呟きが聞こえているのかいないのか、また一口、瓶からハチミツをすくって口に含む。
 本当に溶けてしまうんじゃないかと思えるほど頬を緩め、至福の表情を浮かべるヨル。
 あとで一口貰おうと考えつつ、カティは視線をシーナたちに戻す。
「色々問い詰めてやろうかと思ったけど、ま、いいか。シーナも嬉しそうだし」
「ああ」
「そうだな」
「うおっ、びっくりした!」
 いきなり隣に出現した匠とラズーに、カティが飛び退く。
 それに構わず、匠が手に持っていたペットボトルを放った。
「彼女に渡しといてくれ」
「は? なんだこれ、ハチミツ?」
「頼んだぜ」
 カティが顔を上げたときには、匠とラズーの気配はその場から掻き消えていた。
 ちょうどその時、教会のドアが開け放たれた。
 どやどやと入ってくるのは、残りのハチを退治しに行っていた面々。
「ハチ退治終わったぞ――!」
 誰かが叫んだ。
 言葉の意味が徐々に伝わる中、シーナが前に進み出る。
「皆さん、本当に、本当にありがとうございました!」
 その場にいる、今回助けてくれた全員に聞こえるように、シーナが心からの感謝を述べた。
 直後、町の人々が歓声を爆発させる。
 歓声に包まれる教会で、シーナはそれから律儀に、ひとりひとりにお礼を言って回っていた。 
 彼女の笑顔をしばらく見ていたカティだったが、やがて肩をすくめて、勢い良く喜びの輪に加わった。


 こうして依頼は果たされ、ひとりの少女と、そのパートナーの絆は守られた。
 ハイムの町も、これから日常を取り戻していくはずだ。
 だが、町が元の姿を取り戻したとき、町に彼女たちの姿はないだろう。
 それでも、いつの日か彼女たちが許される日が来るかもしれない。
 なぜなら、彼女たちは生きているからだ。
 命を救われ、生き延びたからだ。
 絆は引き裂かれることなく、紡がれていく――

担当マスターより

▼担当マスター

宮田唯

▼マスターコメント

こんにちは、宮田唯です。
「引き裂かれる絆」いかがでしたでしょうか。

参加してくださったプレイヤーの皆様、ありがとうございました。
どれも楽しいアクションばかりで、私の方が助けられてます。

私にとっては蒼空のフロンティア初シナリオということで、
未熟な面が多々あったかと思いますが、少しでも楽しんでいただけたら幸いです。

内容については、嬉しいことに全部出し尽くせた感があります。
ハチとの戦闘や町の人の救助、ハチミツ採取にシーナの護衛と、
上手いこと人数がばらけてくれましたね。
ツッコまれない限りは書くつもりがなかった事件の背景も説明でき、感無量です。

次のシナリオは未定ですが、機会がありましたらよろしくお願いします。
それでは、最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。