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第五幕



「それ以上、私の姫に近づくのをやめてもらおう!」
 はっきりと通る声に観客たちは一斉に振り返った。
 客席後方に登場したのは、王子役のララサーズデイ(らら・さーずでい)だ。中世ヨーロッパ風の豪奢な軍服を着て、背中にひるがえるのは短めのマント、男装の麗人である。その後に従者役のリリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)ユリ・アンジートレイニー(ゆり・あんじーとれいにー)が続く。リリは中世ヨーロッパの執事装束、ユリはかぼちゃパンツにタイツ、半袖シャツにベスト、ベレー帽風の大きめの帽子と言う小姓スタイル。舞台映えのする三人である。
 ララは白馬に股がり悠々と舞台の前まで来ると、華麗に宙を舞って着地を決めた。


 愛が悲しみなら いくらでも悲しもう
 それが僕の心に そのうち届くまで



 ララの歌声に、客席のご婦人方から黄色い声援が浴びせられた。
「さて……、いい気分で登場した所で、メガネ王子くん、姫から手を引いてもらおうか?」
「俺だって好きで舞台に立ってんだ。そう言われて、引き下がれるわけないだろ?」
「はっきり言わないとわからないかな……、君は王子にふさわしくないんだよ」
 優雅な立ち振る舞いで、ララは涼司にビシっと指を突きつけた。
「お……、俺の何がふさわしくないってんだよ?」
「私の口から言うのは忍びないな……」
「……と言う事だから、リリの口から言おう。メガネ王子にはまるで華がないのだよ」
「は、華がないだって……!」
 蒼空学園の学園入り口を背負って立つ彼に対し、なかなか酷な台詞だ。確かにこの会場内では、メガネをかけている事以外普通の彼より、男装の麗人のララのほうが注目度は高いようだ。
「あのあの、花音さんの目の前で他の女性とキスするですの?」
 さらに追い打ちをかけるのは、ユリの天真爛漫な一言だ。
「そ、それはその……、芝居だしさぁ……」
「なんだか様子がおかしいですの、涼司さん」
「ほう、まさか彼女に内緒にしてるのではないだろうな、メガネ王子?」
「いや、だって折角王子役なのに、花音に話したら……」
 思わず真実を漏らしてしまった涼司に、ララは白手袋を投げつけた。
「彼女に隠し事とはね……、やはり君に王子を名乗る資格はない!」
 白手袋は西洋式の決闘状。ララは剣を抜き涼司に斬りつけた。先ほどの話を耳にし「彼女に内緒で王子だってよ」「涼司さんは良いご身分ですねぇ」「涼司殿を誤解していたようだな」と従者役を務めていた隼人、ウィング、黎の三人はやる気が暴落していた。やる気のない三従者は、リリが相手をする事にし、ユリはララにパワーブレスを唱えてサポート。ララは涼司との一騎打ちに持ち込んだ。
「王子とは乙女の夢! それを裏切った君に王子を名乗る資格なし!」
「ま……、待て、俺の言い分も聞いてくれ!」


 客席後方に再びヒズメの音が鳴り響いた。
 馬を駆るのは王子役の篠北礼香(しのきた・れいか)。ララと同様、中世ヨーロッパの軍服を身にまとった男装の麗人である。ただララとは違い、腰に携帯している武器は拳銃だ。彼女は全速力で客席の間を駆け抜けると、いななきと共に舞台に向かって大きくジャンプした。決闘する涼司とララを飛び越えて、愛美が眠る棺の前に降り立った。
 礼香が舞台に上がったのを確認して、パートナーのジェニス・コンジュマジャ(じぇにす・こんじゅまじゃ)氷翠狭霧(ひすい・さぎり)が現れた。二人は礼香の従者役、共に襟元にフリルのついたシルクシャツとピッチリした黒いパンツ。そして、黒革のロングブーツで衣装を固めている。イメージは中世の剣士である。
「私は白雪姫にご挨拶をして来ます。狭霧、手綱を頼みますよ」
「かしこまりました、王子」
 狭霧に手綱を預けると、ジェニスを引き連れ棺の前に跪いた。
「美しい姫、有象無象のインチキ王子から必ずあなたをお守りします」
 愛美の手に親愛の証の口づけをし、礼香は姫への誓いを立てた。
 そこへ現れたのはもう一人の王子候補の栂羽りを(つがはね・りお)だ。
「……お姉ちゃんも王子役なの?」
「ええ。あなたも王子役ですか?」
 それだけ言葉を交わして、二人は無言のまま見つめ合った。
 礼香は王子役にふさわしくない不届き者には排除を、王子の資格ありと判断した者には決闘を挑もうと思っていた。目の前のりをはどちらだろうか。不届き者と言う気はしない。かといって決闘を挑む気にもなれない。彼女い決闘なんて挑んだら、大人げないと非難を浴びてしまいそうだ。
 一方、りをはこの日ためにパートナーから、甘えんぼな妹ちゃん攻撃なる技を伝授されていた。王子候補に男子が出て来た時の必殺技だったのだが、目の前の礼香には無力であった。その上、男子の王子候補は今の所、メガネ王子しかいないのだ。
 結論、戦っても得る物なし。
「おっと、お二人さん。ぼーっとしとると危ないでえ!」
 二人の頭を踏み付けて、日下部社(くさかべ・やしろ)の登場である。
 王子役の一人だ。オーバーオールに社のYのイニシャルが入った帽子、鼻の下の付けヒゲ。この三つが揃うとイメージ出来るビジュアルは一つしかないが、それを言葉にすると困った事になるので言えない。
「配管工とは仮の姿! 世界のヒーロー、スーパーヤシロや!」
「また危険な(権利的な意味合いで)衣装を持って来ましたね、社さん……」
「お姫様を助ける役っちゅうたらコレしかないやろ? 何回お姫様を助けとると思うてんねん!」
「まあ、王子としては合格ですね。相手にとって不足はありません」
 礼香は腰のアサルトカービンをその手に構えた。
「あ、お姉ちゃんずるい! 私だってスーパーヤシロと勝負するんだもん!」
 りをはそう言うと、うるうる上目遣いで社に女の武器を向け始めた。
「さすがは天下のヒーローやな。スーパーヤシロになったとたん、女の子からモテモテや!」
 二人はまともに勝負出来る相手を逃がさんとしているだけなのであるが。
「ほんなら、二人まとめて相手になったるでえ!」
 社は花畑の花を引っこ抜くと、球状の炎を火術で発射した。
「ファイアヤシロや! ぎょーさん、火の玉転がしたるでえ!」



 舞台制御室で、イーヴィ・ブラウン(いーびー・ぶらうん)は照明機材を操作していた。
 先ほどまでミラベルが担当していた照明を、彼女は引き継いで照明担当となったのだ。本当は、ミラベルを襲撃して照明担当になろうと計画し、まきざっぽを用意したりしたのだが、その計画は無用のものとなった。ミラベルのパートナーが倒れたので「私、照明代わろうか?」の一言で容易く担当になれたのだ。
「さあて、後はあんた次第よ、すいか」
 その声と共に、舞台の全ての照明が消えた。
 闇の中に潜んでいたイーヴィの相棒、藤原すいか(ふじわら・すいか)は無数の投げナイフを取り出した。
「ふ、ふ、ふ。いざ、です」
 ニヤリと笑うと、すいかはナイフを舞台中央へ無差別に放り投げた。刃に鎖が巻かれて殺傷力を削いだものだが、暗闇の中どこからか飛んで来るナイフは驚異だ。役者陣は慌てて袖のほうへ移動した。
「ヒロインになるぐらいだから、優秀な人間のはず。私の大好きなお宝情報もきっと持ってますねぇ」
 彼女はどお宝情報目当てで、ヒロイン役とお近づきになりたいようだ。
 舞台中空を火の粉のシャワーが左右へさあっと流れた。イーヴィの火術による演出だ。
 そして、スポットライトがある一点を照らし出した。
 紅の外套とマスカレイド的仮面を身につけ、光の中ですいかは優雅に外套を返した。
「私こそ真の王子、怪盗プリンス。さあ姫、その瞳を私にお見せ下さい……」
 すいかの前にはガラスの棺が置かれている。
「貴女は私のものです」
 おもむろにすいかは棺の中の人物を抱きしめ、指を這わせ濃厚なキスを交わした。
「ああっ! まさか……、おい、愛美っ!」
「ま、マジでか……。おい、コラ、何してんだ!」
 レイディスとトライブの二人がバタバタと出て来た。
「あら、わたくしの王子様に何か御用かしら?」
 棺の中からむくりと起き上がったのは、ジュリエットだった。
「ん……、ジュリエット?」
 眉を寄せるトライブを尻目に、ジュリエットはすいかの頬に手を回した。
「闇討ちだなんて……、なかなか良い趣味していますわね」
「ふ、ふ、ふ。さあ、姫、私と一緒にハネムーン(宝探し)へ行きましょう!」
 

 姉妹で最初に王子様を捕まえたのは吹雪姫です
 長女の面目躍如と言ったところでしょうか
 お幸せに