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リアクション
第二幕
悪い王妃によって、お城を追われた白雪姫、……と掃除姫や姉妹たち。
行く当てもなく、暗く寒い夜の森をさまよっているのでした。
ナレーションが終わると、舞台にブラックライトが灯された。
シーンは夜の森。ブラックライトの中、セットの全貌は伺い知れない。舞台袖からはスモークがもくもくと溢れ出し、心なしか劇場の気温も寒気がするほど冷えている。いや、気のせいではなく、空調制御担当の椿薫(つばき・かおる)が演出を盛り上げるため、気を利かせて冷房を作動させたのだ。サムイ。
不気味な音楽が流れる中、セットの木が小刻みに揺らめいている。一見するとただのセットに見えるのだが、よく眼を凝らせば人が演じているのがわかる。全身タイツに木の被り物、顔を茶色に塗り両手に木の枝を握りしめ、木役を務めるのは東條カガチ(とうじょう・かがち)、そしてシルバ・フォード(しるば・ふぉーど)とパートナーの雨宮夏希(あまみや・なつき)だった。ざわざわと木が揺れる音を、口頭で表現中である。
「……なあ、カガチ。俺たちって、舞台に必要な役をやってるんだよな……?」
「どうした、シルバちゃん。そんな不安な顔して?」
「なんつーか、俺たちがやらなくても、書き割りで良かったんじゃ……」
「おいおい、俺はそんな言葉聞きたくないぜぇ。木としての誇りを持て、誇りを」
「つっても、なんかホラ、地味だし……。夏希だってそう思うだろ?」
「私はこちらのほうが好きです……」
話すのが苦手な夏希にとっては、木役のほうが気楽で性に合っているようだ。
「わかってないねぇ、シルバちゃん。木役なのに自然と輝いてしまうのがスターってもんさ」
「まあ、念のために輝く準備はして来たけど……、それを使う事にはなって欲しくないんだよなぁ」
「あ、姫たちが来ましたよ、静かに……」
「ああ、どうしよう。お義母さまに追われて、いつの間にか見知らぬ森の中に……」
台詞を言いながら、舞台袖から登場したのは愛美だ。
彼女に続き、歩とチュウ、ジュリエット率いる姉妹たちも、追われるような演技をしつつ登場した。
「このまま名も知れぬ森で果て……」
「心配ありませんわ、白雪姫。この姉、吹雪姫がついております」
台詞にかぶせて来たのは、ジュリエット。くるくると優雅に回って、愛美の前にさっと躍り出た。
「大丈夫ですわ。あなたはわたくしを信じてついてくれば良いのです」
何か言おうと口を開きかけた愛美だが、そうはさせじと姉妹役のジュスティーヌとアンドレが飛び出す。同じようにくるくる回って前に出ると、客席に向かって手を掲げ、畳み掛けるように歌い出した。
ラララ 私たち四姉妹 ラララ 力を合わせて生きていきましょう
幸い掃除婦とメイドがいる事だし きっとなんとかなるでしょう
……見まして、愛美さん。華麗なるわたくし達のチームワークを。ただの端役で終わるわたくし達だと思ったら、大間違いですわ。華やかな舞台の上に、渦巻くのは権謀術数。それこそ、舞台の花道ですわ。あからさまな問題行為でない分、わたくし達を非難できる者などおりませんわね。
そんな事を思いつつ、ジュリエットは戸惑う愛美の顔をオカズに微笑を浮かべた。
「……って、掃除婦とメイドって私たちの事!?」
「隙を見せたら喰われる……、舞台の上はまるで毒蛇の巣ですわね」
妙な流れに巻き込まれてしまった歩とチュウは、憮然とした顔でジュリエットを見つめた。
とここで新たな登場人物が現れた。
「折角の静かな夜に、無粋なお姫様方ですね……」
ぱっとスポットライトが木役に向けられた。だが、木役のカガチやシルバが台詞を発したわけではない。木役の影から現れた、ユウ・ルクセンベール(ゆう・るくせんべーる)こそ新たな登場人物であった。白い猫耳と尻尾を付けた彼は、軽やかなステップで姫たちの前に登場した。
「自分はこの森を根城にする一匹の猫。森の静寂を乱すのは一体何者です?」
「あたしたちは、王妃に追われる姫なの。追われるままにいつの間にか見知らぬ森に……」
「猫さん、わたくしたちを助けてくださらないかしら? ……そこの姉妹は放って置いてもいいですけど」
そう答えたのは、歩とチュウだった。
目には目を、歯には歯を。ジュリエットが何か文句を言ったが、二人は無視して演技を続けた。
「どうして君たちを助けなくちゃならないんです? あなた達と縁もゆかりもないのに」
「そ、そうだよね……」
悲しげな表情を浮かべる歩、つんと顔を背けるユウ。二人は見事なアドリブ演技を披露する。
「……そんなに助けが欲しいなら、お人好しの彼らの所にでも行ったらどうです?」
ユウが指を指すと、舞台の照明がブラックライトから、暖かな普通の照明に戻った。
すると、指差した方向に、細部まで丁寧に作られた小さな家が現れたのだった。
「あの……、ありがとう、猫さん。冷たく見えるけど、親切なのね」
「……別に。森で騒がれるのが嫌なだけです。別にあなた達のために言ったわけじゃありません」
少しはにかんだ顔で、ユウはまた軽やかに舞台袖へとはけて行った。
「……まずいですわ。今までで一番芝居っぽい!」
歩とユウの完璧な演技に、ジュリエットはハンカチをくわえて悔しがった。
反対側の舞台袖から、陽気な歌声と共に四つの影が現れた。
勿論、このシーンで登場すると言えば小人である。登場した六本木優希(ろっぽんぎ・ゆうき)は、どう見ても完全武装の騎士にしか見えないが、役柄は一応小人なのだ。小人の騎士と言うマイ設定である。優希のパートナー、アレクセイ・ヴァングライド(あれくせい・う゛ぁんぐらいど)も小人役なのだが、やはり一見すると小人には見えない。黒のフードに杖を持ったその姿は、どこか怪しげである。そもそも、身長が187センチもあるのに、小人て。
城定英希(じょうじょう・えいき)は四人の中で一番小人っぽかった。きちんと小人用の衣装を着用しており、アレクセイの隣りにいると相対的に小人のような気もしてくる。ただまあ、彼のパートナーのジゼル・フォスター(じぜる・ふぉすたー)は、まるで小人には見えないと言うか、そもそも小人ではなくトカゲの役であった。皮を求めて乱獲され、人間不信になったトカゲと言う設定なのだが……、なんでまたトカゲ? もしかして、ドラゴニュートだからか?
「今日も一仕事終わった! さあ、早く家に帰ろうぜ!」
「そうだね。仕事の後はビールで乾杯、それが俺たち小人の楽しみさ!」
アレクセイと英希が肩を組みながら言った所で、優希がささっと前に出て怪訝な表情を見せた。
「あ、あの、待って下さい。あそこに見慣れない人達がいますよ?」
優希のフリを受けて、歩は前に出ると自分達の身の上を説明した。
ようやく白雪姫っぽくなってきて、筆者もほっと一安心だ。
「……ところで、七人の小人ではありませんの? 少しばかり数が足らないようですけど?」
ふと、チュウが口にした素朴な疑問に、アレクセイは顔をしかめた。
「細かい事を気にする奴だな……。過疎化だよ、過疎化。若い奴はみんな東京に行っちまったんだよ」
実際は、どう掻き集めても小人希望者が三人しかいなかっただけである。
「……で、困ってるから助けて欲しいって話だったな?」
「行き場所がないのでしたら、私たちの家に置いて差し上げてもいいんですけど……」
そう言うと、ちらりとジセルと英希を見て、優希は台詞を促した。
「ふむ。だが、働かざるもの食うべからずと言う。ただでは置けないな。まあ、私はただのトカゲだが」
「どうだろう。何か役に立つ事が出来るなら、家を好きに使って構わないよ」
「ナイスなフリだぞ、英希。まあ、私はただのトカゲだが」
つまり、これは観客にアピールする絶好の機会、姫達はそう判断した。
「ふっふっふ……、そう言う事であれば、見せて差し上げなさい、初雪姫」
「わかりました、吹雪お姉様」
ジュリエットに言われてジュスティーヌは、スカートの下からランスとナイトシールドを引っ張り出し、完全防御の構えを取ってみせた。おしとやかな彼女であるが、こう見えてなかなか腕の立つナイトなのである。
「身辺警護から自宅警備まで、忠実なるあなたの盾となってお守りさせて頂きますわ」
「……そんなに強いなら、俺様たちに頼らなくてもよくね?」
冷静かつ的確なアレクセイのツッコミに、ジュスティーヌは「ああっ!」と胸を押さえた。
「とんだドジを踏んでしまいました……、ごめんなさい、お姉様」
続いてアピールに挑戦するのは、歩の演じる掃除姫だ。
「姫様は『一番奇麗な(掃除が出来る)人』を目指してらっしゃるのでしょう? 見かけを奇麗にする事は簡単です。しかし、本当に必要なのは中身……つまり心を奇麗にする事。それが出来なくては、一番奇麗な(掃除が出来る)人など名乗れるはずもありません。歩、貴女にこれが出来て?」
「わかってるわ、ちーさん。日頃鍛えた技を見せつけてやるんだからっ!」
ハードルを上げるようなチュウの言葉は、逆に歩の闘志に火を着けたようだ。
小人の家を目前に捕らえ、一気に掃除を開始する。ハウスキーパーとランドリーのスキルの合わせ技一本。小人の家と、ついでに舞台の床をピカピカに磨き上げ、舞台袖から衣装を引っ張り出し洗濯。高速で行われた清掃作業の影響か、舞台の上を幾つものシャボン玉が飛び交いファンタスティックな光景となった。
「そうそう、こう言うの待ってたんだよね。さあ、会場の反応はどうかな?」
英希が客席にふると、惜しみない拍手が巻き起こった。神業的掃除とそれが創り出した光景は、日頃疲れた観客の心を見事に洗い流したようだ。照明も気を利かせて、左右正面あらゆる方向から光を歩に浴びせ、音楽も大会の表彰式でかかるような華やかなものが流れ始めた。
「ありがとう、皆さん! あたし、がんばりました!」
だが、次の瞬間。
稲妻が降り注ぎ彼女を直撃した。ぼてっと力なく床に倒れる、歩。
稲妻は舞台上にとめどなく降り注いだ。カメラのフラッシュのような光が、二度三度と閃き、役者たちは右往左往。ジュリエットとアンドレを守るため、ジュスティーヌは我が身を盾にして稲妻を受ける。
「お姉様、深雪……、初雪はここまでのようです。どうか御武運を……」
ぱたりと床に突っ伏し、マジ気絶であった。
七瀬歩、ジュスティーヌ・デスリンク、再起不能(リタイア)
ああ なんと言う悲劇
突如襲った落雷が 可憐な少女の命を奪うのでした
え? 今のはあたしの雷術だって?
気のせい 気のせい 眼の錯覚 きっとあなた疲れているのよ
ボロロンと言うギターの音にのせ、紡がれる不吉な歌。
見れば、小人の家の屋根の上に誰かいるではないか。魔女の格好をした彼女は蒼空寺路々奈(そうくうじ・ろろな)。シンデレラの世界からやってきた魔女と言う設定だ。「危ねぇーだろうが!」「歩に何をいたしますの!」「人死にを出すつもりか。まあ、私はトカゲだが」と言う非難を完全にシカトして、路々奈は口笛なんて吹いている始末。
「私は全然関係ないんだけど、雷すごかったねー。でも、大丈夫。真の白雪姫は無事よ」
すっとぼける路々奈の口から、愛美にとって聞き逃せない一言が漏れた。
「真の白雪姫って……、どう言う事?」
路々奈の後ろから、白雪姫の衣装を着たパートナー、ヒメナ・コルネット(ひめな・こるねっと)が現れた。
「たぶん、私は三人目だから……」
どこかでクローン培養されたような台詞である。
台詞を言えて満足そうなヒメナだったが、ふと眼下の愛美に気が付くと眉を寄せた。
「路々奈さん、まだ一人目がいるみたいです」
「ありゃりゃ、目標健在ね。うーん、撃ち漏らしたか……」
なんだか話に耳を澄ませていると、三人目って言いたくて出て来た二人のように思えるが、残念ながらその通りである。かなりミクロな目的達成のために、倒れた二人には黙祷を捧げる。だがまあ、これから起こる騒動を考えれば、早めの脱落はそれなりに幸せなのかもしれない。
「路々奈さん、ヒメナさん! ちょっとここに降りて来て!」
「……元気そうね、愛美ちゃん。どうする、ヒメナ?」
「じゃあ、私たちは二人で一人……、みたいなノリで芝居を進めましょうか」
未だ眼下で文句を言う愛美に、路々奈はギターを早弾きして聞こえないフリ。
そして、再び舞台に妖精役のファイリアとウィノナが登場した。ウィルへルミーナは楽屋でダウン中。
「……そうして、白雪姫ご一行は小人の家で暮らす事になるわけだね、ファイ?」
「もう一人白雪姫が出て来ちゃったけど、どうなるんだろう……?」
「でも、その前に王妃の様子も紹介しておかないとね」
妖精のフリを受けて、舞台下段の照明が消え舞台上段に照明が当たった。
先ほどの王妃の間のセットには、すでに王妃役の大鋸とリカインがスタンバっていたのだが……。
「あははっ! ちょっと、王君。なにその格好、女装趣味でもあったの?」
「うるせぇ! そこにツッコムんじゃねぇ! 見せもんじゃねぇぞ、コラァ!」
ケバケバしいメイクに、ちょっとエロスな衣装の大鋸、その姿は……。
まるでバケモンですね。
心臓に持病をお持ちの方は五秒以上凝視しないようにして下さい。
目眩、嘔吐、不安感に襲われる恐れがあります。
緋音の的確なナレーション。彼女は言われた通り見たまんまをお伝えした次第である。
「てめぇ、コラ、緋音! 俺様に恨みでもあんのか!」
「まあまあ、お奇麗ですわよ、お母様」
大鋸をなだめながら登場したのは、魅世瑠たち王妃の三人の連れ子だ。
「お母様、白雪姫の居場所を突き止めました。森の中で小人に助けられたようです」
フローレンスの報告を受けて、リカインは地団駄を踏んで悔しがってみせた。リカインが演技を続ける中、大鋸は懐からリンゴ型ナパーム弾を取り出し「小人が出て来たって事は、次はいよいよあのシーンか。ようやくこいつを使う時が来たみてぇだな……」と悪い顔を浮かべた。
「ふっふっふ、キング様。いよいよ仕掛けるつもりかい?」
「な、なに?」
驚いて顔を上げると、そこに並ぶのは魅世瑠たち三人の悪い顔。
「な、何の話してやがる……。俺様は別に……」
「あたしらにまで隠し事はなししようぜ、キング様」
芝居口調ではなく、普段の口調に戻り、リカインに気付かれないよう声を潜めて話し始めた。
「同じパラ実生だ。キング様の考える事なんて手に取るようにわかってるよ」
「暴れるなら仲間は多いにこした事はねーだろ? あたしらも手を貸すぜ?」
「なあ、キング様。一緒にパラ実魂を見せつけてやろうじゃんか」
魅世瑠とフローレンスの言葉に、大鋸は一段と凶悪な笑みを浮かべた。
「話がわかるじゃねぇか、てめぇら。ようやくこの舞台も面白くなってきたぜぇ……」
「なんだか、楽しそうな話してるね、お母様」
ふと、どこからか聞こえて来た声に、一同はギクリと固まった。
振り返ってみれば、いつからそこにいたのか、見知らぬ少女がすぐ側にいるではないか。
「な……、なんだてめぇ?」
「あら、娘の顔を忘れちゃったの? 娘の黒雪姫だよ」
黒雪姫を名乗る少女は、小鳥遊美羽(たかなし・みわ)だ。豪華な漆黒のドレスをまとって、ちょこんとお辞儀をした。まあ、生物学上どう頑張っても、大鋸からこんな可愛らしい子が生まれるなんぞ200パーセント有り得ない(今生では100パー有り得ないし、来世でも100パー有り得ないの意)のだが、芝居なのでそこは良し。
しいて問題を上げるなら、黒雪姫と言うネーミングであった。
「ちがウ! 黒雪姫、ラズ! おまえ、設定ぶち壊すナ!」
「な、なに、ラズちゃん。黒雪姫は私だよ」
連れ子三姉妹のラズも黒雪姫と言う名前で登場しているのである。
まさかオリジナルの役でネーミングがかぶるとは……って感じだが、もう一つ残念なお知らせがある。実は黒雪姫はもう一人いるのだ。なんだかもう、ドッペルゲンガー見たら死ぬ、な状態だ。
「ラズ、黒雪姫! おまえ、名前変えろ! あと三姉妹設定もぶち壊してル!」
「しょうがないなぁ……。じゃあ、四姉妹って事で私は末っ子ね。あとは名前だったよね……、まあ、先に出てたのは、ラズちゃんだし、私が名前を変えるよ。じゃあ、ジ・エンド・オブ・ジェネシス・黒雪姫・エボリューション・ターボタイプ・Dって名前に……」
「長っ! そっちのほうがカッコイイ! おまえ、自己主張強スギ!」
「ごちゃごちゃうるせぇな……。どーでもいいだろ、んなもん!」
さすがに見かねたのか、らしくもなく大鋸が仲裁に入った。
「……つーかよ、てめぇ、俺様たちの話を聞いてたんじゃねぇだろうな?」
「聞いてたよ。でも心配しないで、お母様。私もお手伝いするわ」
「……ほう、見かけによらず話がわかるな。来る者はこばまねぇ、手ぇ貸してもらおうじゃねぇか」
そうして、五人は不気味に笑うのであった。
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