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リアクション
この舞台は上段と下段からなる階段型構造になっている。城の中庭のセットが組まれていたのは、下段部分にあたる。下段の照明が消え、上段に照明が向けられると、禍々しい王妃の間のセットが舞台に出現した。
王妃は魔法の鏡を持っていました。
なんでも正直に答える魔法の鏡です。
王妃はいつも「この世で一番美しいのは誰だ?」と鏡に尋ねていました。
それは貴方だと返ってくると、うぬぼれやの王妃はとても安心するのでした。
ナレーションが流れると、王妃役の王大鋸(わん・だーじゅ)の登場である。
漆黒のマントをひるがえし、雄牛の角が突き出た凶悪な兜。その出で立ちは魔王かあるいは世紀末覇者か。だがしかし、こう見えてもあくまで王妃役なのだ。舞台上には、全身が映るほどの大鏡が設置されている、これが件の魔法の鏡。魔法の鏡役を担当するのは、リュース・ティアーレ(りゅーす・てぃあーれ)だ。
「鏡よ、鏡。この地上でもっとも勇ましい最凶の覇者の名前を言ってみやがれ!」
「あれれ。王ちゃん王妃、台詞が違いますぅ☆ リュ子無茶ぶりされてますぅ☆」
いきなりの台本無視で大鋸が質問をぶつけると、鏡の中にリュースの姿が浮かび上がった。
だが、何故かリュースはアイドル然とした魔女の格好。一応、断っておくが彼は男性である。毛の処理もばっちり行き届いており、背が高い事を除けば無駄に似合っているのだが……、いいのか、それで?
「台詞を間違えるなんて、ボンクラが過ぎますですぅ☆ そんなオツムじゃ、パラ実四天王になれないゾ☆」
可愛くウインクしたリュースの顔面に、大鋸の容赦のない鉄拳制裁が。
ガシャンと音を立てて崩れる鏡の中から、胸ぐらを掴んでリュースを引っ張り出した。
「誰がボンクラ王ちゃんだ、コラ。ぶん殴られてぇのか?」
「も、もう殴ってるじゃないですか……」
目を回すリュースの鼻からドクドクと血がしたたった。
「まあまあ、キンちゃん王妃。その辺で勘弁してあげなさいな」
とそこに、ヴェルチェ・クライウォルフ(う゛ぇるちぇ・くらいうぉるふ)とリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)が登場した。ヴェルチェの衣装は、胸元とスカートに大きな巻きバラをあしらい、真珠とクロススピンドル風の装飾レースを施した豪奢な黒いドレス。黒絹のレースで飾った大きな日傘を片手に、イミテーションの宝飾品を全身に散りばめ、随分派手な衣装だ。リカインもヴェルチェほどではないが、豪華な黒のドレスで自らを着飾っている。どうやら、これは二人とも王妃の衣装のようだ。怪訝な顔で互いに顔を見合わせ、さらに大鋸も眉を寄せた。王妃役が三人も出て来てしまったのだから、戸惑うのも無理のない話だ。
「おい、てめえら……、俺様が王妃だろうが。何しゃしゃり出て来てんだ」
「固い事言わないの。いいじゃない、王妃が三人いても」
あっけらかんと言うヴェルチェだったが、観客に説明は必要である。
「んー。じゃあ、これならオッケーじゃない?」
リカインは前に出ると、客席に向かって歌い始めた。
第一夫人は大鋸王妃 第二夫人はヴェルチェ王妃 第三夫人はリカイン王妃
この国は一夫多妻制 アラビンと同じなのよね
ひとまず筋を通すと、リカインとヴェルチェは再び魔法の鏡に目を向けた。
「とりあえず話を進めよっか、ヴェルチェ」
「そうね。……鏡よ、鏡。世界で一番美しいのはだぁれ?」
話が進むかと思いきや、 上段と下段を繋ぐ階段の所で、ファイリアたち妖精が冷やかし始めた。
「うわ〜、鏡に向かってお話ししてるです〜。怖〜い」
「しむ……じゃなかった、王妃さん、後ろ後ろ……、ぐっ!」
ふと、ヴェルチェの右手が閃いたかと思うと、光条兵器の鎖がウィルヘルミーナの首に巻き付いた。悶絶する彼女に構わずきゅっと一締め、がくんとウィルへルミーナはうなだれて床に倒れた。
ウィルへルミーナ、再起不能(リタイア)
ウィルへルミーナを引きずって、舞台袖へファイリアとウィノナがはけるのを見届けて、再びヴェルチェは鏡に向き直った。
「鏡よ、鏡。世界で一番美しいのはだぁれ?」
「世界で一番美しいのはだぁれ? それはリュ子ですぅ☆」
鼻血を拭いたリュースは調子を取り戻し、腰に手を当てて踊っている。
「いやぁん☆ 正直な答えですぅ☆」
「それじゃ話が進まないでしょうが。あんたはなしで」
リカインが咎めると、リュースは「うーん」と顎に手を当てて考えた。
「リュ子除外? じゃ、白雪ちゃんって言っておきますぅ☆ お姫様だから立てないとぉ☆」
「ちょっと、リュ子ちゃん……? あたし、ヴェルチェ王妃の美しさをお忘れじゃないかしら?」
「何言ってるんですかぁ、王妃様ぁ☆ 歳考えて自重してくださぁい☆」
ヴェルチェは無表情で鉄拳を繰り出し、リュースの顔面を叩き潰した。本日二度目の鉄拳制裁である。リュースはそのままごろごろと舞台を転がってダウン。
リュース・ティアーレ、再起不能(リタイア)
「ちょっと、スタッフ。代わりの鏡を持ってきなさいっ!」
言われて運び込まれたのは、サフィ・ゼラズニイ(さふぃ・ぜらずにい)が演じる鏡。
どうか今度はまともに進行してくれますように……と祈りつつ、リカインが質問した。
「鏡よ、鏡。世界で一番美しいのはだぁれ?」
すると、奇麗な衣装をまとったサフィが鏡の中に現れた。どうやら今度の魔法の鏡は大丈夫そうだ。
「王妃様、貴方は大変お美しい。けれど、白雪姫はもっと美しい」
「な、な、なんですって!」
サフィのまともな台詞に安堵しつつ、リカインは大げさに演技してみせた。
「く、悔しい……! 白雪姫め、かくなる上は……」
台詞を言いかけた所で、舞台袖にスポットライトが向けられた。王妃たちは「ん?」と眉を寄せつつ、舞台袖に視線を移した。「このシーンで他に登場人物いたっけ?」とリカインは首を傾げ、ヴェルチェは「目立ちたがりの多い劇団ね」と鼻を鳴らし、大鋸は「さっきから俺様、山葉状態(意・影薄)じゃねぇか!」と憤った。
登場したのは、青野武(せい・やぶ)とパートナーの黒金烏(こく・きんう)とシラノ・ド・ベルジュラック(しらの・どべるじゅらっく)である。
「これはこれは王妃様」
うやうやしく野武が挨拶し、金烏とシラノもそれに続いて台詞を繋げる。
「我らは『東方の三博士』」
「白雪姫様の社交界デビューを祝い」
「遠路はるばる王妃様に貢物を奉りに参った次第」
王妃の前に跪きながら、最後の台詞は三人で声を揃えた。
彼らはキリスト降誕物語に出てくる東方の三博士を演じている。なんでまた白雪姫に三博士? と言う疑問に対しては、野武曰く「そんな事は知った事ではない! 我ら三人集まれば三博士しかないであろう」との事。野武が若き賢者メルキオール、金烏が壮年の賢者バルタザール、そしてシラノが老賢者カスパールに扮する。
「我輩、メルキオールからは黄金を」
「自分、バルタザールからは乳香を」
「私、カスパールからは没薬を」
「どうぞお納め下さいませ」
そして、また最後の台詞は声を揃えた。なかなか見事なチームワークである。
「なんだか知らねぇが、気が利くじゃねぇか」
「やったわね、キンちゃん王妃。黄金よ、黄金」
「まあ、王妃的にはここは喜んでおくべきよね……」
「喜んで頂けてなにより。では、失礼して、王妃様に捧げる歌を……」
王国に、日が射した 白雪姫の美しさ
人民みんな喜んで
フーアルヘイヨー!(三人声を揃えて)
姫様崇拝中
姫様は、民、愛す……
「……って、それ白雪姫に捧げてんじゃないの!」
「ぬぉわははははははは! それは失礼、王妃様!」
リカインが怒鳴ると、三博士たちは高笑いしながら退散した。
「全っ然、話が進まないわ……!」
おそらく王妃の中では、唯一まともに演じようとしてるリカインは、苛立たしげに顔を引きつらせていた。
「んで? 俺様はどうすりゃいいんだ?」
「……王君。私は台本じゃないっつーの。ちゃんと台本読んで来なさいよ」
とりあえず進めない事にはどうしようもないので、先ほどの鏡のシーン後からやり直す事にした。
「ええと……、白雪姫め。私より美しいとは許せん。かくなる上は……」
「かくなる上はあたし自ら、世に美しさを問いたださねば!」
「そう。私たち自ら……って、台詞が違う!」
ヴェルチェは高らかに宣言すると、舞台袖にはけて行くのだった。自分だけの王妃を演じるため、世に美しさを問う旅に出かけたのだろう。これが蒼空歌劇団。実にフリーダムである。一応説明しておくと、本来は配下の狩人を呼んで白雪姫の殺害を謀る流れなのだが……。
「ま、まあ、第二夫人には好きにしてもらうとして……。狩人、狩人はいるか?」
ところが、舞台には誰も出て来なかった。
「……そう言えば、狩人役がこのシーンに出ないって言ってたぜ?」
「……ま、マジで?」
大鋸とリカインは顔を見合わせ、そして、客席に向き直った。
「かくなる上は、王妃自ら出陣っ!」
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