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空賊よ、風と踊れ-ヨサークサイド-(第1回/全3回)

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空賊よ、風と踊れ-ヨサークサイド-(第1回/全3回)
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chapter.2 怒るヨサークと困るルミーナ 


 船内の乗員数は、元からいたヨサーク団の船員たちも含め100名を超していた。3階建ての船を下から順に点検していったヨサークが、大部屋に集まった生徒たちへ告げる。
「シヴァのところに着くまでは、船の中で適当に過ごしてもらって構わねえ。だが女は勝手にうろついたら承知しねえ」
 途端にブーイングが出る。それもそのはず、船に乗り込んだ生徒の内、半数近くが女性なのだ。
「男尊女卑ー! 男尊女卑ー!」
「男女平等の時代に不公平よ不公平!」
 最初は無視していたヨサークだったが、我慢出来ずに大声を張り上げた。
「うるせえっ! ぶっ耕すぞおめえら!!」
 ヨサークは船内の見取り図を広げ、ある一箇所を大根で指す。
「いいかおめえら、現在地はここ、2階だ。で、船内のゴミ置き場が1階のここにある。男は好きな空き部屋を使うなり、邪魔にならない範囲で船内を自由に動き回ってくれ。女はこのゴミ置き場にまとまって片付けでもしてろ。それか死ね。そして、シヴァと遭遇したらそのゴミくせえ体で最前線に立って俺らのカカシになれ」
 再び巻き起こるブーイング。それを無視し、ヨサークは大部屋を出ようとする。ブーイングが起こっている中、凛とした声でそのヨサークを呼び止めたのは、荒巻 さけ(あらまき・さけ)だった。
「あーあーあー、そんなので空賊のお頭を名乗っているなんて、恥ずかしいとは思いませんの?」
「……何だと? おい、今生意気な口叩いたヤツはどいつだ」
 生徒たちを厳しい目で睨みつけるヨサークの前に、さけがすっと現れる。
「おめえか……いい度胸してんじゃねえかクソアマ。おめえのケツにほっくほくのサツマイモぶち込んで、切れ痔にしてやろうか? あぁ!?」
 怒気を帯びた声をぶつけるが、さけは少しも怯まずに言葉を返す。
「残念ながら、わたくしのあそこ、そんなに小さくありませんの。ヨサークさん、あなたと違って」
「あぁ!? 誰のケツの穴が小せえってんだこらぁ!?」
「あらごめんなさい、それだけじゃなく男として、空賊としての器も小さかったみたいですわね」
 今にも殴りかかりそうなヨサークに、さけは言葉を続けた。
「あなた、この空で一番の空賊になりたくないのかしら? こんなまとまりのない集団のまま、それが達成出来るとは思えませんわねえ」
 周りの生徒や他の船員たちはハラハラしながらさけを見ているが、彼女の口は止まらない。
「そもそもお頭というのは、味方の被害を最低限に抑えることが出来る人がなるのではなくて? まあ、元々あなたにお頭としての器がないならそれは無理なことなのでしょうけど?」
「うるせえクソボブが。ゆるふわな感じ出しやがって。読者モデルか、あぁ? いいか、俺はこの空一の空賊になるし、その器もあるに決まってっぺよ!」
「あら、もしそうなら、今すぐきちんと指揮を執って、その器とやらを示していただきたいものですわ」
 さけの度重なる挑発に、ヨサークは我慢出来ず持っていた大根をぶん投げようとする。しかし、その大根がさけに当たることはなかった。とっさにさけの前に出てきた早川 呼雪(はやかわ・こゆき)が、その手で大根を押さえたからだ。
「っ! なんだおめえ!」
「なあ……なぜ、そこまで女性を嫌う?」
 大根を掴んだまま問い掛ける呼雪に、ヨサークは答えた。
「……おめえに話すようなことじゃねえさ。それより、女を庇ったってことはおめえもゴミ捨て場に行きてえ、ってことか?」
「それで気が済むならそうしよう。だが、俺はただ性別なんて気にせず、ここにいる彼女たちをちゃんと見てほしい、そう思っただけだ」
 少しの沈黙の後、ヨサークは呼雪、そしてさけに目を遣ると、すぐに目線を外しぶっきらぼうに生徒たちに告げた。
「……男も女も、好きな場所で待機してろ。ただし、この船で優先されるのはあくまでも俺の言葉だってことを忘れんな」
 そして、バタンという音を立てヨサークは部屋から出ていった。
「協力してくれて、助かりましたわ」
「大したことはしていない……ヨサークを動かしたのは、俺の言葉じゃないはずだ」
 軽く会釈をしたさけに、呼雪は表情を変えないまま答えた。
「しかし……あそこまで女性を嫌うということは、過去に何かあったのか……?」
 誰に問い掛けたわけでもなかった呼雪のそんな呟きを受け、さけも隣で小さく言葉を吐く。
「まあいずれにせよ……すんなり事が運びそうにはありませんわね」



 居場所騒動が収まり、さっきまでの騒々しさが消えた大部屋。ルミーナは壁に貼られたままの見取り図を見つめ、何やら考えているようだった。そんな彼女に、メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)が話しかける。
「ルミーナさん、何か考えごとですかぁ?」
「ええ……ヨサークさんはああ仰られてましたけど、どこにいれば良いのやら……」
 いくら好きな場所にいて良いと言われても、またさっきまでのような揉め事が起こらないとも限らない。ルミーナはそれを心配し、自らの待機場所を決めかねていた。そして、その思いはメイベルにもあった。
 一時的にあの場は収まったけれど、彼の視界に女性が映ればまた何か余計な被害を受ける可能性がある。少し悩んだ後、メイベルはルミーナにある提案をした。
「どこか部屋をひとつお借りして、そこから動かないように待機するというのはどうでしょうかぁ?」
 ヨサークの目につかないよう、シヴァと会うまでは部屋にこもっていればわざわざヨサークも絡んでは来ないだろう、そう思っての発言だった。ルミーナは名案とばかりにその案に賛同する。
「それなら、不要な揉め事も避けられそうですね。環菜さんを助ける前にトラブルが起きても困りますものね」
 そんな会話をしていたふたりのところに、メイベルの友人でもあるロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)がやって来た。
「私も、ルミーナさんと同じ部屋で待機してもよろしいでしょうか?」
 緊急時にはお守りしたいですし、と言いながらルミーナの手をぎゅっと握るロザリンド。
「え、ええ。大勢の方がいらした方が心強いですし、助かります」
 熱心なロザリンドの勢いにやや押されつつも、ルミーナは笑顔で快く受け入れた。
「一緒にルミーナさんをお守りしましょうねぇ、ロザリンドさん」
「ええメイベルさん、この度は素敵な提案をしてくださってありがとうございます」
 ルミーナの手を握ったまま、ロザリンドはメイベルの言葉に返事をした。
「あ、あの、手……」
「え、手だけでは淋しいのですか?」
 手を握られたままで若干困り顔のルミーナに、ロザリンドが抱きつく。
「え、ええっ!? あ、あの……?」
 つまり彼女はそういうことらしかった。
 すっかり顔が赤くなったルミーナを連れ、船の一室に移動を始めようとするメイベル、ロザリンド。その時、彼女らの後ろから声がかかった。振り返ると、そこには志位 大地(しい・だいち)、そして先程優斗たちに監視を依頼した士元の契約者、隼人が立っていた。
「ルミーナさん、女性だけではもし何か危険が迫った時不安だ! 俺も護衛に加わるぜ!」
 グッと拳を握って出来る男アピールをする隼人。ついでにその勢いでルミーナの手を握ろうとする。
 つまり彼もまた、要はそういうことらしかった。
「大丈夫、ルミーナさんは私がお守りいたします」
 ルミーナに触れようとした隼人の手を、バッと払いのけるロザリンド。
「いやいや、ここは俺に任せとけって」
 懲りずにルミーナに触れようとする隼人。
「まあまあ、ふたりとも、力を合わせてルミーナさんを守りましょう」
 そんなふたりを見て、大地が穏やかに間を取り持つ。
「とりあえず、部屋に向かうのですぅ」
 そんなメイベルの一言で場のいざこざは収まり、一同は階下にある小部屋のひとつへと移った。

「環菜さん……ご無事でしょうか」
 小部屋でルミーナがぽつりと言葉を漏らす。
「きっと大丈夫ですよ。ルミーナさん、本当に環菜さんのことを大切に思ってらっしゃるのですね」
 落ち着かない様子のルミーナを見て、ロザリンドが「妬けちゃいます」と冗談混じりで話しかける。
「よろしければ、環菜さんとの馴れ初めなど、聞かせていただけますか……?」
 再びルミーナの手を取り、ロザリンドはじっと儚げな目で彼女を見つめた。その様子を隣で見ていた隼人は、このままでは勝ち目が薄いと思ったのか、別な方法でルミーナに接することにした。
 どこからかハーブティーを持ち出してきて、一同に振る舞い、お茶会を提案したのだ。ルミーナが少しでもリラックス出来るようにという、隼人なりの配慮だった。そしておそらくだが、あわよくば「隼人さんったらとても気が利く方なんですね! 大好き!」みたいなことにならないかなーという思惑もあったに違いない。もちろんお茶のひとつやふたつで女性がころっと落ちるのであれば、世の男性たちは苦労しない。
「まあ、いい匂い! ありがとうございます」
 とは言え、こういう気配りをされて喜ばない女性がまずいないこともまた事実である。顔を綻ばせたルミーナを見て、隼人も嬉しそうにお茶に口を付けた。
「ルミーナさん、もし何かひどいことを言われたりされそうになったら、遠慮なく言ってくださいね」
 お茶を飲みながらそう話しかけたのは大地だった。彼はルミーナがヨサークから無理難題を吹っかけられたら、いつでも身代わりになる覚悟だった。そう、彼は基本的にとても紳士だったのだ。
 ――その眼鏡をかけている間は。
「あ、ごめんなさいですぅ」
 空いたカップを下げようとしたメイベルの手が大地に軽く当たり、眼鏡がカシャンと落ちた。途端に、彼の怒号が響き渡る。
「人にぶつかっといてごめんだけで済まそうなんて、とんだ礼儀知らずですね、ええ!?」
 彼、大地は眼鏡を外すと、ドSになるという性質を持っていたのだ。あまりの豹変ぶりに戸惑う一同。当のメイベルに至っては怯えを通り越して完全にひいている。
「あーあー、ほらこれ、眼鏡のフレーム曲がっちゃってません? 1ミリくらい曲がってますよね? 曲がってるって認めますよね? んん?」
 一番曲がってるのはお前の性格だろという話だが、大地はもう好き放題鬼畜っぷりを発揮していた。
 その時だった。バン、という大きな扉の音と共に部屋に突然ひとりの男が現れた。
「女子供をいじめる不届きな輩はここかっ!? 弱き者を虐げるその悪行……このシャンバラン、見過ごすわけにはいかん!!」
 それっぽいお面をつけてそう名乗りを上げたのは、神代 正義(かみしろ・まさよし)だった。
「シャンバランさん!」
 その姿を見て、目を輝かせるメイベル。彼女の中で正義、いや、シャンバランは大切な存在として刻まれていたのだ。
「弱気を助け強気を挫くはヒーローの務め……喰らえっ、シャンバランダイナミック!!」
 何やらそれっぽい技名を叫び、大地に向かって炎を放つ正義。いわゆるひとつの爆炎波である。
「あ、あの……あまり船内で炎とか使わない方が……」
 ルミーナの制止も何のその、正義はヒーローという大義名分を振りかざし遠慮なく技を発動させていた。
「いい歳してヒーローごっこですか? 周りの人はどんな目で見てるんでしょうねえ」
 炎をかわしながら大地が挑発する。それを受けますます暴れ回る正義。空を舞うティーカップ。どさくさに紛れてルミーナに抱きつくロザリンド。もう完全に部屋の中は収集がつかなくなっていた。
 と、そこにメイベルのパートナー、フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)がやって来た。彼女はどうやら「何かお手伝いがしたい」ということで船内の掃除をしている途中だったらしい。
「あらあら、こんなところに眼鏡が落ちてますわ」
 大地の眼鏡を拾い、きょろきょろと見回すフィリッパ。大地がそれを見てフィリッパのところへ走りよって来た。
「なに人のもの盗もうとしてるんですか? とんだ盗人英霊もいたもんですね」
 ドSモードの大地はフィリッパを蔑むが、フィリッパはそのマイペースっぷりで大地のいびりを軽くスルーした。
「まあ、あなた様の眼鏡だったのですね。あそこに落ちていましたわよ。今かけて差し上げますわ」
 そう言って眼鏡を大地にかけ直すフィリッパ。途端に、大地の人格が変わった。
「あれ……皆さん、そんな殺気立ってどうしたんですか?」
「おおっと、今さらとぼけたって無駄だぞ悪党め!」
 せっかく正気に戻った大地だったが、背後から思いっきり正義の爆炎波を喰らい彼はその場に倒れこんだ。
「ふう……悪は滅びる、それがこの世の常だ! 思い知ったか怪人ドS眼鏡!」
 地に伏した大地をビシッと指差し、腰に手を当て高笑いする正義。
 もちろんこの後彼が他の生徒たちにその暴れっぷりをボロクソに非難され、総スカンを喰らったのは言うまでもない。

 やがて落ち着きを取り戻したルミーナたちの部屋。
 そこに、3人分の足音が向かっていた。
「いいこと? まずはルミーナさんからヨサークさんに対する悩みや不満、愚痴、何でもいいから聞きだしますわよ」
「はい……しかし、一体どうしてそのようなことを……?」
「決まってますわ! そこで手に入れたヨサークさんに対する思いを本人にお伝えして、ついでにヨサークさんの心情も確かめ、万事上手く事が運ぶよう間を取り持つのですわ!」
「……それは、真剣にこれからのことを心配してのことでしょうか?」
「それこそ愚問ですわ! あそこまで女性を毛嫌いするおじさまがいるなら、その理由を知らなければもったいないでしょう?」
「……少しでも期待した私が間違いでしたね」
「まあまあ、面白そうじゃん! あたしは女嫌いな男の気持ちなんて想像もつかないから、興味あるじゃん!」
「うふふ……さあ、行きますわよ、ジュスティーヌ、アンドレ」
 パートナーたちを両脇に従え、声の主――ジュリエット・デスリンク(じゅりえっと・ですりんく)はルミーナがいる部屋の扉を開けた。その後に続いたのは、ジュリエットのパートナー、ジュスティーヌ・デスリンク(じゅすてぃーぬ・ですりんく)アンドレ・マッセナ(あんどれ・まっせな)だった。
ジュリエットは部屋に入るや否やルミーナのところに歩を進め、他の生徒には目もくれず話しかけた。
「ルミーナさん、不躾な質問で申し訳ないのですけれど、ひとつお尋ねしたいことがありますの」
「は……はい、何でしょうか?」
 ジュリエットは妖艶な笑みを浮かべ、ひとつの質問をした。
「あのヨサークさんという方について……どう思われます?」