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空賊よ、風と踊れ-ヨサークサイド-(第1回/全3回)

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空賊よ、風と踊れ-ヨサークサイド-(第1回/全3回)
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chapter.4 排他主義と排尿主義 


 船内3階、ヨサークの部屋。ヨサークはアグリの持ってきたおつまみを食べながら、窓から外を眺めていた。
 と、数回ノックの後が鳴り、少しの間を空けて3人の生徒が部屋に入ってきた。先程ルミーナの元を訪れたジュリエット、ジュスティーヌ、アンドレらである。3人を一瞥すると、ヨサークはすぐにぷいと背を向け、窓へと視線を移した。
「女が勝手に俺の部屋に入ってくんじゃねえ」
「そう邪険にしないでもらいたいですの。せっかく普段耳にすることのないであろう、貴重なご意見もお持ちしましたことですし」
「あぁ?」
 ヨサークの不機嫌そうな声色も気にせず、ジュリエットはヨサークに近付く。
「わたくし、先程ルミーナさんから色々お話を伺ってきましたの。それによると、どうやらヨサークさん、あなたは、その……あまり良い評価ではないみたいでしてよ?」
 もちろんルミーナが自ら悪態をついたわけではない。ジュリエットが言葉巧みにルミーナを誘導尋問し、半ば無理矢理不満の気持ちを引き出させたのだ。
「……それがどうした」
「もうお分かりかと思いますけれど、その原因は露骨な男女差別のせいだと思いますの。一体なぜ、そこまで差別をなさるのかしら?」
 核心へと迫ろうとするジュリエット。しかしヨサークはこのような勘繰りを疎ましく、また不透明にも思っていた。
「そういう何が目的か分からねえようなヤツが、俺は女の中でも特に嫌いだ。そもそも何だおめえらは。揃いも揃って少女漫画みてえなオーラ出しやがって。大人しく曲がり角で転校生とでもぶつかってろ」
「そう、残念ですわねヨサークさん。あなたの心をほぐしてあげたかったのですけれど……」
 言い合いになるかと思いきや、すんなり部屋を退室するジュリエット。ジュスティーヌが不思議そうに尋ねる。
「よろしかったのですか? あれで」
「真摯な淑女の演技も楽じゃありませんのよ? とりあえず、根が深そう、ということが分かっただけでも収穫があったということにしておきますわ」
「それがいつか、解決してくれれば良いのですけれど……」
 軽く溜め息を吐くジュスティーヌの横で、アンドレが元気に話す。
「何で怒られたか分かんないけど、これから戦闘になって、そこで活躍すれば認めてもらえるはずじゃん!」
「ふふ、それもひとつの手段ですわね」
 そのまま3人は通路を歩き、階下へと降りていった。



 ジュリエットらと入れ替わるようにヨサークの部屋へ訪れたのは、島村 幸(しまむら・さち)遠野 歌菜(とおの・かな)譲葉 大和(ゆずりは・やまと)七枷 陣(ななかせ・じん)だった。幸と陣のパートナー、ガートナ・トライストル(がーとな・とらいすとる)リーズ・ディライド(りーず・でぃらいど)も後に続くように部屋へと入ってきた。
「今度は何だぁ?」
 度重なる来客にやや辟易しながら、ヨサークは振り返る。
「私たち、ヨサークさんとお話をしたくてやってきたんですよ」
「そうそう、農業のこととか、あとそこにいる機晶姫さんのこととか色々聞いてみたいなあ思って」
 幸の言葉のすぐ後に陣が続く。普段あまり脚光を浴びることのない農業話に興味を持っている生徒たちに、ヨサークは食いついた。
「おお、そうか! おめえら農業に関心あんのか! 見所あんなおめえらは!」
「農業は決して楽な仕事ではないでしょう、今までされてきた苦労などをぜひお聞かせ願いたいですな」
 ガートナがそう促すと、ヨサークは熱く農業について語り始めた。
「農業ってのはな、作物を育てるだけじゃねえんだ。大事なのは、作物との会話だ」
「会話……?」
「ああ、栄養を与えてやって、ちゃあんと育ったら、めんこいな、めんこいなって野菜や果物を褒めてやんだ。すっと、あいつら照れ屋だから、ぽっと色づいて余計おいしくなってくれんだ」
「めんこい……?」
「ああ、可愛いって意味だ。野菜はいいぞおめえら。女よりよっぽどめんこいからな」
 そこから数十分ほど、ヨサークの緑黄色野菜トークが続いた。最初の5分くらいで割と一行は飽きが来ていたが、機嫌を損ねてはいけないと適当に相槌を打ったりして話に付き合った。ヨサークの話が一段落ついたところで、大和が話を切り替える。
「そういえば、ヨサークさん、ひとつお聞きしたかったのですが、なぜ貴方は女性をそこまで嫌うのですか?」
「……んん? まあ、なんつうかアレだ、この歳になると色々あんだよ、男ってのはよ」
 すっかり上機嫌のヨサークだったが、大和の質問には言葉を濁す。そこに歌菜が納得出来ない、といった様子で詰め寄った。
「女の子っていうだけで嫌われちゃうなんて、納得出来ませんっ! ヨサークさんっ、お友達になりましょう?」
「うるせえメスガキ。なんだそのBUは。クリスマスが近いからって浮かれてんじゃねえぞ。トナカイのお鼻よりも真っ赤におめえを染めてやろうか、あぁ?」
 途端に怒気を孕んだ声で歌菜を睨みつけるヨサーク。にこやかだったさっきまでとのギャップに、一行は驚きを隠せなかった。そして念のため言っておくが、上記の発言はあくまでヨサークの発言であり、BU自体はとても可愛らしくて素敵だということは誤解しないでいただきたいところである。
「ヨサークさん、酷いのですっ……」
 訳も分からず怒られた歌菜は、すっかり涙目である。
「何でそんなに冷たいの、ヨサークさん……? ボクたち、そんなに嫌な子に見えるのかなぁ」
 今にも泣きそうな歌菜の横からリーズが出てきて、ヨサークに訴えかける。
「ガキは黙ってろ。おめえらにくれてやる温もりなんざ1℃も持ち合わせてねえ」
 ちなみにヨサーク的には、女性が自分の性別を名乗る時に「子」とつけるのが溜まらなくムカつくらしい。なので、そのNGワードを口にしてしまった歌菜とリーズはヨサークの怒りを半端なく買っていた。
「おめえらもどうせアレだろ? あと数年も経てばそこらへんのヤリチン共のサツマイモをほお張るんだろ? 女なんて子供を産む機晶姫だもんなぁ」
 危険な発言を連発するヨサーク。もし彼が政治家なら、翌日の新聞記事の一面を飾っているところである。あまりの下品な発言に、陣がヨサークに抗議する。
「ヨサークさん! 言い過ぎっすよ! 歌菜ちゃんはとっても優しいし、良い子なんッすよ? それに可愛いし、歌も上手いし、料理だって出来るし、人喰いドラゴンとかいうおっかない守護霊だって従えてるし! あとまあリーズもアホやけど悪いヤツじゃないですし。アホやけど」
(2回言った……)
(アホって2回言った……)
(ていうか私のこと詳しすぎ……ちょっとひく……)
(俺の恋人にストーキングでもしてたのか……? どんびきですよ……)
 周りの反応は散々だったが、とにかく陣は頑張ってフォローした。
「んにぃ……歌菜ねーちゃんにはいっぱいフォローしてるのにボクの扱いがすっごいぞんざいだよぉ……」
 パートナーのリーズからも不評な陣の抗議に、ヨサークは顔色を変えずに返した。
「それはおめえがまだ女をろくに知らねえからじゃねえのか? 女なんて、表面上は誰にだって優しいし、良い子なんだよ」
「ヨサークさん……」
「おめえは見たことあんのか? 飲み会で料理を取り分けているような女が、買い食いしたパンの袋を道にポイ捨てしてるとこを。おめえは味わったことあんのか? デート前日まで『楽しみー!』みたいな雰囲気出しといて、当日にドタキャンメールが来るのを」
 ヨサークは一気にまくし立てると、もう一度歌菜とリーズを睨んだ。
「だから、女なんて信用ならねえし、関わりたくもねえ。分かったら消えろ。それか死ね」
「うぅ……リーズちゃぁーんっ」
「歌菜ねーちゃぁん!」
 睨まれた歌菜とリーズはひっしと抱き合い、互いを慰め合った。その女の子っぽい振る舞いが、ますますヨサークを不機嫌にさせた。
「鬱陶しいぞこらあっ! 3坪に耕すぞ、あぁ?」
「ま、まあまあ落ち着いて……ね? ほら、先程の農業の話の続き、聞かせてくださいよ」
 どうにかヨサークをなだめようとする幸。鼻息を荒くしたヨサークはどうにか落ち着きを取り戻す。
「あ、ああ。すまねえな。おめえはしかしほんとに勉強熱心なヤツだな。農家目指してんのか?」
「い、いえ、まだ将来のことは決めてはいませんが……」
 と言いつつ、幸はちらっと相方であるガートナの方を見る。そう、幸が一瞬頭に浮かべた将来。
 ――私、ガートナのお嫁さんになるっ!
 幸の視線を受け取ったガートナはその意図を汲み取り、軽くウインクをした。分かっていますぞ、幸、と言わんばかりのオーラだ。そんなふたりの小さなやり取りなど気付かず、ヨサークは幸に再び農業について熱く語っていた。今度のテーマは「より良いビニールハウスでの栽培について」だそうだ。
 一方、涙ながらに互いの頭を撫でている歌菜とリーズを見ながら、ここまで黙っていた大和はひとつのことを思っていた。
 許せない、と。俺の恋人を泣かせるなんて、どれほど大きな罪を犯したか、その身で味わうがいい……! 
はらわたが煮えくり返る思いの大和は、すっと眼鏡を外そうとする。彼は眼鏡を外すとドSになるのだった。さっきもそんなキャラがいたような気がするが、まあそこは気にしないでおこう。眼鏡とはそういうアイテムなのだ。きっと。
 ヨサークに近付こうとする大和。と、彼の視界に映ったのは、自身の恋人、歌菜だった。
「リーズちゃん、私、負けないっ! もう一回お友達になれるよう、頑張ってみるっ!」
 歌菜はそう言うとリーズからすっと離れ、再びヨサークの元へ向かったのだった。
「ヨサークさんっ、どうしても、私とお話してくれないの?」
 歌菜はそんな言葉と共に、一撃必殺の武器をここぞとばかりに使った。
 彼女の武器――それは、潤んだ瞳での上目遣い。これをやられて落ちない男はまずいないというほど、世の男性たちにとっては強烈な攻撃方法である。
 じっ、と目をうるうるさせながらヨサークを見つめる歌菜。が、言うまでもなく、ヨサークにとってそれは逆効果だった。彼はいかにも女らしい仕草が大嫌いだったのだ。
「瞳を勝手に潤ませてんじゃねえっ! 乾けっ! ドライアイになって眼科に通い続けろボケ! それか死ね!」
 自分の必殺技が不発に終わり、がっくりと肩を落とす歌菜。それを間近で見ていた大和は、再度考えを巡らせた。
 あの歌菜さんの表情に見とれないなんて有り得ない……俺ならアレだけでご飯3杯はいけたのに。あそこまで女性に冷たく当たり、そして男色の様子もない……何より、あの歌菜さんにときめかないとは一体……まあときめいたらときめいたでぶっ潰すけど。
「……そうか!」
さっきの発言から察するに、もしかして彼は何か女性にトラウマでも抱えているのかもしれない! 大和が至った結論はそこだった。
「それはそうと……」
 大和はちらっと歌菜を見る。歌菜は再びリーズのところへ向かい、また同じように慰め合っていた。大和は、今しがた歌菜が見せた表情を思い返す。それはあの、潤んだ瞳での上目遣い。
 何ですか歌菜さんのあの表情。恋人の俺でも見たことない顔なんですけど。くそう、何て男だヨサークさん!
 大和はそれでも、さっきまで覚えていた怒りを収め、トラウマ持ちであろうヨサークと心を分かち合おうと努めることにした。
「ヨサークさん、貴方が彼女たちに言った言葉はあまりにひどい。本当なら今すぐにでも謝ってもらいたいのですが……貴方にも事情はあるのでしょう。俺でよければ、事情を聞きますよ?」
「わりいが、初対面の学生にあれこれとぶちまけるわけにはいかねえな」
 言葉は否定的だったが、歌菜やリーズと話している時と違い、口調に棘がないヨサーク。
「……分かりました。貴方の過去に何があったのかは知りませんが、何かつらい経験を味わってきたのでしょう。そんな過去なんて、小便と一緒に流しましょう!」
 いきなり連れションに誘う大和。おそらく彼は数時間前から多量の水分を摂取していたせいで、おしっこを我慢していたのだろう。
「さあ、男同士、一緒に太平洋に虹をかけましょう! そして全てを流し綺麗になり、いつか自分の言葉が悪いと思ったその時は、彼女たちにごめんと一言言ってあげてください!」
 おしっこ漏れそうだから、早くこの尿意を発散させたい。そして、出来ることならこの青空の下、ヨサークと綺麗な放物線を描き、男同士で気持ちを分かち合いたい。大和はそんな思いで、ヨサークを熱く誘う。きっと彼は馬鹿なのだと思う。
「へっ、小便くせえガキが一丁前に……だけど、嫌いじゃねえぜ、そのノリはよ!」
 窓を開け、大和と共に窓際に向かうヨサーク。彼もまた馬鹿だった。
 周りの目も気にせず、彼らは自身のサツマイモを惜しげもなく解放する。そしてそこからキラキラと液体が飛び散った。
「空って畑に養分を与えることも必要だよなぁ!」
「ええ、俺たちのジョウロでたっぷり潤ってもらいましょう!」
「ほら、おめえらもこっち来て水撒きしようぜ!」
 ヨサークが放尿しながら幸とガートナ、陣を誘う。
「あっ、ヨサークさん、幸さんは……!」
 慌てて大和は立ちション態勢のまま幸たちの方に若干体を向ける。角度を変えたせいで、大和のサツマイモは幸たちの目に入ることになってしまった。
「きゃっ! ちょっと、大和さんっ!」
 慌てて両手で顔を隠し目を背ける歌菜。その時歌菜のひじが陣にぶつかり、陣は鼻血を出した。おそらく数時間前の空戦で鼻をぶつけたため、鼻の血管が弱っていたのだろう。相方が鼻血を出しているのを見たリーズが数歩あとずさって、ひき気味に言う。
「陣くん……こんなタイミングで鼻血出すなんてもしかして……」
「いっ、いや違う! 違うって! 俺が大和さんのアレを見て鼻血出してるとか変な勘違いするなよ!?」
 そんないざこざが起こっている中、幸はわなわなと肩を震わせていた。
「さ、幸……?」
 心配そうに覗き込むガートナを振り切り、ヨサークのところへつかつかと歩み寄る幸。
「ふふ、ふふふふ……おかしいとは思っていましたよ。歌菜やリーズには冷たいのに、私には普通に接してましたからね……ヨサークさん、あなた、私を男だと思ってますね?」
「……あ!? おめえ、女か!?」
 驚きのあまり、一瞬尿が止まるヨサーク。幸は引きつった笑顔で、手をパキパキ言わし始めた。
「さ、ささ幸姐さんっ、落ち着いてーっっ!」
「大丈夫、冷静ですよ歌菜。冷静に改造しますよ。まずそのジョウロをマシンガンにでも改造しましょうか……」
「わわっ、駄目だよ幸さん! ほら、ヨサークさん早く謝ってっ!」
「貴方は幸のことを何も分かっていませんな! これほど知的で見目麗しく素晴らしい女性は世界中どこにもいませんぞ」
歌菜やリーズ、ガートナが慌てて仲裁に入り、どうにか幸は落ち着きを取り戻した。
「……今日はもう、空賊相手にたくさん暴れてきましたからね。改造はまた私の体力が余っている時にしてあげましょう」
 しかし今度は、女と知ったヨサークが黙っていなかった。
「おめえ男のふりして騙してやがったな? いい度胸だこらぁ!」
 そこにタイミングを計ったかのように、勢い良く扉を開けてあの男が現れた。僕らのヒーロー、シャンバランこと正義だ!
 正義は登場するなり、懲りずに必殺技をお見舞いしようと声を張り上げる。
「そこまでだ、悪党め! シャンバランダイナミ」
「うっせぇ! おめえさっきもいきなり現れて火事起こそうとしただろ!」
 さすがのヨサークも2度目は許せなかったらしく、正義はボコボコにされた後便所掃除を命令された。