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空賊よ、風と踊れ-ヨサークサイド-(第1回/全3回)

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空賊よ、風と踊れ-ヨサークサイド-(第1回/全3回)
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chapter.8 欲望と墜落 


 彼らが甲板で迎撃戦を行っている頃、ヨサークとシヴァの船の中間地点より下に位置するエリアで飛空艇に乗っていたのは、蜜楽酒家で環菜の覗きを誓い合った薫と周だった。
「上では、激しい戦いが繰り広げられているみたいでござるな」
「ああ……けど、俺らは俺らに出来ることをやるだけだぜ!」
 上を見上げながらそんな会話をするふたり。彼らがここまで高度を下げている理由、それは敵の船員が落ちてくるのを待ち、その船員の服を奪い敵船に潜入するためだった。
「なあ、薫……」
「なんでござるか、周殿」
「……落ちてきた敵の船員が、女の子だったらどうする?」
「……それは、目的を優先させるしかないでござろう。決してそういういやらしい目的ではござらぬが」
「だよなあ」
「そうでござる」
「……女の子、落ちてこないかなあ」
「もしそれが可愛い女の子とかだったら、何か気の利いた一言でも言いたいでござるな」
「そうだな……こんなのはどうだっ?」
 周は上から女の子が降ってきた風の演技をし、それを抱きとめるパントマイムをした。そして腕の中を見つめて、言葉を放つ。
「どうやら人間みたいだ。さっきまで、ひょっとしたら守護天使じゃないかって心配してたんだ」
「周殿! とてもロマンチックなセリフでござる! 拙者ちょっとときめいたでござるよ!」
「だろ? へへっ、早く女の子落ちて来ないかなー」
 再び上を見上げるふたり。その時、彼らののぞき部センサーが発動した。
「なあ、薫、これもしかして……」
「周殿も気付いたでござるか。この場所……」
 ――上空をスカートはいた女の子が飛んでたら、パンツが覗けるんじゃないか?
「周殿、もう少し高度を上げるでござるよ!」
「分かったぜ、薫!」
 しかしふたりが飛空艇を上昇させようとした丁度その時、上から敵の船員が降ってきた。既に飛空艇の向きを変えていたふたりは避けきれず、正面からぶつかる形となった。
「うおっ!? いってえっ!!」
 思いっきり全身で受け止めてしまった周は、結構なダメージを受けた。その横で、薫が残念そうに、でも少し安心したような声で呟く。
「……男、でござるな」
 ちなみにこの後、懲りずにパンチラを拝もうと上を見上げた薫も同じ目に遭い、ふたりは渋々本来の目的通り敵の服に着替えた。そしてそのままふたりは、敵船への潜入を試みるのだった。

 そんな薫と周よりも先に、こっそりシヴァ船に潜入していた生徒がいた。奇跡的にシヴァたちの監視の目を潜り抜け、潜入に成功したのは湯上 凶司(ゆがみ・きょうじ)。横にはパートナーのディミーア・ネフィリム(でぃみーあ・ねふぃりむ)もいる。凶司は辺りをきょろきょろしつつ、携帯を片時も離さず持っていた。
「環菜様はどこにいるんだ、全く」
「凶司、あなたやっと蒼空の生徒としての自覚が……」
 普段から危ない言動をしている凶司を見てきたディミーアは、自分のパートナーを少し見直した。が、凶司の本当の心情は環菜を助けたいという紳士的なものではなかった。
 彼、凶司は以前ネット上で環菜にプライドを傷つけられたと言い張っており、その被害妄想は度を超え、歪んだ感情となって彼の中に巣くっていた。凶司が携帯を常に持っている理由。それは、いつでも環菜の恥ずかしい姿を撮影してやろうと思っていたからだ。
 見てろ、御神楽環菜……必ず僕に逆らえないようにしてやる……。
 隣から感じる邪悪なオーラに、ディミーアは「さっき認識を改めたのは、早計だったかもね」と自身がちょっとでも凶司を見直しかけたことを後悔していた。
 そんなふたりに、ピンチが訪れる。飛空艇通路で、敵の船員と遭遇してしまったのだ。
「ん? お前ら誰だ?」
「あ、すいません新入りなんです……」
「そうか、今交戦中だから、あまり持ち場を離れるなよ」
 どうにかごまかしきった。息をひとつ吐く凶司だったが、その首根っこがむんずと掴まれた。
「……え?」
「そんな嘘で騙し通せると思ったのか? 全く、どこから侵入したんだ……」
 そして凶司とディミーアは、空に放り投げられた。
 ヨサーク側の墜落者第1号である。

 その頃同じシヴァ船船内では、最初に侵入したレイディスとミューレリアが光学迷彩で姿を隠しつつ、ピッキングやトラッパーなどのスキルを駆使しながら慎重に船内を歩いていた。
「ん……ここは?」
 ひそひそ声でレイディスが話す。
「どうやら、厨房みたいだぜ」
 念のため、ということでふたりは厨房内へと足を踏み入れた。と、何か物陰に動きがあったのを見つける。
「! 誰だ…?」
 そこでレイディスが見たのは、驚くことに彼の恋人、セシリア・ファフレータ(せしりあ・ふぁふれーた)だった。ファフレータの隣には一ノ瀬 月実(いちのせ・つぐみ)もいて、彼女らは厨房でなぜかサバ缶をむさぼっていた。
「セ、セシリア……!? 一体何を……」
 自分の彼女が戦闘中、敵の船の厨房でサバ缶をほおばっているのだ。レイディスがそんな疑問を抱くのも無理はない。というか、彼のリアクションはこれでも大分薄い方ではないだろうか。通常なら見て見ぬ振りを決め込むか、後で別れ話をしてもおかしくないレベルである。思わず光学迷彩をやめ、姿を現すふたり。
「こ……これはアレじゃ! 食料を確保しようとして……」
 どうにか言い訳を考えるファフレータ。そもそもなぜこのようなシチュエーションになったのか。時間を少し遡ってみよう。



「む、ミリィ。あそこからどうやら侵入できそうじゃぞ!」
 船の上部から侵入する刀真、レイディス、ミューレリアら3人を遠目に見て、ファフレータがパートナーのミリィ・ラインド(みりぃ・らいんど)に話しかける。
「お、おねーちゃんもしかして戦うの!?」
 今にも後を追って侵入しそうな相方に、ミリィは驚きを隠せない。
「戦うかどうかはともかく、潜入するのはスパイみたいで楽しそうなのじゃ。よしっ、私たちも行くのじゃ!」
「ええっ、や、やっぱりー!?」
 船の上部に向かい、箒で飛んでいくファフレータ。と、何やら箒の下から声が聞こえる。
「……ん?」
「ちょ、まっ、引っかかってるっ! 首引っかかってる!!」
 びっくりしたファフレータがそっと覗き込むと、そこには箒の紐が首に引っかかり、足をバタバタさせている月実がいた。
「……何してるのじゃ、おぬし」
「いや、だから、首っ! 締まるっ、締まるって!」
 ファフレータが引き上げ、どうにか一命を取り留めた月実。どうやら彼女は箒に寄りかかりウトウトしており、それに気付かずファフレータが急発進してしまったためこのような惨事が起きてしまったらしい。
「しっ……死ぬかと思った……」
 しかしまあ旅は道連れという言葉があるように、せっかくなので月実は一緒に箒に乗せてもらい、シヴァ船に侵入することにしたようだった。
 それを眺めていたミリィは、「あたしも行くしかないのかなー」とぼやいている。渋々小型飛空艇を発進させようとするミリィだったが、そこにとてとてと小さな女の子がやってきた。
「のせてー」
ミリィにそうお願いしたのはリズリット・モルゲンシュタイン(りずりっと・もるげんしゅたいん)。月実のパートナーである彼女は、月実に先を行かれてしまい、どうしたものかと悩んでいたのだ。そこに都合良く小型飛空艇が現れた、というわけだ。
「いいよー」
 突然のリズリットの要求をあっさり呑むミリィ。彼女はオトナというものに憧れを持っているようで、このような振る舞いも彼女曰く、オトナとしてのマナーらしい。
 がしかし、ミリィのこの行動は思いっきり裏目だった。チャンスとばかりにリズリットは飛空艇に乗り込むと、勝手に操縦を始めた。
「この飛空艇はせんきょしたー!」
「何だってー!?」
「あ、でも全然操作分かんなーい」
「何だってー!?」
 運転を必死で代わろうとするミリィと、あくまで自分が運転したいリズリット。揉めている内に飛空艇はみるみる高度を下げ、気付けば雲海近くまで落ちていた。
「おっ、落ちるー!!」
 ヨサーク側墜落者、第2号と第3号であった。
 そんなパートナーたちのいざこざなど露知らず、ファフレータと月実は無事シヴァ船に潜入していた。しかし、彼女たちのお腹は無事ではなかった。そう、彼女たちはとても腹が減っていたのだ。顔を見合わせたふたりは、食べ物の匂いを辿り、やがて厨房へとやってきたのである。



「セシリア、何も今食べなくても……」
 レイディスのもっともな突っ込みに、ファフレータはそそくさと缶詰をしまう。
「……もう食べないの? あ、私もお土産に貰っていこうかな」
 持てるだけの缶詰を持ち立ち上がる月実。
「……とりあえず、私らも行こうぜ」
 ミューレリアがちょっとショックを受けているレイディスを連れ出そうとする。その時だった。
「お前ら、何をやっている!?」
 見回りの船員が厨房に現れ、4人を見つけてしまったのだ。
「あっ、お前ら勝手に食料を漁りやがって……!」
 ものの見事に荒らされている厨房を見て、ファフレータと月実に襲い掛かる敵船員。
「ちっ……ちょっと気絶してもらおうか!」
「やるしかないんだぜ!」
 レイディスとミューレリアが急ぎ防ごうと駆け寄る。ところが、その瞬間、辺りが眩しく光った。同時にファフレータと月実の声が響く。
「何をするだァーーッ!!」
 どうやらファフレータと月実は、これが言いたくて仕方なかったらしい。そしてレイディスやミューレリアの視界が元に戻った時、船員はボコボコにされていた。
 ふたりは満足そうに、缶詰を抱えながら厨房を出た。
「……よし、行こうぜ」
 ミューレリアにぽんと肩を叩かれるレイディス。

 自分の船内でそんなことが起こっているとは思いもよらないシヴァは、交戦中の飛空艇を眺めながらにやにやと笑っている。
「船への攻撃はどうにか凌いだようですね。しかし、空中戦の方はもう凌ぎきれないみたいですよ?」
 シヴァが見つめる先には、飛空艇に囲まれ絶体絶命のクロスと樹、フォルクスがいた。
 そこに、一機の飛空艇が向かっていくのが見えた。