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どこに参ろか初詣

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第6章 どこに参ろか初詣

 学生たちの働きで、貧乏社は無事に福神社へと返り咲き、社を覆っていた瘴気も消えた。けれど、倒れた鳥居や傷んだ神社は直らない。風雨に晒されたような荒廃ぶりの福神社にはあちこちに手を入れる必要があった。
「神主さんに掛け合って、改修の許可と、ついでに資材ももらってきましたぁ」
 辛気臭い末社が境内にあっては本殿の雰囲気にも障りがあるからと、皇甫 伽羅(こうほ・きゃら)は神主を説得し福神社に手を入れる許可を取った。修復、といいつつも、どさくさ紛れに社前に仮設の『無料お休み処』まで設営してしまう。それに使用したテントや風除けシート等に教導団の備品らしきものも見受けられる。どうやら伽羅が持ち出してきたものらしい。
「力仕事は任せるっスよ!」
 草むしりから瓦礫の片づけ、大工仕事まで、サレン・シルフィーユ(されん・しるふぃーゆ)は元気に飛び回った。巫女装束を腕まくり。倒れた鳥居を片づけたり傷んだ設備を補強したりと、体力勝負の仕事だけれど、やればやっただけ目に見えて福神社が綺麗になっていくので張り合いもある。
「サッちゃん〜、これ運ぶの手伝ってぇ」
「もちろんっスよ。でもこれって何っスか?」
 ヨーフィア・イーリッシュ(よーふぃあ・いーりっし)が抱えてきた段ボール箱を軽々と受け取ってからサレンは聞いた。
「絵馬と破魔矢。せっかく立て直しても、売る物がないんじゃ寂しいでしょ? たくさん売れれば本殿にも顔が立つだろうし〜」
「さすがヨーさん、考えてるっスね。じゃあ向こうに運ぶっス!」
「よろしくぅ」
 ヨーフィアが抱えていた時は随分重そうだった荷物も、サレンが持てば軽々だ。大股に歩いていく巫女姿はちょっと不思議なものではあったけれど。
「ここ、塗り立てだから触らないでね」
 鳥居や社を朱塗りして、ヴェルチェはその仕上がり具合を少し離れて確認した。見た目の綺麗さは大切なポイントだ。
「見た目といえば、布紅様の衣装がちょっと地味ではありません?」
 本殿や他社の英霊ほどではなくても、もう少し華やかにしてみるのも良いかも知れないとフィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)は布紅の短い着物を眺めた。外を華やかにすれば、心もそれにつれて華やぐものだし、衣装負けしないようにとそれらしくなるものだ。
「それは私も思ったのよね。で、いろいろ用意してみたんだけどどうかしら?」
 ヴェルチェは修復に一区切りつけ、社にいる布紅の所に包みを持って行った。包みの中にあるのは振り袖一式。布紅の着物と組み合わせできるよう、色を合わせてある。
「まあ、艶やかどすなぁ」
 布紅の話相手でも、と社にいた木花 開耶(このはな・さくや)がヴェルチェの準備した振り袖を手に取り、布紅への顔映りを確かめる。華やかな振り袖は元々地味な布紅の顔を引き立ててくれそうだ。
「はい、少し動かないでね♪」
 化粧道具を取り出すと、ヴェルチェは布紅に奈良時代の化粧法を出来るだけ再現し、引き眉、頬紅等で彩った。
「おぐしもけずりましょか」
 開耶の手が布紅の髪型を整える。
「布紅ちゃん、可愛くできたわよ♪」
 ヴェルチェから渡された鏡を覗いた布紅は、お祭りみたい、と頬を染めた。
「お正月ですもの。お祭りみたいなものですわ」
 そう答えながらフィリッパは思う。こうして少しずつでも布紅が自信を取り戻し、福の神として成長していけますようにと。


 布紅が福の神に戻った為、掃除をしてもすぐに埃にまみれてしまうことは無くなった。
 メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)は巫女姿で社付近の掃除に精出していた。社がこざっぱりすれば、それだけ明るくなる。明るくなれば雰囲気も良くなり、訪れる人も増えるに違いない。
「小さい福、小さい幸せって、皆気づかないだけで実は一番大切かも知れませんね……」
 箒を動かす手は止めぬまま、メイベルは考える。友だちと出かけて見た夕暮れの綺麗さ、夜空に流れた星を見つけた時のこと、そんな些細なことの積み重ねが、過去から未来に続く幸せなのではないだろうかと。人がいつしか心の隅に置き忘れてしまうような他愛ない思い出こそが、その人を作り上げていくのではないかと。
 メイベルもパラミタに来てから5ヶ月。他の人からすれば些細なことも今のパートナーや友だちが出来たから見つけられ、以前は感じられなかったことも心に余裕が出来たからこそ見つけられたのかも知れない。
 一日一日を大切に生きること。それは大きな福に喜ぶよりも、小さな福を大切に積み上げてゆくのに似ている気がする。
「布紅さんが言霊の通り、『福』でいられますように」
 そんな気持ちをこめて掃き清めれば、社はいよいよ清浄になってゆく。そしてそんな社には次々に参拝客がやってくるようになっていた。
 社の横、これまでは無人販売おみくじしか置いていなかった場所には、神社から借り受けたテントが張られ、
「ようお参り!」
「ようお参り下さいました」
 やたら元気なサレンと胸元を開け気味にして色っぽく装束を着たヨーフィアが、絵馬や破魔矢、おみくじの販売に対応している。
 死に絶えてしまいそうだった福神社に活気が戻り、活気は良い気を引き寄せる。今の福神社は、ほんの少し前まで息苦しいほどの瘴気に包まれていたとは思えないほど、明るい気配に満ちていた。
セシリア・ライト(せしりあ・らいと)
 ……といっても。貧乏社が福神社になったといっても所詮末社のこと。そんなに急に参拝客が増えるはずもない。ならばこの増加の理由は、と言えば……。
「これでよし、ですぅ〜」
 混雑の携帯輻輳に乗じ、間違いを装ったメールを伽羅は発信する。その内容は、『空京神社本殿の裏手に、御利益のある福神社という穴場があるらしい』という趣旨の物。パートナーの力も借りて、手すき時間にせっせと噂を振りまいて集客を狙う。
「ちゃんとやってる? そう。よろしくね」
 ヴェルチェはE級四天王権限で呼び出した舎弟に言い含め、『福神社で参拝したら財布を拾った』『ダチと仲直りできた』と演技して福神社のご利益を広めるようにサクラをさせていた。
 参道入り口付近では、クリスティ・エンマリッジ(くりすてぃ・えんまりっじ)が『特別参拝実施中』『特選摂末社公開中』と書いた立て札をつけた長机に待機している。そこでは『只今、参拝御礼と致しまして招幸菓子を配布中』と称し、温かなコーヒーと手作りの菓子が準備されていた。
 寒い中の初詣。コーヒーの香りに誘われてきた人にクリスティは福神社を宣伝し、参拝した際にヴェルチェたちが配っている参拝券を貰ってくれば、引き替えにここで飲み物と菓子を交換する、と説明した。
 参拝すれば何か貰える、それも福神に纏わる招幸菓子だとなれば、欲しくなるのが人情というもの。クリスティの説明を聞いた参拝客は、
「…………」
 無言で福神社のある方角を指す天津 甕星(あまつ・みかぼし)に導かれて、次々に社へとやってくる。そうして人の流れが出来れば、それにつられた者たちもその流れに乗って福神社へとたどり着く。
 本殿近くでは伽羅が陽気に呼び込みをしていた。
「はーい、本殿参拝にお疲れの方はこちらの『福神社無料お休み処』へどうぞぉ。あったかいおこたに甘酒にお茶、お餅にお雑煮、おみかんのサービスもありますよぉ。お子様にはおもちゃもありますぅ。お休み処で一息ついたら、ぜひ『福神社』にも御参拝を! ゆったり気分で参拝すれば、きっとささやかな幸せがあなたを待ち受けていますよぉ」
 本殿に参拝し終えた人々にまずお休み処を勧め、ここまで来たんだからついでに福神様にもお参りして行こうか、という気分にさせる作戦。
 お休み処に腰掛ければ、うんちょう タン(うんちょう・たん)が給仕と接待をしてくれる。
「甘酒でござるか? 少々お待ちを」
 ゆる族らしく努めて明るく振る舞いながら、温かい甘酒やお茶、軽い食べ物を給仕しつつ、人手が足りなくなれば小鞄の小人さんにも手伝ってもらい、フル回転で立ち働く。
 セシリア・ライト(せしりあ・らいと)も甘酒を煮るのを手伝っていた。参拝客が体の芯まで温まるように、そして心まで温まるようにとの気持ちをこめた美味しい甘酒。寒い中、飲んでほっと笑顔になれる。そんな小さな幸せこそ、布紅に似合いそうだと思うから。
 皇甫 嵩(こうほ・すう)はお休み処全体を見渡し、行き届かない処がないかをチェックするのが役目。その傍ら救護係として、人いきれに疲れた参拝客を回復したり、人混みで転んだ子供の怪我を治したり。少しでも手隙時間が出来れば、情報攪乱を使用した携帯メールでの客引き、とこちらも目の回る忙しさだ。
 けれど、ここでゆったりと休んでもらえば、福神社に参ろうという気分も増すというもの。珍しく金銭的見返りなしで動いている伽羅の助けとならんと、うんちょうも嵩も喜んで身を粉にして働くのだった。


「一時はどうなることかと思ったが……まさしく禍福はあざなえる縄のごとし」
 賑わう福神社を見ていた安倍 晴明(あべの・せいめい)が柚子に視線を移し、意味ありげにふと笑みを漏らす。
「まさか貧乏神を指示する者があれほどいるとは、予想外だったな」
 否定の言葉を皆から出させようという思惑、晴明に読まれぬはずもない。けれど柚子は笑ってそれをはぐらかす。
「はて、なんのことやろ。うちは巫女として言うべきことを言うただけどす」
 自身の言葉も多くの人が関われば、思わぬ方向に転がることもある。それもまた一興。
 のんびりと社を眺める2人の前に、また新たな参拝客がやってくる。
「こっちならお参りできそうだな」
 愛馬アルデバランを引いてやってきたものの、馬連れでは本殿に近づくのもままならない。お参りできそうな場所を求めていた鬼院 尋人(きいん・ひろと)はほっとした顔でアルデバランと共に福神社に参った。
 ポケットにあった小銭全部を賽銭箱に入れると、手を合わせ。
「オレ、今まで誰かの為に何かするなんて考えたことってなかったけど、学舎の仲間に会って少し変わった気がするんだ。エリート集団だなんて、どんな気取った奴がいるかと思ったけど、全然そうじゃない。みんな優しくて面白い……まあ中には変な人もいるけど、でも本当に大好きなんだ」
 合わせていた手を解いて、尋人は首元に巻いたマフラーに触れた。それは目標とする先輩から贈られたもの。マフラーを握りしめ、尋人は誓う。
「大勢の願いを叶える神様とは比べ物にならないけど、オレはみんなの為に自分ができることをしようと思う」
 普段は口に出せないことも、初詣の誓いとしてなら言える。
 照れくさそうではあったけれど、すっきりした顔の尋人を社の中から見て、布紅は私も、と呟いた。
「私も、みんなの為に自分ができることをするだけ。神様も人もきっとそれは同じ……あっ、忘れもの、いえ、忘れ馬です!」
 しみじみとしていた布紅は、尋人がアルデバランを残して帰っていってしまうのを見、慌てて社から飛び出して大声で呼び止めた。

「なんとまあ、賑やかじゃのう」
 社から出て大声を出している布紅に気づいて、クレオパトラ・フィロパトル(くれおぱとら・ふぃろぱとる)は楽しげに目を細めた。神様にもいろいろいるけれど、ここの神様は威厳からは遠いようだ。いきなり福の神が社から出て忘れ物の注意なんてするから、参拝客も驚き、そして笑っている。
 恥ずかしそうに頭を下げて社に戻っていった布紅を追うように、クレオパトラも社に入った。
「なかなか神様らしくはなれません」
 恥じる布紅に、初めからそんなに上手くは行かないよと、セシリアが温かい甘酒の差し入れを持ってくる。新人の福の神なんだから、失敗もあって当たり前。長くやっていればいやでも落ち着いてくるだろうから、今の未熟な時期はある意味貴重だ。
「焦る必要はないじゃろう」
 クレオパトラは布紅の横に座り、そして自分の思う『幸せ』を語り出した。
「わらわが地球におった頃の話じゃ……」
 王家の為に人生の全てを掛けた骨肉の争い、周辺国との対立。国家の頂点という立場にありながら、クレオパトラは決して『幸せ』には巡りあえなかった。だからこそ、幸せというものが貴く感じられる。
「わらわはのぅ、幸せとは大きな1つの物ではなく、些細な、それこそ日常に在る何気ない事々……その1つ1つが重なり合ってはじめて『幸せ』と呼ぶのではないかと思うておるのじゃ」
 人々が笑顔で過ごしてゆける、それだけで十分ではないかと、クレオパトラは布紅の手を取った。子供のような手。小さな幸せを作り出すのがやっとの手。けれど。
「そなたの手には、その笑顔を作り出す力があるのじゃ。わらわはそなたが羨ましい限りじゃ!」
 これが幸せ、という大きなものを求めれば人も神も破滅に近づく。幸せになりたいと思う余りに、足を取られ深みにはまりこむ。逆に、小さなものを積み重ね、いつかそれが幸せとして実れば人も神も救われる。
 大きく掴もうとすればすり抜け、小さく手に包めば成長する。幸せとはそんなものなのかも知れない。
 とそこに、社の扉が開けられて歩が顔を覗かせる。
「あ、布紅さんー、この子迷子になっちゃったみたいなの。布紅さんの力で助けてあげられないかな」
「あ、はい。やってみます」
 布紅が立ち上がりかけた処に今度はメイベルが顔を出した。今報せが来たんですけど、と嬉しそうに告げる。
「良いニュースがあるんですぅ。今日、空京神社でおめでたい福天レースが開催されることになって、福神社がそのゴールに選ばれたそうですよぉ。レースの勝者には布紅さんからもおめでとうを言ってあげてくださいねぇ」
「それってここが空京神社に福神社だって認めてもらえた、ってことだよね。良かったね、布紅様」
 沙幸が自分のことのように喜ぶ。貧乏社でおみくじを引いてしまった沙幸には不運の数々が降りかかってきていたけれど、それがこんな嬉しいことに結びついてくれるなら、笑って乗り切れる。
 泣いて、すねて、喜んで、笑って……。そんな福の神の行く末には、きっと幸せが待っている。お参りする人にとっても、福の神にとっても。

――毎年毎年が、良い年になりますように――

 

担当マスターより

▼担当マスター

桜月うさぎ

▼マスターコメント

 今年は新年から雪で寒くて寒くてたまらなかったのですけれど、新年最初のリアクションは、とてもぽかぽかした気分で書けました。
 シナリオガイドを書いた時、思ってました。貧乏神は悪いもので、だからみんなの力で福の神にしてもらえるようなシナリオをやってみよう、って。でも、皆様からいただいたアクションを見るにつけ、自分の狭量さが身に染みました。そして皆様の温かさも染みました。
 布紅への応援、ありがとうございました。へたれ新人福の神の布紅ですけれど、皆様からいただいた気持ちを胸に、これからもがんばっていくことでしょう。
 初詣して下さった方。皆様の願い事が叶いますように。
 巫女のバイトをして下さった方。やっぱりPCの巫女装束は浪漫ですよねっ。
 英霊の社を設置して下さった方。こんな切り口もあるんだなぁと楽しかったです。
 新年のはじまりを空京神社で過ごした皆々様にとって、今年が良き年でありますように。

 リアクション中に出て来た『おっかない恐』は本当にあるおみくじだそうです。お正月早々、御千代保稲荷で凶を引いたことのある私ですが、さすがに恐にはお目に掛かったことはありません。凶の上の恐を引いたらショック☆だけど、おっかない恐、だったらちょっと引いてみたいような気が……しません?(笑) 

 リアクションの最後に、福天レースの話を少しだけ告知させていただいてますけれど、これは九道雷マスターの『冬休みの過ごし方』でのお話です。布紅もちらっとお邪魔していますので、もしよろしければあわせてそちらもご覧下さいませ。

 絵本図書館ミルムを1回お休みさせていただいて、初詣を書かせていただきました。次のシナリオはミルムの第2回目。シナリオガイドは1月22日頃の予定です。もしご縁がありましたら、またそちらでお会い致しましょう〜。