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【十二の星の華】悲しみの襲撃者(第2回/全3回)

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【十二の星の華】悲しみの襲撃者(第2回/全3回)

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「うまかったー! あいつはいいやつだな!」
「ほとんど一人で食いやがって……」
 隆とリニカが月夜に分けてもらった弁当を食べ終える。近くを通りかかったセラフ・ネフィリムが二人を労った。
「お疲れ様。あなたたちも大変ねぇ。あたしたちクイーン・ヴァンガードだって頑張っているのに、どうもあまり評判がよくないのよねぇ。十二星華や鏖殺寺院が情報操作でもしてるんじゃないかしら。風評被害はミルザム様にまで及びつつあるみたいよぉ」
「俺には関係――」
「隆!」
 何か言いかけた隆を、リニカが止める。
 そこに、日比谷 皐月(ひびや・さつき)が会話に加わってきた。
「よう、ご同類。ま、同じ事件を追うもの同士俺たちは仲良くしよーぜ。武ヶ原、その後なんか分かったことはあるかい?」
「特にない」
「そっか、それは残念。なあ武ヶ原、少し休憩しにいってこいよ。ここはオレが見とくからさ」
「……信用できん」
 隆は皐月を横目で見て言う。
「わ、酷いこと言うなあ。大丈夫だって、他のヴァンガード隊員もいるしさ。どうしても心配ならすぐ戻ってくればいいじゃん。おまえらだってたまには二人になりたいだろ?」
「俺たちのことを勘違いするんじゃない」
「ねえ隆、いこう。ここは息苦しい」
 渋る隆の腕を、リニカが引っ張る。
「ほら、レディーには優しくしないとね」
「おまえ、いいこと言うな」
「……仕方ない、少しだけだぞ」
 隆がリニカを連れて遺跡の外へと向かう。その後ろ姿を見送って、皐月は携帯電話を手に取った。
「さて、そろそろ一回七日に連絡をとっておくかな」

『もしもし、七日?』
「なんだ、皐月ですか」
 皐月からの電話をとった雨宮 七日(あめみや・なのか)は、つっけんどんに言う。
『なんだって……今日は酷いことをよく言われる日だなあ。まあいいや、こっちは今のところ何もないんだけど、そっちの様子はどんなだい?』
「粘りに粘って、ようやくさっきカンナ様に話を聞いてもらえることになったところです。……校長室に着きました。携帯は通話中のままポケットに入れておきますから、大人しく聞いててください」
 七日は御神楽 環菜(みかぐら・かんな)に聞こえないよう、小声で答える。
『分かった』
 ここは蒼空学園。先日教師にリフルのことを聞いても何も分からなかった七日は、校長である環菜に直接尋ねようと、休日にわざわざ学園まで来ていた。
「で、何? 聞きたいことって」
 部屋の椅子に腰掛けた環菜は、携帯をいじりながら面倒くさそうに言う。
「ずばり、リフル・シルヴェリアに関する情報をください」
「リフル・シルヴェリア? ああ、最近編入してきた生徒ね。情報って何よ」
「あの人には謎が多い。カンナ様なら彼女の秘密を知っているはずです」
「別に何も知らないわ。私は書類にハンコを押すだけだもの。そんな用事ならさっさと帰って。私は忙しいの」
 早々に話を終わらせようとする環菜。だが、七日はまだ引き下がらない。
「それじゃあ編入担当の人のところに連れて行ってください!」
「ちょ、ちょっと!」
 七日が廊下に環菜を引っ張り出す。その隙に如月 夜空(きさらぎ・よぞら)が校長室へと忍び込んだ。
(七日っちが作ってくれたこのチャンス、逃すわけにはいかない! どこかに怪しいものはないか……む、あれは!)
 校長室を見回した夜空は、机の上に置かれた分厚い本のようなものを発見する。夜空がそれを手に取ると、表紙に「涼司ベストセレクション」と書かれていた。
(これは山葉 涼司(やまは・りょうじ)のアルバム!? カンナ様、実はあの人のことを……って、こんなことしてる場合じゃない! で、でも案外こういうところに機密書類が挟まってたりもするし……)
 夜空は好奇心に負けてアルバムを開く。が、見てはいけないものを見てしまったという顔をしてすぐに閉じた。
(……見なかったことにしよう。やはりカンナ様は鬼畜だ)
「学校職員だって多いんだし、いちいち把握してないわよ。用があるなら自分で探して」
 そうこうしているうちに、環菜が戻ってきそうな気配がする。
(ああ、あたしは何をやっているんだ! ごめん七日っち!)
 夜空は後悔の念にかられながら、慌てて校長室を後にした。

「……どうやら失敗みたいだねえ」
 皐月は電話を切ると、リフルの声が聞こえる位置まで移動する。自分はそれほどリフルと親しくないので、彼女と親しい人物が有益な情報を引き出してくれるのを待とうという作戦だ。リフルの周りは依然盛り上がっていた。
「いやー、遺跡ってのもいいもんだね。歴史はヒーローのように神秘的な謎が潜んでいるよな! リフルさんの話を聞いて一層想像が広がったよ。昔のシャンバラにもヒーローがいたかもしれない。そう思うとドキドキさ!」
 アルフレッドがハイテンションでしゃべりまくる。アーサー・カーディフ(あーさー・かーでぃふ)は隣で呆れた顔をした。
「アル、おまえは本当になんでもヒーローと結びつけようとするよな……。いくらなんでも今のは無理矢理すぎるぞ。まあ、歴史に興味をもつこと自体は悪くないと思うけどな」
「そうそう。あたしも今日はリフルさんのおかげで楽しいよ。リフルさんの講義、受けてみたいと思ってたんだ。色んな人においしいお弁当もごちそうになっちゃったしね。あたしになんかできることは……そうだ!」
 ミレーヌ・ハーバート(みれーぬ・はーばーと)は手を打って立ち上がる。
「あたしね、小さい頃から歌手に憧れてて、ずっと発声練習をしてるんだ。だから歌にはちょっと自信があるの。お礼と言ってはなんだけど……よかったら聞いてくれるかな?」
 皆から拍手が巻き起こった。
「ありがとう。それじゃあ私が一番好きな歌を歌います。聴いてください、『空の彼方(あなた)に貴方(あなた)を思う』」
 ミレーヌが歌い始める。その瞬間彼女の雰囲気が一変し、聞いている者は言葉も出なくなった。圧倒的な歌唱力。ミレーヌの声は遺跡中に反響し、そこにいる誰もが彼女を振り返る。心地よいときが流れた。
「――ありがとうございました。はは、知ってる人の前で歌うのはやっぱちょっと恥ずかしいな」
 ミレーヌが照れ笑いをする。歌い終わった彼女には、最初より何倍も大きな拍手が送られた。
「なかなかの美声だったね。……さてリフル、あらかた食事も済んだようだし、ちょっといいかな?」
 桐生 円(きりゅう・まどか)が改まってリフルの顔を見る。
「女王の役割や人柄は他の人も質問してたから大体分かったけど、他にどうしても聞きたいことがあるんだ。なーに、このケーキと紅茶でも味わいながら答えてくれればいい。百合園御用達の限定高級ケーキだよ。ふふん、お嬢様っぽかろう」
 円はそう言って、オリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)がもつツーホール分のケーキの箱を指さす。オリヴィアは焦らすようにして箱の中からケーキを取り出していった。
「円と一緒に朝5時から並んで買ってきたのよぉ〜。一流のパティシエが一流の材料を使用して作るこのケーキ、なんと一日二十個しか生産しないという本気度。このおいしさが分からない女はレディじゃないわぁー」
 ケーキは見た目からして普通のものとは違ったが、オリヴィアの説明を聞くとより一層おいしそうに見えてくる。リフルはケーキを食べている間何も言わなかったが、食べるスピードが即ち彼女の感想だった。
「ふふ、気に入ってもらえたようだね。それでさっきどうしても聞きたいって言ったことだけど、女王はかわいそうな人ではなかったと思うかい?」
「……かわいそうというのは少し違う気がする」
 最後の一口を飲み込んで、リフルは答える。
「確かに女王陛下に苦労は多かった。でも常に笑って前に進む。陛下はそんな人」
「なるほどね。うん、キミの考えが聞けてよかっ――わ」
 満足げに頷く円に、崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)が抱きついた。
「ああ、いい子のときの円さんもかわいいですわ」
「ちょっとぉ、オリヴィアの円にあまりベタベタしないでくださるぅー?」
 オリヴィアは不満そうな顔をする。
「少しくらいお裾分けしてくださってもいいではありませんか。オリヴィアさんはいつも一緒なのですから。いつも一緒と言えば、今日ミネルバさんはいらっしゃらないのですわね?」
「ミネルバは置いてきたよ」
「あの子を連れてきたらぁ、無断でケーキを食べちゃうものー」
「確かに。ミネルバさんはそういう方でしたわね。私は今日ここに来られてよかったですわ。円さん、連絡をくださって感謝しております」
「翔くんに感謝しないとね。翔くんは本当によくしてくれるよ」
 この前リフルに会いに来たときと同様、円は今回も翔のメールによって遺跡調査が行われることを知った。そして円が亜璃珠を誘ったというわけだ。
「それにしても、リフルさんて円さんが仰っていた通り面白い方ですわね。実際にお会いしてますます興味が出てまいりましたわ。リフルさん、どうか私の顔も覚えてくださいね」
 円を後ろから抱きしめながら、亜璃珠がリフルに笑いかける。リフルはじゃれ合う二人を物珍しそうに見た。
「ところで、リフルさんは古代シャンバラ女王のことをとても尊敬なさっているようですが、現在の女王候補様のことはあまりお好きでないのかしら?」
「よく聞かれる。別に嫌いではない」
「そうですの。……変なことを聞いてごめんなさい。私、もっとリフルさんのことが知りたくて」
「リフルさんはいつ頃から、そしてまたなぜ女王陛下や古代シャンバラ史に興味を持ち、現在のように豊富な知識を得るに至ったのですか?」
 ちょうどいい話題が出たところで、ウィスタリア・メドウ(うぃすたりあ・めどう)もリフルに問う。
「ずっと前から。たまたま」
「はは、たまたまですか……リフルさんらしいといえばリフルさんらしいのかもしれませんね」
 非常に簡潔かつ曖昧なリフルの言葉に、ウィスタリアは苦笑いした。そんな彼を十倉 朱華(とくら・はねず)は暖かい眼差しで見やる。
「ウィスタリアは守護天使だってこともあるし、リフルさんが女王様のことを敬ってくれるのが嬉しいんだよね」
「ええ、それはやはり。この遺跡も私の生きた時代のものかは分かりませんが、どこか落ち着きます」
 ウィスタリアが遺跡をぐるりと見回す。壁一面に描かれた壁画に、紋様の刻まれた柱。古い灯り台では、今日生徒たちが灯した炎が、ずっと前からそこにあるかのように揺らめいている。そのどれもが彼にとって懐かしく感じられた。
「私は恥ずかしいです」
 不意にアイシス・ゴーヴィンダが言う。
「記憶をなくしてしまった自分が。歴史に描かれた女王陛下ではない、本当のアムリアナ様に関する大切な思い出もたくさんあったはずなのに……」
 うなだれるアイシスに、朱華は優しく声をかけた。
「キミが自分を責めることなんてないよ。それに、記憶だって少しずつ取り戻していけるかもしれない」
 そしてそれとなく話題を変えていく。
「でも、こうして楽しく遺跡調査ができてよかったよ。僕ってよくバカ正直だって言われるからさ。もし武ヶ原君がリフルさんにあんまり酷いことを言うようだったら、きっとなんか言っちゃってた。勉強会に水を差すのは嫌だし、できるだけ穏便にいきたいと思っていたからね。……そう言えば、武ヶ原君たちの姿が見当たらないね?」
 朱華があちこちに視線を巡らせる。
「みんな武ヶ原君には結構きついことを言ってたからなあ。あまり傷ついていなければいいけど……」 
 人のよい朱華は、隆とリニカのことも気にかけるのだった。