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空賊よ、風と踊れ−フリューネサイド−(第3回/全3回)

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空賊よ、風と踊れ−フリューネサイド−(第3回/全3回)

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序章 そして、戦いの幕が開く・後編



 誰も気付かなかったが、ヨサーク陣営から来た飛空艇が、いつの間にか一団に加わっていた。
 これだけ人が固まっているなら、ヨサーク側の人間も潜り込まないだろうと油断していたのかもしれない。あるいは、誰かが警戒しているだろうと、皆が皆、安心していたのかもしれない。ともかく、二機の飛空艇が紛れ込んでいた。幸いだったのは、彼らが危険人物ではなかった事だろう。いや、一人はある意味危険であるのだが……。
「……どうやら、上手く潜り込めたみてぇだな」
「……誰も警戒してなくて助かったでござるな」
 瀬島壮太(せじま・そうた)椿薫(つばき・かおる)は、ほっと胸を撫で下ろした。
 二人ともフリューネとは面識があるので、例え見つかってもそれほど怪しまれなかったとは思うが。
「まあ、真面目に働こうってのに、無用な誤解を招くのもアレだしな。余計な事は知られないにこした事ねぇよ」
「……そ、そうでござるな。無益な争いはないほうが良いでござる」
 何故だか目を泳がせつつ、薫は話題を変えた。
「と、ところで、壮太殿はなにゆえフリューネ殿のほうにつこうと思ったでござるか?」
「ん? 決まってんだろ?」薫の愚問に壮太は眉を上げ「ヨサークの奴も嫌いじゃねぇけど、やっぱり男よりいい女じゃねぇか。つか、おまえもだからこっちに来たんじゃねぇのか?」と逆に尋ね返した。
「当たらずとも遠からずと言ったところでござるかな……」
 曖昧にお茶を逃がす薫であった。
「よくわかんねぇが……、ところで、その格好はなんだ?」
 先ほどから気になってしょうがなかった点を指摘した。先ほどまで普段通りのつるピカ坊主頭に忍装束だった薫だが、一団に加わる前に着替えたらしく、何故かヅラをかぶって女装している。ちょっと可愛いのが、壮太の癇に障っていた。
「……良い趣味とは言えねぇな。気味が悪いから、とっとと着替えろよ」
「ほ、放っておいて欲しいでござる。拙者、サナギから蝶に生まれ変わっただけでござるよ」
 不審な目つきの壮太を誤摩化しながら、薫は横目でフリューネの姿を追った。
 戦艦島に行った部長が消息を絶って一週間。噂によれば、フリューネ殿の制裁を受けたと聞く。のぞき部部員として、部長の仇は必ずとるでござる。一人はみんなのために、みんなは一人のためにでござる。
 そして、星空を見上げると、遠き彼方の空に想いを馳せた。
「この広大な空の下、どこかで見守っていてくれるでござるな……、部長」


 ◇◇◇


「……例のものは調べておいてもらえたか?」
 紅眼の空賊レン・オズワルド(れん・おずわるど)は、ちらりと横を飛ぶ相棒に視線を向けた。相棒の名はノア・セイブレム(のあ・せいぶれむ)、年端もいかない少女だ。彼女はゆっくりとレンに近付くと、一冊のファイルを手渡した。
「一応そこにまとめてみました。結構な有名人でしたから、そこそこ情報は集まりましたよ」
 レンはファイルを開き資料に目を通す。
 そこには、教導団の佐野亮司とそのパートナーに関する情報が納められていた。これまでの戦闘スタイルや、光条兵器に関する情報も記載されている。添付された写真には、亮司たちの顔が写っていた。おそらく隠し撮りだろう。
 前回、フリューネを狙う彼らとレンは一戦交えている。レンは再び彼らがフリューネを襲う事を危惧していた。
「奴らを止められればいいが……」
「その資料があれば大丈夫ですよ。私もこのハルバートでバッタバッタと薙ぎ払ってやります!」
 意気込むノアだったが、レンは表情を変えずに首を振る。
「……え? 私は今回、留守番なんですか?」
「……この作戦は単独で行う。空賊の捕縛が奴の目的なら、フリューネか俺を狙ってくるハズだ。だから、俺が囮になって奴の注意を引きつける。仲間に囲まれているフリューネよりも、単独で行動する俺に先に攻撃を仕掛けてくるだろう」
「で、でも、メティスさんかザミエルさんを連れてったほうがいいんじゃ……」
 そう言うと、レンは二人には他の仕事を任せてあると答えた。
「……俺の心配など無用だ。お前はフリューネの傍を離れるな」
「……判りました。信じて待ちます。他にも誰かフリューネさんを狙う人が居るかもしれませんからね」
 誰かと言いつつも、ノアには心当たりがあった。
(メニエスとかメニエスとかメニエスとか……)
 亮司を除外すると、フリューネに何か仕掛けてきそうな人物は彼女ぐらいしか思いつかない。
「レンさんたちが戻ってくるまで、フリューネさんは私が守ります!」

 だが、件のメニエス・レイン(めにえす・れいん)は、彼女にしては奇跡的に行儀よくしていた。
 本陣に合流した彼女は、モノクルの奥の赤い瞳を輝かせながら、フリューネの元へ近付いていく。
「ヨーサクとその取り巻きを潰すって聞いたわ。あたし達も手を貸してあげるわよ」
「ええと……、顔を合わせるのは初めてだったわよね。私はフリューネ・ロスヴァイセ、よろしく頼むわ」
 初対面だったフリューネは握手を求めたが、メニエスは手を出さずふんと鼻を鳴らした。
「吸血鬼以外と握手をする習慣はないわ。始めに言っておくけど、あたし達が手を貸す以上、敗北なんて無様な姿をさらさす事は許さないのでそのつもりで。ヨサークの首をへし折るまで、戦いをやめるんじゃないわよ」
 妙に偉そうなメニエスの振る舞いに、フリューネはどうしたものかと頬を掻いた。
「……おいおい、メニエスだぞ。イルミン放校娘だ。あんな奴と一緒に戦えるのか?」
「ば……、馬鹿、目を合わせるな。SATSUGAIされるぞ!」
「つか、あいつ、鏖殺寺院のメンバーだろ、空京警察に突き出したほうがいいんじゃねぇのか?」
「フリューネ、気をつけろ! どうせなんか企んでるのに決まってるぞ! そんな奴に心を許すなよ!」
 周囲の生徒たちのざわめきが、彼女の素行の悪さを象徴しているだろう。しかし、メニエスはそんな意見にもまったく動じず、周囲の生徒たちを見回した。その目は下等な生き物を見るような冷ややかなものだった。
「はぁ? 義賊だかなんだか知らないけど、空賊と一緒にいるあんたらも私と同類でしょう?」
 挑発的な発言に、生徒たちが反論しようとした瞬間、シャコンと耳障りな金属音が鳴った。
「うるっせぇーぞ、ビチグソ共ッ! 文句がある奴は一列に並べ! その舌ブッた斬ってやっからよぉ!」
 メニエスのパートナーのロザリアス・レミーナ(ろざりあす・れみーな)が、抜き払った匕首の刃を舌で舐めながら、生徒たちを威嚇した。言葉を交わすまでもなく質の悪さを見せつけた彼女に、生徒たちは一斉に目をそらした。
「静かになったよ、おねーちゃん」
 反論が出なくなったのを確認し、ロザリアスは可愛らしい笑顔で振り返った。
「……ってちょっと待って! キミ達、鏖殺寺院のメンバーなの!?」
 フリューネと直接の関係はないが、鏖殺寺院はユーフォリアを封印した元凶だ。憎むべき存在であっても、決して手を結ぶべき相手ではない。警戒するフリューネに対し、面倒くさそうにメニエスは口を開いた。
「あんたはユーフォリアを手に入れたい。あたしはヨサークを潰したい。利害が一致してるんだから、どうでもいいでしょう、そんな事は。それともあんたらは、この決戦の前に大怪我したいのかしら……?」


 ◇◇◇


 フリューネが何か言おうとした時、生徒たちの間から声が上がった。
 見れば谷間の奥から、一機の飛空艇がこちらにやってくるではないか。ゆっくりと近付いてきた飛空艇から人影が立ち上がった。眼鏡をかけたなんとも父性が強そうな青年だ。とりあえずここでは、彼をパパメガネと呼称する。
「頼む、聞いてくれ。ヨサークにも同じ話をしてきたが、俺らの最大の敵は十二星華のあの女だろ? 俺らが争い合ってる場合じゃないはずだ!」
 どうやら彼は休戦を呼びかけに来たようである。
「休戦しようというの? あのヨサークが休戦を望んでいるとは思えないけど?」
 フリューネは集団の前に出て、パパメガネに対し毅然と態度で臨んだ。
「……確かに、あっちの大将は応じてくれなかった。だが、こっち側が休戦の姿勢を示してくれればあっちだって……!」
「それで折れるような男だとは思えないわね。私はあの男を信頼するに値しないと思ってる。そんな男のために、むざむざ仲間を危険な目に……」
 とその時、上空の雲に閃光が走ったのが見えるや否や、一筋の稲妻がパパメガネの船を飲み込んだ。
「ちょっと、余計なこと言わないでくれる? 話がこじれるじゃない」
 気に食わないと表情で語りながら、メニエスが言った。
 ヨサークを一方的に捻り潰すことを望む彼女だ。休戦の申し出など黙って聞いてられようハズもない。
「……な、何も撃ち落とすことないんじゃないの?」
「あら、気を利かせてあげたのに」
 落ちていく飛空艇を見つめ、フリューネは「休戦交渉に来た人間を葬り去るのは、ロスヴァイセ的にNGよね……」と思ったが、やってしまったものはしょうがない。わざわざ救出に行く義理もない。何せパパメガネはヨサーク陣営である。
 彼女は生徒たちのほうへ向き直り、戦いの狼煙を上げる事にした。
「……聞いての通り、向こうも戦いをやめるつもりはないわ」
 既に部隊編成を終えた生徒たちは、フリューネを囲むように並び、彼女の言葉を待っている。
 正面の突風の吹き荒れる風の谷間を行くのは第一部隊。東の雷雲が立ちこめる谷間を行くのは第二部隊。西のもちち雲なる特集な雲谷へ進むのは第三部隊。そして、戦艦島で驚異的な戦闘能力を見せつけた十二星華に対抗する第四部隊。
 フリューネは第四部隊と共に、第一部隊のあとから進軍を始める予定だ。
「みんな、また後で会いましょう! 戦士にロスヴァイセの加護をッ!」
 その言葉に呼応して、一同は高らかに開戦の雄叫びを上げたのだった。