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空賊よ、風と踊れ-ヨサークサイド-(第3回/全3回)

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空賊よ、風と踊れ-ヨサークサイド-(第3回/全3回)
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chapter.4 もちち雲ルート2・どろどろ 


 周辺確認を終えた円とミネルバは、いよいよ南――谷の奥へと進もうとしていた。
 そこに、先ほどミリィとリズリットを撃墜させたばかりのホストがバイク独特の重低音を響かせて走ってくるのが見えた。
「わざわざあっちからお出ましとは、気が利くね」
 円とミネルバはその姿を確認すると、それぞれの武器を構えた。あちらにも発見される前に再び光学迷彩を発動させようと布を被ろうとする円。その時、彼女らの背後から無数のもちち雲が飛来してきた。どろどろのそれは円たちを飛び越えて、真っ直ぐホストたちのところへと飛んでいく。円は少し驚いて後ろを振り向く。そこにいたのは、円たちに追いついたヨサーク側のもちち雲ルート部隊だった。相変わらずなぜか女の子にもちち雲を当てたがるこのご一行は、ホストのサイドカーに乗っている一文無しを見るや否や、彼女目がけ一斉にもちち雲を飛ばしたのだ。
「もう充分目立っただろ? そろそろ俺らにも活躍させろよ」
 その中でただひとり、女の一文無しではなく男のホストに向かってもちちを投げながらソーマ・アルジェント(そーま・あるじぇんと)が円たちに言う。彼はなぜかそのもちちの中に、エロ本や女性の胸をかたどったゴムボール(彼曰くおっぱいボールと言うらしい)をもちちに仕込んでいた。もちちでそれらをコーティングしている形である。どうやら彼は男性の本能に訴えかけようとしているようだった。彼がなぜこのようなものを持っていたかは分からないが、きっと彼なりの考えがあったのだろう。もしかしたら船員たちへの餞別として持ってきたかのもしれない。
 せっせとアダルトもちちを投げるソーマは、背後に気配を感じた。振り返るとそこには、冷たい目をした彼の契約者、清泉 北都(いずみ・ほくと)がその足をソーマに向けていた。
「……真面目にやってよ」
 北都は呆れ気味にそう言うと、そのままソーマに蹴りを入れた。あわや落下するところだったソーマは、北都の手にあるもちちを見て言った。
「北都だって、変なもん仕込んでんじゃねーか」
 ソーマの言う通り、北都もまたもちちを冷やし、中にコショウや七味、ケチャップやマヨネーズなど様々な調味料を混ぜながらホストたちに投げていた。
「ソーマのそれとは違うよ。僕のはほら、ちょっとしたびっくり箱みたいなものだからねぇ」
「それ、俺のより効果薄くねーか?」
 冷静にソーマからつっこみを受けた北都は、ちょっとムッとしてソーマに対決を挑んだ。
「……じゃあ、勝負する? どっちが相手をちゃんと落とせるか」
「やってやろうじゃねーか!」
 そしてふたりはまた、それぞれの所持していたものをもちちに含ませながらホストたちに投げ続けた。
 その一方で他の生徒たちが投げていたどろどろもちちは、一文無し(男)のスナイパーライフルで多少撃ち落とされたものの、その弾数は敵側のそれを凌駕しており、見事どろどろもちちは一文無し(女)の顔面へとジャストミートしていた。その瞬間、ホストのバイクがバランスを崩した。どうやら彼のバイクを制御していたのは、彼女のスキルのお陰らしかった。慌てて体勢を整え直そうとするホストだったが、そこに別方向から重力が加わった。
「あらぁ〜、もうちょっと踊ってみせてよぉ〜」
 それは、円のもうひとりのパートナー、オリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)が彼に向けた奈落の鉄鎖の力によるものだった。
「お、おまえ……! 俺の走りを止めるんじゃねぇぜ!」
 ふらふらしたバイクの上で、ハンドガンをオリヴィアに向けるホスト。しかし次の瞬間、彼のところに固形もちちが飛んできた。標的をとっさに変え、ホストはそれを撃った。するとそのもちちの中から、なぜか女性の胸をかたどったゴムボールが現れた。ソーマの投げた、おっぱいボールである。ホストに向かって落ちてくるそれを、彼は反射的にキャッチしてしまった。
「な、な、な、なんでこんなものが……!」
 思いもよらぬ飛来物にホストは混乱し、そのせいで運転は一瞬疎かになってしまった。オリヴィアの奈落の鉄鎖でぐらついていたホストのバイクは、そのまま雲底へと落ちていった。連鎖反応を起こしたように、そのすぐ後ろを走っていた一文無し(男)の飛空艇も、急にスピードを変えざるを得なかったため体勢を崩す。そこに、オリヴィアがすかさず新たな技を繰り出した。彼女が手をかざすと、一文無し(男)のところに向かい大量の虫が襲いかかる。大小様々な大きさのそれは寄生虫のようにグロテスクな外見で、耳障りな羽音を立てながら一文無し(男)をあっという間に囲んだ。
「毒虫の群れよぉ〜、素敵でしょぉ〜? さぁ、焦っちゃいなさいなぁ〜」
 一文無しはホスト以上の戸惑いを見せると、同じように運転不能に陥り、ホストのバイクと共に落下してしまった。もちち底に突き刺さったバイクと飛空艇を見て、オリヴィアは満足そうに笑みを浮かべた。
「マスター、さすがです」
 オリヴィアのところにやって来た円が言うと、オリヴィアは先に突入していった円とミネルバへ労いの言葉をかけた。
「円たちも大活躍よぉ〜。そういえば円たちは、何人落としたのぉ〜?」
「3人です、マスター」
 オリヴィアの問いにそう答えた円は、その成果を見せようともちち底で身動きが取れなくなっているはずの性感帯、ドS、歴オタを指差そうとして、異変に気付いた。確かに撃墜させたはずなのに、そこにいたのは歴オタただひとりだったのだ。円は眉をひそめて小さく呟いた。
「……あれ、おかしい」



 オリヴィアとソーマによって落下し、もちち底に突き刺さったバイクと飛空艇。当然それに乗っていたホストと一文無し(男)も谷底のもちちにまみれていたのだが、それらと共にもちちに沈むはずだった一文無し(女)の姿だけが谷底になかった。彼女をもちち底への落下から防ぎ、飛空艇に乗せていたのは金髪ロングの、いかにもナルシストっぽい男だった。その飛空艇を運転しているのは、彼とは反対に地味で根暗そうな男だった。
 ナルシストは一文無し(女)ばかりでなく、円が倒した性感帯とドSも谷底から救出しており、根暗の飛空艇は計5人の大所帯となっていた。当然スピードはほとんど出ていなく、飛んでいるのがやっとという状態である。さらに言うと、救出したはいいものの一文無し(女)は既にもちちを山ほど浴びているため、どろどろの塊になっておりろくに会話が出来る状態ではない。そしてそれはもちち底に落ちて時間が経過していた性感帯とドSも同様である。つまり彼らは、3体の白い塊を乗せていることになる。その光景は、ちょっとしたホラーであった。
 そんな外見と定員オーバーな状態にも関わらず、彼らはさらなる救出活動に精を出そうとしていた。彼らが次に拾い上げようとしたのは、最初に撃墜されたカッチカチである。既にヨサーク側のもちち部隊エリアに入っているため、見つからないように、慎重に上空を進む根暗とナルシスト。というより、乗員人数的にこれ以上スピードが出ないのだ。

 ぼぼぼ、と徐行を続ける彼らの下方では、神代 明日香(かみしろ・あすか)が箒に乗りながら、何やらとても興味深そうにそばにあるもちち雲をじーっと見つめていた。きょろきょろと辺りを見回しては、ちょん、ちょんと人差し指でもちち雲を触っている。少しして、周りに人がいないことを確認すると、明日香はもちち雲を小さくちぎり、弱火状態の火術で熱し始めた。どろどろに溶けたもちちが彼女の手に広がる。彼女はその液体状になったもちちに鼻を近づけると、くんくんと匂いを嗅ぎ始めた。
「……」
 どうやら匂いはしなかったらしい。すると彼女はその白く濁ったもちちを小指ですくうと、そのまま口元へと持っていった。ぺろ、ともちちを舐める明日香。
「……」
 味が感じられなかったのか、彼女は再度もちちを舐めた。おそらく彼女は、餅に名前も形状も似ているこのもちち雲の味を確かめてみたかったらしい。何度かこの仕草を繰り返しているうちに、すっかり彼女の口周りは白濁液まみれになっていた。風が比較的強い場所だったということもあり、時々飛び散ったもちちは口周りだけでなく彼女の頬や髪の一部にまで付着していた。しかし敵側にいた性感帯やドS、一文無し(女)ほど白い塊になるというわけではなく、あくまで顔のところどころに白濁液が付着している、という具合である。
「なんだか、ぬるぬるするですぅ……」
 無味無臭だったもちちに納得がいかないのか、明日香はそんな感想を述べつつもう一度もちちへと手を伸ばすのだった。その時、彼女は上から自分に注がれている視線に気がついた。それは、先ほどから彼女の様子とじっと観察していたナルシストだった。明日香は何だろう、誰だろう、といった様子でナルシストを見上げる。それが、たまたまナルシストには上目遣いしているように映った。しかもその女性の顔には、白濁液がかかっているのだ。
「……目標変更だ。あのお嬢さんの救出に向かう」
「ヨサーク側の子じゃないか。それに救出も何も、彼女は別に困ってなさそうだけど……」
 根暗のそんな言葉を無視し、ナルシストは明日香の元へと近付くよう根暗に指示を出した。根暗が困った様子で飛空艇の高度を下げようかどうか迷っていると、そこに突如として半熟もちち雲が飛んできた。
「うわっ!」
 あっという間に飛空艇から落とされる根暗。それをやや遠方で確認し、静かに笑みを浮かべたのは明日香のパートナー、神代 夕菜(かみしろ・ゆうな)だった。
「……一発で命中するなんて思いませんでしたわ」
 飛空艇に乗った彼女が、高周波ブレードを持ったままぽつりと漏らす。目の前の結果に、自分でも少し驚いているようだった。彼女、夕菜は氷術でもちち雲を凍らせ、手に持っていたその武器で爆炎波を使うことによって固体から液体へと戻りかけたもちちをノックの要領で打ち出していたのだった。
 相方が落とされたにも関わらず、ナルシストはどこかほっとしたような笑みを浮かべた。おそらく彼の脳内では、「これで相方にあれこれ言われることなく、あの女性との逢瀬を楽しめる」といったような思考が広がっているのだろう。ナルシストは雑な仕草で根暗がいた操縦席に移ると、その進路を明日香に向け取ろうとする。が、そこにまたもやもちちが飛来してきた。今度は、北都とソーマが投げた中身入りもちち雲だった。
「さっきひとり落としたから、もうひとり落として差を広げてやるぜ!」
「さっきの人は別な人の力もあったから、まだ引き分けだよ。あと、今度は僕が当てるからねぇ」
 次々と襲いかかるもちちをナルシストは上手く飛空艇でかわしながら、その犯人、北都とソーマをきっと睨みつける。その視線は、主にソーマに向けられていた。
「ふん、ヒヨッコの吸血鬼ではないか。齢二千年を越える俺に歯向かった事……後悔させてやろう!」
 同じ種族でありながら、自分の邪魔をするとは言語道断だ、とでも言わんばかりにナルシストの手から雷が放たれ、蛇行しながらソーマへと向かう。北都がソーマの方に飛空艇を走らせようとするが、間に合わない。もちちを両手に持っていたソーマ自身も回避が遅れ、そのまま雷の餌食となった。その体を空中に投げたソーマは、慌てて近付いてくる北都に最後の力を振り絞り、意思を託そうとする。
「北都……これを、俺だと思え」
「ソーマっ」
 北都はソーマの投げたものを受け取った。おっぱいボールだった。
「……ソーマ」
 そのまま落ちていく彼を、北都は悲しそうに見つめていた。
 邪魔者はこれでいなくなった、とナルシストが再び進路を明日香に向けた時、急激に彼を眠気が襲った。自然と降りてくる瞼に抵抗するかのように目を見開き、原因を突き止めようと周りに目を遣る。すると彼の斜め後ろで、子守唄を歌っている風森 望(かぜもり・のぞみ)を見つけた。望は両足を揃えた上品な座り方で箒に乗り、その外見通り澄み渡った歌声を響かせていた。その声はナルシストの目を半ば強制的にとろんとさせる。
「あらあら、居眠り運転は危ないですよ?」
 にこりと、しかしどこか不吉さを感じさせるような笑みを浮かべながら望が歌の合間に告げる。ナルシストは必死に眠気に抗うが、既にその運転はおぼつかないものとなっていた。ナルシストは何かを言いかけたがその言葉が口から出ることはなく、彼は操縦桿に倒れこんだ。望はその様子を見て、勝利を確信する。が、精神力の強い者ならば眠気がすぐに払われる恐れもある。それを危惧した望は、ナルシストに止めを刺すべくその手に炎を生み出した。そしてその火を頭上にあるもちちへと連続で放つ。直後、もちちがどろっと溶けてそのまま真下のナルシストへと向かって降り注ぐ。
「ふふ、オイタが過ぎたみたいですね。そんなにやんちゃにはしゃぎ回っていては、さぞ衣服にも汚れがついたことでしょう。私が洗い流して差し上げますよ。ただし、水じゃなくて雲で……ですけどね」
 笑顔とは裏腹に、望はなかなかの腹黒だった。そして望のそんな言葉も、今のナルシストには聞こえない。徐々に高度を下げる飛空艇と、その真上から降ってくるもちち雲。その時、望の目に信じ難いものが映った。それは、ナルシストに向かって突撃する望のパートナー、ノート・シュヴェルトライテ(のーと・しゅう゛るとらいて)の姿だった。望は驚きながらも、なぜこんな光景が繰り広げられているのかを推察していた。そして望の記憶は、出陣前の作戦会議時へと辿り着く。

「お嬢様、このもちち雲での戦いは言うまでもなく、この特殊な雲が鍵になってきます」
「そのようですわね」
「見ての通り、この雲は固体か液体になるとその場に漂わず、下へ落ちていきます」
「そのようですわね」
「そこで、私はこれを利用して敵の頭上から狙い撃つ作戦でいこうと思っています。良いですか、お嬢様?」
「構いませんわ。望にしては冴えた作戦だと思いますわ」
「ではその作戦ですけれど、まず私が子守唄で敵を眠らせます。しかしもしそれが効かない場合、私は戦い慣れていないように演技し、上空に雲がある地点まで敵を誘い込みます。そうしたら、後はその雲に向かって火術を放てば、雲が溶け落ちて敵を撃墜させるといった寸法です」
「で、わたくしは何をすれば良いんですの?」
「お嬢様は、誘い込む補助をしてください。最初の子守唄が効いた場合、頭上に雲があるかないか次第ですけれど、その辺りは臨機応変に対応しましょう」
「分かりましたわ。要するに、敵を撃墜させれば良いのですわね? 簡単過ぎて涙が出ますわっ!」
「……お嬢様、本当に分かってますか?」
「え? ええ、も、勿論理解してますわよ! このわたくしの辞書に、理解不能という文字はございませんわっ!」

 ああ、そういうことですね、と望はこの現状を理解した。ノートは、運良く敵の頭上に雲が配してあり、さらに子守唄が完璧に効いたこの現状を見て、最大の好機と踏んだのだ。そしてそう判断した彼女は、誘い込む必要がなくなったので自ら止めを刺そうと敵に突撃していったのだった。つまり、今起きているこの現状が、彼女なりに「臨機応変」に対応した結果なのである。もちろんそれは完全な判断ミスである。判断ミスというより、自殺行為だ。
「お嬢様、危ないっ!」
 のん気に現状を推理している場合ではないと我に返った望が、ノートを呼び止めようとする。が、当のノートは望を振り返り、「おいしいところを持っていって、申し訳ないですわね」と完全に間違った調子の乗り方をしていた。どうやらノートの声は届かなかったらしい。そして。
 どざざ、と液状のもちちがナルシストとノートを同時に飲み込んだ。当然、彼が後ろに乗せていた、これまで救出した女性たちも。望はそれを見て、ただ静かに合掌していた。



 一方、パートナーを失った北都は次の行動へと移っていた。あるスキルを発動させていた彼はもちち谷の底まで飛空艇を降下させると、火術で谷底の一部に穴を開け、さらにその穴を塞ぐように固体もちちでフタをしていた。なぜ北都はこのようなことをしているのか? それは、彼が現在使用中のスキルが関係していた。そのスキルとは、超感覚。
 元々彼は、あることを警戒していた。それは、「もしかしたら、この雲に穴を開けたりして罠を仕掛けようとする人がいるかもしれない」ということだった。そこで彼は超感覚を使い、事前にそれを察知出来るよう感覚を尖らせて警戒を強めていた。そうして鋭敏になった北都の耳は、ある音を捉えた。それは、谷底の雲を何者かが掘り進む音だった。そこで彼は、侵入者がそこから飛び出てくるよう、あえて穴を掘り敵を誘ったのだった。
 そして北都の目論見通り、やがて下を掘り進んでいた侵入者が北都の掘った穴からフタを突き破り、姿を現した。勢い良く現れたのは、前髪を綺麗に切り揃えた女と、なぜか髪をバンダナで結んでいる白肌の機晶姫、それと常に日本茶を携帯していそうな女の3人だった。
「……やっぱりねぇ、来ると思ったよ」
 準備万端で待ち構えていた北都は、前髪ぱっつんとバンダナ、日本茶の3人に次々ともちち雲を投げつけた。もちろん中に調味料が入っている、お得意の仕込みもちちである。が、北都の予想に反し、ぱっつんは飛来物に動揺を見せなかった。それどころか、何やら呪文を詠唱し、反撃に出たのだ。
「気高く尊く咲いて散る魂。光臨せよ、天上に咲く黄金の薔薇!」
 ちょっと何言ってるか分かんないが、彼女の手から放たれたのはサンダーブラストのようだった。その雷は北都の投げたもちちを弾き返した。北都にとっては予想外の事態だったが、超感覚状態の彼が弾き返されたそれを回避することは、難しいことではなかった。すっ、と軽く移動しもちちをかわす北都。そのもちちはそのまま空へ飛んでいき、偶然にもその先にいたセシリアの口へと入った。ホールインワン、というやつである。しかも彼女の口に入ったもちちは、北都が中にケチャップやマヨネーズを仕込んでいたのでしっかりと味がついており、なおかつぱっつんの雷でこんがり焼き上がっていたのでとても美味だった。
「むっ……何かいきなり口に入り込んできたが……これはおいしいのじゃ!」
 嬉しそうに声を上げるセシリアに北都は一瞬気を取られた。その隙に、バンダナが飛空艇を飛ばす。
「先を急ぐのでね。これで終わらせてもらうよ」
 どうやらその飛空艇で突っ込み、一気にかたをつけようという腹積もりらしい。そしてその矛先は北都ではなく、その近くにいた明日香と夕菜だった。人数の多いところに突っ込んだ方がより効果的だと考えたのだろう。自分たちの方に向かってくる飛空艇に気付き、明日香は慌てて星輝銃を撃つが、バンダナの飛空艇に当たることはなかった。夕菜も爆炎波ノックで迎撃するが、先ほどのように運良く一発で命中させることは出来なかった。
「ぶつかるのですぅっ……!」
 そのままバンダナは飛空艇ごと突進し、雲の壁へと押し込んだ。ゆっくり飛空艇を後退させたバンダナが、怪訝そうな顔をした。雲の壁にめり込んでいたのは、バンダナが狙いを定めていたふたりではなく、北都だったからだ。彼は超感覚で素早く彼女らのところへ向かい、身代わりとなってその身を雲の壁に預けたのだった。呆気にとられているバンダナを見て、隙ありとばかりにロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)が頭上から飛空艇に括りつけた竿の先をバンダナへと当てる。竿の先端には、カチコチに凍ったもちちが刺さっていた。がつん、とまともにそれを食らったバンダナは、そのまま宙を舞い雲へと姿を消した。それを追いかけて助け出そうとした日本茶だったが、今度はどろどろのもちちが刺さった竿をぶつけられる。べちょ、っとその顔にもちちが付いた日本茶も、バンダナと共に撃墜された。
「美人さんには、やっぱりあつあつのもちちなのですー」
 ロザリンドはほんわかした口調で言った。温和な外見とは裏腹に、あっという間にふたりを撃墜させた恐ろしいもちちガールである。もっとも彼女は、他に会いたい人がいてそのためにここに来たらしかったが、そのお相手が見つからないということでなんとなく勢いだけで竿をぷらぷら動かしていただけなのだが。しかし仲間を落とされたぱっつんにとっては、そんな彼女でも充分攻撃の対象に該当した。
「二人をあんな目に遭わせた事、後悔させてやるのだよ!」
 ぱっつんが火術と氷術を両手にまとう。ロザリンドは急いで飛空艇を反転させその場から離れようとする。
「お、お土産見つけるまでは落ちれないのですー!」
 どうやら人以外に、お宝も目当てだったらしいロザリンド。ぱっつんはそんな彼女の言葉を無視するかのように魔法を練り合わせる。が、そこに明日香が火術で割り込み、ロザリンドを助ける。さらに、偶然にもロザリンドが飛空艇から下げていたもちち竿の一本がこのタイミングで落下し、明日香の火がそれに当たってどろどろのもちち竿となってぱっつんに襲いかかった。こうしてぱっつんとバンダナ、日本茶はまとめてもちち底へとダイブさせられたのだった。
 ちなみに、バンダナによる飛空艇の突撃で派手にもちちが飛び散ったため、この場に居合わせたロザリンド、明日香、夕菜の3人は綺麗にその顔面にもちちを浴びることとなってしまった。

 その頃、ヨサーク側のもちち部隊後方へと回りこんでいたのは飛空艇に乗った、どう見てもヤンキーみたいな男だった。もとい、彼はヨサーク側にも参加していたため、ヤンキーで呼ぶ必要はなかった。そう、それは出陣前にヨサークと絡みフリューネ側へと移った、瀬島壮太だった。もちろんその飛空艇を操縦しているのは、パートナーのミミ・マリーである。彼らは雲の切れ間を見つからないようこっそりと進み、部隊の背後を取ることに成功していた。そうして奇襲の準備が整ったふたりは、ミミの火術で雲を溶かし、その姿を現した。
「よう、おまえら。これも成り行きだ、不意打ちしといてなんだが、悪く思うなよ」
 壮太が機関銃を向け、有無を言わさず弾丸を放つ。一行の中で後列に位置していたセシリア、月実、樹、フォルクスは格好の標的となってしまった。否、正確には彼らではなく彼らの乗っている飛空艇や箒が標的だった。どうやら壮太は乗り手を傷つけずリタイアさせようとしているようだ。
「ここは……何とかしのがないとな……っ!」
 樹は仲間が反撃もしくは逃走出来るまでの時間稼ぎとして、自分が壮太の相手をすることを選んだ。その手には光が凝縮され始めている。彼が唱えんとしたのは、光術。少なくとも相手の目をくらませば、体勢を整えるくらいは出来るだろうと考えての手段だった。が、その目論見はミミによって破られた。
「壮太、弾幕援護使って!」
「へっ? あ、ああ……了解だ!」
 突然のミミの指示に戸惑いながらも、壮太はその銃から弾を乱射させ、樹の腰を引かせる。術の途中で弾幕に怯まされた樹が辺りに広げようとした光は、打ち上げ損ねた花火のようにしゅるる、と暗闇へと消えていった。
「そんな……光術が読まれていた!? だったら、弾自体を防ぐ!」
 樹は悔しがる間も惜しむように、氷術を唱え目の前に凍った雲の壁を作ろうと試みる。だがしかし、それも結果徒労に終わってしまう。壮太が弾丸に熱をまとわせて十字に砲火したことにより、その雲は液体になり無惨にも下へと流れ出していった。
「まさか、氷で防御することまで予想されているなんて……すごい洞察力の持ち主だな……」
 うろたえた樹は、次の瞬間驚くべき行動に出た。
「他に何か目くらましに使えそうなものは……あった、これだ!」
 樹はみかんを取り出した。そして大急ぎで皮を向くと、壮太に向けぴゅぴゅっと汁を飛ばした。
「食らえ! みかんの汁を食らえ!」
 もちろん届くわけがない。壮太は樹が手に持っていたみかんを銃で打ち抜いた。
「樹、何をやっている」
 その時、パートナーのフォルクスが箒で樹のところへ飛び込んできた。フォルクスはやや錯乱気味の樹を後ろから小突いて正気に戻すと、そのまま樹を自分の箒へと強引に移らせ、壮太の前から急いで飛び去った。
「フォルクス、俺まだやれるよ!」
「そうか、だが我は落ちるまでやるつもりはない。そして樹に落ちるまでやらせるつもりもない」
 フォルクスのそんな言葉に、樹はムスっとしつつも黙り込んだ。そんな樹に、フォルクスは言葉を足した。
「それに、樹と攻防を繰り広げている間にもうあの男は詰まれたようだぞ」
 そう言われた樹は、ちらっと後ろを振り返った。既に小さくなっていた壮太たちの状況は樹の位置からはよく確認出来なかった。が、樹はどこか安心したような表情を浮かべた。フォルクスの言った通り、自分が壮太と対峙したことで他の人の援助が出来たのなら、それでいいのかもしれない。そんなことを思いながら。
 当の壮太はといえば、銃を構えなおして次の標的を探すべく首を回していた。その動きが、途中で止まった。彼が目にした光景、それは、白濁液を顔や体に浴びた大勢の女の子たちだった。
 激しい戦いの中で衣服にもちち雲が付着した円やミネルバ、オリヴィアや、すっかりもちち料理を気に入って口周りがもちちになったセシリア、月実。戦闘中返りもちちを浴びたロザリンドや明日香、夕菜。ノートを助けようとして衣服にもちちを付けてしまった望。それは一種の楽園のような景色であった。しかし、もちろん壮太に訪れるのは天国ではなく地獄である。壮太が鼻の下を伸ばしている間に彼女らは距離を詰めて飛空艇を取り囲み、一斉に壮太を叩きのめした。
「く、くっそー、やっぱオレ、年上のがいいー!」
 そんな哀れな断末魔の叫びを上げながら、運転手のミミもろとも壮太はもちちの海へ沈んだ。

 ヨサーク側生存者9人、フリューネ側生存者0人。ヨサーク側、もちち雲ルートを制圧。