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空賊よ、風と踊れ-ヨサークサイド-(第3回/全3回)

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空賊よ、風と踊れ-ヨサークサイド-(第3回/全3回)
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chapter.7 本陣襲撃 


 各ルートの戦いが収束に向かっていた頃、ヨサーク本陣は徐々にではあるが中央の谷を進んでいた。もしこのルートが相手に取られていれば、正面から鉢合わせになってしまうだろう。そればかりか両サイドも占拠されていた場合、横や後ろからの挟撃を受ける可能性もある。
「ちっ、作物の育ち具合が分からねえってのは薄気味わりいな」
 ヨサークが眉間にシワを少し寄せながら、残りの生徒たちと共に前進を続けていたその時だった。彼らは背後に、これまでなかった気配を感じた。慌てて振り向いたヨサークたちの前に現れたのは、雷雲ルートで勝利したフリューネ軍の生存者だった。
「もちちがついた跡がねえ……てことは、雷雲からの襲撃か。東から回り込んだな」
 ヨサークが素早く状況を判断する。その時、風下からも多くの人影が姿を現した。それは、中央の谷ルートで生き残ったフリューネ軍の生徒たちであった。
「ちっ……ここも採られてたか……こんなことなら、ハナから俺が収穫に行ってりゃ良かったぜ」
 前からは多くのフリューネ軍、そして背後には少数ながらも雷雲を抜けてきた生存者たち。まさに前門の虎、後門の狼といった状態だ。加えて、前方のフリューネ軍の後ろからは、じきフリューネ本陣がやってくるであろうことも容易に想像出来た。ヨサークは覚悟を決めて鉈を天にかざすと、前後を囲む敵たちを威圧するかのように大声を上げた。
「上等だこらあ! こんなみみっちい柵で農地取り締まった気になってんじゃねえぞ!!」
 そして、ヨサーク本陣と生存者たちの戦いが始まった。



 一方、フリューネ側の本陣では。
 フリューネもまた、谷を北へと進んでいた。中央の谷を制した彼女たちは本来なら警戒することなく進軍出来たのだが、戦況を知らないフリューネが慎重に軍を進めたのはごく自然なことと言える。そしてフリューネはやがて、前方に多くの人影を見つける。それは、自分の側の生徒たちが正面からヨサーク本陣に突入している様子だった。それを見てフリューネは、中央の谷を自陣が制したことを確信する。同時に、奥の方にもうっすらと自軍の生徒が見えた。それは、雷雲ルートに赴いた生徒たちであった。彼らは前後からヨサーク本陣を挟み撃ちにしていた。
 しかしここで、フリューネにある疑問が浮かんだ。それは、もうひとつのルート、西のもちち谷で戦いに挑んだ生徒たちの行方だった。彼女はその生徒たちの身を一瞬案じたが、それよりも、やらなければいけないことがある。目の前の敵を倒すことだ。フリューネは迷いを振り払うかのようにハルバードを構え、声を上げて前方に突撃しようと動き出した。が、その時、どこかから生徒の声が聞こえた。
「気をつけろ、フリューネさん! 後方から敵部隊接近! たぶん、西の谷を突破してきた連中だ!」
 驚き、ぐるっとフリューネはその姿勢を反対側へと変えた。そこに現れたのは、もちち谷ルートで勝利した、ヨサーク軍の生存者たちだった。その数は10人といったところだろうか。フリューネはしかし、臆することなくその生存者たちに向かって言葉を放つ。
「ここから先は私が通さない! ロスヴァイセの名にかけ、友の背中は私が守る……っ!」
 ヨサーク本陣が襲撃を受けたのと時を同じくして、フリューネ本陣と生存者たちの戦いが始まった。

 フリューネ、そして彼女を護衛する者たちがもちち生存者と熾烈な争いを展開している最中、戦闘前にフリューネ側へと移ったのぞき部の薫が女装した状態でフリューネの近くに寄り真剣な顔で話しかける。
「フリューネ殿、フリューネ殿。お忙しいところ申し訳ありませんけど、ちょっとお時間頂けませんかしら?」
 もちろん言葉遣いも普段のござるござる言ってる感じではなく、女性のそれに似せている。
「申し訳ないけど、そんな余裕はないわね……!」
 しかしフリューネは、薫の言葉をぴしゃりとシャットアウトし、慌しく空を駆けていた。
「いえいえ、そんな事おっしゃらずに。すぐに済むでござるよ」
「ござる……?」
 フリューネはその語尾に違和感を覚え、声の主を確認しようとした。が、次の瞬間薫はおもむろに彼女の乗っているペガサスへと飛び移ると、ペガサスの腹をボスッ、ボスッと蹴り、フリューネをペガサスごと強制的に護衛軍から引き離した。
「何するの、やめなさい!」
 フリューネが当然の反応を示し、薫の頭を掴む。すると、彼のかぶっていたカツラがすぽっと取れ、闇夜にそのつるつる頭が晒された。
「こ……このわずかな月明かりすら、まばゆく照り返す坊主頭は……薫くん!?」
「無礼千万な覚え方でござるが、覚えていてくれて光栄でござるよ。ただ拙者、今日は仇討ちに参ったでござる」
 意味深な返事をする薫。と、その時ふたりの前方から何者かがやってきた。それは、このどさくさに紛れヨサーク側から突っ込んできた、鈴木 周(すずき・しゅう)だった。
「薫、連絡サンキューな!」
 周は爽やかな笑顔で薫にお礼を言った。ここで戦闘開始前に薫がメールを打ちながら言っていた言葉を巻き戻して再生する。
 ――送信完了、でござる。ふたりにちゃんと伝わると良いのでござるが……。
 そう、薫は出陣前に、ヨサークともうひとりにメールを送っていた。その相手が、今目の前に現れた部活仲間の周だったのだ。そのメール内容は、『部長の連絡が途絶えたでござる。それと、フリューネ殿の胸は大きいでござる』という最低なものだった。しかしそのメールは、周を突き動かすには充分だった。周は薫のメールの真相を確認するかのように、フリューネの胸に目を向ける。
「うおおおおっ、うお、おおおっ!!」
 興奮のあまり声にならない声を上げる周。情報は、紛れもない本物だ! しかし周はここで、冷静さを取り戻す。どうせ今までのように直線的な迫り方では、あの胸に辿り着く前に落とされるのがオチだ。そう考えた彼は、ふとヨサークのことを思い出した。
 そういえばヨサークのおっさん、やたら女の子に絡まれてたなあ、と。
 そこで周は気付いた。気付いてしまった。あれって、ツンデレとかいうヤツじゃねーの? と。今流行の最先端は、まさにそれじゃねーのか、と。どちらかといえばもうそれは飽和状態なのが現状なのだが、周はすっかりそれがフリューネ攻略法だと決め込んでいた。さらに彼は、もうひとつ勘違いをしていた。それは、ヨサークのマネをすれば俺も今日からツンデレだ! と思っていたことである。もちろん言うまでもなく、彼のそれはただの女性嫌いから来る悪口でしかない。当然、それをマネしようとする周の口から出るのも、とても爽やかな外見の周からは想像出来ない汚らしい言葉だった。
「フリューネてめぇ、胸にバカでかいドテカボチャ2つもぶら下げやがって、養分の無駄遣いじゃねぇか!」
 完全に間違ったヨサークリスペクトである。もちろん当のフリューネは怒りで肩をぷるぷると震わせていたが、お構いなしに周は言葉を続けた。
「畑の肥料にでもしといた方が、ちったぁ世間様の役に立つんじゃねぇか!?」
 彼の言葉を意訳するなら、「いい胸してるなフリューネ! その露出具合は世の男性みんなを虜にしちまってるぜ! ああもう可愛いなちくしょう!」といったところだろうか。しかしここで彼は、内容的に言ってはいけないようなことまで口にしだした。
「おいフリューネ、俺がてめぇの体を隅々まで耕してやるよ! どうせまだ未墾なんだろ? え?」
 いつもと違って強気な周を見て、薫もその姿勢を見習うことにした。
「なるほど、いつもより積極的に行く作戦でござるな!」
 そう言うと薫はペガサスに乗ったまま、フリューネの胸にその両手を伸ばした。彼はどうやら、フリューネの胸に狙いを定めていたようだった。もはや完全にのぞきの範疇を超えているが、彼らは健全な男子高校生なのだ。目の前に女性の胸があったら、こうなるのが自然である。しかし残念なことに、彼らの思いはフリューネに届かなかった。胸を触ろうとした薫を振り払い、彼女はハルバードを周にざすっ、と刺した。
「……どうもキミは口べたみたいね。死にたいなら死にたいって、はっきり言えばいいのに」
 目の前の惨劇に驚愕している薫。フリューネの次の獲物は、もちろん彼だった。
「……で、薫くん。キミはさっき何をしようとしたのかな?」
「あわわわ……南無三っ!」
 追い込まれた薫はもうどうにでもなれという勢いで、フリューネの胸に触ろうとその手を向けた。が、それよりもフリューネが薫の頭を掴む方が早かった。フリューネはそのまま手に力を込める。みしみし、と薫の頭が悲鳴をあげ、力尽きた薫はペガサスから落下する。ハルバードで標本状態になっている周と空に投げ出された薫はこの瞬間、言葉を介さずして意思の疎通が可能になった。瀕死時に高確率で発動することが確認されている彼ら独自のスキル、エロパシーである。薫の脳に、周の声が響く。
『へへ、俺だって、おっ……ぱい……大好きに……決まってんじゃねぇか……』
 それを受けた薫は、人知を超えた力で念じ返す。
『拙者も……おっぱ……い……好きで、ござ、る、よ……』
 薫はがくっと気を失った。そのまま落下を続けるかと思われた薫だったが、それを抱きしめ雲海へのダイブから救ったのは、ちょっとイケメンな男だった。イケメンは腕の中にいる薫とハルバードの餌食になった周を見て状況を悟ったのか、フリューネへと怒りの視線を向けた。いや、これは怒りというよりはエロである。ともかくイケメンはフリューネの胸に向かい、仲間の仇を取るべく突進していった。
その後、言うまでもなくフリューネの反撃に遭い、薫、周らと共にイケメンは空の彼方へ飛んでいった。



 フリューネがもちち生存者やのぞき部の襲撃を受けている頃、ヨサークもまた次々現れる敵の対応に追われていた。
 前から後ろから襲ってくる敵を船員や生徒たちと迎え撃とうとした直後、ヨサーク一行がここまで乗ってきた船が鈍い音と共に揺れる。
「なんだ!?」
 自分の船に起こった不可解な出来事を確認するべく、ヨサークは混乱の中船へと近付いた。すると、そこには雷術と火術で船の外壁を破壊しようとしているイーオン・アルカヌム(いーおん・あるかぬむ)の姿があった。ドラゴンアーツまで使う徹底っぷりだ。自分の船をこうまで虐げられては、相手が男といえどもヨサークが怒りを露にするのは当然であった。
「おめえ何してんだ、あぁ!? 今すぐやめねえと来世まで耕すぞこらあ!!」
ヨサークの怒鳴り声にイーオンは振り向くと、冷たい声でぴしゃりと言い放った。
「レディーファーストということだ」
 その言葉は、ヨサークの逆鱗に触れた。しかしイーオンは淡々と言葉を続ける。
「もうこちらの戦況は分かった。後はあちらに移らせてもらうだけだ。分かったらどけ。邪魔だ」
 そう言い残し、その場を去ろうとするイーオン。しかしヨサークがそれを許すはずがなかった。ヨサークはその鉈を全力で振るい、イーオンの小型飛空艇に向かって打ち下ろした。すんでのところでそれをかわすイーオンだが、その風圧は飛空艇を少しぐらつかせた。
「元農民の俺の経験から見て、今のおめえに足りねえもんがある」
 ヨサークはゆっくりと鉈をもう一度振りかぶり、イーオンにその矛先を向けた。
「危機感だ。おめえもしかしてまだ、自分が耕されないとでも思ってるんじゃねえのか?」
 完全にイーオンの退路を断ったヨサークは、ななめ下から突き上げるように鉈を振る。さすがに連続で攻撃をかわすことは出来ず、イーオンの飛空艇に鈍い音が響く。ぼ、ぼ、と動力が弱まったのを見て、ヨサークは「こんなもんじゃ済まねえぞ」と睨みをきかせさらにその乗り物を壊すべく距離を詰める。その時、ヨサークの背後から大きな声が響いた。姿を見ずとも分かる、粗暴な声だった。ヨサークが声の方を振り向くと、そこにはクラッチ・ザ・シャークヘッド(くらっち・ざしゃーくへっど)が腰に手を当ててヨサークとイーオンのやり取りを笑っていた。
「ガーッハッハッハ! そんな船の一隻や二隻でトサカにくるとは、小せえ野郎だな!」
「……あ? 誰だおめえは」
 ヨサークがクラッチの方に視線を逸らした瞬間、イーオンは素早くヨサークのそばをすり抜けていった。
「あ、おいおめえ待てこら! まだ耕し終わってねえぞこらあ!」
 そんなヨサークの言葉を無視するかのように、イーオンは南へと姿を消した。
 後に残ったのは、ヨサークの近くで飛空艇を浮かばせている大男、クラッチだった。クラッチはヨサークを見下ろすと、完全に上から目線で口を開いた。
「俺様の部下になれば、もうちょっとマシな男になるかもな、ガハハ!」
 ヨサークはちら、と船を見る。幸い大きな破損はないようだ。ならば、今はこんなところにいる暇はない。フリューネ軍が、今にも自分の首を取ろうと襲撃をかけている真っ最中なのだ。ヨサークはクラッチを相手にせず、急ぎ激戦区へと戻ろうとした。が、そこにまたもや声がかかる。今度は打って変わって、可愛らしい少女の声だ。
「ちょっとちょっと、勝手に仲間に引き込もうとしないでー! この人、女の子に暴言吐きまくってるって評判の人よ!? それだけならまだしも、セクハラまがいの発言までしてるって噂もあるし!」
 クラッチに向けての言葉だったが、その聞き捨てならないセリフはヨサークの耳にも届いた。ヨサークがキッと睨むと、そこにはクラッチの契約者、セレンス・ウェスト(せれんす・うぇすと)がご立腹な様子で頬を膨らませていた。前にも触れたが、ヨサークは女性が自ら「女の子」と言うのが許せない性質だった。しかしそんなヨサークの苛立ちポイントなど知る由もないセレンスは、睨んでいるヨサークに気付くと言葉の矛先をヨサークへと変えた。
「ねえ、その噂は本当なの!? 本当なら人として最低よ! 悔い改めなさい!」
「うっせえ緑メス! いかにもメルヘン好きそうな格好しやがって。毒リンゴでも食って嘔吐繰り返してろボケ!」
 ヨサークが耐えかねて暴言を吐くと、セレンスは今までの威勢はどこへやら、途端にびくっと肩を震わせ、しくしくと泣き始めた。それを慰めようと彼女に近付き、そっと頭を撫でたのはクラッチと同様セレンスのパートナーであるアスパー・グローブ(あすぱー・ぐろーぶ)である。アスパーはセレンスを優しく慰めながら、ヨサークに鋭い視線を向ける。どうやら彼女は、大切な契約者を傷つけられて怒っているようだった。
「噂に違わぬムカつき具合ね。今すぐセレンスに謝りなさい!」
「あぁ? 先につっかかってきたのはおめえらだろうが! むしろおめえらが俺に謝れ! だが女はどうせ心から謝るなんてことはしねえだろ! じゃあ謝んな! 迷え! 謝るかどうか迷って頭痛起こせメス虎! それか死ね!」
「うるさい男ね、いいから謝りなさいよ」
 一歩も引かないヨサークとアスパーの言葉の応酬。その様子をしばらく黙って見ていたのは、セレンスのさらなるパートナー、ウッド・ストーク(うっど・すとーく)だった。彼は様子見を続けていたが、「やっぱり駄目だな」と小さく呟くと、おもむろにロングスピアを握り、突然飛空艇を近づけヨサークに突きを繰り出した。完全な不意打ちだったが、ヨサークはどうにかこれをかわした。
「セレンスもアスパーも、俺の大切な人なんだ。だから、侮辱は許さねえ!」
 ヨサークの飛空艇に接近したウッドは素早い動きで突きを繰り出していく。が、そこは空戦に慣れたヨサーク。巧みな運転でそれらを回避する。ウッドはなかなか当たらない攻撃を続けながら、ぽつりと呟いた。
「特にアスパーは、小さい頃からの付き合いで大きな恩だってある。まあ、お前の知ったこっちゃないだろうがな」
 思わず漏れた言葉を掻き消すかのように攻撃を繰り返すウッド。そこにクラッチも加わり、ふたりがかりとなってヨサークへと襲いかかる。
「ふん、俺様も手伝ってやる。女がどうこう言っているようなヤツだ。どうせたいしたヤツではなかろう」
「だから誰だよおめえはよ! ガーッハッハって言ったきり全然喋ってなかったくせにいきなりしゃしゃり出てくんじゃねえ!」
「貴様! 俺様の名を知らんだと!? ならばその脳みそに叩き込んでくれる!」
「あたしも戦うよ、ウッド! セレンスにひどいこと言ったこいつを、あたし許せない!」
 そこにアスパーも加勢し、3対1の戦いとなった。が、その状況を変えたのは、他ならぬウッドであった。
「引っ込んでろアスパー、クラッチもだ。これは俺個人のことだ。お前とは話し合うつもりで来た……が、こういうのも悪くないかもな」
 なんか綺麗にまとめようとしているウッドをよそに、クラッチは空気を読まずガハハガハハ言いながら問答無用で殴りかかろうとする。ウッドはクラッチに少しの間好きなようにやらせると、「もういい」と止めに入った。そして爽やかな顔でヨサークに告げる。
「やるじゃねえか、さすがタシガン有数の空賊といったところか。あんたみたいな男は珍しい、だから、ごろつきなんかに落ちぶれるんじゃないぞ」
 一通りやりたいことをやったのか、ウッドはクラッチとアスパー、セレンスを引き連れてどこかへ去っていった。
「……なんだったんだあいつら」
 ヨサークはその背中をぽかんと見つめていた。ちなみにウッドがなんか無理矢理いい感じにまとめた風であるが、彼の契約者であるセレンスは依然泣き止んでおらず、その心には「男の人怖い、農家怖い」とトラウマが出来かかっていた。