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空賊よ、風と踊れ-ヨサークサイド-(第3回/全3回)

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空賊よ、風と踊れ-ヨサークサイド-(第3回/全3回)
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chapter.12 Dance,Dance 


 一方、その姿を現したユーフォリアは、未だ誰の手に渡ることもなく、風に流されるまま南下を続けていた。それを慌てて止めようとしたのは、路々奈とヒメナのコンビである。ふたりは各々の飛空艇にもちち雲を付着させ重しとすると、ユーフォリアを乗せた船の両サイドに別れ、もちち雲をその間に広げた。さながら、もちち雲を使ったユーフォリアの網漁業である。そのお陰で、ユーフォリアを括りつけた船は動きを止めたようだった。
 そして、そのユーフォリアを巡るふたりの空賊の、雲隠れの谷での戦いは最終局面を迎えようとしていた。

 護衛に囲まれつつセイニィと一太刀交わしたフリューネと、雷雲と中央の谷ルートの生存者の中を突破してきたヨサークが、ついにその姿を互いの前へと現す。その距離、約5メートル。互いの武器が届くほど近い距離ではないが、言葉が届かないほど遠い距離でもない。北からの風が運んできたユーフォリアはふたりのいる地点を通り過ぎ、路々奈たちがもちちで築いた防波堤のようなものでその動きを止めていた。しかし当然それも長くは持たない。ふたりは、いち早く決着を着ける必要があった。
「随分息が上がってるみたいだけど、人望のないあんたにはこの3つの谷の戦いはきつかったみたいね」
「あぁ? うるせえぞ露出魔が。逆に人望あり過ぎて谷を攻めるんじゃなく俺の近くに集まってただけだっつうんだよ」
 互いに大きな傷は負ってないものの、やはり多くの敵の中を強引に突破してきたヨサークの方が疲労が溜まっているようだった。
「この期に及んで言い訳とは、救えない男ね。そんなヤツにユーフォリアを手に入れる資格はないのよ!」
「女のおめえに資格がどうとか言われたくねえ! おめえは英検5級あたり受験して、資格取ったとかはしゃいでろボケ!」
 激昂したヨサークが、鉈をフリューネに振り下ろす。フリューネはペガサスをすっと操りそれを横にかわすと、お返しとばかりにハルバードをヨサークの脇腹を裂くようになぎ払う。それを振り下ろしたばかりの鉈で受け止めると、ヨサークは風を利用し急激にフリューネに接近する。意表を突かれたフリューネを、その鉈で斜め下から突き上げるようにヨサークは振り上げた。が、これもフリューネがくるりとハルバードを持ち替えたことで間一髪直撃を防ぐ。その腕にかすった鉈が彼女の白い肌に赤い線を走らせたが、フリューネに取っては取るに足らない痛みだった。再度距離を置き、ふたりは各々の武器を数度切り結んだ。互いの最も得意な武器を使った一進一退のこの攻防はしかし、突然終わりを迎えることとなる。
 フリューネが小刻みにハルバードで突きを繰り出し、ヨサークがそれを防いでいる時だった。鈍い金属音が何度か響き、ヨサークが反撃に転じようとしたその時。ヨサークの右手から、鉈が滑り落ちるようにして風に飛ばされた。
「……あ?」
 彼自身、驚きを隠せないようだった。それは、多くの生徒との戦闘で鉈を持つ右手を酷使していたため握力が不十分なせいで起こった現象なのだが、もちろんヨサークにとっては青天の霹靂である。
「正真正銘、年貢の納め時ね!」
 フリューネがハルバードで鋭い突きを放つ。得物をなくしたヨサークにそれを防ぐ術はなく、ヨサークはぐらりと飛空艇から落ちた。雲海に落ちる前にアグリがヨサークを拾い上げたようだが、武器をなくし、一撃を見舞った以上この勝負はついたと言って良い。

 フリューネは意識をユーフォリアに戻し、後ろを振り返る。まだそれは、幸いにももちちで留まってくれていた。
「急がないと……!」
 フリューネがペガサスを翻し、ユーフォリアの元へと駆け出した。
 が、その時、フリューネの目の前でユーフォリアがもちち雲のバリケードを破り、動き始めた。
「大変、ユーフォリアが……!」
 セイニィを追い払い、ヨサークを打ち倒した今を逃せば、また戦いを繰り返さなければならなくなってしまう。そんな予感が彼女の脳裏をよぎった時、飛空艇に乗ったいやらしそうな目をした、いかにも女好きそうな男が現れフリューネに乗り込むよう急かす。フリューネは自分のペガサスとそれを見比べる。考えている時間はなかった。彼女のペガサスは、誰が見ても明らかに疲弊し切っていたのだ。ここまで動きっぱなしだったことを考えれば、当然のことかもしれない。フリューネは迷わず彼の飛空艇に飛び移ると、ふたりはユーフォリア目がけ一直線に走り抜けた。
 がしかし、ユーフォリアを乗せた船に追いつかんとしたその時、女好きの視界にあるものが映った。それは、ひたすらこの場所で踊り続けていたサレンとヨーフィアだった。なぜか牛乳が途中で飛んできたらしく、白い液体で肌を濡らしながらふたりは懸命に踊っていた。女好きがそれに反応しないわけがない。彼は堂々とよそ見運転をし、飛空艇はユーフォリアの船にがつんと思いっきりぶつかった。鼻血を出して船の壁面にめり込んだ女好きを尻目に、フリューネは体をうまく船の甲板へと乗せていた。

 が、ここにフリューネよりも先にこっそりとユーフォリア船への乗船に成功していた者たちがいた。それは先ほど船を止めた後甲板に上がった路々奈、フリューネ側生徒と思われる金髪ショート機晶姫、そしてクロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)の3人だった。クロセルは前回の戦艦島以降、あくまでユーフォリア奪取を貫く姿勢を取っていた。否、ユーフォリア奪取ともうひとつ、ヒーローとしての使命も貫いていた。
「はっはっは! みなさん、風と共に俺ですよ!」
 よく分からない名乗りを上げながら、クロセルは甲板の先端に立った。ヒーローは誰よりも目立たねばならないのだ。その割には仮面の上にサングラスという、お決まりの顔面秘密主義だったが。そして不安定な位置に立っていたせいでクロセルは風にあおられふらつき、あわや何もせずに雲海へ落ちるところだった。ぽかんと彼を見つめる路々奈と金ショートは、とりあえず彼を無視してユーフォリアをその手にしようと動き始めた。しかし、ユーフォリアがあるのは船の先端――つまり、クロセルの立っているすぐそばだった。というか彼はユーフォリアの上に立っていた。
「ええいっ、あなたたちもユーフォリアを狙う不届き者ですね!」
 彼に言わせれば、ユーフォリアを狙う者は大抵不届き者に分類された。クロセルは問答無用でふたりに遠当てを放つと、そのままあっけなく路々奈と金ショートは風に飛ばされた。もちろん風の強いこの場所だからこそ出来た芸当だが、完全に彼は自身の実力と思い込み高笑いをしていた。

 そこに、フリューネがハリバードを持って颯爽と現れる。
「二度は言わないわよ……ユーフォリアから足をどけなさいっ!」
 クロセルは彼女の強さを充分知っていたが、それでもユーフォリアを渡さない腹積もりだった。
「遵法意識に欠ける者の手に渡るぐらいなら、海に沈めた方が億倍マシです! とうっ!」
 クロセルは勢い良く足を踏み込むと前方の甲板に着地し、その体勢のまま振り返りざまに回し蹴りをユーフォリアに放つ。慣性の法則に従って、ユーフォリアは船首から解かれ前方へと吹き飛んでいく。
「な……なんでそんな事するの!?」
 目を丸くして、全力でユーフォリアを引き寄せようとした彼女だったが、その手はユーフォリアに届かない。が、彼女の後ろから突然飛んできたリターニングダガーがユーフォリアの進行方向とは逆からブーメランの要領で当たり、ユーフォリアは船外から船内へと引き戻された。
「やれやれ……女王器を粗末にするなんて非常識な人間もあったものだね」
 手元に返ってくるダガーをキャッチした、いかにも好奇心に溢れてそうな男が言う。クロセルがフリューネに気を取られている間に、いつの間にか好奇心も甲板へと到達していたのだ。せっかくユーフォリアを落とそうと思ったのに邪魔をされたクロセルは、意地になって遠当てをもう一度ユーフォリアに当てる。
「再び、とうっ!」
 ユーフォリアが船外へと押し出された。彼はどうやら、ユーフォリアを奪取することより下に落とすことの方にすっかり夢中なようだ。
「……」
 好奇心も負けじとダガーを同じ要領で当て、船内へと引き戻す。船外と船内を何度も行ったり来たり……いや、飛ばされたり戻されたりするユーフォリアを見て、フリューネの堪忍袋の緒が切れた。
「いい加減にしなさいっ!」
 彼女はハルバードをバットのように振り回し、クロセルを空の彼方へと吹っ飛ばした。が、それは彼らふたりが往復させていたユーフォリアの停止を意味する。空中でその動きが止まったユーフォリアは、今度は重力に従って落下を始める。フリューネは落下を始めたユーフォリアを、我が身も省みず空に飛び出し追いかけた。彼女の白い翼が、白み始めた空と同化するようにその面積を広げる。そして、フリューネはユーフォリアに口付けをした。瞬間、辺りを眩しい光が包む。

 その様子を、フリューネに叩き落とされたヨサークはアグリの飛空艇に乗って、彼女らより一段低い位置で見上げていた。
「なんだ!? 何勝手に光ってんだこらあ!」
 が、次の瞬間ヨサークが目にしたのは、石像ではなく、生身の女性へとその姿を変えたユーフォリアだった。
「……あ? ど、どういうことだよあれは……!?」
 口を開けたまま、ヨサークは自分の目を疑った。しかし、何度瞬きを繰り返してもそこにいたのは、翼を生やしたふたりのヴァルキリーだった。
「待てっ、待てこら。あのクソメスがユーフォリアに口をつけてたのは見えた。次にあいつらから光が出てきたのも覚えてる。それで、なんでユーフォリアが女になってんだよ、あぁ!?」
 ユーフォリアは、石化されていた古代のヴァルキリーだった。それを頭の片隅で彼は分かりかけていたが、どうにかその推測と、目の前の光景が間違いであることを願った。しかしそんなヨサークの思いをよそに、ユーフォリアはゆっくりと翼をはためかせ谷を舞うのだった。