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空賊よ、風と踊れ-ヨサークサイド-(第3回/全3回)

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空賊よ、風と踊れ-ヨサークサイド-(第3回/全3回)
空賊よ、風と踊れ-ヨサークサイド-(第3回/全3回) 空賊よ、風と踊れ-ヨサークサイド-(第3回/全3回)

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chapter.1 開戦 


 ヨサークの特等席は、彼女の膝の上だった。
 うららかな午後の日差しに包まれながら、縁側に座り作物が実り茂る菜園を、ヨサークはよく眺めていた。そんなヨサークの姿を見つけると、彼女はヨサークに体を寄せ自身の膝を軽く叩いて誘ったものだ。そして、ヨサークの頭を乗せる。何度も何度も繰り返し、同じ姿勢でヨサークは頭を膝に預けた。彼女――あゆの膝上の温度は、何度離れても失われることはなかった。
「おい、あゆ。無農薬栽培の話の続き、聞かせてやる」
「ヨサーク、ほんとに農業の話好きだね。昨日も同じこと話してなかったっけ」
「あぁ? オーガニックなのは悪いことじゃねえんだ。ノーリンってところも言ってる」
「そうだったね。でもこだわりすぎて経済的に追いつめられた農家は、農薬の力で栽培方法を変えちゃっていくしかないんでしょ? 元の風味が感じられないくらいの量で。そして、この空の下でどこかの誰かがそれを食べちゃってる」
「野菜が、可哀想だ……」
 目を伏せるヨサークの頭を、彼女はくしゃりと撫でた。
「そんな顔しないで。ヨサークだって農家なんだから。他の農家が農薬を使ってしまったとしても、ヨサークは野菜を守ってくれるもんね。ここはヨサークが愛した畑でしょ?」
「……俺、いつかもっとでけえ畑を耕す」
「すごい良い夢だね。ヨサークならきっと勇敢で、優しい農家になれるよ」
「けど、おめえはその時どうすんだ?」
「ふふ、未来の旦那様はそんなこと聞いちゃうの?」
 顔中に疑問符を浮かべるヨサークに、彼女は意地悪そうな眼差しを向けた。
「大昔から決まってるよ。ヨサークにふさわしい花嫁さんになろうと今まで愛を誓い合ってきたんでしょ。こんな方法で……」



 不意に後ろから吹き付けてきた強い風で、キャプテン・ヨサーク(きゃぷてん・よさーく)は我に返った。
「……よりによって今あんなこと思い出すとは、俺もどうかしてんな」
 ヨサークは舌打ちをひとつし、改めて周りを見た。
 眼前には雲で出来た谷が広がっており、その両脇にも同じような形状で谷が広がっている。空を見上げれば今にもこぼれそうな光を放つ満月が浮かんでいる。この満月によって一時的に発生した風のお陰で、この雲隠れの谷へと来ることが出来た。視線を降ろし首を回すと、そこには飛空艇や箒に乗った多くの生徒たち。
 最初は、誘拐されていた校長の横取りのため利用しようとしていただけだった。しかし、船の中、島の中、空の中で様々な者たちと関わってきたことで、彼の意識は確実に変化を見せていた。おそらくヨサークはもう、彼らをただの手駒とは思っていないのかもしれない。もちろん彼がそれを言葉にして伝えることはなかった。代わりに彼が発した言葉は、いつも通りの掛け声だった。
「おめえら、今回は今までで一番でっけえ作物だ! 気合い入れて収穫すんぞ! Yosark working on kill!」
「Hey,Hey,Ho!」
 すっかりお馴染みとなったそんなやり取り。周りから返ってくる声を聞き、自身の小型飛空艇をふかし始めるヨサークの横に瀬島 壮太(せじま・そうた)がやって来た。正確には彼のパートナー、ミミ・マリー(みみ・まりー)が運転する小型飛空艇に乗って、だが。
「よおキャプテン、盛り上がってんな」
 壮太がヨサークの方に顔を向け、話しかける。
「こんくらい気合い入れねえと、今回の作物は収穫出来ねえからな。おめえも女なんかに運転任せてねえで、もっと気合いを……」
「僕は男だよ」
 ヨサークの言葉を途中で遮り、ミミが不機嫌そうに否定した。
「あ? おめえ男なのか? とてもそうは見えねえな。ちゃんとついてんのか、あぁ?」
「……初対面の人相手に、ひどい言葉遣いだね」
 むすっとしたままのミミ。その肩に壮太が軽くポンと手を乗せ、険悪になりそうな雰囲気を遮るように言葉を発した。
「まあ落ち着けって。悪気があってのセリフじゃねえだろうし」
 ミミをなだめつつ、壮太は再びヨサークへと話を振った。
「ところでどうだキャプテン、この喧嘩、勝てそうか?」
「はっ、これは喧嘩じゃねえ。農作業だ。ただ、相当骨の折れる農作業だけどな」
 そう答えたヨサークの目は、しっかりと前方を――否、おそらく視界のさらに先にいるであろう敵、フリューネ・ロスヴァイセ(ふりゅーね・ろすう゛ぁいせ)を見据えていた。
「農作業か、言うじゃねえか。まあ喧嘩にしろ農作業にしろ、力仕事に変わりはねえよな? じゃあ景気付けにこんなのはどーよ」
 そう言うと壮太は、ヨサークに向かって淡い光を当てた。光に包まれたヨサークは、自身のアドレナリンが過剰に分泌されだしたのを体の内側で感じた。壮太のSPリチャージが彼の体内で作用したのだ。
「おお……気が利くなおめえ。けど、頭領の俺が施しを受けっ放しってのは出来ねえ。ほらよ」
 ヨサークが手をかざすと、同じように壮太にもSPリチャージがかかる。
「これでおめえもアドレナリン全開だ。張り切って耕せよ?」
 口元を緩ませてヨサークが告げる。壮太はそんな彼の行動や言葉、表情を見て急ぎミミに発進を促した。
「……ありがとよ、キャプテン。期待に応えるぜ……って言いてえとこだけど、ここでお別れだ。ミミ!」
 壮太の呼ぶ声と同時に、ミミが飛空艇を発進させる。
「あ……!?」
「わりいなキャプテン、オレは今までフリューネの依頼を受けてきたし、今さらそれを覆す気もねえ! ただ、やり合う前にあんたのことを少しでも知れたのは良かったぜ! どっちが勝っても恨みっこなしで行こうな!」
 壮太が言葉を言い終える頃、ふたりを乗せた飛空艇はヨサークのそばを既に離れていた。ミミは運転しながらも、後ろを向いてベロを出していた。壮太がそれを前に向き直らせている姿を、ヨサークは黙って見ていた。
「頭領、追っかけなくていいんですか? あいつら、フリューネ側の生徒だったのに……」
「後でまとめて耕してやるよ。それに、敵情視察ってわけでもなさそうだったしな」
 ヨサークは、自身の体に溢れる活力を感じながら口にした。おそらく今の生徒は、戦うならきちんと相手のことを知ってから戦いたいタイプの人種なのだろう。ヨサークが同類かと問われれば素直に首を縦には振れないが、そんなタイプの人間がいることも理解は出来た。ヨサークがすぐに壮太を追撃しようとしなかったのは、彼の行動にその片鱗を感じたからかもしれない。

「壮太、すごく急いで発進させようとしてたね。そんなに危険そうなら、弾幕でも張っちゃえば良かったのに」
「あんなことされて、弾なんて撃てねーよ」
 フリューネの陣営に移動しながら、壮太は今しがたヨサークから受けたSPリチャージの感覚を体で味わっていた。彼はヨサークの予想通り、戦いを前に敵将の人柄を見てみたかったのだった。一体彼はどんな人物なのか。そして、どんな言動で人望を集めているのか。そしてその答えは、先ほどの短いやり取りの中で充分理解していた。
 壮太がミミを急かしたのは、追撃を恐れたからというよりは、他の感情。
 ――揺らいじまったら、いざ戦闘が始まった時フリューネの助けどころか邪魔になっちまう。
「とりあえず敵の大将が見れたからな。これで後は心置きなくフリューネのために戦えるぜ」
 新たに生じ始めた感情を打ち消すかのように、壮太はあえて思いを口にした。
「そこまでしてヨサークさんと話したかった壮太の気持ちが、僕には分かんないや。僕、あの人ちょっと苦手だよ」
 そう言って少し頬を膨らませたミミは、壮太を乗せたままフリューネの陣地へと飛空艇を走らせ続けていた。
 と、そこに後を追うようにして一機の小型飛空艇が飛んできた。
「壮太殿! 待ってほしいでござる! 拙者も共に行くでござる!」
 声の主は椿 薫(つばき・かおる)だった。壮太がミミに指示し、飛空艇の向きを変える。
「薫じゃねーか。おまえも抜けてきたのか?」
 ふたりは戦友同士であったが、意外なシチュエーションでの遭遇に壮太は少しばかり目を丸くした。
「拙者、フリューネ殿のお……」
 薫は己の目的を告げようとしたが、慌てて言葉をつぐんだ。
「お?」
「いやあの、アレでござる、オ……オファーを受けて馳せ参じたでござる!」
 何やら急に焦った様子を見せる薫を壮太は少し疑問に思ったが、深くは追求しないことにした。仮に何か怪しいことを企んでいたとしても、これから向かうのは大勢のフリューネ側生徒が構えているところなのだ。そう悪さは出来ないだろう。そんな考えもあってのことだった。
「そうか……んじゃま、一緒に行くか。せっかくだしな。ただ、あっちはもう警戒態勢に入っててもおかしくねえ。上手く潜り込むぜ」
「承知でござる!」
 薫の元気な返事を聞き、壮太とミミを乗せた飛空艇は再び南側――フリューネ陣営へと飛空艇を反転させた。そのままスピードを上げ空を進む壮太たちを、薫も追いかける。薫は飛空艇を操縦しながら、器用にごそごそと荷物を漁りだした。薫がやがて取り出したのは、なぜかカツラだった。薫はこれまた器用に運転しながらカツラを被る。無論彼の前を走る壮太とミミはそんな彼の様子には気付いていない。
「これで準備は整ったでござるな……おっと、連絡を忘れてはいけないでござる」
 カツラを装着し終えた薫は、携帯を取り出すとメールを打ち始めた。もしこれが自動車だったら、交通違反で何点加算されているか分かったものではない。
「送信完了、でござる。ふたりにちゃんと伝わると良いのでござるが……」
 携帯をしまうと、薫は壮太たちに追いつこうと速度を上げた。



 ヨサークの持っていた携帯が、小刻みに震えた。画面を開くと、一通のメール。それは、さっき壮太に続きこちら側を出て行った薫からのメールだった。
『拙者、フリューネ殿の邪魔をしてくるでござる。戦闘中フリューネ軍が少しでも混乱したら、チャンスでござるよ。では、またお会いするでござる』
「へっ……挨拶くれえしてきゃあいいのに、小粋なヤツじゃねえか」
 ヨサークは薫が飛んでいった先を見遣る。もうそこに彼の姿はなかった。ヨサークが携帯に視線を戻すと、画面には続きが書かれていた。
『果実を見るつもりで、のぞき部に入らないでござるか』
「あ? のぞき部……?」
 何のことかヨサークにはよく分からなかったが、彼が自分のために何かをやろうとしてくれているのだということは分かった。
「さて、そろそろ耕すか……!」
 携帯を閉じ、飛空艇へとその手を戻すヨサーク。しかしそんな彼の意気を、後ろから現れた如月 佑也(きさらぎ・ゆうや)が削いだ。
「なあ、大将。提案なんだが……フリューネと休戦することは出来ないのか?」
 突然の申し出に、怪訝な顔を見せるヨサーク。
「……あぁ? 何この期に及んで寝ぼけたこと言ってんだおめえ。収穫期に作物とらねえでどうすんだ」
「その収穫を妨げる一番の災害は、フリューネじゃないはずだろ」
 そう、佑也が言いたいことは、もうひとつの敵の存在。圧倒的な力を持った十二星華のひとり、【獅子座(アルギエバ)のセイニィ】のことである。何人もの生徒たち、そしてヨサークやフリューネも皆、戦艦島で彼女ひとりに叩きのめされたのだ。ヨサークはその時のことを思い出し、肩に手を置いた。傷はもうほとんど治っているが、その痕と同時に刻まれた屈辱は未だ彼の中に残ったままだった。
「フリューネとの戦いで力を使い果たしてしまって、あの女にユーフォリアを取られたんじゃ元も子もない。だからまずやるべきことは、フリューネとの戦いを一旦中止してあの女の襲撃に備えることのはずだ。違うか?」
「……おめえの言ってることは分かる」
 佑也の説得に、ヨサークが返事をする。
「てことは、休戦を……!」
 しかし、希望を含ませた佑也の言葉をヨサークが遮った。
「話は分かる、がそれに乗っかることはしねえ」
「なっ……喧嘩の片手間に勝てる相手じゃないのは大将だって知ってるはずだろ!?」
「だからって、女を倒すために女と手を組むなんてのは俺のやることじゃねえ。心配すんな、あのクソメスを耕した後、金髪の方も耕してやるよ」
「いくら面子が重要とはいえ、そんな場面じゃないだろうに……こうなったら、俺が今からフリューネのところに行って休戦を呼びかけてくるからな」
「そんなことしたって意味はねえぞ」
「あるさ。フリューネが休戦に応じれば、あちら側の生徒も全員戦いを止めるはずだ。そんな無抵抗な集団を、大将は耕せるのか? 大将のことはまだそんなに知らないが、そこまで落ちぶれた賊じゃないはずだろ」
 佑也はヨサークとのやり取りを終えると、パートナーのアルマ・アレフ(あるま・あれふ)を呼び出した。彼は小型飛空艇で現れたアルマの後ろに乗ると、そのままフリューネ側へと飛び出していった。
「ちっ……なんつうお節介なガキだよ……どうなっても知らねえぞ」
 去っていく佑也たちを眺めるヨサーク。彼と会話をしようとしていた者たちが一通り絡み終わったのを見計らって、四条 輪廻(しじょう・りんね)がヨサークに声をかけてきた。
「少しいいか?」
「あ、今度はなんだ?」
 決戦を目前にして次々と現れる自分への訪問者にやや辟易しつつもヨサークは振り向き、返事をした。
「戦う前に、どうしてもアナタと話してみたくてな。まだ時間があるなら、少しばかり付き合ってはくれないか?」
「……おめえもさっきのあいつみたく、休戦しろとか言うんじゃねえだろうな」
「なに、自分の好奇心を満たしてから戦いたいだけだ。そんな心配はいらない」
 眼鏡をくい、と上げて輪廻はヨサークに問いかけた。
「アナタは過去に農業をやっていたそうだが……なぜ、空賊になったんだ?」
「あ? 陸が駄目だったなら、空を耕すに決まってんだろ」
 当然、といった様子で答えるヨサークに、なお輪廻は迫る。
「なるほど……開拓精神を失ったから、というわけではないのだな。いや、俺は研究を生業にしているんだが、その対象には農業も入っていてな。アナタの農業は、荒れ果てた大地をも蘇らせることが出来るのか、それを聞いてみたかったのだ。が、農業ではそこまでの成功を得ることが出来なかったようだな」
 輪廻の言葉にヨサークが眉をぴくりと動かした。
「おめえ、俺の農業テクをなめんなよ。俺が農業で成功しなかったのは、権力者に搾取されていたからだ。田畑を耕せなかったからじゃねえ」
「何……ということは、アナタの農業は俺にとって、最高のテーマと成り得るぞ! 争いで死んだ大地、飢えで死んでいく子供たち……もし仮にアナタの農業がそれらを打破出来るものだとしたら、アナタのそれは世界を救う可能性を秘めた農業だ! そしてそれは、俺の研究にも成果をもたらしてくれるはず!!」
 眼鏡の奥で目を輝かせながら、口早にまくし立てる輪廻。さすがのヨサークもこれには圧倒されたのか、「お、おう」と短く返事を返しただけだった。そんなヨサークの様子に気付き、輪廻は冷静さを取り戻す。
「む、すまん。熱くなり過ぎたな。研究のことになるとどうも周りが見えなくなってしまう。さて、では好奇心も満たせたし、俺も戦闘準備へと入ろう……と、その前に」
 飛空艇を進ませようとしていた手を止め、輪廻はヨサークの方を振り返った。
「一時の関係とは言え、これだけの仲間の数だ。戦意を高揚させる必要もあるだろう。いつもやっているという、アレだ」
 輪廻はうずうずした様子でヨサークに掛け声を促した。
「い、いや楽しそうだからとか、そういうことではなくでだな、あくまで士気を上げるためにだな……」
 そんな輪廻を見て、ヨサークは小さく笑い、大声で周りの生徒たちに告げる。
「おめえら、そろそろ耕作すんぞ! 準備はいいか? Yosark working on kill!」
「へ……」
「Hey,Hey,Ho!」
 輪廻が声を上げるより先に、生徒たちが声を揃え返事をする。輪廻は乗り遅れぬよう慌てて他の生徒たちと声を合わせていた。
「ふむ、実に面白い。本当に気分が乗ってくるのだな、これは」
 眼鏡を再びくい、と手で動かし、輪廻が言う。その顔は若干上気していたようにも見えたが、手で隠されて真偽は分からなかった。
「もっと声張りゃあ、もっと気分がハイになるぞ」
 ヨサークがにっと笑い、輪廻に告げる。
「で、ではもう一度願おうか。いや、別に、先ほど上手く声を合わせられなかったから再チャレンジしたいとかではなくてだな……」
 ヨサークがそんな輪廻の声を遮るように声を上げようとしたその時だった。彼方の方で、一瞬何かが光った。上空からそれが降りてきたことで、その光の正体がサンダーブラストだと気付く。ヨサークは、その方角と時間帯から、ある予想を立てた。おそらくそれは、十中八九間違っていないであろう予想。そして彼のその予想は、悲しむべきことに当たってしまっていた。



 ヨサークが輪廻と話をしている時だった。
 ヨサークの元を離れた佑也は、アルマの運転する飛空艇に乗りフリューネ側へ近付いていた。自陣から出る時は壮太のようにスピードを上げていたその飛空艇だったが、敵陣営に近付くにつれその速度は緩やかになっていた。奇襲に来たと誤解されないようという考えからだった。しかしそれだけでは心もとなかった佑也は、運転しているアルマにひとつの指示を出した。
「風が強くなってきた。背を低くしていた方がいいな。その方が安定した運転が出来るだろ」
 佑也のその言葉には、裏があった。佑也が本当に願ったことは、安定した運転ではなくパートナーの無事だったのだ。もしも敵陣が発砲してきた場合、運転手が狙われるのは避けられない。ならば、身を屈ませて標的を自分に向け、アルマの安全を。
「……佑也、そんなにあたしの運転って頼りない?」
「いや、そういうわけじゃないが……なんだ、ほら、突風が時々吹いてくるって聞くし、念には念をってやつだ」
「あはは、分かってるよ」
 少し笑うと、アルマは背中から聞こえてくる佑也の言葉通りその身を屈めた。が、彼女のその言葉もまた、意味はひとつではなかった。
 きっと佑也は、余計な心配をかけまいとしてそんな言葉をかけたのだろう。仮に自分たちが狙われた時、ターゲットが自分に向かないようにと。それが新たな心配の種になっていることにも気付かずに。けれどアルマは、佑也にそれを言うことはしなかった。佑也が頑固者であることを知っていたからだ。分かってるよ。さっき彼女が放ったそのセリフは、そんな佑也の性格や言葉の真意に対してでもあった。
 少しして、佑也たちはフリューネ陣営の前へとその姿を晒した。眼前には、100近い数の戦士たち。しかし佑也は、怖気づくこともなく自身の考えを伝えた。
「頼む、聞いてくれ。ヨサークにも同じ話をしてきたが、俺らの最大の敵は十二星華のあの女だろ? 俺らが争い合ってる場合じゃないはずだ!」
 生徒たちに囲まれていたフリューネは、その言葉を聞き毅然とした態度で答えた。
「休戦しようというの? あのヨサークが休戦を望んでいるとは思えないけど?」
「……確かに、あっちの大将は応じてくれなかった。だが、こっち側が休戦の姿勢を示してくれればあっちだって……!」
アルマの持っていたマイクを使い、懸命な演説を続ける佑也。しかしフリューネはその言葉に、難色を示し続けた。
「それで折れるような男だとは思えないわね。私はあの男を信頼するに値しないと思ってる。そんな男のために、むざむざ仲間を危険な目に……」
 フリューネが言い終えようとしたその瞬間、突然辺りを鋭い光が覆った。光の正体は、遥か上空から降ってきた雷だった。その雷光は一直線に佑也へと向かい、ふたりを乗せた飛空艇を直撃した。黒い煙を上げ、飛空艇が雲海へと沈んでいく。
「ちょっと、余計なこと言わないでくれる? 話がこじれるじゃない」
 落下していく佑也とアルマを見下ろしながら、悪魔のような銀髪の女性が言葉を漏らした。先ほどのサンダーブラストを放った犯人は、どうやら彼女のようだった。
「……な、何も撃ち落とすことないんじゃないの?」
「あら、気を利かせてあげたのに」
 フリューネのそんな言葉を、銀髪の悪魔は気にも留めない。
 落ちていく飛空艇を見つめながら彼女――フリューネはどうしようかと思ったが、既にこうなってしまったという結果を「しょうがない」と諦め、生徒たちの方へ向き直って戦いの狼煙を上げた。佑也が落下を続けながら目にしたのは、生徒たちがフリューネに応え意識を戦いに向けている景色だった。
「夢も誇りも無い輩に……渡して良い宝じゃ……ない、だろ……」
 アルマを抱きかかえながら振り絞るように出したその言葉が、フリューネたちに届くことはなかった。



 遠くで雷光を目にしたヨサークの予想。それはさっき自分のところを説得しにやってきた生徒が、あちら側の雷で打ち落とされたというものだった。彼が佑也の落ちていく姿を視認したわけではない。しかしその考えは的中していた。敵討ち、という言葉が当てはまったわけではなかったが、ヨサークは雷光が見えた方角に向け、怒号を上げる。
「上等だクソメス! おめえは肥料ですら生温いぞこらあ!!」
 そしてヨサークは再度周りに向かって声を発した。
「Yosark working on kill!!」
「Hey,Hey,Ho!!」