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リアクション
【第二幕・池の中の蛙、大海を知らず】
池に落下したシェイドは土左衛門のごとく、ぷかーと浮かんで気絶しており。
そんな様子を水中から冷ややかな目で眺める者がいた。
(やぁれやれ……目立ちたがりのバカ忍天使め。やられるのは勝手だけど、こっちにまで迷惑かけないで欲しいな)
わざわざ水中に潜伏するまねをするのは、相手の忍者の中でただひとり。ガマガエルのゆる族である、スィだった。
と、そのとき池の上からこちらに視線を向ける気配を感じ、慌てて息を潜めた。
「葦原明倫館の校舎って、まるで戦国時代のお城そのままですね」
それはちょうど池の周りを歩いていた赤嶺 霜月(あかみね・そうげつ)と、パートナーのアレクサンダー・ブレイロック(あれくさんだー・ぶれいろっく)とクコ・赤嶺(くこ・あかみね)達だった。
彼らの中でスィの気配を感じ取ったのは、
「この池とかも、忍者とか潜んでそうな雰囲気でいいですよね」
学校見物のついでに探している様子の霜月でも、
「うんうん。映画で見た『すいとんの術』とか『みずぐも』とかカッコよかったし、はやくホンモノを見られるといいなぁ」
忍者に興味津々なアレクサンダーでもなく、
「……ふたりとも、もしかしたら本当に隠れてるかもしれないわよ」
唯一、超感覚と殺気看破で周囲を警戒していたクコだった。
「え、もしかして本当にこの池にいるんですか?」
「そういえばメールに、水好きカエルさん忍者もいるって書いてあったよね」
「多分間違いないと思うわ。僅かだけど気配を感じたもの」
そういうことならと、霜月は氷術で水を凍らせていく。これによって、相手を凍えさせ、かつ戦う手段を奪うつもりのようだった。
現にスィも心中で舌打ちしつつ徐々に凍りついていく水に震える羽目になっていた。
が、彼とて忍者の端くれ。忍び耐えることに関しては慣れているようで、じっと動かずに耐え続けていた。
「あれ? ねぇねぇ、あそこにもカエルさんいるけどあの人は違うのかな?」
と、ふいにある人物に気づいたアレクサンダーが池の反対側を指差していた。
そこにいたのはナーシュ・フォレスター(なーしゅ・ふぉれすたー)。いや、正確にはその隣にいるナーシュのパートナー井ノ中 ケロ右衛門(いのなか・けろえもん)のことであった。
名が示すとおり彼はカエルゆる族であった。
「こら。言っておくが俺は殿様蛙だ、蝦蟇じゃねーんだよ」
聞こえていたらしいケロ右衛門は抗議の声をあげる。
「よすでござるよ。べつにどちらでもいいでござろう、そんなこと」
「ナーシュ! おまえまでそんなこと言いやがるのかよ」
「それよりケロ右衛門。この池が怪しいというのは確かでござるか?」
やはりカエルのことはカエルに聞くに限るということで、ナーシュは彼頼みでスィを捜索していたらしい。
「ああ、おそらくな。池の水質とか場の環境とか……諸々のことを考慮しても、カエルが棲みやすい池だと思う」
「スィはいつも水辺にいることが多いゆえ、可能性は高いと拙者も思うでござる」
シェイド戦でやられた傷を、永太のヒールで治してもらっていた利経衛もようやくその場にやって来た。
そして蒼也もまだついて来ており、他にも夜薙 綾香(やなぎ・あやか)と、パートナーであるアポクリファ・ヴェンディダード(あぽくりふぁ・う゛ぇんでぃだーど)とアカシャ・クロニカ(あかしゃ・くろにか)も加わっていた。
「それにしてもニンジャか。一体どんな術を出してくるのか今から楽しみだ」
「しかしマスター。忍術は技術ですから、魔術とは縁がないかと思うのですが……」
「えぇ〜……忍術って魔術とは違うんですかぁ〜」
綾香に冷静な進言をするアカシャと、それを聞いて何だかしょんぼりするアポクリファ。
「まぁ、そう言うな……お前たち二人を使いこなすには、ニンジャの技術を取り入れるのも一つの手だからな」
そう言って苦笑しつつ、綾香もまた殺気看破を使って所在を探っていた。
「他の皆が言うように、やはりここにいる確率が高そうだな。よし、アカシャ。いっそ池の水を全部飛ばしてしまってくれ。アポクリファは牽制とかく乱を頼む」
「はいはい、わかりましたわ」「了解ですぅ〜」
指示を受けてアカシャは、火術で池の水をどんどん蒸発させていく。
アポクリファは水面に向かって雷術を軽く流し、更に綾香も光術を放って相手を牽制していく。これなら何らかの反応があるだろうと踏んでいる三人だが、まだ池は沈黙中。
「よし、俺も加勢するぜ」
蒼也はそう言うと、今度は緑色のキャンディを放り込んだ。舌に感じるピーマンの味に思わず吐き出しかけたが、そこは我慢して研ぎ澄まされていく聴覚に意識を集中させる。
「……ぐぐぐ……なんの、これしき……」
すると微かに、スィらしき声が池より響いてきた。
「あそこらへんかな……?」
それを起点に居場所の見当をつけ、蒼也も雷術を放ち始める。
「むぐぐぐぐぐぐ! ええい、もう我慢の限界だぁっ!」
すると突然池の中より、水色の忍び装束を着たスィが飛び出してきた。正真正銘ガマガエルのゆる族である彼は、そのまますちゃっと水面に立って一同を睨みつけてくる。
「うわー! すごい! あれが本物の忍者なんだね。しかも、みずぐもも無しで水の上に立ってるよ!」
ようやく姿を現した敵に身構える一同をよそにひとり興奮するアレクサンダー。ちなみに水面に立っているのは軽身功による種も仕掛けもある技の成果だったりする。
「このまま隠れ切れればと思ってたけど、やむをえないね」
そしてスィは口の前に両手で輪を作ると、
「蛙忍法、泡酸水の術!」
そこから、ポポポポポポ……と、まるでシャボン玉を作るかのようにして、野球ボール位の大きさの水泡を無数に周囲へと散布させていく。
「なにこれ?」
アレクサンダーやアポクリファは興味深げに触れようとするが、
「触れてはいけないでござる!」
寸前で利経衛の声に静止させられる。その警告を証明するかのように泡のひとつに触れた草がジュウゥゥ、と溶けてしまっていた。
「これは、アシッドミストをスィなりに応用させた術でござる。酸の霧を周囲の水分と合わせて凝縮し、あの泡を形成させたんでござるよ」
「よし、それなら拙者に任せるでござる! 必殺、火遁の術!」
実際は普通の火術であるところを、それらしい術名をさけびながら使用するナーシュ。だが実際、水に火が効果的なのは事実で。泡はどんどん蒸発させられていく。
それを見たスィはすかさず手の構えを変え、今度は吹き矢でも吹くかのような体勢をとる。
「蛙忍法、弾水の術!」
スィの口から何かが発射されたのを見、横っ飛びでそれを避けるナーシュ。
が、運悪くその後ろにいたクコは突然のことに対応が遅れた。
「きゃあっ!」
クコは左肩にハンマーで殴られたかのような衝撃を受け、仰向けに倒れてしまう。
「クコ!」「わあっ、し、しっかりっ!」
霜月とアレクサンダーは慌てて駆け寄り、アレクサンダーが急いでヒールをかける。
「大丈夫ですかクコ。アレク、念の為キュアポイズンもかけてあげてください」
「う、うん。わかった!」
アレクサンダーは涙目になりながらも、霜月に言われた通りキュアポイズンをかける。
「だ、大丈夫よ。ぶつかったのは多分ただの水だから。でも、そんなただの水をあそこまで威力のある弾丸にするなんて……実物の忍者は、やっぱり凄い術を持ってるみたいね」
「……なんにしても、ここからはもう容赦は無用だ!」
パートナーをやられたお返しとばかりに、霜月は氷術で池とスィの両方めがけて攻撃を繰り出していく。
「これは、はやく決着つけたほうがよさそうでござるな」
それに他の面々も感化され、ナーシュは再び火遁の術という名の火術をお見舞いし。綾香も光術でスィの注意を引き付ける。アポクリファと蒼也は雷術で感電させてやろうとしていくが。
当のスィはまさにカエルのようにぴょんぴょんと水面や地面を跳ね回り、時折隙を狙って先程の水弾攻撃を放つ隙のない攻防をみせていた。
そんなスィに対し、利経衛はというと。
「よ、よし拙者もたたか……ぐわ!」
突撃しようとした直後顔面へカウンター気味に水弾を受け、のたうちまわっていた。
「なにやってるでござるか、ウッチャリ殿は……。それにしてもくそっ、いい加減に当たるでござる!」
場が徐々に混戦していく中、ついにナーシュの火遁が、カエルの頭を直撃した。
「ぎゃあ! あち、あちい! なにやってんだ。こっちじゃねぇよ! あっちだ!」
が、それは相方のケロ右衛門の頭だった。
「ケロ右衛門、紛らわしいでござる!」
「うるせぇよ! 見ろこれ! 俺の自慢のモヒカンが軽くコゲちまっただろうが!」
「そんな細かいことを気にしてる場合じゃないでござるよ! ケロ右衛門、こうなったら拙者達の必殺技をみせてやるでござる!」
「え? お、おう!」
「スィ殿、とくと見るでござる! これが拙者達のとっておき……とうっ!」
声高らかに、ナーシュは思い切りジャンプする。スィをはじめ場の全員が何事かとそちらに注目する。そしてナーシュはそのままケロ右衛門の肩へと、両の太ももで着地する。まさにその姿は…………
「蝦蟇忍法、蛙同化の術!」
「って、何度も言うが俺は蝦蟇じゃねー、殿様だ!」
………………。
しばし沈黙が支配した。
「ニンニン! どうでござるか、スィ殿!」
「って! それどこからどう見てもただの肩車じゃないか!」
「む。よく見破ったでござるな」
「誰でもわかるわ!」
ただのこけおどしだったのかと怒り心頭でまた水弾の構えをとろうとしたスィ。
だがそこで、あることに気がついた。他の皆も同様に気づく。
「水が……無くなっちゃった」
そう、池の水がいつの間にかすっかり干上がってしまっていたのである。
スィが術に使用したのは勿論、アカシャやナーシュの火術による蒸発、ついでにシェイドが飛び込んだ際に水を飛び散らせたのが原因であった。
「こうなっては、仕方ない」
そしてスィは重々しく呟きを放つ。
ここからはどういう戦法で来るのかと一同に緊張が走って、
「すいませんでした。降参します」
直後全員がこけていた。それはもう、若手芸人のごとく盛大にずっこけていた。
「スィ殿にとって、水の終わりは戦いの終わりを意味するでござるからな。実際のところ、水を使う術以外は拙者よりも成績が悪いんでござる」
利経衛だけは苦笑いのまま、スィからずぶぬれの頭巾を受け取っていた。
「これで、ふたつ目でござる!」
そして高らかに掲げる利経衛に、なんとなく皆は拍手していた。
ウッチャリ君、なにもしてなくね? と思う者も中にはいたが口に出す者はいなかった。
チャラ〜ラ ララララ ラッラララ〜ララ〜
そのとき、着メロが鳴った。利経衛の携帯である。
「もしもし?」
『あ、もしもし。ウッチャリ君?』
電話は司からだった。
『光くんを見つけたので、すぐ四階の階段のところに来てください』
「本当でござるか? えっと……四階の階段といっても、どこのでござろう」
『え? ああ、すみません。ここはですね――』
朗報に喜ぶ利経衛だった。が、
『え?』
その後通話口からなにかが弾けるような音がした。そして、
ツー ツー ツー
電話は、切れていた。
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