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リアクション
4日目(1/4)優しさに触れて
蒼空学園学生寮。
廊下を歩く2人の影が、とある部屋の前で立ち止まる。ノックをすると、中から微かに声がした。
「勝手に入れ」
中に入ると、共有スペースには誰も居なかった。それなりに片付けられた室内を見まわして、2つある内の個人部屋の扉を確認する。
(……何か、すごく可愛い……)
片方にぶらさがった木製の『ピノ』という名札を見てそんな感想を抱きつつ、ケイラ・ジェシータ(けいら・じぇしーた)はもう片方の扉を開けた。
「えっと……ラスさん、大丈夫?」「……誰だ?」
訪問者と住人がほぼ同時に声を発し、後者――頭を含めて身体の9割に包帯を巻いたパジャマ姿のラス・リージュン(らす・りーじゅん)は咥えていたあんぱんをぼとっと落とした。ベッドの周りには菓子パンの袋が散乱している。
「な、ななな、何しに……!」
慌ててケイラの手元を確認するラス。メイスは持ってないな、うん持ってない。
「全身ミイラになってるって聞いたからちょっと心配になって。お見舞いにきたんだよ。ね、響子」
果物かごを持った御薗井 響子(みそのい・きょうこ)が無言で頷く。
「………………ま、まあ座れよ。椅子は1つしかねーけど」
「自分はいいよ。響子、使って? あ、これ、持ってきたんだけど……」
未だに身を引いたままのラスに、ショコラティエのチョコとみかんを渡す。ついでに毛布の上に落ちたままのあんぱんも拾った。ごみも拾った。
「そんなに警戒しなくても、別に……怒らせるような事しなかったら何もしないよ。怒るのあまり得意じゃないんだから。むしろ、今日は治しに来たんだよ」
「そ、そうか……って何だそれ! 殺る気満々じゃねーか!」
ラスの視線は、響子がすらりと出した綾刀に固定されていた。響子は刀を持ったまま、デスクに置いたかごからりんごを取り出すと椅子に座る。
「いえ……お見舞いでは、りんごをうさぎ型に斬るのが定番なんですよね……? お誂え向きに刀を装備しているので……これで頑張ってみよう、かと」
斬る、の漢字のチョイスが間違っているような気がしないでもないが。響子はデスクをまな板代わりにりんごに刃を落とす。長い刀身の切っ先が何気に額まで届き、包帯が切れて血がたらりと出たところで、慌ててラスはベッドの足元に避難した。
「ラスさん、今日、ファーシーさんとルヴィさんの結婚式があるのは知ってるよね。治ったらサクッと行こう、サクッと」
「結婚式……ああ、ルミーナが電話で言ってたな」
興味の無さそうなその口調に、治療をかけていたケイラの手が止まる。
「……行かないの?」
「何で俺が行かなきゃいけないんだ? アトラスの傷跡なんて遠い所……」
「……行かないの?」
「いや、面倒くせーし……銅版同士の結婚式なんて訳わかんねーだろ。片方死んでんだぞ? んなもん見たくもな……え? 何? いてててててっ!」
ほどきかけていた包帯をぎゅむーっと締めるケイラ。
りんごの欠片を落としながら2人のやりとりを眺め、響子は考える。日本の資料曰く『ツンデレ』とは『行きたくても「行きたくないんだからねっ」と言う人種』だそうだ。2日前に、ファーシーが確かにラスはツンデレだと言っていた。彼もそういう感じなのだろうか。
(……無理にでも連れて行った方が良いの……かな)
片手に剥き終わったりんごを、もう片方に綾刀を持って、響子は立ち上がる。残した皮はうさぎの耳には到底見えなくて実も随分と小さくなっていたがそれはともかく。
「……本当は……行きたいんですよね……?」
「え、いや、だから……」
りんごの汁滴る刀を前にして、ラスは冷や汗を流す。とりあえず、恐いのでりんごは受け取って口に入れた。その間に、ケイラはヒールとリカバリを併用して怪我を治す。最後に、応急処置で仕上げをした。
「はい、これで行けるよね?」
「…………」
「おにいちゃん! パンいっぱい買ってきたよー! あれ? お客様?」
そこに、10歳くらいの少女が扉を開けて入ってきた。金髪をボブカットにした、黒目がちの可愛らしい子である。少女は、屈託のない笑顔でケイラ達に挨拶した。
「こんにちは! ラス・リージュン(らす・りーじゅん)のパートナーのピノ・リージュンです。ウィザードやってます。友達が4人しかいないこんな兄ですが、よろしくお願いしますね! あと、結婚式には首に縄つけてでも連れて行ってください! で、あたしも行きたいな!」
元気いっぱいに言うピノ。
「駄目だ」
「えー、何で? 結婚式だよ? 女の子の憧れだよ? 行きたいよー!」
ラスは、いろんな意味で苦虫を噛み潰したような表情になった。
「絶対に駄目だ。モンスターでも出てきたらどうするんだ?」
「……ボク達が守るから大丈夫ですよ……行きましょう……」
「行きたい行きたい行きたいよー! ……というか行かせろ」
ぼそっと小さな声で言うピノ。ラスは全く気付いていない。そんな中、ケイラは1人首を傾げていた。
(すっごい可愛い……でも今、何か一瞬、言葉遣いが……それに、帰ってきたばかりにしては情報持って……あれ?)
パジャマで行くわけにもいかないので全員を追い出して私服に着替え、ノブを回す。だがそこで、ラスの手が止まった。引き返して、デスクの引き出しから銅版を取り出す。オトス村で、プレナ・アップルトン(ぷれな・あっぷるとん)がすりかえ用として機晶技術で作ったものだ。何となく必要になる気がして――彼はそれを鞄に入れた。
跡地の入口に、1台の車が停車した。幌の掛かった、4人乗りの白いスポーツカーだ。運転席からサイアス・アマルナート(さいあす・あまるなーと)が降りてくる。サイアスは建物間の道の状態を確認すると車に戻り、助手席のクエスティーナ・アリア(くえすてぃーな・ありあ)に言った。
「低速で入れば問題なさそうですね」
「……よかった、です……。これで、式が終わったあとにすぐ……乗り込めますわ」
ほんわかと微笑むクエスティーナ。車は、ゆっくりゆっくりと敷地内を進む。
2人は、結婚式終了後に、余韻を残してそのままヒラニプラへ向かえるようにとこの車をレンタルしてきたのだ。街の中は、外ほど砂が多くないと聞いていたので、幌も開けられるだろう。
「クエス、手は大丈夫ですか?」
サイアスが少し気遣わしげに言う。クエスティーナは、ファーシーを祝福したいと沢山のポインセチアを用意していた。この日まで枯れないようにと、丁寧に水切りをしていた彼女の手には、絆創膏が貼られている。ポインセチアの切り口から出る樹液の影響だった。
「今日は……ルヴィさんとファーシーさんが永遠の愛を、誓う日です。たとえ亡くなっていても……1人の方を変わらず、大切に想うファーシーさんは素敵です……だから、祝福の意味のあるあの花をどうしても差し上げたかった……」
前途には困難も沢山あるし、寂しさと罪の意識も拭えないと思う。だからこそ、その未来に精一杯の祝福を贈りたかった。
礼拝堂に着いて脇に止めると、白い車体はそれだけで装飾の一部になったかのようだった。この日の運営の全般を担当する風祭 優斗(かざまつり・ゆうと)が中から出てきて、クエスティーナ達は改めて挨拶した。サイアスがトランクから花を入れたケースを取り出す間に、彼女は言う。
「フラワーロードに……ポインセチアを使ってはいただけませんか……? 色が映えるように、白いカーペットも用意しましたの……」
トランクの中の色鮮やかな花を見て、優斗は頷いた。
「わかりました。まだそちらは手をつけていませんから、ありがたく使わせていただきます。きっと、ファーシーさんも喜びますよ」
一方サイアスは、車の後ろにアキカンをつけていく。
魔を退けるといわれているこのアキカンが、ファーシーの未来を守ってくれるように。
それからしばし。
「もう! なんで礼拝堂に入っちゃいけないのよ。どうなってるのか見たいのになー。……裏口から忍び込んでやろうかしら」
ルミーナは、首にぶらさがってぶちぶちと文句を言うファーシーを連れ、礼拝堂を外から眺めていた。2人が入って良いのは裏口から行ける控え室だけだそうで、仕方がないのでこうして外の準備を見回ることにしたのだ。
「みなさん、ファーシーさんにびっくりしてほしいのだと思いますわ。開ける前にプレゼントの中身が判ってしまうのは、つまらないでしょう?」
「それはそうだけど……」
礼拝堂に向かう途中でそれを聞いた瀬島 壮太(せじま・そうた)は、足を止めてファーシーに声を掛けた。左手人差し指にはフリーダ・フォーゲルクロウ(ふりーだ・ふぉーげるくろう)を嵌めている。
「ファーシーはどんな式場にしたいんだ? 何か希望があれば、俺が伝えるぜ」
礼拝堂の外では、クマラが看板を作っていた。多少距離があっても分かりやすいように、大きな文字で『フラワーシャワーはこちら』と書いてある。扉の枠に花飾りを施す作業も開始され、近くへ行けば良い香りに包まれそうだった。
「……うーん、お任せにするつもりなんだけどね。見たことも聞いたこともなかったし……やっぱり、こうしてみんなが来てくれたこと、色々考えてくれたことが嬉しいから。みんなが作ってくれた式場が、わたしにとっての1番なのよ」
「好きなものとか、ないですか? 私、それに合わせて飾りつけをしますよー」
結崎 綾耶(ゆうざき・あや)がアレンジメントの1つを持って話しかけてくる。何だか、ぎゅっと抱きしめたくなるような雰囲気のある小柄な少女だった。匿名 某(とくな・なにがし)も、慣れない様子で外装用の花を枠につけると近付いてきた。
「花ならまだあるしな。好みの装飾にもしてやれると思うけど」
「お花かー、そうねー…………あ、そうだ!」
何かをひらめいたらしいファーシーに、注目が集まる。
「この礼拝堂の周りを、お花畑みたいにしたいわ。それこそ、地面が見えないくらいに。その中を歩ければ、きっと素敵だと思うの」
「「「「…………」」」」
ルミーナを含めた4人が、その光景を想像して準備されている花を振り返る。さすがにそこまでの量の花はない。
「……難しいかな?」
そこに、ティエリーティア・シュルツ(てぃえりーてぃあ・しゅるつ)とスヴェン・ミュラー(すう゛ぇん・みゅらー)、フリードリヒ・デア・グレーセ(ふりーどりひ・であぐれーせ)が白馬に乗ってやってきた。馬の上には布袋が積まれている。
「モーナさんが、僕達を送り出してくれたんですー。あ、このお花、いっぱい敷き詰めたらいいかなって……白いお花なんですけど……」
「ほんと!?」
(……GJ!)
(あ、良かったですー)
(ファーシーさんの想いが通じたんですわね)
(ファーシー、嬉しそうね)
(……俺達のパートはフラグだったのか……)
それぞれがそれぞれの言葉で、この瞬間への感想を抱いた。
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