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魂の欠片の行方3~銅板娘の5日間~

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魂の欠片の行方3~銅板娘の5日間~

リアクション

 4日目(3/4) 平穏と不穏

「風祭さん」
 ルミーナが隼人に白いブーケを渡した。
「ブーケトス……シャンバラのブーケ投げが複数なのは、男性も同じように感謝の気持ちをみなさまに現すためなのです。だから……お願いします」
「分かりました」
 隼人がブーケを受け取ると、優斗が扉を開ける。
 途端、彼女達の頭上に、青く美しい野花が舞い降りた。空飛ぶ箒に乗った五月葉 終夏(さつきば・おりが)が竹篭に入れたたくさんの花を2人の――参列者全員の上に贈っていた。
 敷き詰められた白い花の上に、ふわりと積もってく青い花。
「おめでとう、ファーシー! 皆もね!」
「末永くお幸せになってくださいね」
「ファーシーねぇ、よかったね。ルヴィにぃは、ちゃんといたね!」
 入口近くにいた島村 幸(しまむら・さち)メタモーフィック・ウイルスデータ(めたもーふぃっく・ういるすでーた)が祝いの言葉を贈る。
「うん、ルヴィさまは……壊れてないよ!」
「ファーシーちゃん、お菓子だよー!」
「おめでとうございます」
 霧雨 透乃(きりさめ・とうの)緋柱 陽子(ひばしら・ようこ)、が個包装されたお菓子を空高く投げる。ラルクが陽気に言った。
「ファーシー結婚おめでとうな! 幸せに暮らせよー!」
「うん! ありがとう!」
 そして、ルミーナと隼人がブーケを投げる。
 空中に弧を描いて飛んでいくブーケが、みんなの中に落ちていく。
「えっ、えっ!? うそっ」
「にゃう?」
 ナデシコのブーケはルカルカ・ルー(るかるか・るー)の手元に、白い花のブーケはアレクスのプレゼントボックスの中にぽすっと収まった。
「よかったわねん、ルカ☆」
「今度はアル君のリボンを買いに行くかもしれませんね」
 ルカ・アコーディング(るか・あこーでぃんぐ)とエメがそれぞれに言う。
「では、ケーキカットに移らせていただきたいと思います。新郎新婦は中央までお進みください」
 ケーキは、橘 舞(たちばな・まい)ブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)、仙姫が事前に注文……しようと思って店に行ったら、そんな大きいもの運べないと断られてパティシエを拉致ってきた作らせた。
 それはもう特大の、ウェディングケーキ。
 普通なら、メインイベントなのだが……?

「ねえ、これ、どうやって切るの?」
「どうって……特製のケーキナイフじゃないのか? あの大きなやつ」
「でも、ありませんわよ?」
 ケーキの前でなにやら会議を始める3人。そう、あの定番の長いケーキナイフが見当たらなかった。出張パティシエに思わず目を向ける。すると彼は、すいません忘れましたとでも言うかのように両手を合わせた。
「…………」
「もうー! なにをぐだぐだやってるのよ。大体ナイフがあったって、銅板じゃ持てないじゃないの。さっさとやっちゃいなさい!」
 ブリジットがせかす。
「何か、切るものを見つけませんと……」
 ファーシー達だけじゃなく、テーブルについた面々も頭にクエスチョンマークを浮かばせていた。テーブルをまわって日本酒やお茶を配っていたフロンティーガーもぴたっと止まってブリジットに注目している。
「銅板を重ね合わせて、それをナイフ代わりにしてケーキを切ればいいのよ!」
「ええーーーーーーーーーーーーーー!」
 ファーシーが仰天して声を上げる。あまりの声の大きさに、『ええーーーーーーーーーーーーーー!』というやまびこが聞こえてきたほどだ。
 それはもう、何だかお弁当を食べようとしたら箸を忘れて鉛筆でチャレンジ! みたいなものではないだろうか。え、経験ないですか? そうですか。
 目を丸くする参列者達。
「作業しているの他の人だし、共同作業でもない気がするけど、まぁ、気分よ、気分。ファーシーもルヴィの銅板と1つになれるなら、本望でしょ」
 さっき、既に1つになったわけだが。
「そ、それじゃあファーシーさん達がクリームだらけになっちゃいますよ?」
「なんともアホなアイデアじゃな」
 舞と仙姫が口々につっこみを入れる。
 だが。
「よし、やりましょう!」
「「「「「「「「「「「「「「「「ええーーーーーーーーーーーーー!」」」」」」」」」」」」」」」」」
 ファーシーの口からのまさかの言葉に、今度は皆が仰天する。あまりの声の大きさに、『ええーーーーーーーーーーーーーー!』というやまび(ry
「やるのか……」
「いいじゃないのクリームまみれ! もともとしんみりするのは苦手なのよ! パーっとやるわよパーっと!」
「ほ、本当に良いのですか?」
「ルミーナ! リボン取って!」
「はい……」
 本人が言うのならば仕方ない。ルミーナは青いリボンを取り、隼人と共にルヴィの銅板と重ね合わせる。
 いざ。
「ルヴィさまも意外と、こういうバカなことが好きだった気がするわ……たぶん」
「たぶん、ですか……」
 ウエディングケーキに銅板がめりこむ。一応、円を描いていない所を刃代わりにしたわけだが――
「…………」
「で、では、これからケーキを取りわけますので、みなさまはご歓談を……」
 よく考えたら、参列している皆は武装の1つや2つや3つ持ってるんだからそこから剣でも借りればよかったんだよなと今更思いながら優斗がアナウンスをする。
「なに言ってんの! 最後は皆でケーキ投げよ!」
 ブリジットが言う。
「ええーーーーーーーーーーーーーー!」
 最後に――うん、最後だろう、おそらく――声を上げたのは出張パティシエだった。あまりの声の大きさに、『ええーーーーーーーーーーーーーー!』と(ry
 そりゃそうでしょう。そりゃそうだ。
「こういうのは、やっぱり楽しんだ者勝ちだろうし、銅板同士の結婚式ってだけでも、普通じゃないんだから、これぐらいの方が楽しいし思い出になるでしょ」
「た、食べ物は大切に……」
「そうね、もったいないと思う人は無くなる前に食べにくればいいわ!」
 クリームまみれでファーシーも同意する。何かこの2人、馬が合ってるような……
「ほら、行くわよ!」
 素手でケーキをつかみ、本当に投げ始めるブリジット。
「ザイン、行け!」
 言われるまでもありませんとケーキを食べに走るザイエンデ。あれ、さっきまですごく綺麗な歌声を……あれ?

「アホだな……」
 瓦礫の1つに座って、心の底から気持ちを込めて半眼で、ラスは言った。ケーキ食べたさと騒ぎたさを兼ね備えたピノや真菜華も、ケーキ戦争の中に混じってしまっている。ケイラが言う。
「ね、来て良かったよね」
 良い結婚式だったと思う。でも、これからどうしようもなく空しくなる日も来るかもしれない。ゆっくりと、少しずつ、皆でそれを埋めていきたい。
「……別に。あいつが結婚しようがなにしようが、俺には関係ねーしな」
「つんでれ男さん、さすがの発言ですね〜、そのキャラをどこまで貫けるかな〜」
「何度も言うが、ツンデレじゃないぞ。あと、せめて、名前で呼んでくれ……」
 ケーキ騒ぎを見ている響子がぼそりと言う。
「では……先程、礼拝堂を真っ先に出て行かれたのは……何故でしょう……てっきり……感動しすぎて泣き顔を見られたくないのかと……」
「ばっ……何言ってんだおまえっ……!」
「平和じゃのう。あの時は、まさかこんな結末があるとは思いもせんかった」
 そこに、ゴン・ドーがやってきた。彼は、素直に反省の言葉を述べる。
「鍋にせんで本当によかったわい」
「平和ねえ……」
 どうにも何かひっかかる。何か1つ、とびきりシリアスな何かが残っているような。歯の奥に物が詰まったような気持ちの悪さ。礼拝堂周りに張り巡らされたピアノ線の所為で過敏になっているだけだろうか。
 ――いや。
 視界の隅で、灰色のうさみみが揺れた気がした。
(まさか……)
 立ち上がって視線の先に目を凝らす。確認するために、ラスはその影を追いかけてみることにした。
「おいお前ら」
 振り返った皆に、言う。
「ピノを頼むな」

「ファーシーさん……生クリームって結構油分が多いって知ってますか?」
 ハンカチで銅板を拭いながら、ルミーナが言う。
「そうなの? 知らないわ。バターとは違うんでしょ?」
「違います。ただ……胃の弱い方が少し多めに食されるとお薬を飲むことになるくらいには油分が多いですわ」
「ふーん……でも、それがどうしたの?」
「銅板が綺麗にならないな。何か、テカってるっていうか」
 同じくルヴィの銅板を拭っている隼人が言った。
「…………う……そう、なの」
「ファーシー」
 そこに、イーオン・アルカヌム(いーおん・あるかぬむ)セルウィー・フォルトゥム(せるうぃー・ふぉるとぅむ)フィーネ・クラヴィス(ふぃーね・くらびす)を連れて声を掛けてきた。彼らは生クリーム及びスポンジ及びいちごの被害には遭っていないようだ。
「ほう、最近の結婚式では妙な余興をやるものなのだな」
 フィーネは興味深そうに、ケーキ戦争を眺めている。
「これは結婚祝いだ。良ければ取っておいてくれ」
 イーオンは、細かい装飾の施された長方形の木箱を出した。蓋を開けると、中から音楽が流れてくる。オルゴールだ。
「わあ……素敵ね。ありがとう!」
「私達からはこれを」
 蘭華・ラートレア(らんか・らーとれあ)と共にやってきた浅葱 翡翠(あさぎ・ひすい)が抱えていた紙袋をルミーナに渡した。しっかりと密閉されていて、細かい丸いものが入っているのが分かる。
「珈琲豆です。無事身体に戻ったらゆっくりと飲んでくださいね」
「うん……ありがとう」
 皆のやさしさが伝わってくる。どうして今、泣けないんだろう。早く、身体に戻りたいな……
「ファーシーさん……そろそろヒラニプラへ行く時間……ですわ。今日は……楽しめましたか?」
「うん、すごく楽しかったよ!」

 礼拝堂から離れた居住区。死角に隠れて人声を耳にしながら、雨宮 七日(あめみや・なのか)日比谷 皐月(ひびや・さつき)に言った。
「皐月、今日は帰りましょう。式を終えたらそのままあのオープンカーに乗るようですし、ファーシーさんが1人に……いえ2人になる時間は無いと思われます」
「…………」
「今回に限っては、事を荒立てるつもりは無いのでしょう? 皐月がぼこぼこになっても、進展する何かが有る訳でもないですし。というよりただ傍迷惑なだけです」
「……ひでー言い草だなそれ……」
(ふーん……)
 その更に死角から会話を聞き取ると、ラスはオープンカーの方に向かった。
 そしてもう1人、皐月達の存在に気付く者がいた。四方天 唯乃(しほうてん・ゆいの)だ。
「攻撃しますかー?」
 ヘキサポッド・ウォーカーに乗ったエラノール・シュレイク(えらのーる・しゅれいく)が言う。こちらもまた隠れ、彼らから見えない位置にいた。
「……待って、陛下を呼んでくるわ」

 車の周囲では、参列した生徒達がファーシーに祝福とエールを送っていた。ガートルード・ハーレック(がーとるーど・はーれっく)シルヴェスター・ウィッカー(しるう゛ぇすたー・うぃっかー)が口々に言う。
「おめでとうございます」
「身体に戻ったら連絡を寄越すんじゃぞ!」
「……それは、呼び出したら何時でも来てくれるって考えていいのね? 認めたのね? ……ふっ、ついに勝ったわ!」
「違うわ!」
「絶対に成功するって信じてるからな」
「蒼空学園で会おうぜ!」
 葛葉 翔(くずのは・しょう)中原 一徒(なかはら・かずと)に続き、アーキス・ツヴァインゼファー(あーきす・つゔぁいんぜふぁー)も端的に言う。
「教室で待ってるぞ」
「おめでとう、ファーシー」
 エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)も祝福する。ルヴィは既に亡くなっているわけだし何と言おうかと思っていたが、礼拝堂での光景を見た今なら素直におめでとうと言える。
「ファーシーちゃん、今度遊びに行こうね!」
 ロートラウト・エッカート(ろーとらうと・えっかーと)が明るく言う。
「ルミーナ、ちょっと」
 ラスがそこで、ルミーナに声を掛けた。車から離れた場所まで移動すると、カツアゲさながらに手の平を出す。
「とりあえず、ファーシー渡せ」
「え? いきなり何言ってるのよ。これからヒラニプラまで行かなきゃいけないのに。早くしないと夜になっちゃうわ」
「ファーシー」
「な、何よ……」
 やけに真面目な表情で言われ、ファーシーはたじろいだ。
「この前、鏖殺寺院宣言したやつがいたろ? あいつが来てる」
「……え……」
 ファーシーは、即座にオトス村での出来事を思い出した。自分は鏖殺寺院だと、仇の仲間であると告げた男。ファーシーの大切な人たちを、全員殺すと言っていた。
「なにしに来たの……? まさかみんなを……」
「そのつもりはないみたいだな。だから、呼びにきた……どうする? 会うか?」
「…………」
 押し黙るファーシーに、ラスは鞄から銅板の模造品を出して見せた。
「あの時にプレナが作った偽物だ。ルミーナにはこれをぶら下げてもらえば、多分ばれない。生クリームの所為で装飾が取れてるのも僥倖だな。明日の移植までに戻れば問題ないだろ」
「でも……」
 偽物を車に乗せて行くなんて、クエスティーナ達の――皆の想いを無視するような気がして。
「俺は、会っといた方が良いと思う。会って、けじめをつけた方がいいんじゃないのか? ……まあ、決めるのはお前だけどな」