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【十二の星の華】ヒラニプラ南部戦記(第1回)

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【十二の星の華】ヒラニプラ南部戦記(第1回)

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第I部 夢

第1章


 三日月湖に残る騎狼部隊の半数を預かり、北の森での行方不明者捜索の指揮を執っていた一条 アリーセ(いちじょう・ありーせ)。その一条自身もまた、行方不明者となった。同じように、道明寺 玲(どうみょうじ・れい)迦 陵(か・りょう)ら仕官候補生の姿も見えなくなっている。敵の仕業によるものではないのか等囁かれたが、手がかりは全く掴めないでいた。そうこうする間もなく、この北の森の向こうが騒がしくなる。
 戦が近付いているのだ。

 それぞれの思いを秘め、戦地に赴く者達。すでに戦地にある者達。
 戦いは、物語は、様々の夢を巻き込み、拡がっていく。


1-01 夢の痕跡

 北の森を、数騎の騎狼兵らが巡回している。
 少し前、ここにいた者達が邪まな夢の世界に引きずり込まれたのだとはまさか知る由もないのだが、この女性も、夢を見ていた。その夢は、誰にも知られない個人的な夢であったが……
「……何故、昔の夢を見る?」
 騎狼に乗った林田 樹(はやしだ・いつき)だ。手伝いとして騎狼部隊に参加していた彼女だが、この事態に差し当たり当面三日月湖における騎狼部隊を任されることになる。
 しかし、今の林田は些かその表情は重く、どこか疲れた様子でもあるのだが……
「樹様、この頃、よく眠れていないようですね」
 傍にいるジーナ・フロイライン(じいな・ふろいらいん)が呼びかける。「ワタシが側で見守っておりますから、少し休憩をなさっては?」
 うむ、ありがとう、と言い、また考え込んでしまう。
「樹様……」
 林田に起きつつある変化は、コタローが最も的確に感じ取っていた。「ねーたん、いたそーにしてう。こた、ねーたんといっしょに、ねんこしてう(寝ている)とき、ねーたん、いつも、うーうーいってるお。そのあとおきると、ねーたん、いたそーなんお」
 林田は騎狼部隊の半数と、復興支援に尽力してきた。そちらの方は、順調に運び、落ち着いてきたところだった。しかし林田は……
 孤児院ができ、心穏やかな日々が続けば続くほど、何故、……何故、血の海になったあの日を思い出す? ――それは、林田の過去に由来する恐ろしいイマージュであったのだが。この静かな小さな森にも、血なまぐさいにおいがしてきそうな。それは戦が近付いているからというだけではなく、この戦いに人の見たくない過去や記憶を引き寄せる何か力が裏に働いていたのかも知れない。(ある者にとっては?)これはただの戦いではなく、敵の強大さだけでない(むしろそれよりも)別種の危険さを孕んでいると感じ取らせていたかも知れない。(現にすでに幾人かが通常の戦いでないきわめて内的な?戦いに巻き込まれていることになる。)
 だが林田は、今はその夢を振り払い、目の前に迫る戦わねばならなかった。
「いなくなった一条ちゃんも心配だけど。
 ……樹ちゃん。行って、来るんだね」
 緒方 章(おがた・あきら)が言う。
「北からやって来る三軍か。ジーナ・洪庵、孤児院を頼むぞ。
 なあに、私は無事に帰ってくるし、心配は要らない」林田は強く誓う。守るべきものを壊すことは、断じて、許さん。
 オーケー。僕は、樹ちゃんの帰る場所を守っているよ。緒方は心でそう応える。
「樹様……御武運を、お祈りします」
「じにゃ、あき、ねーたんのことは、こたにまかせるお。じにゃとあきには、こじいんの、こたのおともらち、おねがいするお」

 ここには、林田と部下の騎狼兵らの他に、薔薇の騎士の姿が見える。
 栗毛の馬に乗った彼は、鬼院 尋人(きいん・ひろと)
 教導団傭兵として幾らか前に三日月湖に入っており、主に本陣の防衛を任されてきたが、今回騎士として前線に立つことを志願した。馬術に長けることが認められ、騎狼部隊と共に戦う人手に回されてきたのであった。
 童顔で、少し小柄な、まだ少年の騎士である。今はまだ、三日月湖に滞在しているときの格好のまま(地元の少年といったいでたち)、馬上にて、思いを馳せている。
 彼にもまた、彼自身の秘めたる思いがあった――それは……同じ薔薇の学舎の先輩、黒崎 天音(くろさき・あまね)のことである。謎を追うと色んな手段で危険な地域へ入り込んでいく、そんな彼を敬愛していた。女王器を追っていた、彼は今この地を訪れている可能性が高い。天音は独自のルートを取ってきたが、彼のように考えるなら……と尋人も必死に考えを巡らせ、ここへ来た。
 自分より遥かに強い彼のことを心配しても意味がないのかもしれないが。それでも……そう尋人は思う。
「くれぐれも、目立つことはしないように。生きていればいつかその人に会えます」
 尋人のパートナーの獣人、呀 雷號(が・らいごう)だ。今はジャタ族の衣装を纏っているだけで、完全な人の姿をしている。武術家であり、尋人のトレーニングの相手となったり、また几帳面な呀は尋人のよき相談役でもあろう。彼の大切な仲間を思う気持ちを理解しつつ、彼が少しでも経験を積み、慎重に戦地を生き抜く力をつけてくれれば、自分は少しその手伝いができれば、と考えている。
 尋人は、静かに頷く。勿論、まずは戦うことだ。
 それでも、「黒崎は今どうしているのかなあ。無事であればいいけど」そう思わずにはいられない。「せめて夢で会えたらいいな……」