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ホレグスリと魂の輪舞曲

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ホレグスリと魂の輪舞曲

リアクション

 外の騒ぎの噂から部屋を特定した本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)がホテルを訪問すると、幻奘は『紹介してくれなければ……』のくだりを言っていた。手持ち無沙汰になったむきプリ君が慎重にドアを開けた時に聞こえてきたのだ。その直後には、彼女になれるなんて嬉しいとか何とかいう台詞が耳に届く。台詞から類推するに、少女は『彼女になる』というのを『仲良くなる』程度に考えているのではなかろうか。それとも、もうホレグスリを飲まされているのか……?
(全く、一度ならず二度もお前か、むきプリ。しかも、何も知らない女の子を人質にとり薬を飲ませるとは、イルミンスール生の風上にも置けないやつだ)
 涼介は、ポケットにある解毒剤のカプセルを確認すると、警戒するむきプリ君に対して爽やかすぎるほどの笑顔で言った。
「初めまして、か。むきプリ君。話は聞いたよ。同じイルミン生として、是非手伝わせてもらえないか?」
 彼はクリスマスの時もバレンタインの時も騒動の現場に居たが、幸いにして直接関わったことは未だ無かった。それを利用して潜入しようという作戦である。
「み、味方してくれるのか?」
「勿論だ。こんな画期的な薬の製造を中止するなど、製薬業界の未来にも関わることだからな。協力させてもらおう」
「ま、まあ、男だしな……」
 そう言われ、むきプリ君は彼を信用することにした。これまでに自分を半殺しの目に遭わせてきた殆どが(思い込みも含め)女子であったということも、それに拍車をかけている。
「……風紀委員ではないが……君には頭を冷やしてもらう必要がありそうだな」
「?」
 まんまと室内に入った涼介は背後からぼそりと言うと、氷術でむきプリ君の頭を攻撃した。
「…………!」
 むきプリ君の頭がのけぞる。そこに、祝福の施された槌――パワーブレスをかけたフェイスフルメイス――を叩きつける。
 ぼがん!
 割れたスイカのように頭を真っ赤にしながら、むきプリ君は倒れた。続いて、事態についていけていない幻奘達に槌を振りかぶる。
「な、何アルか!?」
「わ、わわわっ! これでもくらえ!!!」
 焦ったノヴァが、ホレグスリ入りの水鉄砲を発射する。それを受けると同時に解毒剤を飲み込むと、2人にも文字通り鉄槌を下す。氷術こそ食らわなかったものの、2人もスイカになって気絶した。幻奘のねずみ色の着ぐるみが、じわじわと赤く染まっていく。
 びっくりするピノと煌星の書を安心させるように、涼介は困ったような笑みを浮かべた。
「本来なら暴力は振るわないんだけどな……むきプリ君には前科もあるので今回は手荒くする必要があると思ったんだ」
 さりげなく電話を切り、顔にかかったホレグスリをふき取る。そしてむきプリ君を見下ろすと、彼は言った。
「脳筋のあなたが薬の改良をしているとは思わなかったが、その通りだったな……さあ、君の行った罪を数えながら反省しなさい」
「…………」
 しかしむきプリ君は答えられない。涼介はピノと目線を合わせるとカプセルを出した。
「さあ、この解毒剤を飲んで、一緒に帰ろう」
「え? あたし、ホレグスリなんて飲んでないよ。それより、これ飲んでみて! 今、完成したばっかりなんだ!」
 ピノはそう言うと、鍋からネトっとした例のアレをひと掬いして涼介の口に突っ込んだ。
「〜〜〜〜〜〜!!!!」
 解毒剤を口にするも全く効かず、涼介は顔を真っ青にして気絶した。

「……これからは、男にも気をつけなきゃいかんな……」
 ヒールを受けて復活したむきプリ君は、頭をふりふりそう言った。傍らでは、ぷりりー君が涼介にキュアポイズンをかけている。その時、むきプリ君の携帯電話に着信があった。クエスティーナ・アリア(くえすてぃーな・ありあ)が、事態を知って掛けてきたのだ。
「計画……は、考え直して……。逮捕されたら、研究……ダメになる……ので」
 彼女は、ホレグスリを原料とした安心薬製造の全てを取り仕切っていた。
「何か、策があるのか?」
「別名で……ホテルを取りました……こちらまで来て、ください……場所は……」

 イルミンスールの校内。
「きゃー!」
 苔に覆われ、しばらく通ったものがいなさそうな扉。そこを開けて、ファーシーとルカルカ・ルー(るかるか・るー)は悲鳴を上げた。冷えた空気の中に、通常よりもかなり大きいサイズの、足がいっぱいあるタイプの蟲がうじゃっといたからだ。
 慌ててバックして扉を閉める。
「びっくりした……」
「地下に通じる所や隠れたところに、蟲は結構いますから気をつけてくださいね」
 ザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)が言う。
「お、遅いよ! 言うのが!」
「ま、まだどきどきしてるわ……」
「来る度組み変わってる。1つの生物の体内だから無理もないが……」
 月刊世界樹内部案内図と内部を照らし合わせながら、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)は呟いた。教室や食堂、多目的室。中庭。それぞれの寮。その全てが世界樹の成長と共に変化をしていく。
 毎月、案内図を発行しなければならないくらいに。
「よくこんな所で生活できるわね。落ち着かないんじゃない?」
「いえ、組み変わるといっても、少しずつ変わっていくものですから。その部分だけ把握しておけば対応できますよ。どこかの不思議のダンジョンみたいに、入る度に博識が必要なわけではありませんから」
 ルカ・アコーディング(るか・あこーでぃんぐ)の言葉に、ザカコは苦笑した。
「空気も違うのか?」
 首を傾げるザカコに、ダリルは補足をする。
「俺が普段入り浸っているのはノーム教授の研究施設だから、こことは大分気配が違うと思ったんだ」
「ああ、あそことここは離れていますしね。生息しているものや住人によっても雰囲気は変わるものですし」
 ザカコは説明すると、続けて言った。
「もともと、世界樹は広すぎて全てを把握するなんて不可能に近いですよ。皆、自分に関係ある所だけ覚えているんです」
「ザカコさんもそうなの?」
「そうですね。迷わないのは校長くらいのものだと思いますよ。ここは広すぎます。ファーシーさんをくまなく案内しようとすると、終わる前に内部が変わってしまいます」
「ねえねえ、以前もこんな風だった? それとも初めて?」
 ルカルカが聞くと、ファーシーは邂逅をする素振りもなく答える。
「初めてよ! わたしはあそこから出たことが無かったから。だから、全部が新しくて楽しいの!」
「そっかー。ルカは何度も入ったし、ケイン先生やノーム先生も大好きよ! 精霊さんも、今日会えたみんなだけじゃなくて、まだまだ沢山いるよ!」
「蒼空学園とは全然違うのね。ここはなんだか、本の中の世界みたい」
「次はどこに行く? 大図書館に噴水、カフェに教室、各施設に食堂、それに寮……。めぼしい所は大体まわったと思うが」
 そう言って案内図をめくるダリルに、ルカルカが言う。
「ねえ、世界樹の天辺に行ってみない? テラスになってるんでしょ?」
「そうね、そろそろお昼だし……ランチにしましょ☆」
「ああ、そこは自分も案内しようと思っていたんですよ」
「外から飛んで行った方が早いのではないか? 魔法学校らしく箒で行くというのもいいと思うしな」
「自分、箒持ってませんが……」
「どうして持ってないの?」
 素朴な疑問という感じでファーシーが聞く。どうしてと言われましても。
「ザカコはまあ何とかするだろ。行くぞ」
 ダリルの箒にルカが、ルカルカの箒にファーシーが乗って空に舞い上がっていく。
 窓からそれを眺めて、ザカコは嘆息した。
「とりあえず、この車椅子を停めてから行きましょうか」

 ダリルは、ちまきや柏餅をテーブルに並べた。売店で買ったお茶を配り、準備をする。
「あ……ファーシーって食べれる? んで、味も味として味わえる? ややこしいな、何言ってんだろ、私。兎に角、美味しいとかOKタイプ?」
「美味しいってちゃんとわかるよ。でも、どうして?」
 気がついたように訊いてきたルカに、ファーシーは不思議そうに言った。
「機晶姫の中には、味を『データ』としてしか認識できない子もいるの。でも分かるんなら良かった! いっぱい食べて!」
「うん! ……それにしても、すごい景色ね」
「でしょ? 友達になった記念に、ファーシーにはこの風景を見せたかったの」
 ルカルカは言って立ち上がると、ファーシーの座っていた椅子をそっと持ち上げ、一番視界の晴れる場所に優しく置いた。広大な森や、青い空と風。それが身に染み込んでいくようだ。どこまでも澄んだ気持ちにさせてくれる、空気。
「日本から失われて久しい自然が、ここにはちゃんと残ってるのよね」
 中天の太陽が全てを照らし、包んでいるようだった。
「この景色を見てもらいたかったんです 天と地を同時に一望できる、まさに天辺の世界ですね」
「天と地を、同時に……」
 改めて景色を見渡し、そして目を閉じてその音を聞く。
 目を開けた時――
「あ、そうだ。わたしね、ずっと考えてたんだけど……」
 ファーシーは、なんでもないことのように、とんでもないことを言った。
「むきプリさんを助けに行きたいと思うんだけど、どうかな」