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 2.【6】番でステージ作り


 さて『女王様ゲームとは、何ぞや?』という方のために、簡単にルールを説明をしよう。
 
 『女王様ゲーム』とは、現状パラミタの大学生の間で流行っているゲームである。
 ルールは簡単で、【女王様】役と【僕】役の2役に分かれて行うだけだ。
 【女王様】役となった者は、命令(大抵は罰ゲーム的なもの)を【僕】役に下し。
【僕】役の者は、【女王様】から下された命令を忠実に実行する。
【女王様】役に立つ時には優先順位があり、【女王の加護】やグループアクションを掛けてきた者から優先的に【女王様】役に立てる。

 つまり、【女王の加護】とグループアクションをかけられる仲間の力に大きく勝敗を左右されるゲームな訳である。
 
 ■
 
 そうした次第で【女王様】役のトップバッターに選ばれたのは、夜薙 綾香(やなぎ・あやか)だった。
 彼女は参加グループ中最大数を誇る【秋葉原四十八星華】であった上に、【女王の加護】を持っていたからである。
 
「そういう訳で、恨みっこなしだ!」
 彼女は冷徹に言い放つと、マイクスタンドの前に立つ。
 深く呼吸をしてから、落ち着いた声音で命令を下した。

「6番は女王のために屋上ステージを作る事!」

 ゲームの慣例に従い、一同が手拍子。
 
 ♪6番、ろっくばん、だあーれだっ?
 
 該当者達が渋々名乗りを上げる。
 【6】番のゴンサロ他、ラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)南 鮪(みなみ・まぐろ)万有 コナン(ばんゆう・こなん)マリア・クラウディエ(まりあ・くらうでぃえ)新堂 祐司(しんどう・ゆうじ)岩沢 美咲(いわさわ・みさき)が、スポットライトを浴びて【女王様】の前に立った。
 思いもよらぬ展開に、ゴンサロは舌打ちする。
(まさか主催者の「番号」を指名してくるとは、思わなかったぜぇ!)
 彼からしてみれば計算外の出来事だったようだ。
(主催者追い出して、ゲームの段取り分かんのか? お前ら!)
 面倒臭いので、サッサと小さなステージでも作って高飛びしようか? と考える。
 だがゴンサロの表情を読み取った綾香は、悪魔の微笑みを向けた。
「何甘いことを言っているのだ? 私が望んでいるのは『アイドル用』のゴージャスなステージ」
 空大の購買から調達してきた建材等のカタログ、四十八星華のコンサートの時のステージの設計図を放る。
 その予算たるやべらぼうな金額だ。
「は? 資金? そんなもの【僕】持ちに決まっているであろう?」
 ……鬼である。
「ほれ、サッサと行動! 僕達! 女王様の命令を聞くのだ!」

 【女王様】の命令は絶対だ。
 悪いことに、ゴンサロは彼の屈強な手下どもに命令を徹底させていた。
 ――いかなる理由があろうとも、【女王様】の言うことを聞かねぇ奴は、腕づくで言うことを聞かせること!
 その【僕】役が、たとえ主催者のゴンサロ自身であったにせよ。
 
「……という訳で、【僕】達は【女王様】のためにせっせと奉仕するのであった」
 頑張れー! という綾香の声援を受けて、8名は必死にステージ作りに励むこととなった。
 
 ■
 
 8名のうち、もっとも精力的に活動したのはラルクである。
「いい精神修行になりそうだからな!」
 ポンッと気前よく大金はたいて、建材を購入する。
「どんな苦行だろうが、俺はやってやるぜ!!」
「ラルク様は立派な心がけですのね?」
 ひたすら感心するのはマリアだ。
「それに比べて、私のパートナーときましたら……」
 溜め息まじりに観衆を見た。
 女装したノイン・クロスフォード(のいん・くろすふぉーど)と思しき美女が、心配そうにマリアを眺めている。
(あれはノイン……よね?)
 でもいくら心配性な彼でもそこまでするかしら……と小首を傾げて、するだろう、と肯定する。
 マリア至上主義の彼は、可愛さ余って、いまではストーカーになりかねない程の情熱だ。
 本当は【女王様】役になって、胸でも揉ませて確認したかったが、と思う。
(これでは確認しようもないわね?)
 先に家に帰って、待ち伏せでもしていようかしら? と考える。
 先に帰って、家の前で立って、女装を解く現場を押さえれば……こっちのものだ。
(絶対に証拠を押さえてみせるわ!)
 取りあえずは、ラルクのお陰で余り払わなくてよかった建材代を、表面上は気前よく出すマリアなのであった。
 
 素直に命令に従う者もいれば、そうでない者もいる。
 コナン、祐司、美咲は後者の部類に入る。
「オレは【波州伊達軍:Op.吊り天井の赤い雨】で、シャンパンタワーなはずだったんだけどよぉー」
 建材を運びつつ、コナンは深い溜め息を吐いた。
 その姿は網タイツに、レザー製赤いバニー風のボンテージ服、金髪ブロンドのウェーブがかかった鬘の上に白ウサ耳といういでたちでだ。
 だがその大柄な体格で「男の娘」評価はどう考えてもキツかろう。
「受付」の審査は実に適当であったことが察せられる。
 その胸パットを位置を戻しつつ、あーあ、とコナンはぼやくのだった。
「どこで歯車が違っちまったんだ?」
「シャンパンなら、いつでも飲めんだろ?」
 恨めしそうに横合いから口を挟んだのは祐司。
「俺様なんか、俺様なんか! 【女王様】役で美咲に命令して、一生絶対服従させて、ネコ耳付き・腋だしタイプのメイド服着せて、御奉仕させようと思ってたのにっ! 『ご主人様』って呼ばせてだなぁ……」
「バカ祐司! あなたって人はっ!」
 ガツンッ!
 美咲の鉄拳が炸裂する。
 あっという間に祐司は星になってしまった。
「まったく、セクハラ反対! でも……拾ってもらった恩もあるし、1回くらい命令を聞いてあげても良かったかな?」
 夜空を見上げて、美咲は後悔の溜め息を吐いた。
 そんな彼女の服装は、すでに「腋だしタイプ、ネコ耳付きのメイド服」である……。
 
 そのはるか後方で、鮪はダイナミックな解釈をして学長室を目指そうとし、お目付役の守護天使達に押さえつけられていた。
「このステージは、パルメーラの『大学デビュー用』だぜぇ。そうに違えねぇ! という訳で、俺はパルメーラを連れ出しに行かなきゃいけねーぜ!」
 彼はパルメーラを本体ごと献上させるために、【女王様】役となるつもりだった。
「パルメーラが俺のものになれば、世の中何でも思いのままだぁ〜。辞書にエロ単語登録しまくって、変換候補の上位は全てエロ変換ワードにしてやるぜ! 壁紙にはパルメーラのエロコラ画像を設定だァ〜、ヒャッハァ〜!」
 そのために根回ししたゴンサロとの取り決めだった。
 多分に自分に都合のよい取り決めではあったにせよ。
 だがそれも、「女王様ゲーム」のルールの前には無意味であったようだ。
 だいたいして――主催者であるゴンサロ自身が【僕】なってしまったことで、既に勝負は終わっている。
 
 ■
 
 数時間後――。
 
 8名の血と汗とぼやきと金によって、「ステージ」は完成した。
 舞台に煌びやかな照明、イリュージョンつきという超豪華仕様である。
「おお! やればできるではないか! 御苦労だった、諸君」
 綾香はうっとりとステージを見上げて、【僕】達を見送った。
 
 ■
 
 「女王様ゲーム」の鉄則。
 それは、いかなる理由があろうとも、1度【女王様】役なり【僕】役なりについたら、退場しなければならない。
 そしてそれは、主催者であろうとも例外ではない。
 
 そうした次第で、ゴンサロも会場から強制的に立ち去ることとなった。
 
 ■
 
「何だとぅ!? 俺は……俺様は主催者だぞぉ!」
 彼は思い切り抗議したが、彼の手下は「バカ正直」に忠実だ。
 おまけに「シャンバラ女王」の名を冠したゲーム故、周囲にはクイーン・ヴァンガードの目がある。
 ヘタな行動は微塵も許されない。
 こうしてゴンサロの野望は自らが主催したゲームによって、あえなく潰えることとなったのであった。
(覚えていろよ! 王!)
 ギリリッと歯を食いしばり、大鋸を鋭く睨む。
 その眼光がふと和らいだのは、手前に立つ美女を見止めたから。
(あの女。確かヴァイシャリーから来た金持ちの娘だとか、ほざいていたな)
 真っ赤なドレスを身にまとった、銀髪の貴婦人だ。
 彼女はいま、観衆の注目を一身に浴びて、ステージに向かっていた。
 次の【女王様】役に立つらしい。
(あの女だけでも攫って、高跳びしたかったぜぇっ! だがそれも、また次の機会だな……)
 チッと舌打ちする。
 
 かくして「女衒のゴンサロ」は空京大学から去っていったのであった。
 
 ■
 
「へっ、ざまぁねぇな! ま、王ちゃんが無事でよかったぜ!」
 ゴンサロの背を見送って、ラルクはようやく本心を晒した。
「まあ、なんだかんだで、友情って奴ぁ、大事だからな」

 ラルクの近くでは、コナンのパートナであるラウラ・モルゲンシュテルン(らうら・もるげんしゅてるん)が彼を見送っていた。
 彼女の姿は、レザー製の赤いバニー服に白ウサ耳、コナンとお揃いの網タイツという華やかなものだったが、その表情はひたすら暗い。
「コナンもいなくなったし、あの方もいらっしゃらないなんて! はあ、あたいは何のためにここへ来たんだろう?」
 その佇まいはバニーガールというより、「物憂げな団地妻」に見えなくもない。

 そして2人を見据えた場所では、静麻が保長に指示を下していた。
「ゴンソロの高飛びは無しだ。女どもも無事だから撤収するよう、外のクリュティ達に伝えてくれ」
 
 しかし主催者が去ろうとも、ゲームはまだまだ続くのである――。