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【十二の星の華】『黄昏の色、朝焼けの筆』(前編)

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【十二の星の華】『黄昏の色、朝焼けの筆』(前編)

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第10章 斑色の行方

「そ、そんなことが起こってるんですか!?」
 隼人、ソア、ナナから事情を聞いたナディアは、ほとんど悲鳴に近いような驚愕の声を上げた。
 そこへ――

「ああ、ここかここか」

 新たに店に入ってきた佐々良 縁(ささら・よすが)の声が響く。
 縁は店内をきょろきょろと見回すと、はホッとしたようにため息をついた。
「いやてっきり空京大学にあるもんだとばかり思ってたけど、探させてくれたねぇ、これは」
 それから、背後にいる【希望の筆】のメンバーに振り返って声をかける。
「おぅい、みんな、ここだよぉ」
「やっと見つけたですー」
「ここっスね? 今度こそ当たりッスね?」
 縁の背後からひょこっ、ひょこっと顔を現したのは広瀬 ファイリア(ひろせ・ふぁいりあ)広瀬 刹那(ひろせ・せつな)
 二人はそのまま縁を押しのけるようにして、ナディアの元に駆け寄った。
「カンバス・ウォーカーさんに悪い事をしないようにしたいのですっ! 刹那ちゃんや縹ちゃんが美術品の悪意を取り除きたい、って言ってますですっ! お願いです! ファイ達にチャンスを下さい!」
「どんな形で、どんな経緯で生まれた美術品だとしても、美術品そのものに悪い事は何もないはずっス! 悪者扱いも、貶める扱いで利用するのも許せないっス!」
 右と左。
 それぞれの手を取って訴えるファイリアと刹那の様子に、ナディアが再び困惑の表情を浮かべた。

「……すみません、どうも騒々しくて」
 申し訳なさそうな様子で、ニアリー・ライプニッツ(にありー・らいぷにっつ)は、よろけた縁を助け起こす。
「まあ、好きにやんな、って言ったしねぇ」
 縁は愉快そうな笑みを浮かべる。
「それだけ気合入ってるってことだし……うちのはなちゃんもやる気みたいだしねぇ」
 縁の視線の先には蚕養 縹(こがい・はなだ)
 ファイリアや刹那の後ろから伸び上がって、
「なあ嬢。美術品の想いが街を壊そうとするなんざ、寂しいことじゃねぇか」
 ナディアに声をかけている。
「みんな真剣だからねぇ。みんなが思い通り動けるよう、バックアップするさ」

「その……あ、あなたの師匠がもういないのだとしても、カンバス・ウォーカーさんを生み出した作品はあるのですよね!? それはどこにあるですか?」
「絵があれば、想いを込め直すことは出来るはずっス!」
「どこまでできるかはわからねぇが、悪意を薄めることくらいは出来るんじゃねぇか」
 ファイリアの言葉に、スチャと手にした道具箱を展開。
 刹那と縹が、絵筆を取り出してみせた。
「あのぉ、何をする気ですか?」
 不安げなナディアの声。
「加筆させて欲しいっス」
 勢い込む刹那の声。

「お〜、いたねぇ、オレと同じこと考えてる人」

 それに続いたのは、曖浜 瑠樹(あいはま・りゅうき)の声だった。
「絵師さん本人がいないんじゃあ、そうするしかないよなぁ。いやあ良かった。これで作品が絵じゃなくて彫刻とかだったらさすがにオレもお手上げだったからさぁ。絵なら授業でちょっと描いたし……あ、安心してよ。オレ、結構うまいんだから」
 瑠樹は少し誇らしげに言ってにっこりと笑った。
「……彫刻でも工芸品でも、もうおもちゃでもガラクタでも……私は、絵でさえなかったらよかったんですけどね……」
 マティエ・エニュール(まてぃえ・えにゅーる)は傍目にもげんなりとその肩を落とした。
「街をぶっ壊しちゃうような想いを薄められればいいんだよなぁ。そうすると……ほんわかした感じになればいいのか。元の絵がどんな絵か、見せてもらうとして……やっぱりゆる族が山盛りで登場、とかかなぁ」
 宙を睨みながら、瑠樹が作品の構想を錬る。
「……りゅーき、諦めませんか? まだ間に合いますよ?」
 できあがりの絵を頭の中で想像したのか。
 マティエますますげんなりした表情を浮かべた。
「何言ってんのさ。オレ一人ならまだしも、同じこと考えてる人がいるんだ。こりゃもうやらなくちゃね。あ、そうか。マティエ、手持ちぶさたなるのが嫌なんだな? じゃあさ、絵の具買ってきてよ」
「……聞いてないですし……う〜、これでカンバスさんに変な影響出ちゃったらどうしましょう」

「ちょ! あの、加筆って、師匠の絵に手を加えるんですか?」

 やり取りを聞いていたナディアが慌てた声を上げた。
 一同が頷く。

「そ、それは勘弁してもらいたいのですが……それはあまり褒められた師匠ではありませんでしたが、それでも作品を描き換えられるのは……」
「そりゃ確かに、こんな野暮天な真似、ホントならしちゃいけねェんだが……」
「人の作品に手を加えるのは気が引けるっスけど……」
 ナディアの言葉に、縹と刹那が決まり悪そうに頭をかく。
「で、でも、このままじゃあなたのが作った美術品は完全に悪者ですっ! せっかく作った、たった一つのかけがえの無いものが台無しになっちゃうのです!」
 ファイリアが必死でふるふると頭を振るう。

「……そもそも、師匠のどの作品なのでしょう? 全部に加筆をするのですか?」
「どのくらいあるんだぃ?」
 と、縁。
「わたしはアルバイトなので倉庫の内容を完全に把握しているわけではないのですが……たぶん、百五十点以上は……」
「ひゃくごじゅってんー!?」
「ほとんど値段はつきませんが」
「それはまぁ……いいんだけどねぇ、これは予想外だねぇ」
「……でしたら、その中に不信感や、拒絶感を連想できそうなものはありませんか?」
 頭を抱える縁の横から、ニアリーが言葉を投げた。
「……たくさんありすぎます……」
「……安直かも知れませんが……『黒服の少女』はどうですか?」
「『黒服の少女』……!」
 ナディアがハッとした表情を浮かべる。
「心当たりがあるんですね?」
「……あの絵、なのですか? でも、あの絵は最近買われてしまって……」

「そうか。そいつが黒幕か」
 壁際で話を聞いていたエヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)が呟いた。
「この際美術品を破壊して騒ぎがおさまるのならそれでもいいと思っていたが……こうなってくると話は別だな。おい、ナディアさんとやら。その、絵を買ったという奴はどんな奴だ」
「それが……よく、わかりません」
「ああ?」
「フードを、こう、すっぽりかぶってしまっていたので……ただ、師匠の絵だけではなくたくさん絵を買い集めてお出でのようでしたが。その時も、何点か担いでいらっしゃったので……」
「なるほどな――ってことはおい、その絵全部からカンバス・ウォーカーが出てくるんじゃねーだろうな」
 エヴァルトの言葉に、店内の全員がギョッと息を呑む。
「……いや、可能性の話ってだけだがな」
 自分の言葉があげた予想外の効果に、エヴァルト自信が少々狼狽える。
「例えば、意図的にカンバス・ウォーカーを出現させられる方法があるのかもしれない。それこそ、女王器の何か特別な効果とかにだ」
 再び、店内に満ちるギョッとした空気。
「……やりにくいなおい。たとえばの話だ。それにしたって、当面、アウグストって人の絵から出てきたカンバス・ウォーカーをどうにかするしかないだろ。どこ行ったのかわからねぇのか、その絵を買った奴は!?」
 エヴァルトの言葉に、しかし、ナディアは首を横に振る。
「無理です」

「あっきらめないで!」

 その時――

 ダンっ!

 勢いよく跳ね開けられたドアから飛び込んできたのは詩刻 仄水(しこく・ほのみ)
「何かに絶望しちゃったのかもしれない。壁にぶつかっちゃったのかもしれない。けど、視点を変えれば世界はそんなに悲しかったり、寂しかったりだけじゃないでしょ」
 ビシッとナディアに指を突きつけて、仄水は巨大なハリセンを振りかぶった。
「待て待て待て待て」
 レン・オズワルド(れん・おずわるど)の冷静な声がそれを押しとどめ、二本の腕が仄水を羽交い締める。
「闇龍の出現――その影響を受けて、各地で情緒不安定になっている者が増えているてっきりそういった芸術家が事の発端かと思っていたが……まさか死んでいるとはな。芸術家に会って、原因の作品に手を加えさせれば解決と思っていたが……」
 レンは思案をするように空を仰いでから、ナディアに視線を合わせた。
 ナディアは、申し訳なさそうに顔を伏せる。
「は、離して! 自分の弱さを、芸術を利用して世界にぶつけた事だけは絶対に許せない。少し反省してもらうんだからっ!」
 仄水はじたばたとその腕を振り回す。
「これ以上、悲しいカンバス・ウォーカーを増やすわけになんていかないんだから――はっ!」
 仄水が何かに気付いたような表情を浮かべる。
「私、お焚きあげ供養ができるんだもん! 反魂は!? 反魂はどう!? その『酔いどれアウグスト』って人を蘇らせて――で、お仕置きビンタ! うん、ハリセンで全力の一撃!」
「落ち着けと言っている! いいか、俺たちは戦闘屋じゃない。引っぱたいてでしか事件を解決出来ないわけじゃない」
「それでも引っぱたかなきゃいけないときはあるの! 許せないから酔いどれアウグスト叩かせて!」
「ええい! ったく、むしろおまえ、闇龍の影響うけてるんじゃないか!?」
 ぶんぶんとハリセンを振り回して悔しさを滲ませる仄水を、レンはさらに強い力で押さえ込む。

 とてとてとて。

 仄水とレンの騒ぎを、少しだけ気遣わしげに眺め。
 しかし、ノア・セイブレム(のあ・せいぶれむ)はナディアの側まで近づいて行ってクイクイとその裾を引いた。
「な、なんですか?」
「あの……ナディアさんはアウグストさんのお弟子さんなんですよね」
「はい」
「ということは、絵描きさんなんですよね」
「……そう……なるんでしょうか」
 心なしか、その声には力がなかった。
「あの……私って絵心ないのか上手にウサギさんの絵が描けないんです」
「?」
「とってもとっても好きなのに、どうして巧く描けないんでしょう? もし良ければナディアさん、絵の描き方を教えてくれませんか」
 嬉しそうに、希望を込めてノアはナディアを見上げた。
「とっても好きなのに、どうしても巧く描けない……ですか」
 ノアの言葉をなぞるように、ナディアが呟いた。
「ダメ……ですか?」
「ダメ……ですね」
 ナディアが力ない笑みと一緒に言葉を返す。
「ええ!? や、やっぱり、秘密ってやつですか?」
「あはは。そんないいもんじゃないです。わたしが、人に何か教えられるような人間じゃないってだけです」
「どういう――」

 Trrrrrrrrrrrrr!

 と、その時。

 店内に複数の携帯電話の呼び出し音が響き渡った。

 それぞれ困惑気味にそれが自分の携帯電話からのものなのかどうかを確認し、電話に出たと思ったら次の瞬間にはそれぞれに顔をしかめた。
 それぞれみんな別々で、それこそ百者百様の筋肉の使い方で。
 しかし、意味するところは全員ぴたりと同じ――つまり、不可解という表情。

 それから、感情をそこに止めておく我慢が出来なくなって、ついに叫んだ。

『カンバス・ウォーカーが消えたぁ!?』

担当マスターより

▼担当マスター

椎名 磁石

▼マスターコメント

 こんにちは、マスターの椎名磁石です。
 今回は「【十二の星の華】『黄昏の色、朝焼けの筆』(前編)」に参加していただきましてありがとうございました! 今までとはまた違ったカンバス・ウォーカーが起こした事件の前編となりましたが、いかがでしたでしょうか。
 皆さんからいただいたアクションにカンバス・ウォーカーを気遣っていただいたものが非常に多くて、ビックリするとともに、感心させていただきました。
 特に、空京駅に関してはかなり予想外の展開となり……ひとえにバラエティに富んだアクションのおかげだと思っています。ありがとうございました。
 次回は後編、「【十二の星の華】」と冠がつくのもラストになってくるかと思います。
 引き続き、お付き合いいただければ幸いです。