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【十二の星の華】ヒラニプラ南部戦記(第2回)

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【十二の星の華】ヒラニプラ南部戦記(第2回)
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9-05 祭壇

 ナガンの意識は、湖底でナガンの体から押し出された。
 ナガンの意識は、そのまま冷たい暗闇を彷徨い、流れていく。星のような輝きが、幾つも見えてくる。
「死、か。死んだか」
 それもまァいいか。……
 なんだか、心地良いゼ。…… ……



 空間が震え出し、蒼ざめたその空間は、次第に、赤と緑のツートンカラーの色調に変化してくる。
 ぽつんとある祭壇にいる、騎凛セイカ(きりん・せいか)朝霧 垂(あさぎり・しづり)
 階段の上に、頭のもげた神像がある。
 とても、静かだ。
 だけど、
「コレの所為かな? セイカの心の声が聞こえた気がする」
「声?」
 ……夢の中では、私の意識の奥に沈んでいたものが現れてくる。それは、見たくもない忘れていたおぞましい過去かも知れない。自分の知らない欲望かも知れない。私はそう言えば、本当は……
 でもそれが私のシャンバラ教導団に来た理由でもあったし……だけどやっぱりそれは……
「本当ですね。だけど、私はこうして……」
「セイカの無意識の世界でもある筈だろう、ここは?」
「理由。戦い続けること。夢……何故……」
 私は。
 私はもうこの夢の世界にただ沈んでしまうのもまたいいのかも知れない。私はもう、戦いたくない。
「どういうことでしょう。……私は、戦い続ける。私は、もう、戦いたくない。私は……」
 垂は、ハートの機晶石ペンダントを掴んでいる。
「垂……それ……? 私の声が聞こえたというのは……
 でも、私は裸ですよ?」
「ほら、ここにあるだろ?」
 指で胸を突きながら、垂はそう言う。
 (「お、おっぱ……」「じゃなく、心臓のあたり、な」)
「え、っ……垂。垂は、私と……。え……」
「っと……まぁ、ええと……やっぱり裸もアレだから」そう言って垂は怪獣のぬいぐるみの口に手を突っ込み、「とりあえず、コレでも着ててくれよ」
「はい」
 騎凛セイカ(怪獣のぬいぐるみver.)。
「その……悪かったな、今まで気づいてやれなくて」
「?」
「嫌なら言わなくてもいいし、もう戦わなくてもいい、何も思い出さなくてもいい」
「さっきの声ですか。
 垂……私は。……でも自分でもよくわからない。でもたぶん私は」
「ただ」垂は、しっかり、セイカの方を向いた。「この世界に一人で沈むことだけは許さない……俺も一緒にここに残る」
 セイカも、今はただ垂のことを見つめていた。
「最後の時までずっと一緒だ、決して一人にはさせない」
 垂は、ただそっとセイカを抱きしめた。
「……垂」
 (これは、他人がどうこう言うべきじゃない、セイカ自身が乗り越えなくちゃいけないものなんだ。)
 そのことは今……セイカ自身も、気付いていたに違いない。
 (俺はセイカの全てを受け入れる覚悟も自信もあるけど、それを言うとセイカは無理に振る舞う可能性があるからな。)

 そんな二人の傍らでは、怪獣のぬいぐるみを脱ぎ捨てて姿を取り戻したライゼ・エンブ(らいぜ・えんぶ)
 (望めばアンテロウム副官が現れるかもしれない、でも僕たちがそれをやっても、騎凛先生の重荷になるだけじゃないのかな? そう判断したから、垂は騎凛先生に対して何も聞かないんだろうな。)
 ひざをかかえて、小さくしゃがみ込む。
 (垂、辛そうだな……騎凛先生を救う道を探し回りたいはずなのに……本当に騎凛先生の事を大切に思ってるんだな。表情には出さないで振舞ってるけど凄く苦しそう、無理してるのがわかるよ。)
「でも。……垂が"待っている"以上、僕が何かする訳にもいかないしね。……」

 しかし、転機は訪れることになる。
 それは、垂の働きかけによる騎凛の意識の変化によって呼び寄せられたと言えたかも知れないし、あるいは、あちらはあちらで騎凛の意識のことなぞは関係なしに自らの選択の結果ここへやって来たと言えそうだった。しかし、それは結局必然であった、と言えるか。
 祭壇を中心に渦を巻いていた蒼の奔流は、完全に赤と緑とに変化すると、その中心に、つまり騎凛らのいる祭壇に現れたのはナガンだった。
「一体どうなってんだ?
 アレ? ちゃんと服も着ているし、死んでなんかいない。いや、夢?」
 アレ? そう言えば。ナガンは意識の抜けた騎凛教官の体をかかえて湖の底へ潜った筈だった。
 そう。ナガンは今、きちんと騎凛セイカの体をかかえているではないか。
 そしてナガンは、祭壇の階段に、朝霧垂とその隣にやはり騎凛セイカが座っているのを見た。
 キリンが二人……? やっぱりどうなってんだ。
「何かまずいな」
 垂は、セイカを抱きとめようとするが、空間が、ぶれ始めた。ぶれながら、二つのキリンが一つに近付いていく。
 何かが起こる。
 何かがずれる。何かが合わさる。
「(セイカ。あとはおそらく、本当にセイカ自身に任せるしかない……!)」
 垂は、色んなことを必死に思い出す。このままでは不安定な空間の中に消滅してしまうかも知れない。……ハルモニア、か。垂は、ハルモニアにある筈の自身の身体をイメージする。(セイカ。すぐに、駆けつけるからな、それに、ハートのペンダントのこと。本当なんだ。忘れないでくれ……!)
 ナガンも、身体をイメージする。意識が飛んで、体は湖を浮かび上がっていった筈だ。そうか。こうしちゃいられないぜ。すぐに戻らないと。だが、何故だ。ナガンは、自分の身体のイメージを捉えきれなかった。あれだけの他人の意識をかかえていった、ナガンの身体からその無数の意識が解放されると、その衝撃でナガンの身体は何も受け付けないただの抜け殻になってしまった。まさか信徒兵にされる? 厳密には、それも違った。信徒兵は、死んではいない。眠りに近い状態でいる。ナガンは、死んだ? 死でもない。夢を見てもいない。冷たい湖底を彷徨い続けるのでもなく、この空間が消えれば、ナガンはただ消滅してしまう。
「ウワアアアアアアア!!」



 騎凛セイカは、空間を移動していく。
 さっきのが無意識の世界なら、意識の世界へ。上昇していく感覚がある。
 無意識世界の祭壇から、意識世界の祭壇へ。
 それは、地下湖とパラレルな黒羊郷の地下神殿だった。
 祭壇の頂上に、そびえ立つ神像のように佇む、ラス・アル・ハマル(らす・ある・はまる)――羊の頭。
 黒い羊の頭の……黒羊郷の教祖だ。(それはやはり……アンテロウム?)
 その前に、裸の女性が現れる。
 祭壇の其処ここで、妖しい煙が立ち上っててその姿はよく見えない。
「オマエガ贄トナルトキ、我ガ……成就サレル……」



「キリンちゃん。迷子にならないで。こっちだよ!」
 カナリー・スポルコフ(かなりー・すぽるこふ)が、種々の色に移り変わる空間を泳いでいるセイカの手を握る。
「あ。だめだよキリンちゃん! しっかりあたしの手を掴まないと」
「でも私……よくわからないんです。
 私の、私のすべてが、ばらばらになって流れていく……流れていってしまう」
「キリンちゃん。キリンちゃん、手をしっかり。手をイメージしてごらんよ」
 セイカの手が、カナリーの手を掴んだ。
「キリンちゃん。迷子にならないで。こっちだよ! あ。キリンちゃん……」
「誰かが、私に呼びかけてくる。
 私が、誰かその人に共鳴している……戦い続けること? 何故、その人はそんなに強く思うの。
 ああ、私に、私と強く弾き合っているようなのに、私にとても近い……近付いてくる……」

 何故。……

「あなたは?」

 ……。そんな答えなんて、我には必要なかったのかも知れない。我はただ我のために戦いたかった。それが生きることだった。それだけなのだ。

「……。おいで。私のところへ。私は、もともと理由も、答も、ないまま戦っていたと思う。あなたの理由や答えを、私が受け止めて生きていくことなら、できるかも知れない」

 ……そうか。誰か知らぬが、感謝する。そうなれば、こんな意識と無意識の狭間を永遠に彷徨い続けなくてもよさそうだな。このまま消えよう。

「私が戦っている限り、あなたは私の中に、いられるでしょう? それもまた、私が戦っていくことの理由でもいい気がするの。……」

 ……
「……」



 祭壇の頂上にいる黒羊郷の教祖の前には、ジャレイラが仰向けに寝かされている。胸には、深く抉られた傷痕があった。
「ジャレイラ。死んだか」
 立ち込める煙の中で、羊の頭の手がそっとジャレイラの見開かれた瞳を閉じたようである。
 煙が濃くなっていく。
 ジャレイラの体はもう見えない。
 長い沈黙の後に煙が立ち去ると、祭壇の頂上には、騎凛セイカが眠っている。
「キリンセイカ……黒羊郷の神の復活には、パートナーの命が必要なのだ。
 ジャレイラ……? ジャレイラはそもそも黒羊郷の神などではなかったのだ。祀り上げられただけなのだ。
 黒羊郷の神は、私、黒羊 アンテロウム(くろひつじの・あんてろうむ)だ」
 教祖は、自らの羊の頭を持ち上げた。首が取れる。それは、あの夢の祭壇にあった首のない神像の姿と同じであった。
「私は実際に、復活祭で死んだのだ。今の私に実体(中の人)はいない。
 私は生き続ける。黒羊郷の為。辺境の民の為。それには千年毎に命が必要なのだ……
 これより儀式を執り行う。キリンセイカ……オマエガ贄トナルトキ、我ガ復活ノ儀式ハ成就サレル……」