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リアクション
#1
「あ! 見えてきた! あれが空京放送局だよ、円ちゃん!」
七瀬 歩(ななせ・あゆむ)が指をさす方向には、屋上に電波配信用のパラボラアンテナを戴いた、空京放送局のビルがあった。
「うん……そうだね」
と、歩の問いかけに桐生 円(きりゅう・まどか)はそっけない返事を返す。
「もー、円ちゃん! 空京放送局だよ! 大事件が起こってるんだよ。秋野 向日葵(あきの・ひまわり)ちゃんを誘拐して立て篭もってる、ええと何だっけ、そう! 謎の何とかの何とかの秘密の何とか、ダークサイズ!」
「御社の、あ、御組織への志望動機は、ピーマンです。ピーマンをこの世から駆逐すべく……」
円は盛り上がっている歩を尻目に、小声でもごもご独り言を言っている。
「円ちゃん、何読んでるの?」
「ん、台詞」
「せりふ?」
「オーディション突破には、人一倍の練習が必要なんだよ」
「そっか。円ちゃん、ダークサイズに体験入団するって言ってたっけ。あれ? 秘密の結社だから、入社かな?」
「悪の秘密結社なんて、なかなか体験できないと思うんだよね。将来のボクの役に立つと思うな」
今日の円はおろしたてのリクルートスーツを身にまとい、いつになくキリリとした眼で放送局を見据える。貧乳の、いや、細身のボディラインがよく映える。
「そっかぁ。あたしはダークサイズのリーダーを説得して見せるよ! 『りかまる元気MORISOばっ!』まで乗っ取ろうなんて許せないもん。一番長い番組持ってるくせにっ」
歩は拳を握って、気合十分の表情で、放送局を見据える。
「ところで、放送局に入ったら、ボク達は敵同士だからね」
円が歩を見る。
歩は衝撃の事実を知らされた顔で、
「えええっ! そ、そっかぁ! やだぁ! 円ちゃんと敵同士なんてやだよー!」
「……すでに分かってたコトだよね」
「仕方ないわ。あたし、絶対事件解決してみせる! 円ちゃんを更生させてあげるんだもん!」
歩が新たな決意に燃える頃、二人は放送局入口に到着した。
すでにそこには、正義や野望に燃える多くの者が集まっている。
★☆★☆★
影野 陽太(かげの・ようた)は、予想以上の展開に、すでに心臓がバクバクいっている。
(どどどど、どうしよう……まさか普通に救出作戦を考えてるのが、俺だけだと思わかなったよ……)
そう、意外にもこの人質救出作戦に関して、全体の救出活動を見越して作戦を練っていたのは、陽太一人だけだったのだ。
向日葵救出組に作戦を提案したところ、あっさりとその案が通ってしまい、作戦参謀のような位置に祭り上げられてしまった。
正面突破で放送局に突撃する予定のグループは、放送局の正面口から100メートルほど離れた位置に待機している。
(うううう、これは稀に見る大役です。お、俺がしっかりしなきゃ。この作戦が成功すれば、また一歩環菜会長にふさわしい男に一歩近づく、いや、一足飛びにふさわしい男になれるかも!)
陽太が彼の想い人である御神楽 環菜(みかぐら・かんな)に思いを馳せてニヤニヤしていると、つかつかと歩いてくる人影。
「ちょっとぉ! 待機ってどういうことよ!」
突然声をかけられてびくっとした陽太の目の先にいるのは、白波 理沙(しらなみ・りさ)と、そのパートナーの白波 舞(しらなみ・まい)。
「あいつら人質を取ってるのよ? こういう時は先手必勝! 一気にたたみかけて、徹底的に叩いてやらないとだめよ!」
今日は思う存分暴れ回れると思っていた理沙は、作戦上の指示に不満たらたらである。
「い、いや、人質がいるからこそ、俺たちは慎重に行動しなければなりません。ダークサイズの組織も規模もわかりませんし……」
「分かってるわよ! そういうのはそこそこ気をつけながら、ちゃんと戦うわよ。早く行かせて!」
「それでは人質が危険すぎますよ……」
理沙の勢いにタジタジの陽太に、舞が柔らかめに追い打ちをかける。
「それは分かるけど、陽太さんもあの放送聞いたよね? 明らかに大したことないやつらだと思うよ?」
「そうそう! 向日葵の方が強そうだったじゃん。もしかしたらもう解決してるかもしれないわ。戦えなくなっちゃう!」
「そ、そこが罠かもしれないんです。俺たちを油断させるための」
「あんたそれ考えすぎよ!」
「いや。人質がいるからには、慎重すぎるに越したことはないぜ」
と、陽太の擁護に回ったのは、熊猫 福(くまねこ・はっぴー)を従えた、大岡 永谷(おおおか・とと)だ。
「あくまで人質の安全が最優先にされるべきだ。それに俺たちは、陽太さんの提案した作戦を受け入れたんだぜ。受け入れたからにはそれがルールだ。俺たちはそれに従わなければならない」
永谷の、女性とは思えない凛とした表情から出てくる正論に、理沙は不覚にもどきりとする。
(く、くやしいけどカッコイイ……)
永谷の軍服の裾を、福がツンツンと引っ張る。
「ねえねえトト。待機ってどれくらい?」
福は子供っぽい間延びした声で、永谷を見上げる。
「まだ分からない。待機というのは持久戦だ」
永谷は端的に答える。
「ふむふむ。そうしたら、空京レストランのスペシャルランチを先に食べに行こうよ。あたい、作戦前にお腹が空きそうなんだよね」
「それは作戦成功後の約束だろう」
「うん。だから前借り」
「だめだ。食事中に作戦開始になったらどうする」
「ええー……」
福は不満そうに人差し指をくわえて、物欲しげな眼で永谷を眺める。しかしそれ以上の反論はしない。
(か、かわいいわ……)
今度は舞が福にどきどきしてしまった。
「ふふふふふふ。腕が鳴る! 腕が鳴るぞッ!!」
陽太たちのすぐそばでは、神代 正義(かみしろ・まさよし)がガシッと拳を合わせ、瞳をこの上なくキラキラと輝かせている。
現在のところ、戦闘要員には「待機」という退屈極まりない指示が出ているにもかかわらず、すでに彼のテンションはマックスを迎えつつある。正義は放送局をびしっと指さし、
「はっはっはっは! ダークサイズよ、抜かったな! 何故かって? このパラミタ大陸に、俺という存在があるからだッ! とうっ」
正義はこの日のために血のにじむ練習を繰り返した、バク転とバク宙を決め、
「そう! 知る人ぞ知る、パラミタ刑事シャンバラン! ささいな悪も逃さない! お前たちの悪事は決して成就することはないッ! はーっはっはっは!」
当然ながら、彼が盛大な自己紹介をしている先に敵はいないわけだが、予行演習のつもりなのか、彼のテンションが下がることはない。
そんな正義の高笑いを眺めつつ、マナ・ウィンスレット(まな・うぃんすれっと)は自分の契約主であるクロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)に、苦言を呈する。
「クロセルよ。あそこまでやれとは言わぬが、お主もヒーローであろう。もう少しそれらしくせぬか」
マナの言葉に、クロセルは余裕を見せる。
「ふふふ。分かっていますよ、マナさん。俺だってひっさしぶりのヒーロー稼業。この上なく気合が入っているのです」
「ほう、それを聞いて少しは安心だ。何か考えがあるのか?」
「もちろんです。しかしそれは、ダークサイズと相まみえた時のお楽しみ」
「なるほどのう。期待させてもらおうかの」
「任せてください。ふふふ……うふふふふ」
「ま、待てクロセル! 今この上なく悪どい顔になっておるぞ!」
マナはクロセルの笑顔を見て、慌ててツッコミを入れる。
クロセルはマナの指摘で我に返り、両手でパンパンと顔をはたく。
「い、いけません! 危なかった……何ということでしょう。こんなにも俺からヒーロー気質が抜けていたとは……」
「だ、大丈夫かのう……」
マナの不安は膨らむばかりである。
「のうお主ら、ところであの看板はどう思う?」
そこへ声をかけてきたのは、グラン・アインシュベルト(ぐらん・あいんしゅべると)。身長180センチを越える大柄な老人は、長くたくわえた見事なあごひげをさすり、放送局の正面口から10メートルほど左に外れた位置を指さす。
そこには不可思議な立て看板があり、永谷が双眼鏡を覗くと、
『ダークサイズ加入希望はこちら』
と書かれてあるのが見える。その脇には長テーブルが置かれてあり、さきほどの円が何やら記入をして、局内に入っていくのが見える。目的が違うはずの歩も、なぜか一緒に入っていく。
グランは、
「まあ、敵じゃからどうでもいいんじゃが……ちゃちい看板じゃのう……」
とため息をつく。
「しかし、悪と名乗る割に、のっけから堂々とした態度と声明。武士道と通じるものがございますな。拙者は好感を持ったでござる」
グランのパートナーオウガ・ゴルディアス(おうが・ごるでぃあす)は、口を滑らせてダークサイズを褒めてしまった。
「これオウガ。お主、きゃつらの肩を持つのか」
グランの一言に、慌てて口をつぐむオウガ。
「い、いや! これはグラン殿、そういう意味では、は、ははは。盗み聞きなど、お人が悪いでござるよ」
「けっこうな大声で言っておったじゃろうが」
グランのツッコミに、オウガは明るく笑ってごまかしながら、目でアーガス・シルバ(あーがす・しるば)に助けを求める。
しかしアーガスは、
「まったく……くだらん墓穴を掘ったな」
と、にべもない。
「えええ! あ、アーガス殿! 助けてくだされよ! 拙者はただ敵ながらあっぱれと、あくまで向こうは敵であり、悪であるという前提がござった上で」
あわあわするオウガにグランは、
「まあ、それはいいわい。それより軍師どの、場合によっては、わしは待ちくたびれそうじゃわい」
と、陽太に話を振る。
軍師という響きに快感とプレッシャーを感じながら、
「ええとですね。一応ダークサイズにスパイとして潜り込む人がいまして、彼らがダークサイズの組織と建物の状況、あと人質の居場所を確認してから突撃ということになります。放送局の裏側にも待機しているのが二グループいます。本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)君と、湯島 茜(ゆしま・あかね)さんです」
「ふむ。やはり長期戦になるやもしれんのう……」
「ねえ、やっぱり大げさすぎない? あんな看板出してるし、大したことないんじゃ……」
いったん引っ込んでいた理沙が、もう一度提案する。
「いや、問題はそこじゃ。看板はちゃちい。あの放送では向日葵殿がダークサイズを圧倒しとるようじゃった。いかにもダメダメなのに、きゃつらは放送局の占拠に成功しとる」
「うーん、それは確かに一理あるわね」
舞がうなずく。
「それに、俺も気になる点が一つある」
永谷が進み出る。
「ええ。俺もそれがあって、今は待機した方がいいと考えたんです」
陽太が永谷に同意する。
「何が気になるの?」
理沙が聞き返す。永谷は理沙を見据えて、
「俺たち……味方が少なすぎると思わないか?」
「…………」
悪を憎んで正義を貫き、空京放送局と向日葵を救わんとする者たちに、重たい沈黙が流れる。
全員が何とも言えない切ない表情で、放送局のビルに目をやる。
「みんな、ダークサイズに入りたがりすぎじゃのう……」
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