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はじめてのおつかい(ペット編)

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はじめてのおつかい(ペット編)

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スタート前
 
 
「さあ始まります第一回ペットレース。栄冠は、誰のペットの頭上に輝くのでしょうか。ここ、ゴール地点は、私、シャレード・ムーン。その他のポイントにも多数のカメラをおいて完全中継でお送りいたします。今回のレースは、イルミンスール魔法学校のエリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)校長の完全監修の下、五十三組のペットたちが、イルミンスールの森の中に作られたコースで覇を競おうと、元気いっぱいで集結しております。それでは、スタートまではまだまだ時間がありますので、まずはスタート地点でのペットたちの様子を見てみましょう。はーい、中継の大谷さーん」
 ゴールに作られた中継本部のテントでエリザベート・ワルプルギスとならんだシャレード・ムーンが、マイクにむかってスタート地点のスタッフを呼び出した。
「はーい、こちらスタート地点ですぅ。今回はぁ、飼い主のみなさんはゴール地点でペットさんたちを待つのですが、まだまだ別れがたく、あるいは、ペットさんたちに最後の指示をしている方たちが残ってますぅ。観客の方たちも、スタートはまだかまだかと心待ちのようですぅ。ちょっと聞いてみまーす。あのー、今日は、このレースを見るためにイルミンスールに来たのでしょうかぁ?」
 スタート地点担当の大谷文美が、観客たちにマイクを向ける。
「えっ、えーっと、あの。偶然、イルミンスールの図書室に本を借りに来たら、お祭りをやっていて……」
 ふいをつかれた緋桜 ケイ(ひおう・けい)が、マイクを差し出されてしどろもどろになる。
「おや、誰かと思えば、我らを捨てて百合園女学院に行った裏切り者ではないか。のこのことなんの用なのかな?」
 緋桜ケイを見咎めた悠久ノ カナタ(とわの・かなた)が、武者人形の村雨丸の前から声をかけてきた。
「うっ……。そんなことより、カナタたちも参加しているのか?」
「もちろんであろう。見よ、わらわのペットである村雨丸を。ほれぼれとする容姿ではないか。古今東西、囚われの姫を救うのは騎士や侍の仕事と相場は決まっておる。特に、わらわのような美姫を救いに来るのであるからな。それ相応の風格というものが必要なのだ」
 自慢げに、悠久ノカナタは、自分がコーディネートした武者人形を披露した。武者人形と言えば、通常は子供の日などに飾られる甲冑を連想するが、悠久ノカナタが改造したそれは、ほとんどロボットアニメの主役メカといったデザインに作り替えられていた。さしずめ、最近の流行から言えば、イコンのイーグリットに似ているというところだろうか。
 
    ★    ★    ★
 
「やれやれ、まるでお祭りのような騒ぎだの。いや、確かに、祭りそのものであるか。ジーナの姿はすでにないようであるから、ゴールに移動したのだな」
 周囲を見回しながら、ガイアス・ミスファーン(がいあす・みすふぁーん)が独りごちた。
 様々なペットたちとスキンシップをとっている学生たちを見ていると、さすがに乗り物としての動物たちはレースに参加していないことにあらためて気づく。そういえばと、昨今ヴァイシャリーに出入りしているエリュシオンの騎士たちが駆るワイバーンもしょせんは乗り物だということに思いあたった。あるいは、成長したドラゴンを駆る者も、中には存在するのだろうか。
 ならば、いつかは自分もパートナーを乗せて自由に飛びたいものだと思う。飛竜としてのレースが行われるのであれば、自分はパートナーを優勝に導いてみせるものをと、ガイアス・ミスファーンは不思議な夢にしばし心を躍らせた。
 
    ★    ★    ★
 
「優勝すれば、好きな物を好きなだけ喰わせてやろう。ただし、優勝できねば夕餉は抜きじゃ。さあ、今こそ特訓の成果を皆に見せつけてやるのじゃっ!!」
「うおぉぉぉん!!」
 ウォーデン・オーディルーロキ(うぉーでん・おーでぃるーろき)の言葉に、二匹の狼が元気よく遠吠えをあげて答えた。
「あの特訓の成果、ですか……」
 思わず、月詠 司(つくよみ・つかさ)が苦笑してしまう。
 いろいろと障害をおきつつ、飼い主がペットを自分の所に呼び寄せるという特訓なのだが、たいていは飼い主であるウォーデン・オーディルーロキよりもカリカリの入った皿の方が魅力的だったようだ。はたして、本番では大丈夫なのであろうか。
 
    ★    ★    ★
 
「いいか、む〜にゃ。優勝したらミシェルがアリスキッスしてくれるそうだよ」
「みゃっ♪」
 矢野 佑一(やの・ゆういち)のささやく言葉に、猫のむ〜にゃが俄然やる気を出す。
「ああ、いたいた。ちゃんとむ〜にゃ起きてる? いつも寝てるから心配だよ……。あれ? む〜にゃ?」
 二人を見つけたミシェル・シェーンバーグ(みしぇる・しぇーんばーぐ)が、む〜にゃのやる気満々な姿に、不思議そうに首をかしげた。
「む〜にゃは、いつだって本気だよ。今だって、俺はやるぜ、俺はやるぜ、俺はやるぜって叫んでるんだよ。さて、僕は罠を仕掛けに行くから、ミシェルは人質頼んだよ」
「えー、む〜にゃの飼い主は二人でしょ」
「僕よりも、ミシェルを助けに行くシチュエーションの方が、む〜にゃが張り切るんだよ。じゃあ、頼んだよ」
 そう言って人質役をミシェル・シェーンバーグに押しつけると、矢野佑一は他のペットたちを妨害する罠を仕掛けに行ってしまった。
 
    ★    ★    ★
 
「お手伝いですか?」
「ええ、お願いしますですぅ。手が足りなくて……」
 大谷文美に頼まれて、レテリア・エクスシアイ(れてりあ・えくすしあい)はちょっと考え込んだ。
 確かに、鷹野 栗(たかの・まろん)に状況を教えてあげたいとは思っていたが、いきなり実況のお手伝いとは。
「とりあえず、いろいろ資料渡しますね。こちらに来てくださいですぅ」
 大谷文美に引っぱられるようにして、レテリア・エクスシアイは中継車に入っていった。
 
    ★    ★    ★
 
「はい、カメラ戻ってきました。これからは、ゴール地点の様子です」
 シャレード・ムーンが、マイクを片手にカメラにニッコリと微笑んだ。
「ちょっと待たぬか。なんで、私がこんな目に遭っているのじゃー!!」
 布団とロープにグルグル巻きにされた簀巻き状態で、湖の上に突き出た舞台の上に転がされたアーデルハイト・ワルプルギス(あーでるはいと・わるぷるぎす)が大会本部にむかって叫んだ。
「ルールですぅ」
 エリザベート・ワルプルギスが、しれっと答える。
「私は、何も聞いておらぬぞ!」
「あら、小ババ様が参加しているのですからぁ。大ババ様にもルールを守ってもらうですぅ。いいですかぁ。ここにある砂時計が落ちきるまでにゴールして、なおかつ飼い主をそこから助け出すことができなければ、こういうことになるですぅ」
 そう言うと、エリザベート・ワルプルギスが魔糸で縫い合わせた小ババ様人形を、人質である飼い主たちがいる舞台の先の方へポーンと投げ捨てた。
 とたん、ばしゃんと赤い水柱……いや、スライム柱が立って小ババ様人形をバラバラにした。
「ちょっと待ってぇ。聞いてないよぉ〜」
 予想外の出来事に、曖浜 瑠樹(あいはま・りゅうき)が青ざめる。
「大丈夫ですぅ。もう世界樹を襲わないようにと、ちゃんと飼い慣らしたマジックスライムですから、すっぽんぽんにしても、殺すまではしないですぅ」
「そういう問題ではないじゃろう!」
 エリザベート・ワルプルギスの言葉に、アーデルハイト・ワルプルギスが食ってかかる。
「参加者は平等でなければいけないと思いますぅ。小ババ様が参加するなら、アーデルハイト様も人質にならないと不公平ですぅ。でも大丈夫。小ババ様は優秀ですから、きっと優勝するですぅ」
「それは、そうじゃが……」
 神代 明日香(かみしろ・あすか)に言われて、さすがに小ババ様が負けるとは言い出せない大ババ様であった。
「大バ……いえ、アーデルハイト様まで同じなら、心強いです。きっと、うちの子たちは私たちを助けにきてくれます」
 鷹野栗が、ペットたちを信じて言った。
「うん、きっと来てくれるんだもん」
 ソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)もうなずく。
「ああ。俺は信じて待つぜ!」
 染谷 こうき(そめや・こうき)が叫んだ。
「待ってよ、冗談じゃないわよ。わたくしはエントリーした覚えはないわよ」
 じたばたともがきながら、日堂 真宵(にちどう・まよい)が叫んだ。本来は、人質をいたぶる悪の大幹部役を熱演する気満々でここにやってきたのだ。なのに、なぜ自分が縛られなければならない。
「あそこに映っているのは、あなたのカラスだと思いますが。ちゃんと、エントリーしてますよ」
 シャレード・ムーンが、モニタに映っている日堂真宵のカラスを指して言った。同時に、レースの参加申込書のサイン欄に捺されたカラスの足跡を見せる。
「そんなの知らないわよー」
 日堂真宵は叫んだが、完全に無視された。
「な、なななな、なななな、ななななななななななななな!」
 すぐ近くで、叫んでいる者がもう一人。立川 ミケ(たちかわ・みけ)だ。猫さん軍団を率いて自分自身がレースに参加するつもりでいたのだが、あっけなく飼い主認定されてここに転がされている。
「私は本当の飼い主ではないのだが、パートナーに頼まれて……」
「一応、申込書に飼い主と書いてあれば、今回は問題ないとのことです」
 シャレード・ムーンが、ギルベルト・ハイドリヒ(ぎるべると・はいどりひ)に説明した。
「しかたないです。ペットたちを信じて待ちましょう」
 立川ミケではないが、自分が出走した方がいいのではないかと思えるような白猫姿のゆる族のマティエ・エニュール(まてぃえ・えにゅーる)がみんなを励ました。そうこうしている間にも、参加者の飼い主が次々と舞台の上に集められてくる。
 大ババ様のように逃げだす気満々の者たちはグルグル巻きの簀巻きにされて転がされているが、ほとんどの者は、椅子に座ったままの格好で軽くロープで縛られているだけである。ペットたちが簡単に助け出せるようにとの配慮だった。